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【WEB版】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第五章

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王女様の想い人

 グレーセル家の敷地内。

 広い中庭で、この国でもっとも美しい女性が大きく深呼吸をする。


「うーん! 空気が美味しい。ここへ来るのも久しぶりね」

「そうでもないだろう? つい一か月前にも遊びに来たじゃないか」

「一か月なら十分久しぶりよ? 子供の頃は毎日のように遊びに来ていたんだから」

「十年以上前の話だ。今はお互いに忙しいからな」


 中庭のテラスに座り、親し気に会話をする二人を私は一歩下がって見守る。

 テーブルの上には紅茶とお菓子が用意されている。

 姫様は紅茶を一口飲むと、瞳をキラキラさせて言う。


「美味しい。この紅茶はイレイナさんが淹れてくれたの?」

「はい」

「凄いわ。王城で出される紅茶より美味しい。何かコツがあるのかしら?」

「紅茶の味の違いは使う材料は同じでも、淹れ方が違えば生まれます。私なりに一番味がよく出る淹れ方でご用意いたしました」


 侍女の仕事の一つは、屋敷での家事全般。

 掃除や片づけはもちろん、お料理もできなければ話にならない。

 前世では縁のなかった私だけど、今世ではしっかり勉強して、大抵の料理は作れるようになっている。

 テーブルに出されているお菓子も私が作ったものだ。


「素敵ね。私なんてお茶の淹れ方も知らないわ」

「私は仕事ですので」

「それでも凄いことよ。元は貴族として生まれ、境遇にいろいろあったとしても、腐ることなく自分の居場所を自分で見つけていた。誰にもできることじゃないもの。見習わないとね」

「……もったないお言葉でございます」


 私は頭を下げる。

 調子が乱れる。

 私が連想する王族は、もっと高圧的で恐ろしく、こんなに柔らかく笑わない。

 少なくとも女王だった私とは違う。


「せっかくなら、イレイナさんも一緒にお茶しましょう」

「いえ、私は侍女ですので」

「お堅いこと言わないの。今の私はアスノトの友人として遊びに来ているのよ」

「そう言われましても……」


 困ってしまう。

 さすがに王女様になめた態度はとれない。

 もしこの発言が罠で、私の本性を暴き出そうとしているなら……とか。

 変に疑ってしまうのは過去の経験からだ。

 私は基本的に、他人を信用していない。

 戸惑う私を見ながら、姫様は小さく笑って言う。


「じゃあ何か聞きたいことはないかしら? 美味しい紅茶を淹れてくれたお礼に、なんでも答えてあげるわよ」

「なんでも……」

「そう、なんでも。その代わり私もいろいろ聞いちゃうと思うから、あなたも答えられることには答えてね?」

「かしこまりました。では一つ、お二人は婚約の話が上がっていると聞いております。なぜ保留のままにされているのですか?」


 私はずっと気になっていたことを尋ねた。

 二人が婚約を保留にしているのは、互いに望んでいないからだと思っていた。

 けれど実際は、二人はとても仲睦まじい。

 地位を越えて、友人として垣根なく接している。

 ここまでのやりとりを観察する限り、互いに好意的な感情は抱いている……と思った。

 私は続ける。


「お二人は幼いころからの友人とお聞きしました。とてもお似合いだと思います」

「ふふっ、ありがとう。私たちはお似合いだそうよ?」

「ははっ、よく言われるよ。聞き飽きるほどに聞いたからな」


 二人は笑う。

 アスノトは呆れたように、姫様は楽しそうに。

 やっぱり二人は……。


「周りにどう見えているかは知っているわ。けど、私たちにそういう感情はないの」

「ああ、好意はあるが友人としてのものだ」

「そうね。小さいころから一緒に遊んでいるし、兄妹みたいに思っているのは少しあるわね。アスノトは手のかかる弟だわ」

「俺が兄じゃないのか?」

「弟でしょ? 歳はそっちのほうが上だけど」


 姫様はクスクスと笑いながらアスノトと話す。

 私にはまだわからなかった。

 一国の王女と騎士が、地位の垣根を越えてただの友人になれるのだろうか。

 友人同士というのは、皆こんなにも仲が良く見えるのだろうか。

 思い返せば私には……友人という存在はいなかった。


「それにね? 私には小さい頃から、ずっと好きな人がいるのよ」

「――! 王女様の……」


 想い人?

