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迷ったら月に聞け 3~叛乱  作者:
月の真実
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不穏

沙依は、いつものように白蛇の社へ入って来た。祈りを捧げなければならない。

沙依は、見る影もなくやつれた姿になっていた。子達が居るにも関わらず、それは母と祖母に任せ、普段は祈りを終えるとさっさと町へと出掛けて明け方まで帰って来ないことがざらであった。

毎日、本当にいつ眠っているのかと言うぐらいで、ほとんど自分の部屋にすら帰ることがなかったのだ。

白蛇がそれに気付かぬはずはない。

毎回説教をしてるのかと思いきや、そうではなかった。

その意味がわかるまで、沙依の母の沙季は手を打つことも出来なかった…。

一方沙依には、自分がわからなかった。

毎夜どこかで飲み歩いたり、ふらふらと出掛けていないと、部屋に帰ると、何か深く重いものがのしかかるようで、我慢できなかった。

こんなことをしていては、余計に昔の自分に戻ることなど出来ないと思うのに、沙依には、その重いものから逃げるしか出来なかった。もう、自分とも闇とも戦う気力がなかったのだ。

いつしか、その闇は膨れ上がり、沙依にはもはや手に負えないほどのものに育とうとしていた。


沙季からの電話を受けて、裕馬は戸惑った。

もう、すっかりそんな記憶は遠くに押しやり、里で心やすく暮らしていたからだ。

里の空気は、蒼がそばに居るというだけで、澄んでいるように見えた。人々は皆穏やかで優しく、裕馬はここほど暮らしやすいと思った場所はなかった。

うっかり鍵をかけ忘れたりしても、何も心配はいらなかったし、鍵を指したまま車を置いておいても、盗られるということがまずなかった。

こんなところで育った子供が外の世界でどれほどに苦労をするだろうと、裕馬は村から出たら気を付けるように、講習会を週1で開いていた。

そして、闇の影響力と、蒼の影響力の大きさを、改めて感じていたのだった。

そんな所に、沙依が、最近帰って来なかったと思ったら、今度は部屋に篭って出てこようとしない、と沙季から知らせて来たのだ。

裕馬は、正直もう関わりたくなかった。

あれほどの罵声を浴びせられて、縁を切られた相手ではないか。その言葉の数々は、今も暗く深い所に、まるで澱のように溜まって、何かの時に浮き上がり、裕馬を苦しめていた。

そんな時は蒼に会いに行き、その明るく浄化するような気に触れ、自分を立て直していた。

そんな状態であるのに、今ここで思い出したくはない。蒼は龍の宮の方で一大事だと言って出掛けていて、今は不在なのだ。そんな時に、わざわざ自分のつらい心の元凶になる場所へ、行きたくはないと強く思った。

無視をしようかとも考えた。

そうだ、蒼に電話を…。

手を伸ばしたスマートフォンの、着信のランプが光っている。裕馬は慌てて見た。メール…友達の龍、李関(りかん)からの返信だった。

『王が死の淵よりご帰還になり、我ら安堵致しておりますところ。蒼様は、月と王を地の底より連れ帰り、只今こちらで休んでおるところ。主は、何やら闇と関わっておるのか?我には闇の気が、主の近くにあるのが見え申す。心せよ。』

裕馬はびっくりした。もしかして…それは、あの電話のことか?

裕馬は決心した。

『オレの元妻が、何かに憑かれているかのようになっているらしい。その母より急ぎ知らせが来たので、今から見て来ることにする。大丈夫、また帰ったら連絡するよ。』

裕馬はそれを送信すると、すぐに車へ走って飛び乗った。あの神社まではここから二時間。オレが行ってどうなることはないけど、とにかく行かなければ…。


その少し前、龍の宮では、維心が意識を取り戻し、目を開いた。

と同時に、将維と維月も宙から降り立った。

維月は脇目も振らず維心に駆け寄った。

「維心様!」

維心はゆっくりと維月の方を見、微笑した。

「維月…呼び戻されたの。」

維月は笑った。

「どこまでも追いかけて参りますわ。私、とてもしつこいのです。」

維心はその手を引いて自分の方へ引き寄せた。そして、傍に佇む将維を見た。

「将維、大儀であった。立派に我の代理を務めた。」

将維は滅多に父に褒められることがないので、驚いて戸惑ったように頭を下げた。

「…いえ…我は全く分かり申せず、手探りで…」

父は頷いて笑った。

「我もそうであった」意外な答えに、将維は顔を上げた。「我は200歳で王位に就いたのだぞ。教えてもらうことなどほとんどなかったゆえな。この1500年で、自分で手探りで編み出したことの方が多い。主もそうやって、出来ることを増やして行けばよい。我にも出来ぬことが、主には出来るかもしれんて。」

