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『KillerWorld ―七つ目の答え―』  作者: ザクロ
アベス編

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56/57

KillerWorld ―七つ目の答え― 最終章 序幕「始まりの場所」

五人を見終えたアベス。

その裏側で。

イースの頭の中に居続けた少年は、別の場所で“存在”と向き合っていた。

ネミティブは今も見る。

朔は今も残したい。

カルロスは今も比べる。

ルウは今も怒る。

メリカは今も離したくない。

何も消えてはいない。

それでも。

次に選んだ行動だけは、以前と違った。

少年が稼いだ時間は終わる。

最後の舞台として選ばれたのは。

かつて0が何度も測られた場所。

ヘリクス。

そして。

身体も。

顔も。

声も。

時間さえ失いかけているイースへ。

最後の場所が告げられる。

イースはアベスへ命令しない。

答えを与えない。

ただ。

一つだけ聞く。

「アベスが、行く?」

最終章。

すべてが始まった場所へ。

物語が戻る。

最終章 序幕

始まりの場所



白い。


どこまで見ても、白かった。


床らしきものだけが足元へ続いているが。


壁も天井もない。


遠くを見ても、どこからが遠いのか分からず。


音も風もなく。


呼吸さえ、この場所には必要ないように思えた。


その中央に。


二つの存在が向かい合っている。


片方は少年だった。


細い身体。


まだ幼さの残る顔。


少しだけ首を傾けた立ち方。


口元には。


いつものような笑み。


イースの頭の中で。


何度も声だけを響かせてきた少年。


もう片方も。


人の形に見えた。


少なくとも。


最初は。


腕がある。


頭がある。


足元もある。


けれど。


そこを見続けると。


形が合わなくなる。


顔だと思っていた場所が。


次の瞬間には、肩だったような気がする。


十歩先にいるように見えたのに。


瞬きをすると。


すぐ目の前にいる。


少年は。


そんな相手を前にしても。


退屈そうに足先を動かしていた。


白い床を。


一度。


二度。


軽く蹴ってから。


ようやく口を開く。


「もういいよ」


声だけが。


白い場所に落ちた。


返事はない。


少年は少し待つ。


「見たでしょ?」


向かいの存在が。


僅かに揺れた。


音はない。


けれど。


意味だけが空間へ広がっていく。


五つ。


五人。


異なる環境。


異なる過去。


異なる歪み。


そして。


何度も繰り返された反応。


少年は。


一つずつ指を折るように言った。


「同じだったね」


ネミティブは見た。


朔は残そうとした。


カルロスは比べた。


ルウは怒った。


メリカは離さなかった。


「何にも消えてない」


「やっぱり人って、そんな簡単には変わらないね」


否定は返らなかった。


観測された事実だった。


少年は。


少しだけ目を細める。


「でも」


長い間を置く。


「次だけ違った」


白い空間の中へ。


五つの光景が。


一瞬ずつ浮かんでは消える。


見ている。


それでも。


決めつけない。


残したい。


それでも。


相手に選ばせる。


比べる。


学ぶ。


それでも。


決まっていない自分を残す。


怒る。


それでも。


怒りがなくても足を動かす。


離したくない。


それでも。


扉を開ける。


少年は向かいを見る。


「ね?」


沈黙。


少年は肩をすくめた。


「だから、もう引っ張らなくていいでしょ」


以前。


この場所で。


少年は閉じようとする盤面へ。


一つずつ。


余計な条件を置いた。


昨日と今日で答えが違うなら。


それも観測ではないのか。


本人が外を見たいと言ったなら。


それも入力ではないのか。


答えがまだ収束していないなら。


終わったと決める方が早いのではないか。


穴を一つ。


また一つ置いた。


向かいの存在自身が。


観測の継続を否定できなくなるまで。


少年は。


そこで足を止める。


「時間、稼いだよ」


「十分でしょ」


白い空間が。


僅かに歪む。


少年は。


少しだけ笑った。


「それに」


「もうあの人も限界そうだしね」


返事はない。


少年も答えを求めていない。


「僕にできるのは、ここまで」


白い空間の奥で。


