陽夜の本音
短めです。
あまり明るい内容ではないので苦手な方はご遠慮ください。
久しぶりに完全に一人になった部屋で鏡の前に佇んでいた。
鏡に映る私は間違えなく私なのだけれど……本当に私なのだろうか。
「貴方は誰なの?」
そっと鏡の中の私に語りかけた。
勿論返答があるはずもなく、無音の空間が広がっていた。
「じゃあ私は誰なの?」
──私は村雨 陽夜
間違えようのない答え。けれど自信を持てなかった。
止めよう。どうせ考えても何も変わらない。
今日のデートの為に綺麗に整えた髪も適当に解し、部屋着に着替えた。
そこには飾られた令嬢である『村雨 陽夜』は居ない。ただの陽夜になった。
そう思うと少し楽になり、ベッドに横になった。まだお風呂も入っていない。ノルマの勉強も終わっていない。今日の勉強会の反省もまとめていない。
終わらせなくてはならないことは沢山あるけれど、どれも手を付けられなかった。
夕食の時間になれば水谷さんが起こしに来るはず。少し仮眠をとれば嫌な考えも消えるだろう。
しかし目を閉じて浮かんできたのは幼い頃のことだった。
幼い頃は私の方は何でも出来た。
武術でも勉強でも何をしても褒められ、葵と比べても私の方が勝っていた。しかし年を重ねるにつれて段々と勝てるものがなくなっていった。
そして毎日のように葵の方が何でもできると悩んでいた時、とある日から葵のことが気にならなくなった。
ついに諦めてしまったのだ。
テストの点数で負けようと武術で簡単に転がされようと何も思わなくなった。ただまた努力しないといけない、そう思うだけになってしまった。
テストがあっても『村雨』の令嬢として恥ずかしくない程度には勉強するものの、葵を越すことを目指して勉強することを止めた。
すると次第に葵との差は取り返しがつかない程に離れて行った。
全国模試を受けても私は三桁、葵は受けたことはないがきっと一桁、悪くて二桁といったところだろう。
模試を受けなくても葵の結果くらい簡単に想像できる。
そしてこの前の夏祭りの日、みんなで射的をした際に久しぶりに葵が出来なくて困っているところを見た。
その時、昔から葵は初めてすることに対しては全くと言っても良いくらい出来なかったことを思い出した。
しかし二回、三回と重ねるうちにいつの間にか葵の方が出来るようになっていた。ほんの数日で上達していたのだ。
そしていつも気が付けば大会があれば優勝も狙えるだろう位置まで登りつめていた。
それが何度も何度も続くようになると『才能』というものを思い知らされた。
私には才能が無い。何をどうやっても葵に勝つことは出来ない。
幼い頃からの負の積み重ねでとっくに心はボロボロになっていた。もう修復しようと思えない程に。
しかしそれでもそのことを表に出すことは無かった。出さなかったのではなく、出せなくなっていた。
それは令嬢としての教育の賜物であり、全てを諦めた結果でもあった。
でも葵は違う。令嬢としての教育を受けていないため、未だに素直な表情を見せる。
今年に入ってからは井上くんや四宮くんの前でも見せるようになった。特に四宮くんは私でも引き出せなかった沢山の表情を引き出してくれる。
嬉しさを感じるのと同時に羨ましかった。憎かった。
何年かけても私は出来なかったのに……
どす黒い感情が周囲を取り巻く。
いけないとは分かってはいても止めることは出来ず、溢れてくる。
そしてその矛先は自然と葵へと向かった。
葵のせいで……葵がもっと出来損ないだったら……葵が……葵が……
だめだ。このままでは葵とまともに話せる気がしない。
暫くは距離を置こう。
そう決めて眠りに着いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回は来週金曜日の18:00更新となります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




