突然の休暇
「そろそろ帰ろうか」
井上くんがそう切り出す頃には辺りは茜色に染まっていた。
「そうだね。これ以上居て風邪ひくのもね」
そう言いプールから上がると気温差で身体がブルッと震えた。
少し長居しすぎてしまったようだ。
急いできが着替えて出ると既に四宮くんも井上くんも待っていた。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「待ってないから大丈夫だよ。そろそろ行こうか」
自然な様子で井上くんは陽夜をエスコートしていく。
上着をそっと肩にかけた辺りは感謝を伝えたくなる。昼間は暑かったとはいえ今の時間は寒く、風邪をひかないか心配だった。
「四宮さんは、いる?」
上着の襟を少し持ち上げ聞いてきた。そんなに寒そうに見えただろうか。
「大丈夫。上着は持ってるし今でも十分だから……それに上着を借りちゃったら四宮くんが寒くなると思う」
そう言うと苦笑いされてしまった。
「だよね……でも寒かったら言ってね」
細かい気遣いがとても温かい。こちらまで柔らかい気持ちになる。
「ありがとう」
「いえいえ……話が変わっちゃうんだけど四宮さんが得意な競技って何かある?」
「競技?」
「そう。得意なスポーツって聞いた方が答えやすいかな」
そう言われてすぐに思いつくものはひとつも無かった。自分でも何が得意なのか分からない。全ての競技においてレベル差は無い。
「何だろうね。無いかもしれない」
「無い、か……じゃあリレーとかは?走るの速かったよね?」
「人並みには出来るかもしれないけど得意では無いかな」
「じゃあ球技は?」
「球技も出来なくはないけど得意ではないかな」
色々と考えてくれているようで申し訳なく思う。
「四宮くんは?何が得意?」
そう尋ねると考え込んでしまった。
「自分で聞いといてだけど聞かれると難しいね。強いて言えばリレーかな。ちなみに井上はバスケとかハンドボールとかの球技系が得意だと思う」
「そうなんだ。確かに井上くんはバレーが上手だったね」
「そう。特にコントロールが上手いんだよね。投力もあるから敵に回したくはないよ」
「それは分かるかも。陽夜は心情を読み取ることに関して、特に長けているから策が通じないというか、表情からも読み取ってしまうというか」
それが陽夜の長所なので良いのだが隠し事はきっと通用しない。ほんの少しでも不審な動きをしたらバレてしまう。
「二人が手を組んだら勝ち目が無いかもしれないね」
陽夜が相手の策を読み取り井上くんがその策の隙を突き攻撃する。
それに対し、対策としてこちらが出来るのは守ること、裏の裏をかいた攻撃をすることくらいだろうか。どちらにしろ大した成果も得られず終わりそうだ。
「そうだね……ちなみに四宮くんがこの話題を出したのは二学期にはスポーツ大会があるからかな?」
「そう、分かりやすかったかな?」
「話が急だったからね……それでスポーツ大会がどうしたの?」
四宮くんは急に話題を変えることはあまりしない。
だからこそ稀にあった時は何かあるのかもしれないと疑ってしまう。
「例年はクラス対抗みたいだけど今年はどうするのかなと思って」
「それはうちのクラスは運動能力が高い人が多いからかな」
そう言うと四宮くんは頷いた。気にしたことはなかったが、言われてみればという感じだった。
確かに四宮くん、井上くん、陽夜と活躍出来そうな人材は多い。しかしその他は平均レベルという人ばかりで、他のクラスの方に運動部に所属している人は多く集まっている。
「でも他のクラスに運動部の人は集まっているからバランスはとれてると思うよ」
「そうかな?自分のことを言うのもだけど、ここに居る四人は運動神経が良いことで他の人よりも飛び抜けている人ばかりだから、その分も賄えてしまうかなも思ったんだけど」
「三人はそうかもしれないけど、私は運動神経は悪い方だと思うよ」
「そんなに謙遜しないで」
決して謙遜しているのではなくて事実なのだが、どうしたら信じてもらえるだろうか。
「ごめん。困らせてしまったかな」
「大丈夫。でも謙遜ではなくて事実だけどね」
そう言うと困ったように笑った。
さっきは自分も似たような顔をしていたのだろうか。そうでないと「困らせてしまったかな」と言わないだろう。
