第135話 値段は朝だけ
朝。入口は暗いまま。箱壁も返却棚も灯りも触らない。外変化0。
補修班返却3。昨日の余り2が許可数の中へ混ざり、今日作る分は1。
箱の見た目は同じ。昨日の余りだった痕もない。新しい札もない。
戻した物が仕事を減らした。それだけだ。
フィン 補修班、今日は一つ作れば終わりだって喜んでたぞ。
ミナ 余りを捨てなかった結果。
ゼフ 外から見れば、いつもの三つ。
レイナ 正解。
フィン で、今日は値段か。
レイナ うん。二方向から来る。
ミナ 安く買うのと、高く売るの。
レイナ 両方0。
フィン じゃあ今日の進捗は?
レイナ 値段は朝だけ。
ミナが紙を一枚だけ置く。外から見えない位置。理由は書かない。
当日値は朝一回 途中変更0 数量で変えない 特別値0 説明無し
フィン 朝に決めた値段で、その日は全部同じ。
レイナ 同じ物、同じ数、同じ値。
ゼフ 値切りも上乗せも?
レイナ 0。
ミナ 急ぎも身内も領主名義も同じ。
レイナ 値段は朝だけ。
値段を掲示すると看板になる。
看板が立てば、外はそこへ紙を貼る。比較表、値下げ要求、優先券、緊急料金。
だから外へは出さない。
朝の数字をブラントへ一度だけ渡す。
ブラントは市場で、実際に箱を受け渡す相手にだけ同じ数字を返す。
聞いただけの者には答えない。
数量を増やしても安くしない。急ぎでも高くしない。
フィン 大口なら安くしろ、は普通じゃないか?
レイナ 箱が足りない。大量に売れない。
ミナ 許可数が固定だから、安くする理由もない。
ゼフ 急ぎで高くすれば、急ぎを作る奴が増える。
レイナ だから同じ。
フィン 値段の上下じゃなく、言葉を増やさないためか。
レイナ 数も守れる。
補修班工房へ行く。
昨日戻した二箱は、すでに今日の便へ入っていた。
若いのが作業台で一つだけ仕上げている。いつもより手がゆっくりだ。
補修班の若いの 今日、一つだけなんで丁寧にやれます。
フィン 昨日二つ余らせた成果だな。
若いの 余らせたって言い方、やめてもらえます?
ミナ 戻した成果。
若いの それならいいです。
レイナ 出来は同じに。
若いの 丁寧にするのもダメですか。
レイナ 良くしすぎない。
若いの 良くしすぎる?
ゼフ 今日の一つだけ形が違えば、選ばれる。
ミナ 選ばれたら特別値が生える。
若いの ……いつも通りに作れってことですか。
レイナ 正解。
若いの 暇になると余計なことしたくなるんですよね。
フィン 職人だな。
補修班頭 余計なことする暇があるなら刃を研げ。
レイナ 刃も研ぎすぎない。
補修班頭 お前は細かいな。
レイナ 揃えるだけ。
一つが完成する。
昨日の二つと並べても違いは分からない。
三箱。今日の許可数。終わり。
市場へ回す前に、ブラントが戻ってきた。朝に出したばかりなのに早い。
手には紙がない。紙を持ち帰ると窓口になるからだ。
ブラント もう始まりました。
フィン どっちから?
ブラント 両方です。西側の商人が十箱まとめて買うから半値にしろ。反対側では一箱だけ倍で買うと言っています。
ミナ 綺麗に二方向。
レイナ 朝値。
ブラント 同じ数字で返しました。十箱は数量外、一箱は朝値。
フィン 十箱そのものが無いもんな。
ブラント 無いと言うと作れになります。ですので当日数3、値は同じ、とだけ。
レイナ 正解。
安く買う側は、余っているという噂を作りたい。
十箱を半値で注文した、断られた、物が余っているのに高く売っている。
そんな順番で話を組む。
高く買う側は、希少だという噂を作りたい。
倍でも買いたい者がいる、今後もっと上がる、先に押さえろ。
煽って値を上げ、普通の客を追い出す。
反対に見えて、狙いは同じ。
朝の値段を壊すことだ。
レイナ 安値も高値も入口。
ミナ 値段が二つになったら理由が必要になる。
フィン 誰に安くした、誰から高く取った、が始まる。
ゼフ 帳面が厚くなる。
レイナ 朝値一つ。終わり。
昼前。最初の箱便が出る。三つ。
一つは補修班内で使う。二つが市場側へ流れる。
ブラントが受け渡しの角へ立つ。机は置かない。椅子もない。箱が来て、数字が合えば離れる。
最初に来たのは、いつもの金物屋だった。
手には必要な数だけ。紙はない。
金物屋 今日は一つ。
ブラント 朝値。
金物屋 昨日と同じか。
ブラント 同じです。
金物屋 ならこれで。
ブラント 数、合いました。
金物屋 終わり。
箱が渡る。
受領書はない。署名もない。
数字が合い、物が動き、人が離れる。
普通の取引は短い。
フィン あれが基準だな。
レイナ 基準って言わない。朝値。
ミナ 言葉を増やさない。
フィン 細かいな。
レイナ 増えるから。
二つ目の箱が角へ来たとき、西側の商人が現れた。
服は上等。後ろに荷運び人が六人。荷車は二台。
買う箱は一つしかないのに、大口の見た目だけ作っている。
西の商人 十箱分を先に払う。半値でいいな。
ブラント 当日数3。朝値。
商人 先払いだぞ。損はしない。
レイナ 特別値0。
商人 誰だ、お前は。
フィン 誰って聞いた瞬間、椅子。ここ椅子ない。
商人 椅子など要らん。商談だ。
レイナ 商談0。朝値。
商人 十箱買うと言っている!
