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現代の効率厨、異世界で生産と経営を回して気づいたら領主の右腕  作者: てへろっぱ


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第196話 両替屋を決めなくても、交換条件は見えるようにできる

翌朝、入口の返却棚をゼフが確認している間、机の中央には昨日の《領主府公認両替所》要望書が置かれていた。


三箱に異常はなく、穴札も十二枚。ユハからも通路異常なしの報告が届き、普段の仕事はいつも通り動いている。


問題は、その横で増えていた紙だった。


ブラントが束を揃えながら説明する。


「昨日の東市場で銅貨を融通した件が広まったようです。両替をやりたいという商人が七人。そのうち四人が領主府公認を希望しています」


フィンが要望書をめくり、少しだけ眉を寄せた。


「昨日は一軒の店から椅子が育ちそうだったのに、一晩で七軒になった」


「需要が見えたから」


レイナはそう言って、俺の前へ四枚の紙を並べた。


どれも書いてあることは似ている。


偽貨を見分けられること。銀貨と銅貨をいつでも交換できること。大口の釣り銭にも対応できること。そして何より、領主府から「信用できる両替屋」と認めてもらいたいこと。


一見すると、悪くない。


信用が必要な商売なら、信用できる店を選んで看板を与える。客も安心するし、怪しい業者を排除できる。


以前の俺なら、たぶんそう考えた。


けれど今は、その看板を出した瞬間に何が増えるのかまで見る癖がついている。


「公認する条件を決める必要があるな」


俺が言うと、ブラントはすでに別紙を用意していた。


「最低保有貨幣量、偽貨判別能力、帳簿保存期間、交換手数料、営業時間、それから定期検査あたりでしょうか」


フィンが指を折りながら数え、三つ目あたりで苦笑した。


「もう椅子だけじゃなくて机まで置かれてない?」


領主も紙を覗き込み、その意味に気づいたらしい。


「公認するなら、公認し続けてよいか確認しなければならない。検査する人間も必要になるな」


「さらに、公認店で損をした客が出れば『領主府が認めた店なのに』となります」


ミナが静かに付け加えると、領主の顔から最後の迷いも消えた。


公認という二文字は軽い。


だが、領主府がその二文字を維持する仕事は軽くない。


しかも、まだ両替そのものが始まったばかりだった。


俺は四枚の申請を横へ寄せた。


「先に分けよう。何が公の仕事で、何が商売側の仕事なのか」


レイナが頷いた。


「そこ」


まず、偽貨。


これは単なる店の信用問題ではない。領内で何を一枚の銅貨として扱うかという貨幣そのものの問題だから、基準を出す側が確認できなければ困る。


だが、だからといって両替屋そのものを領主府が認定する必要はない。


怪しい銅貨を持ち込まれた店は受け取りを断っていい。判断できなければ、既存の貨幣確認へ回せばいい。


領主府が保証するのは「この店」ではなく、「この貨幣が有効かどうか」だ。


次に両替。


銀貨を何枚の銅貨へ替えるかは額面で決まるが、その作業にいくら手数料を取るかは商売だ。


細身の商人が今日も当然のように参加しており、腕を組んで言った。


「俺なら大口なら銅貨一枚。少額なら二枚取る」


女商人が即座に首を横へ振る。


「昨日より高くなっていません?」


「需要があると分かったからな!」


「では私は同じ額なら一枚でやります」


細身の商人が固まった。


フィンが笑いを堪えながら二人を見る。


「もう解決してない?」


半分は、その通りだった。


競争相手がいる。


客は選べる。


なら領主府が一律の手数料を決める必要はない。


ただし、交換してから「そんな手数料だとは知らなかった」という揉め事が増えるのは面倒だ。


そこで俺たちは、制度ではなく現場を見ることにした。


東市場へ移動すると、昨日の話を聞いた商人たちが本当に両替を始めようとしていた。そのうち三人は机の上に銀貨と銅貨を積み、客を待っている。


一軒目には手数料の表示がない。


二軒目には《両替できます》とだけ書かれている。


三軒目は交換後になってから手数料を伝えていた。


開始一時間。


揉め事、二件。


一件は銅貨百枚へ崩した後で三枚を手数料として取られ、客が「聞いていない」と怒ったもの。


もう一件は、銀貨を出した客が自分の想定より少ない銅貨を渡されたと思い込み、その場で数え直していた。


偽貨でも詐欺でもない。


条件が見えていない。


俺は店主たちを集めて規則を作る代わりに、一つだけ聞いた。


「客が交換前に知りたいことは何だ?」


女商人がすぐ答えた。


「いくら渡せば、いくら戻るかでしょう」


「あと手数料」


フィンが続ける。


それだけだった。


営業時間の統一もいらない。保有銅貨の最低枚数もいらない。銀貨を何枚備蓄するかも、それぞれの店が自分の客数を見て決めればいい。


必要なのは、取引する前に条件が見えることだった。


細身の商人は少し考えたあと、自分の店先に板を立てた。


《銀貨一枚から銅貨へ交換》


その下に、今日の手数料を書く。


女商人も同じように板を出したが、こちらは大口交換と少額交換で手数料を分けた。


三軒目は交換可能な銅貨残数まで書き始めた。


レイナがそれを見て俺の横で言う。


「残数表示は自由」


「ああ。必要だと思う店だけでいい」


領主府指定様式は作らない。


同じ板を使わせない。


同じ言葉にも揃えない。


ただ、客が取引前に交換条件を確認できるようにする。


それだけだった。


昼までに両替を始めた店は四軒になった。


最初の二時間で交換された銅貨は合計四百八十枚。午後には隊商向けの釣り銭を確保したい店から予約ではなく問い合わせが入り、それぞれの両替屋が自分の持っている貨幣量に応じて引き受け始めた。


