月の宮の王
翌日迎えに来た十六夜と共に新しい月の宮に降り立った維月は、その美しさに驚いた。
蒼が、その宮の全貌を話して聞かせてくれた。
斜面になっているので、段違いに建てられた宮の一番奥に、十六夜と維月の対はあった。その手前にそびえる本宮が、蒼や瑤姫の住む場所になり、下へ行くほど臣下の対が、小分けに建っていた。そのうちの一つに、あの半神である翔馬の対もあった。ちなみに絶対に維月が里帰りした時に来る、維心の対も作って置いた。それは、十六夜と維月の対が本殿の左斜め後ろなのに対し、右斜め後ろに建ててあった。
一番下にはつながって丸く他も守るかのように壁のように建つ建物は、軍神達が住まう場所になる予定で、ちなみにまだ、月の宮には軍はない。
しばらくはその対の半分に、龍の宮の軍が駐屯することになっていた。他はまた、追々増えて来た人の世の神の受け入れの後、軍神になることを望んだものはそちらへと振り分けて行くつもりだった。
実を言うと、これを建て初めて数年の内に、もう早々といろいろな神から、保護している人の世からの移住の神達の受け入れの打診が来始めて、その数は結構な人数になっていた。
宮の回りに配置したそのような人々の居住地には、既に受け入れる人達の振り分けは行われ、半数以上が埋まっていた。
蒼は宮の軍の居住地の一部に学校を作っており、そこも運営して行かねばならない。神の世界の基本を学ぶには、そういった場所が必要であったからだ。
家族もろとも移住を決意したものの中には、伴侶が人である者も居て、その間に生まれた子達の教育も考えて行かねばならなかったので、学校の設立は急務であったのだった。
色々と考えなければならなかったので、蒼も頭が痛かったが、翔馬は人の世界にあった時、会社を設立してその社長をしていた。会社が大きくなった後は後継に譲り、会長職をしていたとのこと、いろいろな管理は任せても安心だった。
翔馬が生き生きと仕事をしているので、蒼も助かったと思っていた。蒼にとっては初めての臣下であったので、大切にしていこうと思っていた。
十六夜と維月は、自分の対へと入った。
そこは、一番奥ということもあり、静かで、落ち着いた空間だった。窓の外の庭の岸壁からは、小さな滝が落ちている。維月は、龍の宮の滝を思い出し、そして維心を思い出していた。
十六夜が維月に話し掛けた。
「どうだ?三年でここまで来たんだよ。もうすぐこっちへ引っ越しになるだろうが、そうなると本格的に神の仲間入りだな。蒼も、初代の王になるんだよ。」
維月はなんだか変な感じだった。
「王というと十六夜な感じなんだけど。」
十六夜は笑って手を振った。
「オレはがらじゃねぇ。そう思うと、維心は本当に王だよ。あいつほど落ち着き払ってるヤツ、他の神で見たことねぇもんな。何を言われても解決してやって、世話してやって…そういうのは、蒼に向いてる。オレは力は貸すが、王の器じゃねぇ。親がそう言ってたが、まさにその通りだ。これからは蒼を助けて、立派に王になってもらわなきゃな。でなきゃオレは、死なせてもらえないんだからよ。」
維月は笑った。
「そうね、十六夜はどっちかと言うと、自由が良い方だものね。自分で好きな時に好きな所へ行きたいタイプでしょ?維心様なんて、最近でこそご自分の楽しみで出掛けることもあるけれど、それも私が誘ってやっとだもの。それまでは、用がある時でないと、庭にすら出ない神だったんだから。何にかあった時、自分が居ないと困るではないか、ってね。ほんと、王ってこんななのかしらって、見ていてこっちが息が詰まりそうだったわ。」
十六夜は苦笑した。
「あいつは、そうやって若い頃から来たからな。今は生きるのが楽しいようで、良かったじゃねぇか…」と庭に目を向けた。「オレも、蒼が覚醒してからこっち、地上に降りたことから始まって、闇を消し、お前が月になり、子を授かって、維心に会って、神の世界を知って…やっと、自分の生まれた意味と、使命を知った。まさかそんなものが居るとは思ってもいなかったのに、両親にも会った。ちょっと困った奴らだが、それでも、オレにとっては、居てよかったと思ってるんだ。」
維月も苦笑した。ちょっと困ったと言われて、確かに、と思ったからだ。十六夜は続けた。