何かが動いた。


一人の男。


白衣。


変わらない目。


長い時間。


人を測り。


分け。


残し。


捨て。


それでも。


自分自身だけは。


一度も手放さなかった人間。


少年が。


その姿を見る。


「ああ」


「あの人も入れるんだ」


返る意味。


少年は肩を揺らした。


「いいね」


「本人、好きそう」


白衣の男は。


まだ何も知らない。


呼ばれることも。


自分が盤面へ置かれることも。


少年は。


しばらくその姿を見る。


「ずっと選ぶ側だったのに」


「最後に自分が呼ばれる側になるんだ」


白い空間が。


ほんの少し揺れた。


少年が笑う。


「怒るかな」


沈黙。


「いや」


すぐに訂正する。


「あの人なら」


「たぶん笑うね」


白衣の姿が消える。


また。


白だけになる。


少年は向かいを見る。


「で?」


今度は。


少しだけ声が低くなる。


「場所は?」


すぐには返らない。


白い空間の中で。


時間だけが静かに流れる。


少年は急かさない。


やがて。


短い意味が返った。


その瞬間。


少年の眉が少し上がる。


「……へえ」


白い部屋。


一定に保たれた温度。


同じ明るさの照明。


余計なもののない壁。


机。


椅子。


その上に。


二枚の紙。


白。


青。


一人の少年が座っている。


『どちらが好きだ』


長い沈黙。


『分かりません』


熱。


冷たさ。


痛み。


食べ物。


外。


欲しい。


いらない。


好き。


嫌い。


問いが変わる。


答えは。


ほとんど変わらない。


『分かりません』


少年は。


少しの間。


その光景を見ていた。


笑わない。


やがて。


「始まりの場所か」


ヘリクス。


0と呼ばれた少年が。


何度も測られていた場所。


少年は。


そこでようやく笑った。


「趣味悪いね」


沈黙。


「褒めてるよ」


踵を返す。


一歩。


二歩。


輪郭が。


白へ溶けていく。


途中で。


足を止めた。


「あ」


振り返る。


「もう一席」


「空けといて」


少年の身体が。


白へ溶ける。


向かいにいた存在も。


少し遅れて輪郭を失っていった。


最後まで。


音はなかった。


けれど。


少年は。


すぐにはイースのところへ戻らなかった。



白と現実の。


その間。


名前のない場所。


そこから。


一人の男を見ていた。


RATの古い廊下。


壁際。


床へ座り込んでいるイース。


右脚は。


もうほとんど動かない。


右腕も。


身体の横へ落ちたまま。


片方の目だけを開いて。


何もない廊下を見ている。


いや。


見ているふりをしている。


少年は。


その姿を眺める。


イースは気づかない。


聞こえてもいない。


少年が。


小さく笑う。


「ねえ、相棒」


返事はない。


当然だった。


今。


この声は。


イースの中へ届いていない。


「君は、これで満足なのかな?」


イースは動かない。


遠くで。


誰かが廊下を横切る。


それにすら反応しない。


少年は。


その姿をしばらく見た。


「……って言っても」


「聞こえてないか」


少し間を置く。


「君さ」


今度は。


声がほんの少しだけ静かになる。


「アベスに、何を与えたかったのかな」


返事はない。


「自分の身体も」


「顔も」


「声も」


「時間も」


少年は。


指を一つずつ折る。


「全部、捨てて」


それでも。


イースは。


アベスに答えを与えなかった。


何を選べとも。


どう生きろとも。


言わなかった。


少年は。


そこが少し可笑しいようだった。


「君とアベスって」


「本当に逆さ鏡みたいだ」


アベスは最初。


何もなかった。


好きも。


嫌いも。


欲しいも。


いらないも。


分からなかった。


旅をするたびに。


一つずつ増えていった。


匂い。


温度。


音。


味。


怖い。


嫌だ。


好き。


分からない。


選びたい。


対して。


イースは何でも持っていた。


顔。


声。


身体。


役割。


誰にでもなれる。


何にでもなれる。


それが。


旅をするたび。


一つずつ消えていった。


味。


温度。


音。


視界。


右手。


右脚。


