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現代の効率厨、異世界で生産と経営を回して気づいたら領主の右腕  作者: てへろっぱ


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195/210

第195話 足りているなら、見えない銅貨を増やさない

朝の入口はいつも通り暗く、低い二基の灯りが返却棚だけを照らしていた。ゼフが三箱を順番に確かめ、一番から三番まで異常0。物理箱3、穴札12、朝値変更0。補修班許可段+1にも変化はない。


前回は、新しい銅貨を受け取った人が綺麗な方を手元へ残し、古い銅貨から先に使うようになった。


その結果、市場で見かける新銅貨の割合は三日前の二十一%前後から四%前後まで落ちた。


けれど、銅貨そのものが足りなくなったわけではない。


古い銅貨は普通に流れ、買い物もできる。新銅貨不足を理由に止まった取引は0だった。


だから、新銅貨を使わせる制度も、古銅貨を年齢だけで一斉交換する仕組みも作らなかった。


そこで今朝、机の中央に置かれているのが《新銅貨鋳造量二倍案》だった。


フィンは紙を読み終えると、もう一度最初から見直した。


「理由、本当に『市場で新銅貨を見かけなくなったから』なの?」


「はい」


ブラントが頷く。


「鋳造側からは、今の二倍作れば保管される分を差し引いても、市場に新しい銅貨が残るという説明です」


ミナは別紙の数字を確認した。


「取引停止0、釣り銭全体の不足0、税の受け取り異常0。それでも二倍?」


「そういう案です」


少し離れたところにいた領主が、今日は先に首を横へ振った。


「それは駄目ではないか?」


フィンが振り向く。


「早い」


「貨幣が足りないなら分かる。だが、綺麗な貨幣が見えないから倍作るというのは……何か違う」


レイナが領主を見る。


「正解」


領主の顔が少し緩んだ。


「まだ満点ではない?」


「まだ」


「最近そこから始まるな」


今日も細身の商人は市場側にいたが、珍しく鋳造量二倍案そのものには乗っていなかった。


代わりに、鋳造工房の責任者が大きな計算板を持ってきている。


「もちろん、ただ増やしたいわけではありません。新銅貨は評判がいい。欲しがる者も多い。なら需要があると考えました」


女商人がすぐに聞き返した。


「貨幣としての需要ですか? 綺麗な銅貨を持っておきたい需要ですか?」


鋳造責任者の手が止まった。


そこを分ける必要がある。


昨日、新銅貨十枚を十一枚で販売する選別商売が成立した。


だが、購入者四人の用途は祝い、贈り物、収集だった。日常の買い物へ使うために買った者は0。


欲しがられている。


それ自体は事実。


でも、「支払いに使う銅貨が足りない」という需要とは違う。


レイナが鋳造責任者の計算板を見た。


「二倍作ったら、どう市場へ出す?」


「領主府の支払いに使います」


「何の支払いを増やす?」


「いや、支払い額そのものを増やすわけでは……」


「なら古い銅貨の代わりに出す?」


「そうなります」


フィンがそこで気づいた。


「新銅貨を多く払う代わりに、領主府の箱に古い銅貨が残るだけじゃない?」


ブラントが現在の支払いと収納の流れを簡単に並べた。


税や各種支払いで銅貨が領主府へ入る。


領主府は縄、材木、小口修繕、運送などの支払いで銅貨を市場へ戻す。


入ってきた物をそのまま流せば、新旧は混ざる。


そこへ新銅貨を大量に足し、「新しい物から出す」ようにすれば、古銅貨は領主府側へ積み上がる。


古銅貨も使える。


なら、それをどこかで再び出す必要がある。


鋳造責任者が少し考えて言った。


「古い物を溶かして新しくすればいい」


レイナ 「使えるのに?」


また止まった。


古い銅貨を溶かす。


鋳造する。


燃料を使う。


人が働く。


型を使う。


それで出来るのは、額面も機能も同じ銅貨。


見た目だけ新しい。


ブラントが鋳造側の費用を確認した。


「現在の通常鋳造量を二倍にした場合、追加で銅材、木炭、作業日数が必要です。使える旧貨を溶かして置き換える場合も、再鋳造費は発生します」


フィンが古い銅貨を一枚持ち上げた。


「この一枚を、同じ一枚にするために金が掛かるんだ」


「そう」


レイナが答えた。


鋳造責任者は腕を組み、少し困った顔をした。


「だが、古い貨幣ばかり見える市場は印象が悪いという声もあります」


「それは貨幣不足?」


「……違います」


「なら別の話」


見栄えを良くするために、新銅貨を作る。


完全に駄目とは言わない。


記念貨。


贈答。


特別な需要。


そういう商品として作るなら、市場側で費用を払って成立する可能性はある。


だが、通常流通用の貨幣を「綺麗に見せる」ためだけに公費で二倍鋳造する理由にはならない。


細身の商人がそこで手を挙げた。


「では贈答用新銅貨を有料で鋳造――」


