第205話 金を運ばなくした三台で、金属材を十三%増やす
貨幣輸送から空いた荷車三台を、そのまま金属材輸送へ回せる。
言葉にすると簡単だったが、翌朝ゼフが持ってきた輸送予定表を見た瞬間、それほど単純ではないことが分かった。
「三台とも西へ送ればいい、ではないんだな」
俺が聞くと、ゼフは頷いた。
「一台は問題ない。二台目も、帰り荷を組めば使える。ただ三台目まで同じ日に出すと、西側の積み込み人員が足りん」
フィンが首を傾げる。
「荷車が空いたのに?」
「荷車だけあっても荷は勝手に載らない」
もっともだった。
昨日まで貨幣を運んでいた荷車三台。
御者もいる。
護衛もいる。
だから輸送力が三台分そのまま増えたように見える。
だが実際の物流は、荷車だけでは動かない。
積み込む人間。
荷を集める時間。
倉庫の空き。
到着後に荷下ろしする人間。
そして、帰りに何を積むか。
一つだけ増やしても、別の場所が詰まれば全体は増えない。
ミナが直近六週間の数字を机へ広げた。
金属材は希望量に対して平均十三パーセントほど発注を減らしている。
理由の大半は価格ではない。
西からこちらへ運べる量に限界があり、急がない分を後回しにしていたからだ。
内訳を見る。
鉄材。
銅材。
釘や金具に加工する前の細材。
工具補修用の鋼材。
一度に全部増やす必要はない。
むしろ全部増やせば、受け入れる側が詰まる。
「今、一番足りないのは?」
俺が聞くと、ブラントが工房側から届いた要望を三枚抜いた。
「細鉄材です。荷車軸の補修金具、農具、建築金具で使っています。次が板状の鉄材。その次が銅材です」
「止まりそうな仕事は?」
「細鉄材不足で、農具修理が二日後から順番待ちになります」
優先度A。
そこからだった。
三台すべてを「金属材」という名前で埋めるのではなく、止まる仕事から使う。
レイナが要望書を並べ替える。
「A、細鉄材。B、板材。C、銅」
「量は?」
ミナがすぐ計算した。
一台目に細鉄材を満載すれば、現在不足している分をほぼ埋められる。
二台目は細鉄材の追加と板材。
三台目まで使えば銅材も増やせるが、ゼフの言った通り積み込み人員が不足する。
「三台目を無理に使う必要ある?」
フィンが聞いた。
ない。
荷車が三台空いた。
だから三台使う。
それでは、空いた設備を埋めること自体が目的になってしまう。
使わない方が安いなら、使わない。
「まず二台で試そう」
ゼフが頷いた。
「それなら西側も増員なしで処理できる」
ここでも、新しい人員は増やさなかった。
積み込み担当を追加募集しない。
臨時倉庫も借りない。
夜間作業もしない。
今ある作業時間の中で、貨幣便に使っていた二台を商品便へ置き換える。
残る一台は空けたまま。
必要になった時だけ使う。
領主が予定表を見ながら言った。
「三台空いたのに、二台しか使わないのは少し勿体なく感じるな」
「空いていること自体は損じゃありません」
俺が答えると、領主は少し考えた。
「使うために仕事を作る方が損か」
「そういう場合もあります」
領主は最近、本当に話が早い。
以前なら「せっかくあるのだから活用しよう」となっていたかもしれない。
設備稼働率を上げることと、利益を増やすことは同じではない。
必要のない荷物を作って運べば、数字上の稼働率だけは上がる。
仕事は増える。
利益は増えない。
むしろ減る。
午前中に、西側へ追加発注を出した。
ただし注文量も、欲しいだけ全部ではない。
一台目。
細鉄材中心。
二台目。
細鉄材と板材。
西側で既に在庫としてまとめられており、新しく生産を急がせなくていい分だけ。
返事は昼過ぎに来た。
《二台分、翌朝積載可能》。
そこでゼフが、帰り荷を確認する。
これも大事だった。
西へ向かう荷車が空荷なら、その区間は無駄になる。
幸い、西へ送る予定だった木製箱、加工布、保存食があった。これまでは通常便の空きに少しずつ載せていた品だ。