少し反省。いくら気を許しているからといって、自分が今どんな表情をしているのか、どんな態度をしているのか把握出来ないのはいけないだろう。
ちょっとした反省会をしているとトンっと肩を叩かれた。
「ここら辺で解散かな」
そう言われて顔を上げると陽夜も井上くんも立ち止まりこちらを見ていた。
「ごめんなさい、ボーッとしてて……」
もしかしたら話しかけられていたのだろうか。そうだとしたら納得がいく。
人が話しかけているにも関わらず無視してボーっとしていたら、誰でも注目するだろう。
「大丈夫だよ!そういう意味で見てた訳ではないから」
陽夜のフォローが優しい。
「じゃあまた二学期に、かな?」
「そうだね。今日はありがとう。楽しかったです!」
「ありがとうございました。少し早いけどおやすみなさい」
「じゃあまた今度。おやすみ村雨さん、四宮さん」
二人と分かれ、門をくぐった。思っていたよりも遅くなってしまったが予定通りの時間には仕事に戻れそうだ。
メイド服に着替えるために自分の部屋に戻る途中、水谷さんに呼び止められた。
「四宮さん、少しだけ良いですか」
「はい」
いつもと違う服装で慣れないが、この程度の違いで切り替えられないほど未熟ではない。
「旦那様から言付けです。『身支度が終わってからでいいから執務室に来て欲しい』とのことです。分かっているとは思いますが、出来るだけ急いで用意をし、向かってください」
「かしこまりました」
メイド服に比べてスカート丈が短いため、上手く裾を摘んで礼をすることができず、おかしな形になってしまった。
こんなことならば普通に頭を下げれば良かった。
自分の部屋につくと荷物を床に置き、皺ひとつないメイド服に手を通す。髪もさっと結い、コンタクトを外し眼鏡をかけた。
鏡で改めて自分の姿を確認する頃には完全に切り替えが出来ていた。
鏡に映るのは眼鏡をかけたどこにでもいそうな地味な女性。平均よりも高めの身長もここの使用人の中では珍しくなく目立つこともない。
例え、別の『家』の使用人に紛れ込んでもバレることはない。だからこそ幼い頃から裏としての仕事を頼まれていたのだろう。
今回はどんな仕事だろうか。旦那様からの命令はこなせるかどうかのギリギリが多い。
入学が決まってからのわずかな時間で、入学生の情報を調べろ、というものは酷かった。命の危険は無いものの量がとても多く、気になることは全てそこから発展させて調べた。
今回もどのような仕事だろうと関係ない。ただ忠実にこなすだけだ。
「四宮さん、いつも陽夜のことをありがとう」
「身に余る光栄でございます」
執務室に入るとすぐに話しかけられた。
この穏やかで優しい旦那様の口から厳しい命令が出るとは未だに信じられない。
「じゃあ早速本題に入ろうか」
「はい」
「毎年、避暑に行っていたが今年も向かおうと思っている。期間は明後日から陽夜の夏休みが終わる前まで。だから一週間ほどか。その間は使用人は休暇とする」
思わず目を見開きそうになった。危ない。旦那様の前では常に無表情でなくてはならないのに。
しかし急にどうしたのだろうか。例年は使用人も連れての避暑となる。
毎年のことなので用意は既に済んでいるが、休暇になるのは私が知っている限り初めてだ。
「かしこまりました」
「他の使用人には既に伝わっています。それでは仕事に戻ってください」
「はい。失礼しました」
最後は旦那様の専属執事である鈴木さんが補足をしていた。
部屋を見ても残念ながら蒼井さんは居なかった。たまにはお嬢様とすれ違ってくれれば、お嬢様は喜ぶのに。
それにしても裏の仕事ではなかったのは良かったが、急に出来た一週間はどう過ごそうか。することも特に無いのでいつも通り図書館に行ったり、訓練でもするしかない。
いつか脳筋になってしまうのでは、という考えが頭をよぎったが気にしない。
陽夜が幸せに笑っていられれば自分がどうなろうと関係ない。
全ては陽夜のために。私は何にでもなろう。
それが人質であっても、悪役であっても。
陽夜が望むならば……
最後まで読んでいただきありがとうございます。
前回の投稿からかなり間が空いてしまい、すみません。
次回の投稿は近いうちにはと思っていますが、まだ未定です。
次回は葵の休暇編です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




