161話 世界樹の杖を増殖させてみた
「――こちらが、世界樹杖ワンド・オブ・ワールドです」
「わーい」
ユグドラシルが目の前の苗木に手をかざすと――しゅるるるるる……っ、と木が形を変え、先端にエメラルド色の魔石がはめこまれた小杖になった。
まだ小さく成長途中の苗木のような杖だが――いずれ、持ち主とともに成長していくだろう。
しかし、その杖をわたそうとしたところで……。
「あの、ちなみになのですが……本当にあなたは試練を突破したのですよね? 失礼ながら、アホっぽ――いえ、あまり強そうには見えず……」
と、ユグドラシルは少し疑わしげな目を、ローナに向ける。
「? あれ、前は疑われなかったんだけどなぁ」
「……前? と、ともかく、なにか力を示していただけると、ありがたく……」
「う、うーん、力を示してと言われましても……また森を更地にするわけにもいかないし」
「……また森を更地に?」
「あ、そうだ!」
そこで、少女はぽんっと手を打つと。
腰にさげていた拳銃を虚空へとしまい、代わりにトランプの束を取り出した。
「ここに、種も仕掛けもない重ねたトランプがありますよね」
「はい」
「この一部を、こうやって指でつねると……引きちぎれます」(バキッ!)
「…………。握力2トンぐらいあるのですか、あなた?」
「まあ、最近は全ステータス-77%の装備を着けてないと、まともに日常生活を送れなくて」
「うわぁ……」
まあ、ちょっと思っていた方向性の力とは違ったが……。
なにはともあれ。
「……あなたの力は示されました」
それに、これほどの力を身につけ、この地までやって来たということは――。
「あなたはここに至るまでに、たくさんの冒険をしてきたことでしょう」
「はい」
と、少女は頷く。
「ここに至るまでに、たくさんの出会いと別れを経験してきたことでしょう」
「はい」
と、少女は迷いなく頷く。
そう、少女はたくさんの……たくさんの冒険をしてきた。
厄災の竜が封印された迷宮を、おとぎ話のエルフの里を、海底にある伝説の王国を、黄金と宝石でできた古代の都を、火山の地底にあるドワーフたちの坑道を、機械仕掛けの異世界都市を、“魔王”が封印された夢の世界を……。
冒険し、冒険し、冒険し……。
そして、今――ここに至った。
そんな少女の旅路を、ユグドラシルは知らない。
しかし、それでも……なぜだろうか、ユグドラシルには不思議な確信が芽生えていた。
この少女ならば、安心してこの杖を託せる――と。
ゆえに、世界樹の精はふっと微笑んで、その言の葉をつむぐ。
「……この杖を――この世界を、あなたに託します」
「わーい」
「……反応、かっる……」
やっぱり、不安しかないかもしれない。
「ま、まあ、よいでしょう……ともかく、これでわたしの使命も終わり……これで、ようやく消えることができます……」
こうして、世界樹の精ユグドラシルの体は、光に溶けるように消――。
「――こんにちはー。杖を返しに来ましたー」
「…………ん?」
なんか、また声がした。
ユグドラシルが目を開くと、そこに黒髪の少女がもうひとり立っていた。
なんか黒髪の少女が、ふたりに増殖していた。
ユグドラシルは、なんか消えそうになっていたのも引っこみ、思わずぽかんとしてしまう。
「え、あの……え、なんでいきなり増殖して……? というか、返すって……返すんですか、杖?」
「はい」
「今、受け取ったばかりですよね、あなた……?」
「あ、それは、3か月前の私ですね」
「……ん? ……んんん?」
「それと……このあと、また3か月前の私が杖をもらいに来るので、私がここで返した杖をそのままわたしてもらえたらなって」
「……え? ……はぁ?」
その言葉の意味はよくわからなかったが。
なぜか嫌な予感がして、ユグドラシルがおそるおそる神域の入口のほうをのぞきこむと――。
「――最後尾はこちらで~す!」「受付で番号札を取ってくださ~い」「こんにちはー」「次、番号札3番の私~?」「はーい」「こんにちはー」「こんにちはー」「わーいわーい」「待て待てー」「ちょっと過去の私! ちゃんと時系列順に並ばないと!」「こんにちはー」「歩きインターネットは危ないよ、未来の私!」「こんにちはー」「こんにちはー」「えへへ、行列を見ると並びたくなるよね」「あ、わかる!」「こんにちはー」「こんにちはー」「ねぇ未来の私、隕石はどうやって倒したの?」「えへへ、因果律が崩壊しちゃうから秘密♪」「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」…………。
ずらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ、と。
同じ顔の少女――もといローナが200人ぐらい行列を作っている光景がそこにあった。
なんか……野生のローナが大量発生していた。
「………………」
そう、ローナがサ終対策のためにやった『世界樹の杖の増殖法』とは――。
①隕石戦前のローナが杖をもらう。
②隕石戦後のローナがその杖を返す。
③隕石戦前のローナ(①の少しあと)が、②で返された杖をもらう。
④隕石戦後のローナ(②の少しあと)が、③で受け取った杖を返す。
