十六夜の誕生と
青い髪の地は、村に居る産婆と呼ばれるものを、術を掛けて連れて来た。
「子を生ませられる「人」を連れて参ったぞ!どうだ、具合は…?」
赤い髪の地は、寝台で体をくの字に曲げて横になっていた。
「先程から、痛みが来ては収まりを、繰り返しておる…。今は止まったが、またしばらくで痛みが来るゆえ」と顔を歪めた。「来た!」
産婆は慣れた手つきで赤い髪の地を仰向けに寝かせると、足を曲げさせて開けさせた。
「あんたは湯を沸かして。」
何がなんだかわからぬままに、青い髪の地はサッと手を振って湯を桶に張った。術に掛かっている産婆は、それに驚く風もなく、赤い髪の地に向き合っている。
青い髪の地は、その手を握りしめた。
「がんばるのだぞ…!きっと、実体を持った子が生まれて来るのだ。生まれながらに、気で形を作った命が…。」
赤い髪の地は頷いた。
「この地を平定させようぞ。我らの子であるのだから…。」
痛みと戦う相手を前に、青い髪の地は、早くこれが終われば良いのにと願った。命一つ作るのに、このように大変だとは思わなかった。
「一つではないぞ」赤い髪の地は、乱れた息の間から言った。「対を成す命と申したではないか…我らと同じ。我はそう願った。」
青い髪の地は驚いた。
「では、二人か…?」
相手は頷いた。途端にまた痛みが来る。
「しっかりせよ!我が付いておるぞ!」
生んでいる赤い髪の地より、傍に付いている青い髪の地の方が苦しそうだった。まるで我が身に受けているかのように、痛みが来るたび辛そうだった。
そして、その瞬間はやって来た。
派手な産声は無かったが、一人また一人と取り上げられ、産湯を使わされた。まだ、眠っている。やはり人の子とは違う。実態はあるが、あくまで気の塊で、産婆は湯で洗っていたが、どこも汚れてもおらず、血も付いていなかった。しかし術に掛かっている産婆は、なんにも思わないようだった。
二人を赤い髪の地の腕に委ねると、青い髪の地は、産婆を里へ帰しに行った。その時、地の底から持って来た珍しい石をいくつか手に持たせ、人の世で言う礼とした。
もう一度家にとって返した青い髪の地は、赤い髪の地の腕の中で眠り続ける、二つの命を見つめた。
これらに、新しい力を与えねばならぬ…。
「…月に、宿らせようと思っておる。」
赤い髪の地は顔を上げた。
「何を言っている?我は、これらを育てたい。人や神は、そうするのではないか。」
青い髪の地は頭を振った。
「我らは、人でも神でもない。そしてこれらもそうよ。そして、これらの役割は、地上を平定すること。我らと共に、人や神の真似事をするためではないぞ。」
赤い髪の地は、二人を見た。一人は、青銀の髪。一人は、金茶の髪。しかしまだ眠っているので、二人の瞳の色までわからない。赤い髪の地は涙ぐんだ。
「嫌だ。我はこれらの目も開かぬうちから手放すのなど耐えられぬ。せめて少し育つまで、傍に居てやりたいのだ。月になどやってしまっては、容易に姿を見ることも出来ぬ…これらに何も教えてやれぬ。」
青い髪の地は、それでも首を振った。
「思い出すのだ、これらを作った意味を。我らとて、最初は何も知らずにいた。親すら知らぬ。そうではないか?」と、二人をその手から抱き取った。「我らは、この地を守らねばならぬ。この子らは、月から地上を治める役目がある。聞き分けよ。そして、かの地へ戻ろうぞ。主は気を大層失っておるのだから。」
赤い髪の地は、子らを取り返そうとした。しかし、その気は消耗して少なく、とても相手に太刀打ち出来なかった。
「やめてくれ!吾子をどこへ連れて参る!我の子を…!」
青い髪の地は、そっと相手の意識に向けて気を放った。相手は、スッと眠るように寝台へ倒れて気を失った。
二人を抱いて、青い髪の地は月を仰いだ。あの地には力が溢れている。もし、この地が滅んでも、あの地は残るであろう。我らがもし滅んでも、主らはあの地で生きよ。
地は、二人を宙に浮かべて光りの玉に変えた。そしてそれを、月に向かって打ち上げた。
月は、二人の命を受けて、夜空に激しく輝いた。地は、いつかこれを理解する時が来るようにと、二つの命に語り掛けた。
《目覚めよ。お前の使命の為に。ただひとつの力ゆえ、対になるべく、共に歩めるものを与える。全てをあまねく統治し、それを守り、また断じよ。その責を負うべく、強き力と広き心を与える。己を頼りにするものと話し、己の力を知れ…我はこの地より、主に申す。その命、光となり、あまねく命を統率し、全ての脅威となり、不浄なものを一掃し、広く地上を清浄に保ち、己より他を考え、全て滞りなきよう整えよ。迷う時は我に聞け。我は常にここにおる…。》
そして、赤い髪の地を気に変えて、地の底へと帰って行った。
地の片割れは、長い間、返事をしなかった。
いくら念で話し掛けても、返して来る事はなかった。地は、しばらくすれば機嫌も直るかもしれないと、放っておくことにして、留守の間に乱れてしまった各地の気の流れなどを元に戻すことに力を注いでいた。
ある時、片割れが返事をしないばかりか、その気が感じられないことに気がついた。
慌てて何度も呼びかけたが、応答がない。地は混乱した。我らは死ぬことはないはず。どこかに生きておるはずだと、自分に言い聞かせ、必死に気を探し回った。そして、思い立った。もしかして、地上か…?
