前世から今世へ
「ロベルトだって考えてくれているでしょう? 私との将来のこと。知ってるのよ?」
「――っ、何のことでしょう」
「ふふっ、惚けちゃって」
「……」
ロベルトさんは少しだけ頬を赤らめる。
どうやら姫様の一方的な想い、というわけでもなさそうだ。
ロベルトさん自身、姫様に惹かれているのかも。
なら、二人の想いを阻んでいるのは一つ、身分差だ。
「はぁ……私が王女じゃなければ話は簡単だったのに。辞められないかしら」
「めったなことをおっしゃらないでください。国民が聞けばどう思うか」
「わかっているわよ。私は王女で、あなたは教育係。この関係がなければ出会えもしなかった。だから本気で嫌なわけじゃないわ。それでも、窮屈なだけよ」
「それが王族というものです。人々の模範であり、代表なのですから」
人々の模範であり、代表。
決して自己を優先せず、常に王国のために利する行動を選択し続ける。
感情はいらない。
ただ必要なことをする。
たとえ人々に、周囲に疎まれても。
それが王だと示し続けたのは、誰でもない私自身だった。
千年後の現在も尚、私が残した考え方が根付いてしまっているのだろうか。
だとしたら二人を阻む障害は……。
「イレイナさん、これがさっきの質問の答えよ」
唐突に、姫様が私に語り掛ける。
私の質問、二人はどうして婚約を保留にしているのか。
二人に婚約の意思はない。
なぜならば、姫様には想い人がいるから。
「私は王女。だから結婚する相手も自由には選べない。他国の王族、もしくはこの国でも名の知れた貴族でなければ釣り合わない。お父様はそうおっしゃっているわ。そういう基準なら、アスノトはピッタリでしょ? 騎士王だもの」
「だが俺にも、姫様にも婚約の意思はない」
つまり、この話を完全になくさず保留にし続けることで、お互いの未来を守っている。
姫様はロベルトさんと結ばれたい。
だけど王族としては、利益のある相手と婚約すべきだ。
放っておけば流れる様に相手は決まるだろう。
だからこそ、アスノトとの婚約の話を残したまま保留にしておく。
そうすることで、他の縁談や相手を断り続ける理由になる。
一つ、合点がいく。
アスノトが私と婚約したいと言った時、姫様のことを伝えなかった理由。
彼が抜けているからだと思っていた。
それもある。
けど根本に、姫様の想いを知っていたから、二人が婚約することはないと心の奥で確信していたのだろう。
それからもう一つ、考えている最中に気付いた。
彼らの婚約は、私が出会う前からあった。
彼はやっぱり、お人好しだ。
「アスノトのおかげで、私はまだ他の誰かと婚約しなくて済んでいるの。でも、アスノトにも素敵な相手ができたみたいだし、そろそろ潮時かもしれないわね」
姫様は私を見ながら片目を瞑る。
別に、私たちは急いでいるわけじゃないし、そもそも私にその気なんて……。
「そうでなくても、顔を合わせる度、陛下からは早く結論を出せと急かされている。一年も経っているから当然だがな」
「そうね。何か他の方法を考えないといけないわ。一番楽なのは、私とロベルトで駆け落ちすることだけど……」
「ダメです。そんなことをすれば、王国はパニックになります」
そうそうにロベルトさんが否定する。
王女が行方不明。
ロベルトさんが一緒なら、まず誘拐だと思われるだろう。
二人は一緒にいられても、安全はない。
少なくとも穏やかには暮らせない。
「それに、次期国王となれるのは現状、姫様しかおりません。お立場を考えてください」
「わかっているわよ。お父様にも散々言われているもの」
「――?」
姫様しかいない?