声。


顔。


輪郭。


少年が笑う。


「皮肉だね」


二人は。


同じ道を。


反対向きに進んでいる。


近づいているように見えて。


決して。


同じ場所には立たない。


「ずっと」


「君たちは交わらない」


アベスは。


一つの自分へ近づいていく。


イースは。


最後まで。


一つにならない。


少年は。


その二つを。


しばらく眺めていた。


「さて」


口元に。


いつもの笑みが戻る。


「この盤面」


「どう展開されるかな」


少し楽しそうに。


「ここからは」


「僕にも分からないや」


白い場所が。


ゆっくり消える。


少年も消える。


その声だけが。


最後まで。


誰にも届かなかった。



夜。


RATの古い区画には。


まだ人の生活が残っていた。


遠くで扉が閉まり。


誰かが水を流す。


古い配管の中を。


水が低い音を立てて通っていく。


少し離れた部屋から。


誰かの笑い声が聞こえ。


その声も。


しばらくすると静かになった。


廊下の壁際。


イースは。


床へ座っていた。


右脚は伸ばしたまま。


右腕も。


身体の横へ落ちている。


開いているのは。


左目だけ。


アベスはいない。


少し前。


メリカと話すと言って。


奥の部屋へ戻っている。


廊下の灯りが。


一つ消える。


少し先でもう一つ。


明るかった通路が。


ゆっくり暗くなっていく。


その時。


頭の中で。


いつもの声がした。


(終わったよ)


イースの左目が。


僅かに動く。


少し間を置いて。


「何が」


(延長戦)


「そ」


それだけ。


(薄いなあ)


「拍手でもする?」


(できるの?)


イースが。


動かない右手へ目を向ける。


「無理だね」


(笑う)


「そこ笑う?」


(面白いし)


イースも。


小さく笑った。


途中で。


声の高さが変わる。


知らない男の声。


次の音で。


また戻る。


(また変わった)


「毎回報告しなくていいよ」


(親切なのに)


「余計なお世話」


遠くを。


誰かが歩く。


イースは反応しない。


足音が。


左側へ回り込んで。


ようやく顔だけを向けた。


音が。


どこから来ているのか。


もうかなり曖昧だった。


しばらくして。


声が言う。


(場所も決まった)


「どこ」


少し間。


(ヘリクス)


イースの表情が。


ほんの僅かに止まった。


数秒。


何も言わない。


廊下の奥を見ている。


何も見えていないのに。


「……あそこ?」


(あそこ)


また。


時間が流れる。


「遠いなあ」


(今の君にはね)


「嫌な言い方」


(歩く?)


イースは答えず。


壁へ左手をつく。


腰を浮かせ。


左脚へ力を入れる。


身体が。


半分ほど持ち上がる。


止まる。


左腕が震える。


もう一度。


力を入れる。


駄目だった。


身体が。


ゆっくり床へ戻り。


背中が壁へ当たる。


少し。


呼吸が乱れる。


頭の中で。


声。


(歩けるね)


「今のは準備」


(長い準備だ)


「年寄りに優しくして」


(何歳だっけ)


「忘れた」


(便利)


「でしょ」


いつもの調子。


でも。


次の言葉までに。


少し時間が必要だった。


イースが。


左目を閉じる。


「先生は?」


(来るよ)


「そ」


(驚かないんだ)


「来ない方が変でしょ」


(嫌いじゃなかった?)


「誰が?」


(さあ?)


イースの口元が。


少し上がる。


「便利だね、それ」


(でしょ)


そこから。


長く。


何もない。


奥の部屋で。


椅子が引かれ。


誰かが咳をする。


扉が開いて。


閉じる。


生活だけが続いている。


やがて。


イースがぽつりと聞いた。


「アベスは」


返事は。


少し遅れた。


(それ、僕に聞く?)


イースが笑う。


「そうだった」


(君が聞けば?)


「面倒」


(じゃあ置いてく?)


すぐには答えない。


イースは。


動かない右手を見る。


それから。


廊下の奥。


「それも」


「本人次第」


(へえ)


「何」


(別に)


頭を。


壁へ預ける。


「帰ってきたら聞くよ」


(素直)


「どこが」


(行く?って)


「それくらい聞ける」


(命令じゃなく?)