追加二台の往路へ振り分ける。
往路。
木製箱。
加工布。
保存食。
復路。
細鉄材。
板鉄材。
片道だけの増便ではなくなる。
ミナが数字を出した。
「貨幣便だった時は、往路か復路のどちらかがほぼ貨幣専用でした。商品便にすると、両方向で積載できます」
フィンが笑う。
「お金って帰り荷にならないんだね」
「なる時もあるけど、今回の流れではな」
貨幣は支払う方向へしか行かない。
商品なら、相手側にも需要があれば反対方向へ積める。
相殺で貨幣そのものを運ぶ量を減らしたことで、荷車が商品同士を交換する本来の物流へ戻ったとも言える。
翌朝。
二台が西へ出た。
貨幣袋はない。
荷台には木製箱と加工布と保存食。
護衛は貨幣便より一人少ない。
価値がなくなったわけではないが、大量の現金を積んでいる便ほど狙われやすくないため、通常の商品輸送基準へ戻せた。
残った護衛一人は南街道へ。
三台目の空いた荷車は車庫に残った。
フィンがそれを見て言う。
「本当に使わないんだ」
「今日使う理由がない」
「前だったら何か載せる物を探してたかも」
「それをすると荷車のために仕事することになるからな」
目的と手段が逆になる。
三台使える。
その事実は能力だ。
三台使う。
それは義務ではない。
二日後。
西から二台が戻った。
積み荷を確認する。
一台目。
細鉄材。
予定比百パーセント。
二台目。
細鉄材と板材。
予定比九十八パーセント。
二パーセント少なかったのは、重量を量った段階で車軸への負担を考えて減らしたためだった。
俺はむしろ安心した。
予定を守るために危険な積載をしていない。
荷下ろし先も、工房一か所へまとめなかった。
事前に必要量を出していた三か所へ分ける。
農具修理工房。
荷車補修工房。
建築金具を作る鍛冶場。
荷車が到着してから「さて、誰に配るか」と会議する必要はない。
既に行き先が決まっている。
最初の荷が農具修理工房へ入って一時間後。
待っていた修理品が動き始めた。
鍬。
鋤。
鎌。
壊れた柄を交換するだけでは済まず、金属部分の補修待ちになっていた道具が順番に作業台へ載る。
工房主が在庫表を見せた。
「このままだと明日から新規受付を止める予定でした」
「何日分入りました?」
「今の使用量なら九日ほどです。その間に通常便も来る」
つまり、止まらない。
追加便を永遠に続ける必要もない。
一時的な不足を埋めれば、通常の流れへ戻せる。
荷車補修工房でも同じだった。
細鉄材不足で後回しになっていた車軸金具が作られ始める。
皮肉なことに。
貨幣を運んでいた荷車を金属材輸送へ回した結果、その荷車を維持するための補修材まで増えた。
ゼフが笑った。
「自分の部品を運んできたようなものだな」
「壊れる前でよかった」
「そこは本当にそうだ」
夕方。
数字が揃った。
追加した商品便、二台。
新規購入した荷車、零。
追加御者、零。
追加護衛、零。
追加倉庫、零。
西側の臨時積み込み人員、零。
運んだ金属材は、通常週比で十四・二パーセント増。
目標だった十三パーセントの不足を上回った。
金属材不足を理由に翌日から受付制限予定だった農具修理。
制限、撤回。
荷車補修の保留案件。
十一件から二件。
建築金具の納期遅延見込み。
六件から一件。
しかも往路へ商品を載せたことで、西向けの通常便に空きが生まれた。
その空いた枠へ、翌週予定だった荷物を一部前倒しできる。
ミナが総合すると、貨幣輸送を削減する前と比べ、同じ荷車総数のまま商品輸送量が約九パーセント増えていた。
フィンが結果表を見て首を傾げた。
「金属材は十四パーセント増えたのに、全体だと九パーセント?」
「全部の荷車を金属に回したわけじゃないからな」
「あ、そっか」
こういうところも大事だった。
一番大きい数字だけ見せれば、いくらでも成果は派手にできる。
だが、何の数字なのかを間違えれば判断も間違える。
金属材輸送。