領主府が両替用の銅貨を一枚も追加していないのに、昨日より動く量が増えている。


ミナが昼過ぎの数字をまとめた。


「昨日、東市場で不足した銅貨は推定百六十枚でした。今日は同規模の隊商が来ていますが、正午時点で釣り銭不足による取引停止はありません」


「両替所は?」


フィンが聞く。


「民間四。領主府公認は零です」


ブラントが続ける。


「公認審査も零。定期検査担当も零。手数料統一も零です」


領主が腕を組んだまま市場を見渡した。


少し前なら、彼は領内で新しい仕事が生まれるたびに「管理する仕組みを作った方がいいのではないか」と考えていた。


今は違う。


四軒の店を見比べたあと、確認するように言った。


「領主府が決めるのは、どの貨幣が有効かまで。誰がその貨幣を交換する商売をするかまでは決めない。それで問題が起きていないなら、そのままでいいということか」


レイナが満足そうに頷いた。


「満点」


フィンが笑う。


「今日は早かった」


「私も成長している」


「自分で言うんだ」


午後になると、さらに面白い変化が出た。


最初に手数料三枚を取っていた店が二枚へ下げたのだ。


理由を聞けば単純だった。


隣が一枚でやっているから客が来ない。


逆に女商人の店は、大口の銅貨を大量に用意する代わりに一定額以上だけ手数料を上げていた。それでも、確実にまとまった枚数を確保したい商人が利用している。


同じ両替。


同じ価格に揃っていない。


それでも回る。


客が安さを選ぶ場合もあれば、在庫量や速さを選ぶ場合もある。


全部を同じにしなかったから、それぞれが違う需要を拾い始めていた。


夕方、数字を集める。


民間両替店、朝の三軒から四軒。


交換された銅貨、合計千百二十枚。


釣り銭不足による取引停止、零。


両替条件を巡る揉め事は午前の二件。


条件表示後は零。


領主府公認店、零。


公認審査担当、零。


定期検査、零。


統一手数料、零。


新規鋳造、零。


領主府からの銅貨貸出、零。


それでも昨日より貨幣は動いた。


俺は数字を眺めながら、妙に納得した。


仕組みを作るというと、何かを追加することばかり考えがちだ。


新しい部署。


新しい許可証。


新しい担当者。


新しい帳簿。


けれど、本当に必要なのが「取引前に条件が分かること」だけなら、それ以上を足した瞬間から管理する仕事の方が大きくなる。


領主府が信用を配る必要はなかった。


客が比較できればいい。


両替屋は、自分で信用を稼げばいい。


夕方の報告を終えようとしたところで、ブラントがまた一枚の紙を持ってきた。


最近、彼が最後に紙を出すたび、全員が少し身構えるようになっている。


フィンが先に聞いた。


「今度は何?」


「今日、両替を大量に利用した三つの商会からです」


紙には、昨日までなかった言葉が書かれていた。


《貨幣移動省略案》。


俺は嫌な予感がして、最後まで読む。


東市場の商人が中央市場の商人へ銀貨を渡す。


中央市場側は、別の商人へ銅貨を渡す。


また別の商人が、後日その銀貨を受け取る。


毎回、重い銅貨を実際に運ぶ必要があるのか。


各商人の「渡す分」と「受け取る分」を帳面で差し引き、最後に差額だけ貨幣で精算できないか。


フィンも途中まで読んで、さっきまでの笑顔を消した。


「これ……両替より大きくない?」


ミナはすでに計算を始めていた。


「今日の千百二十枚でも、同じ商人同士の往復分を相殺すると、実際に運ばなくてよかった可能性がある銅貨が三百枚以上あります」


領主が目を細める。


「帳面の数字だけで、支払いを済ませるのか?」


レイナは紙を受け取り、しばらく黙って読んでいた。


そして珍しく、すぐには肯定も否定もしなかった。


「できる」


フィンがレイナを見る。


「でも?」


「間違えると、貨幣より面倒」


俺も同じところを見ていた。


銅貨千枚を運ぶより、紙一枚を運ぶ方が速い。


それは間違いない。


だが、その紙に書かれた「渡した」「受け取った」を誰が信じるのか。


誰か一人が帳面を間違えた時。


商会が潰れた時。


払ったはずだと言う人間と、受け取っていないと言う人間が出た時。


便利さの先に、今までとは別の問題が見える。


それでも。


もし回せるなら。


領内の商売は、銅貨そのものを運ぶ速度から解放される。


俺は板の最後に一行だけ書き加えた。


領主府公認両替所は0とし、貨幣の有効性確認と両替商の信用を分離。民間四店が交換条件を事前表示したことで、銅貨千百二十枚を交換しつつ条件表示後の揉め事0、取引停止0、追加鋳造・公的貸出・手数料統一・公認審査も0のまま閉じた。次は、貨幣そのものを運ばず商会同士の支払いを帳面で相殺する《貨幣移動省略案》が、本当に仕事を減らすのかを見る。


昨日は、足りない銅貨を動かした。


今日は、その動かし方を商売に任せた。


そして明日は。


銅貨を動かさない方法を見ることになった。


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