 私はアスノトに視線を向ける。


「俺じゃないぞ? 俺もよく知る人ではあるけど。ララ姫は昔から、あの人一筋だからな」

「当然よ。ずっと好きだもの」

「……どんなお方か、お聞きしてもよろしいでしょうか」


 私は気になった。

 王女様が気にかけている人物が誰なのか。

 アスノトではなく、彼女が好意を抱く相手にどうしようもなく興味が湧く。

 

「そうだな。ちょうど今の俺と君に近い関係だ」

「アスノト様と私に? それは、身分差があるということでしょうか」

「ああ。けれどずっと近くにいる。あの人は俺たちにとっての先生だからな」

「先生?」


 まだ思い当たらない。

 王城で働いている使用人の誰か、だろうか。

 ますます興味が湧いてくる。

 いつか会ってみたい。

 そんなことを考えていたのが顔に出ていたらしい。


「もうすぐ会えるわ」

「え?」

「そろそろ私のことを探しに、ほら、音がする」


 私は耳を澄ませる。

 誰かがこちらに向かって走っている音が聞こえた。

 一人、とても慌てている。

 私は音のする方へと視線を向けた。


「姫様! やっぱりここにいらしていたんですね!」

「――遅かったわね。ロベルト」

「遅かったじゃありませんよ。まったく、勝手に王城を抜け出して……外出されたいのであれば一言おっしゃってください」

「それだとお父様の許可が必要でしょう? 時間がかかって面倒なのよ」


 ぷいっと顔を背ける姫様。

 まるで子供みたいな反応を見せる彼女に、ロベルトと呼ばれていた男性はため息をこぼす。

 高身長で優しそうな人。

 アスノトに比べて華奢で、メガネをかけている。

 若そうだけど、この人も二人にとって友人のような人……なのかしら?


「いらっしゃいませ。ロベルト先生」

「ああ、お邪魔するよ、アスノト君。いつもすまないね」

「いえ、お気になさらずに。姫様と先生なら、グレーセル家はいつでも歓迎いたします」

「アスノトもそう言っているし、ロベルトも一緒にお茶しましょう? とっても美味しい紅茶を淹れてもらったのよ」


 姫様はマイペースに紅茶を飲む。

 そんな彼女にロベルトは苦言を呈する。


「姫様! 勝手に抜け出されてはいけません。何かあったら僕が陛下に叱られてしまいます」

「大丈夫よ。もし怒られたら、私がお父様に言ってあげるわ」

「そういう問題ではありませんよ」

「心配性ね。そんなに私のことが大切なの?」

「当然です。姫様はこの国の宝です。私には姫様をお守りする義務と責任がございます」

「そこは愛しているから、って言ってほしかったわ!」


 プンと可愛らしく姫様は不機嫌になる。

 今の発言を聞いてハッキリした。

 この人こそ、さっきまで彼女たちが話していた人物。

 姫様の想い人なのだと。

 私はロベルトさんと視線が合う。


「初めてお会いする方もいらしたとは、これは失礼いたしました。僕は――」

「ロベルト・カイマン! 私の未来の旦那様よ!」


 彼の自己紹介を乗っ取って、姫様が代わりに話し出す。

 姫様は彼の腕に抱き着いて、自分のものだと言わんばかりにアピールする。

 ロベルトさんは困った顔をしながら言う。


「ちょっ、姫様! 御冗談はおやめになってください。私は姫様の護衛兼教育係です!」

「もう、またそうやって逃げる。ロベルトは私のこと……嫌いなの?」

「っ……そんなわけないじゃないですか」

「じゃあ愛してる?」

「ぅ……ですからぁ……」


 姫様の猛アピールに戸惑うロベルトさん。

 私はアスノトに視線を向ける。

 この状況を説明してほしかった。

 意図を察してくれたのか、アスノトが口を開く。


「王族には幼い頃から必ず一人、教育係がつく。学問、政治、武芸など。あらゆる面に精通した人物が選ばれる。ロベルトさんは姫様の教育係を五歳の頃から務めているんだ」

「そうよ! ロベルトは凄いの! 何でも知っているし、何でもできちゃうの!」


 彼のことを話しているのが聞こえたのか、姫様が勢いよく会話に入って来た。

 ロベルトさんはやれやれと首を振っている。


「俺も小さい頃にいろいろ教わった。剣術以外は苦手だったが、先生のおかげで苦手も克服できたよ」

「アスノト君は覚えがよかったですからね。ただこうだと思い込むとなかなか抜け出せないことがあったので、そこは改善が必要です」

「ははっ、肝に銘じておきます」


 頑固なところは昔からで、あまり改善されていないようね。

 姫様にとってだけではなく、アスノトにとっても先生のような人。

 ということは、見た目の割に年齢もそれなりなのかしら?

 二人が幼い頃から教育係をしているというと、少なくともその時点で成人年齢は超えているはず。

 つまり、少なくとも一回り以上年上?

 全然そうは見えないわね……。


「あの頃から、姫様は先生と結婚すると口癖のように言っていたな」

「その気持ちは今も変わらないわ。私はロベルトが好き、大好きだわ」

「姫様……私は教育係です」

「知っているわよ。今の身分のままじゃ、私たちは永遠に結ばれることはない。わかっているの……」


 王女様と教育係。

 騎士王様と侍女も同じ。

 本来ならば永遠に、絶対に結ばれることのない恋。

 姫様も理解している。

 理解した上で、諦めずにいる。


「それでも私は諦めない。必ず、あなたと結婚するわ」


 姫様とアスノトは、どこか似ている。

 そんな気がした。

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