フィンが笑う。


「今日はそっち?」


「市場需要があるなら売る!」


レイナ 「通常貨幣と混ぜないなら市場」


「よし!」


鋳造責任者が横から顔をしかめた。


「勝手に貨幣を作らせるのは駄目だぞ」


「領主府へ製造を頼んで、包装と選別で売るんだ!」


「それなら相談だ」


本流から外れた商売は、二人で勝手に始まりそうだった。


午前中、本当に貨幣が足りているのかをもう少し具体的に見ることになった。


市場区画を五つに分ける。


東市場。


中央市場。


宿場側。


工房街。


川沿い。


それぞれで、昨日一日に「銅貨が足りず取引しづらかった件」を確認する。


中央市場0。


工房街0。


川沿い0。


宿場側1。


東市場3。


フィンが数字を見た。


「0じゃない」


「見る」


レイナは東市場へ向かった。


三件とも、小銭が足りなかったのは午後の短い時間だった。


原因は同じ。


大きな隊商が到着し、銀貨で小額商品を買う客が一気に増えた。


店側は釣り銭として銅貨を大量に払い出し、夕方前に不足した。


「じゃあやっぱり銅貨を増やした方がいい?」


フィンが聞く。


女商人は周囲の店を見回してから、首を横に振った。


「昨日、私の倉庫側にはかなりありましたよ」


調べる。


東市場。


不足時。


必要だった追加銅貨。


推定約百六十枚。


その日の同時刻。


中央市場。


余剰約三百。


領主府税収納箱。


支払い待ち銅貨。


四百二十。


宿場組合。


翌朝支払い用。


二百前後。


全体として。


あった。


場所が違った。


フィンが数字を見て呟く。


「貨幣不足じゃなくて、東市場にその時なかっただけか」


「流れ」


レイナが答える。


鋳造量を二倍にしても、その新銅貨が必要な時間に東市場へなければ同じことが起きる。


逆に。


中央市場の余っている銅貨を百六十枚持ってくれば、その日の不足は終わる。


女商人が当然のように言った。


「次に大きな隊商が来る日が分かっているなら、朝に釣り銭を多めに持っていけばいいだけですね」


東市場の菓子屋も頷く。


「昨日分かったから、次はそうする」


革帯の男が少し考える。


「なら、隊商到着時の標準釣り銭枚数を――」


途中で自分から止まった。


フィンがにやにやする。


「どうしたの?」


「店ごとに売る物も値段も違う」


「強い」


「もう好きに言え」


追加制度。


0。


店が自分で準備する。


必要なら両替する。


それだけ。


ただし。


急に足りなくなった時。


銅貨はある。


でも分散。


そのための交換は需要がありそうだった。


案の定。


細身の商人が今度は本気の顔になる。


「釣り銭用銅貨の両替を商売にできる」


女商人も頷いた。


「銀貨を銅貨へ崩すだけなら欲しい店はあるでしょうね」


「一回銅貨一枚の手数料!」


「高いです」


「半枚!」


「銅貨に半枚ないでしょう」


「では一定額以上で一枚!」


今度は市場で勝手に決まりそうだった。


レイナは止めない。


両替。


民間自由。


領主府の専用両替所。


まだ0。


午後。


実際に一件、貨幣の偏りを動かす。


東市場。


午後の釣り銭予定。


銅貨不足見込み120。


中央市場の商人。


銅貨余剰250。


銀貨への交換希望。


両者。


交換。


東市場へ銅貨120。


中央市場側へ同額分の大きな貨幣。


追加鋳造0。


取引停止0。


フィンが箱を見ながら言った。


「昨日まで市場に『見えなかった』新銅貨を気にしてたけど、本当に見るべきなのは必要な時に支払いできるかなんだな」


「それ」


レイナが答えた。


見える新銅貨。


目標0。


使える貨幣が必要な場所にある。


そちらを見る。


午後遅く、もう一つ別の数字が出る。


領主府の収納庫。


銅貨。


通常より増加。


理由。


この時期は税納付が多く、支払いは翌週に偏る。


フィンが箱を見た。


「ここには余ってる」


ブラントが頷く。


「一時的に約千八百枚あります」


細身の商人の目が輝いた。


「貸し出せ!」


領主も少し考える。


「市場で不足しているなら、一時的に出すのは?」


レイナはすぐに否定しなかった。


「本当に不足なら」


ただし。


今。


全体不足0。


局所不足。


民間交換で解消。


なら。


公の貸出制度を新設する理由も0。


もし大規模な祭りや非常時で、民間だけでは小銭が回らず取引が止まる。


その時。


既存の支払い予定を前倒しする。


交換する。


必要なら見る。


今から。


《銅貨貸出申請》


《貸出上限》


《返却期限》


《利用資格》


を作らない。


領主は途中まで考え、苦笑した。


「今、椅子が四つくらい見えた」


フィンが笑う。


「かなり強い」


「満点?」


