お家デート編 敗北
「私の苗字は四宮です」
「っ……」
顔が引きつる。だめだ。
落ち着いて……
村雨の令嬢たるもの
──冷静で優しく、美しく可憐でにこやかに。決して舐められないよう笑顔は絶やさずポーカーフェイスは当たり前。
令嬢たるもの
──二言はない。自分の言葉に責任を持ち、必ず遂行する。そして味方が居なくとも常に自信を持って姿勢を正して何事もないかのように振る舞う。
「きっと駿と勘違いされていたのは鈴木さんのフルネーム、鈴木 駿 さんから取られたのでしょう。ですので……申し訳ありませんが、四宮さんを裏切ることは私には出来ません。誠に申し訳ありません、お嬢様」
そう言うと眼鏡を外し、髪を崩し始めた。
「これで信じていただけますでしょうか」
少し高くされた声と変えられた容姿。元々疑って居なかったけれど、もう現実逃避は出来なくなってしまった。
「そう、だったんだね……付き合わせちゃってごめんね。また学校で」
居ても立ってもいられず、急いでその場から去り部屋に戻った。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
部屋に入るといつものように葵が迎えてくれる。普段はその声にほっとするけれど、今はそんな風に感じる余裕も無かった。
「お嬢様……どうなされましたか?蒼井さんが不手際を──」
「葵」
余程見るに堪えない顔をしていたのだろう。けれど答える余裕も、優しく声をかけるという余裕もなかった。
「これからは水谷さんと表と裏交代で。あとしばらくは部屋に入らないよう伝えて」
「かしこまりました」
葵は何も言わずに部屋から出て行った。
今まで私から表裏を変えるよう命令したことは無かった。それにも関わらず葵は疑問を呈することなく、素直に従った。
やはり蒼井くんのことを知っていたのだろうか。知っていたとしたらどんな気持ちで私の話を聞いていたのだろうか。
どうせ叶うことのない恋。自分の恋人にアタックする姿はさぞかし滑稽に見えたことだろう。
それにしてもまた葵なのか……
かつての好きになった人も皆んな葵のことが好きだった。中には橋渡しを要求して来た人も居た。
好きな人からのお願い。断れる訳もなく葵と話す機会を作ったり、出来るだけ活動時は同じグループになれるようにと色々と頑張った。
けれど葵が振り向くことはなく、毎回私が好きな人から微妙に嫌われて終わった。
そして今回も気が付かなかっただけで同じことをしていた。
バカみたい。本当に嫌になる。
いくら気が付かなかったからといって、頼まれても居ないのに好きな人とライバルをくっつけようと努力するなど……何をしていたのだろうか。
そもそも気が付かなくてはいけなかった。『村雨』の後継者として姿が変わっていることくらい見抜けなくては話にならない。
それなのに好きな人のことすら気がつけなかった。
今思えばかなりわかりやすかった。
髪型や声のトーン、表情の豊かさや服装などは違っても癖は治らないし、歩き方やイントネーションのような身体に染みついたものは簡単には変えられない。
それにも関わらず、気が付けなかった。
ところで葵は知っていたのだろうか。知っていて付き合っていたのだろうか。
あのどんな些細な変化にも気が付く葵が気がつかない筈がないだろう。ということは私の気持ちを知っていて付き合っていたということになる。
別に誰が四宮くんのことを好きであろうと、葵と四宮くんが付き合うことは自由だ。それなのにそのことを許せない自分がいる。
葵は何も悪くない。頭では分かっている。けれど心が理解することを拒否している。
葵は人の意見によく賛同し提案がより良くなるように自分の意見を上乗せしたりする。よっぽどのことが無ければ人の意見を否定することはない。特に私の意見に対しては否定しない。
お願いしたことは期待以上の成果を上げて達成する。
何から何まで私のことを優先する葵が何も言わずに四宮くんと付き合うだろうか。私の知る葵はそんなことしない。
私の意見を優先する葵が譲らないものがある。
最近は学力と運動能力に関しては絶対に手を抜くようなことはしていないと言い切れる。
しかしあの頃は立場が違った。
私が葵と初めて出会ったのは四歳の頃だった。
私は生まれた頃から『村雨』の令嬢としての教育を受けていた。
物心ついた頃には毎日机に向かい、休みもなくダンスや武術を学ぶのが習慣になっていた。
そして四歳になった日のこと。その日初めて葵と出会った。
初めはただ新しく友人が紹介されただけのように感じていた。そもそも葵がうちに来たばかりの頃は学力でも運動能力でも、その他のことでも私が勝っていた。
よく家の中を迷子になっていた葵を私が案内していたのも懐かしい思い出だ。
当時は精神的にも私の方が安定しており、大人っぽかった気がする。来たばかりの頃の葵は急に泣き出したり、笑ったり、真顔になったりしていた。
しばらくしていつの日からか泣くことはなくなった。
常に『無』に近い状態だった。
言われたことをこなす為だけに生きている。その様子はまるで人形のようだった。
しかしいつからか表情を変えるようになった。いつ頃だっただろうか。
確かあれは小学校の中学年になった辺りだった。
進級して少し経ったある日のこと、前日まで一切表情を変えることの無かった葵が、急に微笑んだり困った顔をするようになった。現在の葵がするのと全く同じ表情だった。今は慣れたものの当時は不気味で仕方がなかった。
どんな心の変化かは分からないが、一日でここまで人が変わることがあるということが信じられなかった。けれど両親からの愛情をあまり感じていなかった私はすぐに葵に懐いた。不気味さよりも寂しさが勝ったのだ。
それからは急速に仲を深めていったと思う。
いや、勝手にそう思っていた。私と葵は一番の仲で互いに変えようの無い存在だと。
だからこそ今回の裏切りが重く、辛くのしかかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回は来週金曜日の18:00更新となります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