将維は、それを聞いて驚いた。父は初めから、こんなに偉大であった訳ではないのだ。己で考え、作りだし、そして出来ることを必要に応じて増やして行った。自分にも出来るかもしれない…。まだ、自分の生きる道は始まったばかりなのだ。幸い、父があれほどに力を持っているので、我には訓練をする余裕がある。将維は頷いて、微笑んだ。なんだか肩の力が抜けた気がする。

「はい、父上。」

維月はそれを見て、涙を流しながら微笑んだ。

「本当に…将維が居てくれなかったら、維心様を連れて戻れなかったわ。母はあなたに、心の底から感謝します。ありがとう、将維。」

将維は、維月にはしょっちゅう褒められるので慣れているはずが、あまりにも嬉しそうなのでなんだか照れてしまった。

「母上…。」

維心は、身を起こしてからかうように将維に言った。

「将維よ、母はいくら美しゅうとも妃には迎えられぬぞ。そのように赤くなるのでないわ。」

将維は慌てて手を振った。

「ち、父上!あれは我が幼かったゆえ申したこと…しかしなぜにご存知でいられるのですか?!」

維心は維月を腕に抱いてフフンと笑った。

「我は、母の事なら何でも知っておるわ。」と維月を見た。「さあ、我はもう動けるゆえ。居間におびただしい数の臣下の気配があるの。出ようぞ。」

維月は慌てて維心を支えようとした。維心は微笑んでそれを制し、自分でスッと立ち上がった。それを見た侍女達が涙ぐみながら、維心の打掛を持って来た。それに手を通すと、維心は維月に手を差し出した。

「さあ、我と共に。」

維月は笑って維心の手を取ると、二人は並んで居間へと歩いた。将維はそれについて歩きながら、本当に良かったとホッとしていた。父はやはり、最強でなければならぬ。

維心と維月が並んで居間に姿を現すと、一同は一斉にこちらを向いた。洪が一気に大量の涙を流しながら駆け寄って来て頭を垂れた。

「王!ああ、将維様は王をお連れ出来たのですね!よく、よくこのようにご回復を…!」

維心はあまりにも洪が涙を流しているので、苦笑した。

「良い、我はもう大丈夫よ。どこも悪いところはなかったゆえに…この身に戻ることさえ出来れば、すぐにでも戦えるほどに」と維月が眉を寄せたので、維心は慌てて言った。「いや、しばらくは休むが。」

蒼が進み出た。

「維心様…お話しなければならないことがあります。また、明日の朝にこちらへ参りますので、本日はゆっくりとなさってください。」

維心は何かもの問いたげな顔をしたが、自分にべったりとくっついて立っている維月を見て、頷いた。今日はもう、これ以上心労は掛けられぬ。

「では、明日の朝待っておるゆえ。」

洪は泣き笑いのまま大きく頷いて、他の臣下達にも言い渡した。

「さあさあ、王はお休みにならねばならぬ。皆、下がるのだ!」

臣下達は頭を下げて、次々と居間を後にして行く。洪は満足げにそれを眺めてから、自分も頭を下げた。

「王、それでは、我はこれにて失礼を致しまする。」

維心は軽く返礼した。

「ご苦労だった。」

そうして皆が去った後、維心は改めて維月をその胸に抱きしめた。

その時見えた月が、何やら不穏な気を出しているように感じたが、気のせいだろうと思った…。


「蒼様。」

蒼は、龍の宮の自分の部屋で顔を上げた。

「なんだ、李関じゃないか。どうしたんだ?」

李関は前へ進み出た。

「気になる返信が参りました。月の宮の裕馬よりです。」

蒼は、差し出されたスマートフォンを見た。沙依のことか?闇の気配…確かに、前から霧は出していたが、これほど濃く感じるのは初めてだ。だが、そんな所に裕馬が行って、いったい何が出来るというのだろう。裕馬には、見えるだけで何も出来ない。完全に「人」なのだから…。

蒼はため息をついた。オレの身はひとつなんだよ。あっちもこっちも無理なんだ…。

「ありがとう。そっちを気にしておくよ。何かあったら行けるように。」

李関は頷いて頭を下げた。

「では、我もそのようにしておきます。」

下がって行く李関の後姿を見ながら、あちらもこちらも、同時にいろいろなことが動き始めたように感じて、蒼は落ち着かなかった。

龍達はとても律義で勤勉だ。蒼の結婚式の時に渡されたスマートフォンは、すぐに使い方をマスターし、しかもとてもきれいに使っているので、未だに傷一つなくきれいなままだ。もっぱらメール専用でたまにしか電話はしないのだが、裕馬いわく、送ったメールには必ずその日のうちに返信があるのだという。