イースが。


少しだけ笑った。


「今さら命令して」


「聞くと思う?」


頭の中で。


笑い声。


(育ったねえ)


「君が言うと腹立つな」


(褒めてないよ)


「知ってる」


その時。


廊下の向こうで。


扉が開いた。


足音。


最初は。


誰なのか分からない。


一歩。


また一歩。


近づく。


イースの左目が。


そちらへ動く。


光の中へ。


一人が入ってくる。


輪郭が。


少しずつ形になる。


アベス。


イースは。


その姿だけを目で追った。


「イース」


「ん」


「ここにいたんですか」


「いたよ」


「探しました」


「ごめん」


アベスが。


隣へ座る。


二人の間に。


何もない時間が流れた。


廊下の奥。


水の音。


蛍光灯。


誰かが遠くで話している。


言葉までは。


聞き取れない。


イースは。


すぐには口を開かなかった。


アベスも。


何も聞かない。


やがて。


イースが。


前を向いたまま言う。


「ねえ」


「はい」


「ヘリクス」


アベスの目が。


僅かに動く。


「覚えてる?」


「はい」


短い答え。


また。


沈黙。


イースが。


左目を閉じる。


「戻ることになった」


アベスは。


すぐには答えなかった。


足元を見る。


床。


古い傷。


埃。


それから。


「なぜですか」


「最後だから」


「何の」


「さあ?」


イースが。


少し笑う。


アベスが。


その横顔を見る。


一瞬。


輪郭が違う。


知らない誰か。


すぐ戻る。


アベスは。


何も言わない。


イースが続ける。


「先生も来る」


今度は。


アベスの表情が。


はっきり変わった。


「先生が」


「うん」


「……あれも?」


イースは。


少しだけ首を傾ける。


「たぶんね」


「たぶん?」


「僕」


「知らないこと多いから」


アベスは黙った。


一分。


二分。


そんなに長くは。


なかったかもしれない。


それでも。


二人には長かった。


途中。


廊下を一人の人間が横切る。


アベスは。


その人が角を曲がって。


見えなくなるまで。


目で追った。


また。


静かになる。


イースは待つ。


説明しない。


世界がどうなるとも。


人間がどうなるとも言わない。


行かなければならないとも。


答えを出せとも言わない。


ただ。


アベスが。


自分で考える時間を置く。


それから。


ようやく。


「行く?」


アベスが。


イースを見る。


イースは。


もう一度だけ聞いた。


「アベスが、行く?」


アベスは。


すぐには答えない。


喉が。


少し動く。


視線が。


廊下へ戻る。


ここへ来るまでに。


見たもの。


鉄の匂い。


雨。


電車の遅れ。


暖かい街。


砂。


油。


冷たい夜。


甘いもの。


辛いもの。


嫌だった味。


好きだった味。


誰かの笑い声。


怒鳴り声。


犬。


遠くの機械音。


空いた椅子。


開いた扉。


分からなかったもの。


まだ。


分からないもの。


そして。


自分。


時間が流れる。


イースは。


何も言わない。


急かさない。


やがて。


アベスが息を吸った。


「僕は」


止まる。


もう一度。


考える。


それから。


今度は。


自分の声で。


「……行きたいです」


イースの口元が。


僅かに上がる。


「そ」


それだけ。


褒めない。


理由も聞かない。


アベスが立ち上がる。


イースも。


壁へ左手をついた。


「イース」


「何」


「立てますか」


「立てるよ」


アベスは何も言わず。


手を差し出した。


イースが。


その手を見る。


ほとんど何も映らなくなった左目に。


アベスの手だけが残る。


少し時間をかけて。


左手を伸ばす。


「……じゃ」


指が。


アベスの手へ触れる。


「借りる」


アベスが引く。


イースの身体が。


ゆっくり持ち上がる。


右脚は。


ほとんど役に立たない。


右手も動かない。


それでも。


立った。


二人は。


廊下の先を見る。


イースには。


もうほとんど何も見えていない。


けれど。


隣にいる一人だけは。


まだ見えていた。


それで十分だった。

ついに。

最終章です。

最後の舞台は。

物語の終着点ではなく。

始まりの場所。

ヘリクス。

かつて0と呼ばれた少年が。

白と青。

好きと嫌い。

欲しいといらない。

何を聞かれても。

「分かりません」

と答えていた場所です。

そこへ。

今度はアベスとして戻ります。

五人を見て。

好きなものが増えて。

嫌なものも増えて。

怖いこと。

悲しいこと。

分からないこと。

それでも知りたいこと。

一つずつ。

自分の中へ増やしてきた少年として。

そして。

その隣にいるイースは。

逆です。

最初は何でも持っていた。

顔も。

声も。

身体も。

役割も。

誰にでもなれた。

何にでもなれた。

でも旅をするほど。

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