十四・二パーセント増。
商品輸送全体。
約九パーセント増。
貨幣輸送。
大幅減。
別々に見る。
全部「効率化できた」でまとめない。
領主も数字を確認したあと、工房側の報告を読んだ。
「農具修理が止まらないということは、農作業側への影響も消えた?」
「今のところは」
「荷車補修が進めば、今度は他の輸送も止まりにくくなる」
「はい」
「貨幣を運ばなくした効果が、随分遠くまで行くな」
それが今回、一番面白いところだった。
最初にやったことは、銅貨を作ることではない。
不足しているように見えた銅貨が、本当に不足しているのか確かめた。
偏っていた。
だから動かした。
次に、同じ貨幣が商人の間を往復していることに気づいた。
だから相殺した。
町を跨いで往復していた。
そこも消した。
三町を一周していた。
それも消した。
領外との支払いまで輪になっていた。
相手側にも利益がある部分だけ消した。
その結果、貨幣を運んでいた荷車が空いた。
そして今日。
その荷車が金属材を運び、農具と別の荷車を直している。
一つの無駄を取った結果が、別の場所の能力へ変わった。
これが単なる節約との違いだった。
削って終わりではない。
空いたものを、本当に必要な場所へ戻す。
レイナが結果表を眺めて言った。
「余力が成果になった」
「三台目は余力のままだけどな」
「それでいい」
俺もそう思う。
全部使い切らない。
常に百パーセントで動かさない。
何かあった時に使える一台がある。
それも価値だ。
ブラントがそこへ、新しい報告書を一枚置いた。
最近、この時間の紙には慣れた。
フィンも驚かなくなっている。
「今度は何?」
「西側からです。追加二台が来たことで、こちら向け金属材の出荷が増えました」
「問題?」
「今のところは違います。ただ……」
ブラントは紙を裏返した。
そこには、西側の倉庫で荷を揃えるまでにかかった時間が書かれていた。
一台目。
予定通り。
二台目。
一時間十二分遅れ。
理由。
同じ金属材を複数の倉庫から集めたため。
今までは輸送枠が少なかった。
だから、一つの倉庫に揃う分だけ出せばよかった。
荷車が増えたことで。
今度は商品を集める側の動線が長くなった。
ゼフが紙を見て唸る。
「三台目まで送らなくて正解だったな」
もし三台すべてを追加していたら。
荷車一台分を増やした代わりに、現地で人間と馬が何時間も待っていたかもしれない。
輸送の詰まりを一つ解消した結果。
次の詰まりが見えた。
レイナが西側の倉庫配置図を要求し、届いていた簡易図を机へ広げる。
鉄材倉庫。
銅材倉庫。
加工前材置き場。
商会別の一時保管場所。
同じ方面へ送る荷物が、何か所にも分かれている。
フィンが図を見て言った。
「荷車を増やす前に、荷物を集める方を変えた方がいい?」
「たぶんな」
今までは輸送枠が足りなかった。
だから倉庫配置の悪さが表に出なかった。
運べるようになったからこそ、積み込みの遅さが次の制約になる。
効率化を続けると、問題がなくなるわけではない。
一番遅い場所が変わる。
それを見つけて、またそこだけ直す。
俺は今日の結果を一枚へまとめた。
貨幣輸送削減で空いた荷車三台のうち二台を金属材輸送へ転用。
追加設備、零。
追加人員、零。
追加倉庫、零。
金属材輸送量、通常週比十四・二パーセント増。
商品輸送全体、約九パーセント増。
農具修理の受付制限予定、撤回。
荷車補修保留、十一件から二件。
建築金具の納期遅延見込み、六件から一件。
三台目は未使用の余力として維持。
そして最後に。
《輸送枠不足を解消した結果、西側では荷車より荷集めが遅くなった。複数倉庫からの積み込み待ち、一台あたり最大一時間十二分》
金を運ばなくしたことで、物を多く運べた。
物を多く運べるようになったことで。
次は、荷物を探して集める時間が目立ち始めた。
どうやら今度は。
倉庫の中を走り回る仕事を減らす番らしい。