領主がレイナを見る。


「まだ」


「今日は厳しいな」


夕方。


鋳造工房。


通常予定量。


確認。


交換窓口から戻る。


使用不能銅貨。


欠損。


判別不能。


過度研磨。


そういった物の再鋳造分。


加えて。


通常の貨幣需要の増減を見ながら補充分。


そこは継続。


ただし。


《新銅貨が市場で四%しか見えない》


その数字。


鋳造判断に使わない。


鋳造責任者は、朝の二倍案へ自分で線を引いた。


「この案は取り下げる」


フィンが少し驚く。


「自分から?」


「使える貨幣が足りているなら、見栄えのために炉を焚く理由はない。俺だって他の仕事がある」


鍛冶工房主が笑った。


「銅も別に余ってないしな」


鋳造責任者 「そういうことだ」


追加銅材。


0。


追加木炭。


0。


追加作業日。


0。


二倍鋳造。


0。


夕方、領主へ報告する。


机には三つの箱が置かれていた。


一つ目。


東市場で一時不足した銅貨を示す空箱。


二つ目。


中央市場に余っていた銅貨。


三つ目。


領主府収納庫の銅貨。


領主は数字を聞いて、すぐに意味を理解した。


「銅貨は足りなかったのではなく、場所が偏っていた」


「うん」


レイナが答える。


「なら鋳造量を増やしても、偏りそのものは直らない」


「正解」


「まず今ある物を動かす。それでも全体として足りないなら、その時に鋳造を見る」


レイナ 「満点」


領主が少し笑う。


「今日は一つか」


「もう一つある」


「何だ?」


レイナは朝の《新銅貨鋳造量二倍案》を指した。


「見える新銅貨を目標にしなかった」


「それも?」


「満点」


領主 「よし」


フィン 「ちゃんと二つ取った」


その横でブラントが本日の数字をまとめる。


新銅貨市場比率。


約4%。


これを理由とする鋳造増。


0。


貨幣不足による取引停止。


0。


地域別小銭不足4件。


東市場3。


宿場1。


東市場不足推定160。


同時間帯中央市場余剰300。


領主府収納約420。


民間交換で120移動。


追加鋳造0。


追加銅材0。


追加木炭0。


追加作業日0。


領主府銅貨貸出制度0。


民間両替。


自由。


使用不能貨幣の通常再鋳造。


継続。


そこでブラントが最後に一枚の紙を出した。


「次の問題があります」


フィンが笑った。


「今度は両替?」


「はい。今日の東市場での交換を見た商人から、《領主府公認両替所》を作ってほしいという要望が出ています」


細身の商人が離れた場所から手を挙げた。


「俺じゃないぞ!」


女商人が紙を読む。


「偽貨確認、銀貨から銅貨への交換、大口釣り銭準備、交換手数料の統一……」


フィンが途中で苦笑した。


「もう一軒の店から、すごい椅子が育とうとしてる」


レイナは紙を受け取った。


「両替自体は必要」


「でも公認は?」


「明日見る」


夜になっても入口は暗く、二基の灯りは低いままだった。返却棚の三箱にも異常はない。


新しい銅貨が見えない。


それだけでは。


貨幣不足ではない。


箱にしまわれていても。


必要になれば出る。


古い銅貨が市場を回っていても。


普通に買い物できるなら。


機能している。


本当に見るのは。


綺麗な貨幣が何枚見えるか。


ではない。


必要な時。


必要な場所で。


支払いと釣り銭ができるか。


足りなければ。


まず今ある物がどこにあるかを見る。


偏っているだけなら。


動かす。


それでも足りない時に。


作る。


レイナが帳面を閉じた。


「今日も一つ」


フィンは新銅貨を一枚持ち上げてから、古い銅貨の山へ混ぜて戻した。


「二倍鋳造0。見える新銅貨も目標0」


ミナが頷く。


「局所不足は、既存貨幣の移動で解消しました」


ゼフは交換後の箱を確認する。


「移動120。取引停止0」


ユハも入口へ目を向け、いつも通り「通路正常」と答えた。


ブラントは《領主府公認両替所》の要望書を机の中央へ置く。


「次は、必要になった両替を市場に任せたままでいいのか。それとも、公が『正しい両替屋』を決める必要があるのかです」


フィンが紙の《公認》だけを指した。


「嫌な二文字だな」


レイナ 「うん」


俺は板へ一行だけ残した。


新銅貨比率約4%を理由とする鋳造量二倍案を0とし、地域別小銭不足4件は全体不足ではなく偏在として処理。東市場不足推定160に対し中央市場余剰300など既存貨幣を確認し、民間交換で120を移して取引停止0、追加鋳造・銅材・木炭・公的貸出制度も0とした。見える新銅貨ではなく必要な場所で支払い可能かを見て閉じた。次は、その移動を担い始めた両替屋へ「領主府公認」という椅子を置く必要があるのかを見る。


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