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【WEB版】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第五章

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来客は王女様?

「イレイナ!」


 彼女は枕を投げつける。

 結局、魔法の効果が解除されたストーナはパーティーに参加しなかった。

 あんな醜態をさらし、妹に圧倒されたという事実が、彼女には許せなかった。

 故に、普段通りの振る舞いなどできない。

 彼女は今、かつてないほどの怒りに燃えていた。


「無能な癖に……この私に恥をかかせて……」


 彼女は見たはずだ。

 自分の魔力を完全に封じ込め、完封されたのだから。

 すでに理解したはずだ。

 イレイナが無能ではなかったことを。


 だが、彼女は怒りに支配されていた。

 冷静な判断などできていない。

 

「どうやってあんな力を手に入れたのか知らないけど、どうせインチキよ」


 そう、偽りだと考えてしまっている。

 力を得るための方法があって、それを自分が知らないだけだと。

 かりそめの力を武器に強がっているだけで、本当は自分のほうが優れていると。

 信じている。

 信じ切ってしまっている。

 そんな呆れるほどの自己愛と執着が、いずれ巨悪に利用されてしまうことを……。


 彼女はまだ知らない。


  ◇◇◇


「すまなかったな。イレイナ」


 帰宅したアスノトは、真っ先に私の前にやってきて頭を下げた。

 私は少し驚いて、彼に問いかける。 


「どうかされたのですか?」

「君の姉とのことだ。元はと言えば、俺への忘れ物を届けに来てくれことが原因だろう?」

「いえ、あれは私のミスです。謝罪しなければならないのは私です」


 私は頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。私の事情に、アスノト様を巻き込んでしまい」

「やめてくれ。俺は迷惑だなんて思っていない。君が抱えていた事情を知った上で、俺は君を婚約者にしたいと思っているんだ」

「……そうですか。ですがアスノト様が謝罪されるようなことはございません。今夜のことはどうか、お気になさらないでください」

「……君がそう言うなら。だが君は平穏を望んでいるのに、姉に力を見せてしまってよかったのかい?」

「構いません。お姉様のことですから、誰かに言いふらしたりはしないでしょう」


 私の実力を話すということは、自らの失態を共に伝えるようなものだ。

 プライドの高い彼女が絶対にしない。

 今頃怒りを枕にでもぶつけている頃だろう。

 彼女は苛立つとすぐに物や私に八つ当たりをする。

 そのせいで壊れたものを片付けたり、余計な仕事が増えて大変だった。

 それにしても……。


「パーティーはもう終わったのですか? 予定よりも随分とお早いお戻りでしたが……」

「途中で切り上げてきたんだよ。君にいち早く謝りたくてね」

「そこまでしていただかなくても……」

「いいや、最優先事項だよ。これをきっかけに嫌になって、帰ったら君がいなくなっていた……なんてことになったら、俺は一生後悔するからね」


 大げさなことを……。

 この程度で気持ちが落ち込んだりするなら、私はとっくにどこかへ消えている。


「ご安心ください。私は出て行けと言われない限りここにおります」


 何より、ここは居心地がいい。

 お人好しばかりだし、休日も貰える。

 手放すには惜しい環境だ。


「出て行けなんて言うつもりはないよ。むしろずっといてほしい」

「わかりませんよ? アスノト様に想い人ができれば、異性である私は邪魔になります」

「君も意地が悪いな。そんなことはないと言っているだろう?」


 彼も相変わらず頑固に主張してくる。

 私のどこに、そこまで執着するほどの魅力を感じているのやら。

 聞けば王女様との婚約も先延ばしにして断っているそうじゃないか。

 普通ならありえない。

 というより、王女様のほうはどう思っているのだろうか。

 

「パーティーには王女様も参加されたと聞きますが、アスノト様も挨拶はされたのですか?」

「いや、タイミングが悪くて会えなかった。それがどうかしたかい?」

「……いえ、なんでもございません」


 そういえば、私は一度も王女様と話したことがない。

 顔はなんとなく覚えている。

 とても綺麗な肌、綺麗な黄金の髪に煌びやかな瞳……とにかく綺麗な人だった印象はある。

 アスノトと関わっていれば、いずれ顔を合わせる機会はあるだろうか。

 彼が私を婚約者にしたいと思っている事実を知れば、一体どんな反応をするのか……。

 気になる気持ちと、不安がバランスをとっている。


「もしかして、嫉妬でもしてくれたのか?」

「……はぁ」

「せめて普通に否定してほしかったな。ため息のほうがぐっとくる」


 王女様は彼のマイペースな一面を知っているのだろうか。

 知っているならきっと、私と同じように呆れているかもしれない。

 いつか顔を合わせた時の反応に期待しよう。


 そんなことを考えていた。

 意外と、そのいつかはすぐに訪れる。


  ◇◇◇


 翌日の午後。

 私は庭の掃除をしていた。

 この屋敷の庭は広く、掃除のし甲斐がある。

 箒だけじゃ一日かけても終わらない。

 だからアスノトに許可を貰って、魔法も使いながら掃除をする。

 葉っぱを風で浮かべて運んだり、一か所にまとめたり。

 気流を操作する魔法は掃除にとても便利だ。

 

「他の皆も使えばいいのに。そんなに難しい魔法でもないのだから」

「――魔法を手足のように扱える君ならではの発想だね」


 ふいに声が聞こえる。

 最近はあまり驚かなくなった。

 私は振り返る。


「どうかされましたか? アスノト様」

「手が空いたからね。庭にいる君を見つけて様子を見に来たんだよ」

「お暇なのですか?」

「そうでもないよ。ちょっと人を待っているところなんだ」


 人を待っている?