青い髪の地は、地上へ出た。
あの時過ごした家は、今は荒れ果てて住んでいる様子はない。地上へ出たことで、広く地を見渡すのが可能になった。気を探って、目を閉じると、人里から、さらに向こうへ行った山の中に、相手の気を見つけた。
山の中には小さな家があり、人里から離れているせいか、回りに他の家はなかった。
…そこに居たのは、赤い髪ではなく黒い髪の、そして、金色ではなく茶色の瞳の、女だった。
庭に出て、衣服を桶で洗っている。
「陽蘭、茶が入ったぞ。」
「まあ、ありがとう。そんなに気を使わないで。我は大丈夫、これぐらい出来る。」
男は、女を気遣った。
「だが、きっと君はどこかの貴族かなんかなんだよ。そんなことはし慣れてないようだ。オレがやるから、奥で休んで。」
女は、困ったように頷いた。
「でも、本当に大丈夫だから。」
男は、それでも女の手を取って、部屋へ促した。
「駄目だ。記憶を失うぐらい頭を打ったのに、大丈夫なはずはないだろう。」
陽蘭と呼ばれたその女は、相手の男にそっと口付けた。男は言った。
「…洗濯は、あとでもいいか。」
二人で家に入って行くのを見た青い髪の地は、自分の心に言いようのない気持ちが湧き上って来るのを感じた。どういうことだ?なぜ、人と同じ姿になって、人のふりをしているのだ?なぜ、あんな男と共に居て…なぜ、人の世では連れ合いとすることになっている、あの行為をしているのだ?我は…我のこの、怒りとも悲しみともつかぬ感情はなんだ?
混乱して判断が付かず、青い髪の地は、その場を逃げるように離れた。
その次の朝、青い髪の地は再びその家を訪れた。あの、人の男の気は無い。地は、その家に足を踏み入れた。
「!主は…!」
相手は驚いて立ち上がった。地は無言で歩み寄ると、その手を取った。
「帰るのだ。己の役目を忘れたのか?」
相手はその手を振り払った。
「帰らぬ!主は我の気持ちも考えず、子らを月に上げてしもうて…我がどれ程の思いで、あれらを産み出したことか!」
地は憤った。
「主は何のためにあれらを産み出したか忘れておるのよ!この地上にはびこる霧を、消させなければならぬ。悪い者は排除せねばならぬだろうが!人や神が乱れて良いと申すか!」
相手は顔を背けた。
「…我は帰らぬ。主を片割れと決めたのは我ではない。我らの親よ。我は自分の事は自分で決める。我は一時でも、あの人の男と共にと思うた。主は我が決めたのではない!」
地は、言い様のない感情に我を忘れた。
「人など何の力も持たぬ、神に守られ、我に守られた存在であるに!我、地にあだなし害をなすもの、あまねく消し去ってくれるわ!」
相手の目が、赤く光った。
「やってみよ。我はそれを、全力で止めて見せようぞ。あれらは我らより劣るやもしれぬ。だが、主よりずっと、心というものを持っておるわ!」
地は、険しい顔で相手を見た。
「…後悔するぞ。我の子は、我の声を聞き、我に従う。主などひとたまりもないわ!」
地は、そこを離れた。あれはもう、我の片割れにあらず。もう、戻っては来ぬ。我は一人でも、地を守ってみせる。我はあれのことなど、もう一片たりとも想ってはおらぬ!