私は疑問に思う。
姫様が国王に、女王になるということではない。
彼女しかいないというのはどういうことだろう。
確か現国王には子供が二人いたはずだ。
姫様と、その弟である王子が。
元女王として、王族の事情は気になった。
だから聞くことにする。
「陛下は姫様を次期国王に決められたのですか?」
「決めていないけど、決まっているようなものなの。あの子は……私の弟は病気なのよ」
「姫様! その話を勝手に」
「いいのよ。貴族の一部も知っているわ。それに彼女はアスノトが心に決めた人よ? いずれ知ることになるわ」
ロベルトさんは焦った表情を見せている。
どうやら極秘の話だったようだ。
というのも、第一王子が病という情報はどこにもなかった。
ルストロール家でも聞いたことがない。
「一時的なもの、ではないのですね」
「ええ。ちょうど二年くらい前から体調を崩して、それからどんどん弱っていった。今はもうベッドから起きることもできないわ」
「そこまで……何の病なのかわかっているのですか?」
姫様は首を横に振る。
続きはロベルトさんが答える。
「王国最高の医師たちが検査しましたが、未知の病らしく治療法も見つかっていないのです。今は既存の薬品と、治癒の魔法を駆使して病の進行を抑えております。ですが……」
一向に症状は改善しない、と悔しそうにロベルトさんは語った。
どんな方法を駆使しても病は改善せず、一年が経過した頃、国王陛下は姫様とアスノトの婚約を提案したという。
父親として国王がどう思っているかはわからない。
ただ、国王としては王族の血を絶やすことは許されず、国民に不安を抱かせるわけにもいかない。
それ故に、姫様を女王としようと考えているのだろう。
国王としての判断は間違っていない。
「王族……治らない病……」
「君ならどうだ? イレイナ」
アスノトが尋ねる。
いつになく真剣な表情で。
「君の魔法なら、王子を救えるか?」
「アスノト君」
「アスノト、あまり彼女を困らせてはダメよ。宮廷の魔法使いたちも尽力して変わらなかったのよ?」
「――わかりません」
私は数秒考えてから答えた。
できない、ではなく、わからないと。
姫様とロベルトさんが振り向く。
アスノトが尋ねる。
「わからないというのは?」
「実際の症状や状況を見ないとわかりません。時間を巻き戻すことは可能ですが、それも一時的です。何よりリスクが大きいです」
時間回帰は強力な魔法だ。
世の理に反する、もしくは通じる効果の魔法には相応のリスクが伴う。
命を削ることや、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性がある。
特に命の巻き戻しは、世界からどんな修正作用が起こるか未知数で、私でもどうなるかわからない。
「実際に見れば、わかるかもしれないんだな?」
「そうですね。そもそも病なのか、それ以外なのかも知っておく必要があります。ですが人の身に起こることは、必ず人の手の届くことです。対処のしようはあると――」
「本当なの!? あの子を、リクを救える?」
「姫様……」
彼女は私の両肩を掴む。
震えた声で、手で、私に尋ねてくる。
彼女の瞳から、弟への心配があふれ出てくるようだ。
自分と愛する人の未来のため、ではない。
本心から弟を、王子を案じている。
彼女にはちゃんと、姉弟としての絆があるんだ。
「断言はできませんが、不可能ではないと思います」
私はハッキリとそう告げる。
姫様は瞳を大きく見開き輝かせて、アスノトに視線を向けた。
「彼女は優秀な魔法使いでもある。個人の感想でしかないが、俺が知る魔法使いの中でも、彼女の魔法は華やかで、極められていた」
「――そう、イレイナさん! 私からあなたにお願いするわ。私の弟を、リクを救う方法を探してほしい。私たちのためじゃない。あの子の未来のためにも」
「かしこまりました。それがご命令とあれば、最善を尽くしましょう」
別に、彼女たちのためじゃない。
ただ命じられたから、というわけでもない。
王族の癒えぬ病。
前世の記憶が過って仕方がない。
嫌な予感がする。
元女王として、この国の今に関わった人間として、確かめずにはいられない。
もしも同じ過ちが繰り返されているのだとしたら……。
私には止める義務がある。
「ですがよろしいのですか? 仮に王子様が回復されても、姫様が次期国王になる可能性が消えるわけではありません」
「いいのよ。それとこれとは話が別だわ。一番はあの子が回復すること」
「かしこまりました」
「気を遣ってくれてありがとう。私もちょっとは女王っていう響きは素敵じゃない? 千年前、この国を守った偉大な女王様は……私の憧れよ」
姫様の何気ない一言に、私は耳を疑った。
偉大な女王?
千年前?
私は驚き、首を傾げる。
「ああ、この話は王族と一部の貴族しか知らなかったわね。千年前の女王様は、王国のために全てを捧げた偉大な人だったの。でもクーデターに倒れてしまった。それでも彼女の意思を継いだ人々が立ち上がり、国を取り戻したのよ」
「それは……」
「女王様の意思が、人々の心を動かしたのよ」
「――!」
ずっと疑問には思っていた。
私の時代で、女王である私が倒れたことで王政は破壊されたはずだった。
けれど今、この国には王政が残っている。
どこで戻ったのか、はたまた取り戻したのか。
「……そうですか」
私が倒れた後、人々は戦ったのか。
なら、私がしてきたことも……間違いではなかったのかもしれない。
千年越しに少しだけ、前世の私が報われた気持ちになった。
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