KillerWorld ―七つ目の答え― 合流編 第一章「まだ」/第二章「それでも使う?」
五人を見たいと望んだアベス。
その願いを叶えるため、イースは散らばった五人を探そうとする。
だが、その身体にはもう時間が残されていなかった。
そんな中、イースが眠る夜。
彼の身体を借りた“声”は、密かにあの少年と接触する。
五人は今も観測され続けている。
距離すら関係なく。
その事実を知ったイースは、観測する側とされる側の繋がりを逆に利用することを思いつく。
代償は。
顔。
声。
目。
耳。
手。
脚。
そして、命そのもの。
それでもイースは笑う。
「……使う」
アベスが望んだ五人へ。
最後の合流が、始まる。
第一章 まだ
夜。
イースは眠っていた。
右手はベッドの端から落ち、指先は動かない。
右脚も力なく伸びたまま。
静かな呼吸だけが続いている。
その身体が、ゆっくり起き上がった。
目は閉じたまま。
首、肩、腰を一つずつ確かめるように動かし、右手を上げる。
途中で落ちた。
もう一度。
やはり落ちる。
三度目。
左手で右手首を掴み、持ち上げてから指を開き、閉じる。
反応は遅い。
「へえ」
イースの声だった。
けれど本人は聞いていない。
「これでよく体動かせるね、相棒は」
左手を離すと、右手はぱたりと落ちた。
次に右脚を床へ下ろす。
一歩。
遅れる。
もう一歩。
また遅れる。
普段なら左へ僅かに重心を逃がし、歩幅を変え、必要なら机や壁へほんの一瞬だけ指を添える。
誰にも分からないように。
今はそれをしない。
遅れた脚を、そのまま引きずる。
「なるほど。そうやってるんだ」
鏡の前で止まった。
瞼がゆっくり開く。
映っているのはイースだった。
今の顔。
今の髪。
動かない右手。
遅れる右脚。
全部、いつもの姿。
ただ。
鏡を見る目だけが、自分を見る目ではなかった。
頬へ指を当てる。
輪郭が一瞬揺れ、知らない男へ変わって戻る。
もう一度。
今度は女になり、また戻った。
「こっちも、よく持たせてるね」
返事はない。
当然だ。
イースは眠っている。
身体は窓へ向かった。
外には街灯、車、人、風。
普通の夜がある。
「さて。続き」
世界の色が反転した。
白は黒へ。
赤は青白く沈み、歩いていた人間から血色が消える。
影だけが異様に濃くなり。
次の瞬間には、音まで消えた。
風も。
車も。
足音も。
人の声も。
全部。
窓ガラスにイースが映る。
その後ろに、少年が立っていた。
世界中が別の色になっているのに、少年だけが変わらない。
身体が振り返る。
少年はイースを一度見ただけで言った。
「お前ではない」
「早いね」
「イースは眠っている」
「うん」
「その身体を使用している」
「うん」
少年はそれ以上聞かなかった。
誰なのか。
なぜ出来るのか。
どうやったのか。
興味がない。
「何の用だ」
「確認」
「何を」
「0。まだ?」
「まだ判断には至っていない」
「そっか」
借り物の身体が窓へ寄りかかる。
「五人」
「何だ」
「見たいんだって」
「把握している」
「自分で言った?」
「そうだ」
「じゃあ、見るまで終われないね」
「見ることと判断は別だ。五人を見た後、判断に至れば選別を開始する」
「至らなかったら?」
「観測を継続する」
「へえ。じゃあまだだ」
少年は答えない。
それ以上、押さなかった。
「ねえ」
「何だ」
「その五人、今も見てる?」
「そうだ」
「ずっと?」
「因子保持者は継続観測対象だ」
「遠くても?」
「距離は関係ない」
「昔の記録しかなくても?」
「観測に記録は必要ない」
「へえ」
口元が僅かに上がる。
それだけだった。
「それを何に使う」
「まだ分からない」
「では何故聞いた」
「使えるかもしれないから」
「何に」
「さあ?」
少年は黙る。
人間なら苛立ったかもしれない。
警戒したかもしれない。
問い詰めたかもしれない。
少年は何もしない。
ただ、そこにいる。
「君さ。もし、0が最後まで決めなかったら?」
「終える」
「何を?」
「人間を」
声の重さは変わらない。
明日の天気でも答えるようだった。
「全員?」
「そうだ」
「それでも駄目だったら?」
「何がだ」
「また同じのが出てきたら」
「終える」
「また?」
「そうだ」
「世界ごと?」
「必要なら」
借り物の目が僅かに細くなる。
「……簡単に言うね」
「難しくない」