「維月、お前と話さなきゃと思ってたんだ。お前、維心が好きだろ?」維月は困った顔をした。「隠さなくてもいい。わかってる、オレのことも同じように好きだ。だがな、お前がオレを好きなのは、きっと父親や兄、そんな感覚なんじゃねぇのか?」
維月はためらった。そんな風に考えたことがなかったからだ。自分には兄弟はいないが、父親は居た。でも、父親と十六夜に対する気持ちは違うのに。
「私の実の父に対する気持ちと、十六夜に対する気持ちは、全然違うけど…。」
十六夜は首を振った。
「そうかもしれねぇが、小さい時からなんでも話せる男ってのは、おそらくそんな感じなんじゃねぇか。お前はその力のせいで、本物の親には嘘をつかなきゃならなかった。だからオレに話していたんだよ。お前がそんなのから卒業したのが、維心を好きになった時なんじゃないかとオレは思っている。」
維月はそうだとも違うとも言えなかった。判断が付かなかったからだ。
「ねえ十六夜。でも、父親と夜を共にするなんて気持ちにはならないわよ。私がいくらファザコンでも、それはおかしいわ。十六夜とは、確かにそういう気持ちになったもの。だから、それとは違うと思う。でも、確かにそれに近いのかもしれない。いつでも心の奥底に、あなたが居るの。それって、あなたが男の人の基準になってるってことじゃない?」ともう少し考えた。「あなたのご両親のこと、考えて。選ぶ余地なく対にされて居て、あまりに近かったから、きっと近すぎてお互いがわからなくなっていたのだと思うわ。そのせいで、最近までの1500年、離れ離れで仲たがいして…そしてまた会って、その大切さを身に染みた訳でしょう?私は、十六夜も大切よ。維心様も大切。あのかたは確かに十六夜と違った気持ちなのかもしれないけど…。」
十六夜も考えた。
「…そうだなあ、確かに子も成したし、オレ達は親子な訳じゃねぇけど。オレも、お前のことは、娘みたいな、妹みたいな、母親みたいな…でも、唯一の女だから、妻であって…難しいな。まあ替えは聞かねェってこった。お前の言うことはなんだって叶えたいと思うし、だからこそ、維心から取り上げたりしたくねぇとも思うんだし…。」
維月はため息をついた。
「まだお互い説明はつかないのかもしれないわね。でも、確かに愛してるわよ?昔からずっとだもの。それは分かってるでしょ?心見たんだし。」
十六夜は微笑した。
「ああ。わかってるよ。だからこそ、手放して居られるんだから。どんな種類の愛情だっていい。お前と一緒に居られるならな。あの筋の通った頑固な愛情がオレにある限り、オレはお前の傍に居るさ。お前がうっとうしいと思い出したら、オレは離れるけどな。」
維月は笑って十六夜を抱きしめた。
「ふふふ、それは絶対ないわ。私達、対の命なのに。」
十六夜も笑って維月を抱きしめた。
「そりゃそうだ」と維月を寝台へ押し倒した。「だからオレだけを置いて逝くなよ。」
翌朝、蒼が来客を告げる侍女に起こされた。といっても、蒼に来客な訳ではない。
蒼はあくびをしながら、十六夜と維月の対へ向かった。
「なんでぇ蒼、早いな。昨日あんまり寝てねぇんだ、もうちょっと寝かせてくれよ。」
十六夜が寝台で言った。十六夜は月のくせに、人型の時は寝ないと具合が悪くなるとか言う。しかし、維月はもう起きて着物を着ていた。
「どうしたの?私が聞こうか?」
蒼は頷いた。
「…どっちかって言うと母さんに会いに来た人…いや神だから。」
維月は苦笑した。
「維心様?」
蒼はまた頷いた。それを薄目を開けて見ていた十六夜が不機嫌に言った。
「…おいおい、今回はめちゃくちゃ早いな。」
「いいわ、十六夜は寝てて。」と蒼を見た。「維心様の対をご案内するわ。この機会だし。」
「よろしくね。オレも昨日瑤姫と子達が来て、今日は宮の中案内しなきゃならないんだよ。」
維月は蒼について、部屋を出て行った。
維心は、蒼の居間で立って、庭を見ていた。
「維心様」
維月が呼び掛けると、維心は振り返って微笑んだ。
「維月」と少し言い訳がましく言った。「我は…その、新しい月の宮に、我の対もあると聞いて…。」
維月は微笑して、維心の手を取った。
「…私に会いに来てくださったのでしょう?」
維心は驚いた顔をしたが、素直に頷いた。
「一夜離れても…我は主に会いたくなる。」
