第2話:神に嫌われた男
女神(仮)に声を掛けられた時、僕は咄嗟に返答をすることができなかった。
美しさに息を呑んだのもあるが、もともと僕は人との意志疎通が上手い方ではなかったからだ。いつもは信者との集会など、事前に話す内容を決めているので厳格な教祖を演じられていた。もっとも僕に関わりのある人とは自然に話せるのだが。
しかし知らない人に急に話しかけられた場合など、取り繕った体裁が崩れ、気の小ささが露呈してしまう。それが綺麗な人であるなら尚更だ。
思ったように声が出ず、間が開いてしまったことに焦りながら、慌てたように何度か頷いた。
「あなたには地球から消えてもらいます」
再度紡がれた声が、僕の耳を通りすぎてしまったのではないか思えるほど、その言葉の意味を理解する一瞬が長く感じられた。
「…ぇ…ぁ…ど、どうしてですか?」
なんとかして声を捻り出す。
「あなたのことが嫌いだからです」
少し怒ったように彼女は言った。
一直線に僕の心に突き刺さったその言葉は、この先にどう足掻いても何も変わらないと感じさせるような、諦めの感情を与えてきた。
そして渦巻く光の奔流。
あぁ僕はなんて馬鹿なことをしたんだろう。あの空間や突如現れたことを考慮するにおそらく人外である彼女に、喧嘩を売ってしまったのだ。あれは人間如きが手を出していい存在ではない。
僕の教義を簡単に纏めると「神などいない。そして人類はいずれ滅びる。滅びるんだから今まで人類が築き上げてきたものも関係ない。仕事や人間関係など気にしなくていい。今ある自分の人生を一番に考えよう」この中の何かが彼女の怒りに触れてしまったのだ。おそらく女神様なのだろう。きっと自分の存在を否定されたから僕は消されたんだ…。
あぁこれで終わりかな。自ら進んで命を絶つことはできなかったが、人生に苦痛を感じていたのだ。
小さい苛立ちが積もりに積もって貯まっていく衝動。
しかしそれを発散することが出来ない環境。
憎い奴を殴ればどれだけスッキリするだろうか考えたことは一度や二度ではない。電車を待つ間、飛び降りたら楽になれるんじゃないかという考えが何度も頭を過った。
それでも娯楽が僕を現世に繋ぎ止めていた。
ただ意味もなく生を貪っていただけなんだ。
やっと…開放される…。
働きたくなくて、でも尊敬されたくて。
全てを投げ出したくて、でも勇気がなくて。
なにをするにも中途半端。
結局、法人格を得た教祖にすらなれなかった。
いつか立派な人間になることを夢見ているだけ。
それが僕、佐川凛太郎の人生。
…ほんとうに?
…これでおわりでいいのか?
光が強さを増していくにつれ、僕の鼓動が早くなった。
いやだ…
いやだ…やっぱりしにたくない…
しにたくない!しにたくない!しにたくない!
そして僕の意識は闇に包まれた。
この日、地球から佐川凛太郎が姿を消した。
─────
『もう!私を忘れるなんて!「来世でも君に会いに来る」って言ったじゃないですか!何が「神はいない」ですか!私はちゃんと存在していますぅ!…もう。私をちゃんと感じられる世界で反省してくださいね。いつでも見守ってますから…』
反響する壁すらない空間でその声は響くこともなく、すぐに消えていった。