ミナ 当日数3。
商人 なら今後の分を予約する。
レイナ 予約0。
商人 なぜだ!
レイナ 説明無し。
商人は袋を持ち上げる。硬貨の音を聞かせる。
金がある。今払える。大口だ。
それ自体を観客へ見せたい。
だが箱は一つ。
箱一つ分の朝値だけが合えば渡る。
袋の大きさは数に入らない。
ブラント 一箱なら朝値です。
商人 この金が見えないのか。
ブラント 一箱なら朝値です。
商人 十箱分だぞ。
ブラント 当日数3。
レイナ 同じこと三回。終わり。
商人が袋を机へ置こうとして、机がないことに気づく。
地面へ置けば自分の金を晒すだけ。手渡ししようとしても、箱一つ分を超える金は受け取られない。
商人 余分は預ける。
レイナ 預かり0。
商人 信用できないのか。
ミナ 預かり箱を増やさない。
ゼフ 口が増える。
フィン 金で新しい箱を生やそうとするな。
商人の後ろで荷運び人が困っている。
運ぶ物がない。荷車二台が空のまま道幅を取る。
ユハが位置を変える。子供便と返却便が通る細い線だけを残す。荷車は入れない。
子供 いち!
次の子供 に!
最後の子供 さん! 終わり!
フィン 今日も荷車だけ止まったな。
レイナ 大きい話は止まる。箱は通る。
商人は半値を諦め、今度は一箱を朝値で買おうとする。
それなら普通の取引だ。
西の商人 一箱だ。朝の値でいい。
ブラント 用途は。
商人 用途まで聞くのか。
レイナ 用途パック。
商人 売るためだ。
レイナ 対象外0。
商人 買った物をどうしようと勝手だろう!
ミナ 用途外。
ブラント この箱は流しません。
商人 金は払う!
レイナ 値段の問題じゃない。
男が黙る。
安く買うことに失敗したから、普通の値段で買って転売するつもりだった。
だが用途が合わない。
値段だけ固定しても、流れを守らなければ外へ溢れる。
フィン 値段を守っても用途で止まるのか。
レイナ 両方合う時だけ流す。
ゼフ 紙は?
ブラント ありません。
ミナ なら凍結も無し。数だけ0。
レイナ 終わり。
西の商人は荷車二台を空のまま引いていった。
追わない。名前も書かない。
大口注文10、成立0。それだけ。
午後。反対側から高値が来る。
今度は荷車がない。身なりのいい女が一人。手には小さな袋。
一箱を倍で買うという噂の本人らしい。
女商人 急ぎで一つ。倍払います。
ブラント 朝値。
女商人 急ぎです。
レイナ 急ぎ0。
女商人 高く払うと言っているんです。得でしょう?
ミナ 特別値0。
女商人 安く売れとは言っていません。
レイナ 高くも売らない。
女商人 なぜ?
レイナ 朝値だから。
女商人は怒らない。
西側と違い、こちらは話を長引かせる方だ。
女商人 値段を上げないと、必要な人へ回らないこともあります。高く払える人が優先されるのは自然です。
フィン もっともらしいな。
ミナ 優先席を作りたい。
レイナ 作らない。
女商人 命に関わる急ぎでも?
レイナ 用途と数。
女商人 お金ではなく?
レイナ うん。
女商人 では、緊急用途なら同じ値段で優先する?