龍の友達三人が、毎週交代でそれを持って居て、今週は李関なんだなと蒼は思った。蒼は念があるし飛べるので、わざわざこんなことをする必要はなく、これは裕馬のためにしていることであったのだが。

蒼はため息をついて、窓から月を見上げた。

十六夜の気配がする…しかし、さっきから何か不穏な気がするように感じるのは、なぜだろう…。まさか、母さんと維心様を見ているんじゃ…。今の十六夜が、あの二人が仲良くしているのを見て、どれぐらい我慢できるのか、蒼にはわからなかった。

とにかく、明日は早めに行こうと心に決めた。


裕馬は、ようやく神社へ到着していた。

なんでも薄ぼんやりと見える裕馬は、黒い霧も見えた。それは母屋の方に集中していて、白蛇の社の方は嫌な気配はするものの、まだマシだった。人の気配がするのは社の方で、裕馬はとりあえず、社の方へ行ってみた。

引き戸を開けると、中に居た沙季と、とても薄くぼんやりと見える白蛇がびくっとしたのがわかった。

「…オレが来ても、何もないと思うけど。」

裕馬は、沙季に言った。白蛇の方が言った。

『主の力は当てにしておらぬが…このままでは、沙依は食われてしまう。もうすでにどっぷりと中から浸食されておって、わたくしが気付いた時にはもう、遅かった…。わたくしの声など、届いておらぬのよ。月の当主は?』

裕馬は首を振った。

「龍の宮の方でもいろいろあったらしくて、そっちへ行ってて留守なんだ。維心様の具合が悪くなったとか…でも、もう回復なさったみたいだけど。」

白蛇は仰天した。

『なんと龍の王が?!…あの方で太刀打ちできぬような問題であるなら、誰にも手は付けられぬ。それほどに難儀な事態ということか。』

白蛇は途方にくれた。沙依を諦めて次の娘へ守護を回した方が良いのかもしれぬ。

白蛇がそれを口に出して言うと、沙季は驚いて首を振った。

「そのような!せめて命あるうちは、沙依を守ってやってくださいませ!」

白蛇は首を振った。

『ならぬ。その闇が、継承の娘にまで降りれば、血筋が途絶えてしまう。沙依はもう子を生んで次が居るのだ。あれほどに闇に飲まれれば、もはや助かるまい。そもそもあれは、己の弱さであるのだ。あれは未熟者であった…それだけのことよ。長い血縁の中には、そのような者も生まれるのは仕方のないこと。』

裕馬はぼんやりと聞こえてくる白蛇の声に耳を傾けていたが、怒鳴った。

「なんだよ!命ってのは、そんな簡単なものなのか!」白蛇はぎょっとしたようにこちらを向いた。「継承だかなんだか知らないが、勝手なことばっかり言ってんじゃないよ!言っとくけど、沙依が死んだら、オレが親権もらうよ。子供はオレが育てるから、月の宮へ連れて行く。あんたがいくら娘を返せと言ったって、蒼と維心様に言って、絶対に阻んでもらうからな!」

白蛇は青くなった。裕馬の権限などないが、裕馬と懇意にしている蒼は、龍の王の縁者。月の継承者。それに阻まれたら、とても取り返せない。巫女の血族が途絶えてしまう。

『そのようなことはさせぬ!』

裕馬は、いきなり気で吹き飛ばされて、後ろの引き戸に体を打ち付けられた。咄嗟に歯を食いしばったので、舌は噛まなかったが、唇が切れて、血の味がした。

裕馬は、この感じに覚えがあった…闇の、意思だ。白蛇にも巣食いつつあるのだ。しかし今度の闇は、違う。ことごとく、身の中から湧き上っているような…気付いた時には、もうそこは巣窟となっていて、助けようがない。裕馬はぞっとした。オレだって蒼に浄化されなかったら…!

「白蛇!お前も食われてるぞ!」裕馬は叫んだ。「いったいどれぐらい前から、そんなもん腹の中に飼って来たんだよ!」

裕馬は、蒼がお守りだと笑ってくれた、携帯のストラップを見た。光っている。闇に反応してるのか…これで自分も誰かも守れるのか?

わからなかったが、裕馬は、その小さい玉に望みを込めた。



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