 来客の予定はなかったはずだけど……。


「誰かいらっしゃるのですか?」

「ああ、ちょうど昨日、挨拶をし損ねたからだろうね」

「パーティーのお話ですか? 挨拶……! まさか、これからお越しになられるのは――」


 私は一人の女性を思い浮かべる。

 その時、ちょうど玄関のベルが鳴り響く。


「来たようだね」

「……」

「ちょうどいい。イレイナ、君も一緒に来てくれ」

「私も、ご一緒してよろしいのですか?」


 相手はおそらく、この国でもっとも偉い一族の……。


「もちろんだ。彼女にも君を紹介しないとね」

「……かしこまりました」


 不安だ。

 なぜだかとても不安になる。

 私は彼の後ろに同行し、ベルの鳴った玄関に急ぐ。

 玄関に立ち、扉を開けた先に待っていたのは……。

  

 絶世の美女。


「こんにちは、アスノト」

「ようこそお待ちしておりました。ララティーナ姫」


 予想通り、来客というのは王女様のことだった。

 こうして近くで見るのは初めてだ。

 綺麗な肌も、髪も、瞳も全て、吸い込まれるようで……。

 同性の私でも、彼女の美しさに見惚れてしまう。


「突然ごめんなさい。昨日のパーティーで挨拶もなかったから、心配になって見に来たのよ?」

「申し訳ありません。少々急ぎの予定がございまして」

「ふふっ、別に怒っていないわ。こうして遊びに来る口実が欲しかっただけよ」


 ララティーナ姫は楽しそうに微笑む。

 二人の雰囲気は柔らかく、優しく、どうみても良好で。

 少なくとも私にはお似合いに見えた。

 少し、心がざわつく。

 私はここにいてもいいのだろうか。


 そう思った時、王女様と視線が合ってしまった。


「アスノト、その人は? 新しい使用人さんかしら」

「はい。彼女はイレイナ、私の――」


 嫌な予感がする。

 まさかと思うけど、言わないわよね?

 仮にも婚約者候補の、しかも王女様を相手に……。


「婚約者にしたいと思っている女性です」

「――!」


 言ってしまった。

 普通に、何の躊躇もなく。

 私は驚きで目を見開く。

 なんてことをしてくれたのかと。

 ただでさえ敵が多い私の人生に、更なる強大な敵を作ろうとしているの?

 さすがに王女様に睨まれるようになったら、この国のどこにも居場所がなくなってしまう。

 最悪、ここでの記憶を消して……。


「ついに見つけたのね! あなたの運命の相手を!」

「――え?」


 王女様は楽しそうに、ハイテンションで笑顔を見せる。

 予想外の反応を見せた彼女に、私は思わずキョトンとした態度をとる。

 睨まれたり、罵声を浴びせられたり、否定されたりじゃなくて?

 どうしてそんなにも嬉しそうにするの?


「よかったわね、アスノト。あなたにとっての運命の相手、ようやく見つけられたのね」

「はい。おかげさまで」

「もう、そんな他人行儀な話し方はやめてちょうだい。今日はお忍び、誰も連れてきていないわ。普段通りでいいわよ」

「――じゃあお言葉に甘えて。いらっしゃい、ララ姫」


 突然、アスノトも砕けた態度、話し方になる。

 二人は納得しているみたいだけど、私だけは理解できず置いてきぼりになっていた。

 そんな私に気付いたアスノトが説明する。


「ああ、すまない。意味がわからないよな? 実は彼女とは昔からの友人なんだ」

「幼馴染なのよ。私とアスノトは。だからプライベートでは友人として接するようにしているの。驚かせちゃったかしら」

「……いえ……」

「改めまして、あなたがイレイナさんね? 事情はおおむね聞いているわ」

 

 そう言った王女様に私は驚く。

 私はアスノトに視線を向けると、彼は小さく頷いた。


「以前に手紙で軽く伝えておいたんだ。この国の貴族の事情だから、彼女にも知る義務があると思ってね」

「そうだったのですね」

「イレイナさん」


 王女様が私の手を両手でぎゅっと握る。

 柔らかくて、温かい手だ。


「大変な思いをさせてごめんなさい。王女として、気づけなかったことを謝らせてほしいわ」

「――! 頭を上げてくださいませ」


 仮にも一国の王女様が、貴族でもない侍女に頭を下げる。

 私の時代では考えられなかった。

 これが現代の普通?

 それとも、彼の周りにいる人間は、どうしようもなくお人好しばかりなのかしら?


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