レイナ 優先0。便で回す。
女商人 融通が利かないのですね。
レイナ 燃えない。
女商人は袋を下げた。
倍の金を見せても値段が動かない。
急ぎと言っても順番が動かない。
なら次は、周囲へ向けて言葉を投げる。
女商人 皆さん、この品は倍払っても売ってもらえません。品薄なのでしょう。
フィン 品薄って言った瞬間、値上げの椅子。
ミナ 朝値。
ブラント 当日数3。
レイナ 不足0。余り0。
女商人 三つしかないのでしょう?
レイナ 三つで足りる。
女商人 必要な人が増えたら?
レイナ 翌日。
女商人 待てない人は?
レイナ 待つ。
女商人 待てないから高く払うのです。
レイナ 高値0。
会話が一周した。
二周目に入れば椅子になる。
ミナ 同じ質問。終わり。
ブラント 取引しないなら離れてください。
女商人 取引します。朝値で一箱。用途は工房の補修。
ゼフ 工房名は。
女商人が一瞬止まる。
本当に使う工房なら、名前は短く出る。
止まった時点で用途が薄い。
女商人 代理です。
レイナ 代理0。
女商人 依頼人の名は出せません。
ミナ 用途確認0。
ブラント 流しません。
女商人 ……なるほど。
女商人は小さく笑い、袋を戻した。
怒鳴らない。紙も出さない。
そのまま離れる。
フィン あっちは頭が回るな。
レイナ 次も来る。
ミナ 値段で無理なら、用途を本物にする。
ゼフ 本物の工房を使う?
レイナ たぶん。
ブラント 市場側で見ておきます。
レイナ 追わない。数字だけ。
ブラント 了解です。
夕方。
今日の箱は、補修班内1、金物屋1。残り1は用途が合わず流れなかった。
売れ残りではない。余り1。
同じ箱で翌便へ戻す。
フィン 売れる相手はいたのに戻すの、変な感じだな。
ミナ 値段が合っても用途が合わなかった。
ゼフ 無理に売れば外へ溢れる。
レイナ 余りは戻す。
フィン 昨日の進捗がそのまま使えるな。
レイナ 進捗は一つ。今日は朝値。
ミナ 戻すのは既存運用。
レイナ そう。
箱一つが補修班工房へ戻る。
新しい札は付けない。
値下げもしない。
売れ残ったから安くする、をやれば西側の商人が勝つ。
急ぎに高く売れば女商人が勝つ。
戻せば、どちらの値段にもならない。
補修班の若いの また戻ってきましたね。
フィン 出来が悪いわけじゃないぞ。
若いの 分かってます。明日作らなくて済むんですよね。
レイナ 明日は2。
若いの だいぶ楽です。
補修班頭 楽になった時間で余計な物を作るなよ。
若いの ……刃を研ぎます。
レイナ 研ぎすぎない。
若いの 分かってますって。
夕方の市場報告。ブラントが数字だけを持ち帰る。
ブラント 半値要求10、成立0。倍値要求1、成立0。朝値取引1。用途外2。余り戻し1。
ミナ 値段は動いた?
ブラント 動いていません。ただ、西側では余っている、東側では品薄だ、が同時に流れています。
フィン 真逆の噂が同時に出るのか。
レイナ 噂は数字じゃない。
ゼフ 明日の朝値は?
レイナ 変えない。
フィン 安い噂と高い噂、両方出てるのに?
レイナ 実取引1。余り1。変える理由0。
ミナ 数字だけなら同じ。
レイナ うん。
領主へ報告する。
ブラント 当日数3。実取引1。内部使用1。余り1。半値要求10と倍値要求1は成立0。
領主 値は。
レイナ 朝から変更0。
領主 良い。噂で値を動かすな。
フィン 余ってる噂と品薄の噂、両方あります。
領主 なら、どちらも嘘だ。
ブラント 市場へ否定を出しますか。
領主 出すな。否定は噂を長生きさせる。明日も同じ値で売れ。
レイナ 正解。
領主 私に正解と言うな。
レイナ 正解。
フィン やめろって。
領主は一度だけ眉を動かし、そのまま帰った。
説明会はない。価格表もない。
明日も同じ数字で箱が流れれば、噂の方が先に疲れる。
夜。灯りは二基。低く地味に足元だけ。入口は照らさない。外変化0。
余り1は補修班工房の同じ位置。新しい棚なし。値下げ札なし。
凍結紙0。今日は紙ではなく、金と噂が来た。
穴札12は腰袋のまま。
机出し0。
補修班の許可段+1もそのまま。
朝値は一度だけ決め、その後は触らなかった。
安く買いたい者にも、高く買いたい者にも、同じ数字を返した。
値段が動かなければ、急ぎも大口も椅子にならない。
俺は板に一行だけ残した。
朝値変更0を維持し、半値要求10と倍値要求1を成立0、用途外の余り1を同箱で翌便へ戻した。