⑤以下、ループ……。
とやることで、タイムパラドックスを避けつつ、『隕石戦時に一時的に杖が何十本もある』という状態にする方法であり……。
「――というわけで、世界を救うために、あと200回ぐらいさっきのやり取りお願いします!」
「…………あ、はい」
――かくして。
世界樹の精ユグドラシルは、考えるのをやめた。
「こんにちはー。エルフの隠れ里でヒントを……」
「……皆まで言わずとも、理解しています」
「こんにちはー。杖を返しに来ました」
「……そこの地面に刺しといてください。はい、次の方」
「こんにちはー。杖をもらいに来ました」
「……この杖を――この世界を、あなたに託します。はい、次……」
「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」
「………………」
途中からは、完全に流れ作業となっていたが……。
こうして、昼休憩などもはさみつつ、ユグドラシルは虚無顔でローナ×200の列をさばいていき……。
「――番号札200番のローナです。杖を返しに来ました」
「はぁっ……はぁっ……あ、あなたで最後ですね……っ」
「だ、大丈夫ですか? 声がっさがさですが……」
夕方になる頃に、ようやく最後のローナの番となった。
「えへへ! せっかくなので、MPを9万9999までチャージしておきました!」
「あ、はい……というか、あの、なんか杖大きくなってません?」
「まあ、杖の中ではけっこう時間が経ってますし……栄養もたくさんあげたので、成長したんじゃないかなぁと」
「これもう、小杖と言いにくいサイズなのですが……どのツラ下げて小杖と名乗ればいいんですか、この杖」
「大丈夫です。“そしゃげ”の小杖なんかも、だいたい大きいので」
「そしゃげ……?」
なにはともあれ。
これで、増殖させた世界樹の杖の後始末も済み――。
「うん……これでよし! それじゃあ、ありがとうございました! これで世界は救われました!」
「……過去形? よくわかりませんが、まあ……救われたのならよかったです」
と、ユグドラシルは安心したように息を吐く。
ろくでもない目にあったが、これで世界が救われるなら安いものだろう。
だから、ユグドラシルはふわりとやわらかく微笑むと、今度こそ――。
「……ああ……これで、ようやく……消えることが――」
「――それじゃあ、10年後にまた私が来るので、よろしくお願いします!」
「…………ん?」
消えようとしたところで、なんか不穏なことを言われた。
「え、あの、10年後? 来るんですか? また?」
「はい。それと、そのときは初対面ってことにしといてください」
「……? はぁ……それはよいですが……しかし、なぜ?」
「まあ、ちょっと世界が崩壊しちゃうかもなので」
「ちょっと世界が崩壊しちゃうかもなので!?」
「過去に干渉しちゃったので、世界を騙さないと“たいむぱらどっくす”で世界が消滅するかも……みたいな感じみたいな?」
「……!? ……!?!?」
なにがなんだか、よくわからなかったが……。
とりあえず、ユグドラシルの受難はもう少し続きそうだった。
そんなこんなで、今度こそローナの用事も済み――。
「――それじゃあ、未来でまた会いましょう!」
そう言って、ローナが元気いっぱい手を振りながら去っていく。
その背をしばらく呆けたように見送ったあと。
「……あれが救世主、ですか……なんか嵐みたいな子でしたね」
と、ユグドラシルはぽつりと呟いた。
まるで救世主とは思えない少女だ。物語の主人公にも……見えない。
見た目だけなら、どこにでもいる普通の少女だし……量産でもされているように、それぞれの村や町に、色違いバージョンがひとりはいそうであったが。
しかし、どうしてだろうか。その後ろ姿を見ていると――。
「まあ、なんか……大丈夫そうですね、この世界は」
そんなふうに思えてくるから不思議だ。
「……使命を果たしたら、消えるつもり……でしたが」
――“時よ止まれ、世界は美しい”。
それは、世界に満足しきった者が、物語の終わりに発する言葉。
時間を止めて、この美しい今この瞬間だけを、ずっと味わっていたい。
この今が、ずっと終わらないでほしい……闇に包まれた未来など見たくない。
そんなユグドラシルの祈りから生まれた言葉。
けれど、あの少女がつむぐ未来ならば――。
「……ふふ……今しばらく、見届けるのも悪くないかもしれませんね」
その未来は、きっと楽しいことで満ちているだろうから。
「――――時よ、動きだせ……きっと未来は美しい……」
世界樹の精は、微笑みながら眠りにつく。
少しだけ、10年後の未来を心待ちにして――。
……………………。
………………。
◇
――イプルの森の最深部。
そこに、世界樹の若木を守るための神域がある。
本来ならば、物語の最後にたどり着くべき場所。
そこに待っているのは、ひとりの精霊。
心地良いまどろみの中で、世界樹の精は少女を待つ。
…………そして。
「…………“時よ止まれ、世界は美しい”……うわっ!?」
ふたたび、あの声が聞こえてきた――――……。
次回、最終話です。
夕方に更新します。