蒼は少し呆れた。結婚以来ずっとこの調子なのに、お互い疲れないのが不思議でならない。一番上の子将維はもう17歳になろうとしていて、17歳と言えば人の世界では高校一年生で…。姿が変わらないから、こんな感じなんだろうか。いや、絶対違う気がする。
「では、こちらへ。蒼が作った維心様の対は、内装ももう完成しておりますの。見に参りましょう。」
維心は頷いて、蒼に軽く会釈すると、維月に付いて出て行った。
蒼は瑤姫と子達を宮中案内して回り、家族会議で決めて、引っ越しは一か月後にした。月の宮の方は、恒が見てくれることになっている。なので事業の方も恒に譲り、有の夫と二人で回してもらえるように計らうことにした。
神の世は難しいが、裕馬は連れて来ることにして、もう宮の臣下の対の部屋も決めていた。裕馬のことは最後まで見る約束だし、裕馬は神の世も慣れている。それに、少しでも神達が見えるのだから、今はなんの不都合もないと思ったのだ。裕馬もそれには同意してくれていた。
月の宮はパワーアップした神の宮だ。
ソーラーパネルで自家発電するので、電気もある。テレビもあるし、パソコンもある。炊事洗濯にも家電を入れてあるので、人の生活を続けたければ可能だ。だが、神の力でやって行けるように、そこは慣れていけるよう教育していくつもりでいた。
蒼は王として生きなければならない。なので、ここでは王と名乗るように、維心にも十六夜にも言われていた。蒼には重い肩書だった。しかし、維心も最初は重かったと聞かされ、仕方なく王と名乗ることになった。
翔馬が頭を下げた。
「王」蒼は振り向いたが、慣れなかった。王と言えば維心だったからだ。「全ての内装が整いました。皆の受け入れはいつに致しましょうか。」
蒼は答えた。
「龍の駐屯兵が到着してからにしたい」と奥の対のほうを見た。「維心様が来ているから、いつ頃になるか聞いておく。今わかるのは、おそらく一か月後ぐらいになるというぐらいだ。」
翔馬は頷いた。
「では、まずはそれで打診しておきましょう。また、詳しくわかり次第、お教えいただけますでしょうか。」
蒼は頷いた。
「わかった。」
翔馬は下がって行った。着々と準備が整って行く。自分は本当に、一族を治めることが出来るんだろうか…。蒼は不安だった。だが、今はまだ、十六夜も維心様も居てくれる。将維も一緒に学んでくれる。とにかく、少しずつ作り上げていくよりないのだと、蒼は覚悟した。
次は、とうとう維心様に付いて、神の会合へ行く。
蒼は重くのしかかる責務をこなさなければと、姿勢を正した。
維心は寛いでいた。
この宮の自分の対は、龍の宮に似て、そうではない。うるさい者達が何やら言って来ることもなく、まだ自分の世話をする侍女も居らず、解放感があり、そして静かだった。
しかし設えは自分の部屋にとても似ていて、ホッとした。ここが自分の逃げ場になることは間違いないな、と維心は思って苦笑した。
維月と会って顔を見て、それはうれしかったし、同じ宮に居ると思うと、そう焦ることもなかった。さっき十六夜が来て維月を連れて出て行ったが、それも気にならなかった。あまりべったりだと、十六夜も気分が悪かろう、と配慮出来るまでになった。維心は自分の心境の変化に驚いた。これが余裕というのだろうか。でも、離れていると気が気でないのは、もはや病気だな、と自分でも思っていた。
蒼には常々呆れられているのは知っていたが、他のことで我慢は出来ても、維月のことでは我慢出来ない、しなくていい、と維心は思っていた。長い生涯の中で、唯一のワガママなのだから、それが許されないはずはない、それは炎嘉も言っていたし、と自己弁護していたのだ。それで誰が自分の評価を下げようと、別に良かった。王の責務だけは、きちんとこなす心積もりがあったからだ。
そう思いつつも、今日ここに来ることで、洪達臣下がどれほど会合のスケジュールを変えねばならなかったのかは、知っていたのだが…。
何かの気配がする。顔を上げると、そこには十六夜が立っていた。
「維心、お前はほんとに変わらねぇなあ。別にもう慣れたからいいけどよ。維月は蒼んとこの孫の世話に行っちまったし、オレも暇になっちまったんだ。今からこの宮の中を案内してやろうと思うんだが、どうだ?」
維心は微笑して立ち上がった。
「では、行こうぞ。」