十六夜の額からの、光が消えた。
我に返った維心がまた軽く手を上げると、居間は明るく元に戻った。シンと静まり返った中、蒼が口を開いた。
「十六夜の髪、生まれた時からその色だったんだね。目は母譲りで、どっちもオレが作った訳じゃなかったんだ。」
十六夜は頷いた。
「オレには両親がいた。若月と一緒に生まれてたんだ。若月は橘に入ったから、自分の本当の姿は知らずじまいだったんだな。」
「多分、目は青色よ」維月が言った。「あの子、力を使う時、目が青く光っていたから。」
維心がため息をついた。
「…これでは、地を責められぬな。嫌というほど気持ちが分かる。昔の我なら、分からなかったであろうが…。」
十六夜が頷いた。
「そうなんだ。オレの母親は、驚くほど維月に似てやがる。姿はそうでもないが、言うことややることがいちいち被るんだよ。維月なら、同じことをやっただろう。」
維心は維月を見た。
「そして地は、我に似ておる。我もおそらく責務を考えて、あのように行動した。王は、己の事より地を考えなければならぬのだ。それで我が妃に理解されず、あのように行動されたら、我も狂うておったやもしれぬわ。」
十六夜は頷いた。
「今は、両方の気持ちが分かるだけに、オレも複雑なんだ。だがな、人や神をいいようにされるのには黙ってられねぇ。なんとかしなきゃならねぇんだが…。」
「…ふん、ヤツは、そのように思うておったのか。」
後ろから、女の声がした。
「主」と維心が言った。「見ておったのか。」
楊蘭が、窓枠に腰掛けていた。その姿は、地の記憶と全く変わっていなかった。
「我が子が気を失っておるのに、駆け付けぬ親は居らぬであろうが」楊蘭は言った。「月よ。主は我と同じ瞳であったのだな。」
十六夜はためらいがちに楊蘭を見た。
「…母親なのはわかっているが、オレは母とは呼べねぇよ。だが、別に恨んでる訳じゃねぇぜ。オレにはそういう概念がねぇんだ。」
相手は頷いた。
「わかっておる。」と言いながらも、十六夜の髪を愛おしそうに見ていた。「我のことは陽蘭と呼べばよい。」
十六夜はその視線にためらった。母親というものがよくわからない。維月は何人もの母親で、確かにあいつは子育てをしていて、それを見て来たが、あくまで維月は維月だった。自分の母親の存在という考えが、どうしても湧き上っては来なかった。生まれてしばらく独りで居て、自分の声が届いた女とその家系を脈々と守って、維月に出逢い、愛情を知り、蒼を授かって…。今の十六夜にとって、女というと維月が全てだった。維月は娘であり妻であり、そして母でもあるからだ。
十六夜は維月を見た。維月がそれに気付いて不思議そうに見返して来る。
「なあに?」
十六夜は維月に頬を擦り寄せた。
「ちょっと、な。」
維心が眉を寄せて維月の肩を抱いた。
「我の前ではよせ。」
それを見た楊蘭が、言った。
「それよ。」三人はそちらを見た。「なぜに主らはそれで、大きな諍いも無くやっておる?我には不思議でならぬ。」
三人は顔を見合わせた。
「それは…我には何も言える立場ではない。本来なら、我としても不本意であるが、元は十六夜の妃であるので。」
十六夜は苦笑した。
「オレだって不本意だが、こういうことは早い者勝ちじゃねぇと思うんだ。維心はオレにとって、初めての友人で、力も認めてるし、維月を大事に想う気持ちはオレと比べてもひけを取らねぇと思ってる。こいつを失いたくねぇ。それにオレは、維月とはつながってるからな。何があっても切れることはねぇと信じてるから、預けられる。それに維心と二人で守るほうが効率的じゃねぇか。何より維月はオレも維心も選べねぇと言ってるんだ。だから、これでいいんだよ。」
維心は意外な、と言う顔をした。十六夜は、我も失いたくないと思っておるのか。
「…確かに、我も主を失いとうないな。我の友人は、この1700年炎嘉と主よりほかおらなんだ。皆怖がって、頭を下げよるのでな。」
十六夜は笑った。
「お前など怖くはないわ。手間は掛かるが勝てると思ってるもんな。」
維心はふんっと横を向いた。
「我とて主に隙が出来れば負ける気はせぬわ。」
維月が眉を寄せた。
「…次にケンカしたら…」
「わかっておる。」
「わかってる。」
二人は慌てて同時に答えた。顔を見合わせている。
その様子を見つめていた楊蘭は、考え深げに言った。
「…そうよな。結局は皆の心持ちよな。」と、まるで人のように下を向いた。「我も、あの片割れを嫌いな訳ではない。本当は、心の底でずっと想っておったのよ。」
皆がそちらを見た。蒼は、言った。
「では…あの記憶と違うのですか?」
楊蘭は微笑した。
「双方が見る形で変わって来よう」と楊蘭は片手を上げた。「見るがいい。別れた時の我の記憶だ。」
皆はまた、白い壁の方へ向き直った。そこには、また映像が現れた。