借り物の顔が笑った。
「そっか」
その声には。
罰も。
怒りも。
憎しみもなかった。
始まったものを終わらせる。
ただ、それだけのことを話している。
「長かった?」
「何がだ」
「これ」
借り物の身体が窓の外を見る。
止まった人。
車。
街。
その向こう。
もっと遠くまで。
「人間」
少年も同じ方向を見る。
「長かった」
「飽きた?」
一拍。
「そうなのかもしれない」
借り物の口元が、ふっと上がる。
「へえ。いや、やっぱり君、面白くないね」
「問題ない」
「そういうところ」
少年は反応しない。
「ねえ」
「何だ」
「君の測定、完璧なんだよね?」
「そうだ」
即答だった。
誇りも自信もない。
ただの事実として答えた。
「何を加えても?」
「結果は変わらない」
「何を見せても?」
「人間の本質は変わらない」
「僕が何かしても?」
「観測する」
借り物の目が数秒、少年を見る。
それから。
口元が嬉しそうに上がった。
「そっか。じゃあ、最後まで完璧でいてね」
少年は、目の前の身体を見る。
「好きにしろ」
「うん。一個だけ、余計なの置いてくよ」
「結果は同じだ」
「そうかもね」
「なら無意味だ」
「それ、今決めたらつまらないでしょ?」
少年は何も言わない。
借り物の口も、それ以上は開かなかった。
「じゃあね」
世界が白く弾けた。
音が戻る。
風。
車。
人。
街灯。
色。
全部が一気に戻り、少年は消えた。
借り物の身体は、しばらく窓の前に立っていた。
「完璧。楽しみだね」
何がどうなるのかは、まだ誰にも分からない。
だから面白い。
右脚を引きずりながらベッドへ戻る。
一歩遅れ。
次も遅れる。
横になると、右手を元のようにベッドの端から落とし、目を閉じた。
「おやすみ。相棒」
返事はない。
最後まで。
イースは何も知らなかった。
第二章 それでも使う?
朝。
イースは目を開け、数秒天井を見た。
右脚が重い。
起き上がって床へ下ろし、一歩。
遅れる。
いつものように左へ僅かに重心を逃がし、歩幅を変えた。
(上手いね)
足が止まる。
「……何が」
(分からないように歩くの)
沈黙。
イースがゆっくり鏡を見る。
「ねえ」
(何?)
「昨日、僕の身体使った?」
(証拠ある?)
目を閉じ、息を吐く。
「その返し、僕のだよね」
(うん)
「腹立つなあ」
(上手かった?)
「何が」
(歩くの)
イースが右脚を見る。
「勝手に見るなよ」
(見えたから)
「最悪」
(知ってる)
頬へ触れる。
今の顔は、まだある。
「何したの」
(会ってきた)
「誰に」
(あの子)
イースが振り返る。
「僕の身体で?」
(うん)
「なんで」
(僕、身体ないから)
「そういう意味じゃない」
(じゃあ何)
「……もういい」
(諦めた)
「慣れた」
ベッドへ腰を下ろす。
「で。何してきた」
(少し話した)
「何を」
(0)
イースの目が僅かに動く。
「まだ?」
(まだ)
「五人を見るまで?」
(それも違う)
「何が」
(見ても、決めなかったらまだ)
イースが黙る。
昨日。
アベスは自分から「今の、その人たちを見たい」と言った。
「……ああ。そこ使ったんだ」
(使えたから)
「嫌な奴」
(そう?)
「褒めてない」
(知ってる)
「他」
(世界、終わらせるって)
イースの顔が止まる。
「……何してきたの」
(聞いただけ)
「何を聞いたらそうなるんだよ」
(決めなかったらどうするのって)
「で?」
(終えるって)
「人間を?」
(うん)
少し間が空いた。
「相変わらずだな」
(誰が)
「あの子」
イースは驚いていない。
怖がってもいない。
ただ少し疲れたように息を吐く。
「あいつならやるよ」
(簡単みたい)
「神様ってそういうもん?」
(さあ?)
「お前もだろ」
(僕は壊すより、混ぜる方が好き)
「迷惑」
(知ってる)
イースが五枚の記録を見る。
「それで?」
(五人)
「うん」
(今も見られてる)
目が上がる。
「全員?」
(うん)
「どこにいても?」
(関係ないって)
「今も?」
(ずっと)
ネミティブ。
菅原。
カルロス。
ルウ。
メリカ。
机に並ぶのは、古い記録。
古い住所。
古い写真。
普通に追えば、探すだけでどれだけかかるか分からない。
「見てる。距離関係なく」
(うん)
「なら、繋がってる」
(何が)
「見る側と、見られてる側」
イースは五枚の記録へ順に指を置く。
「こっちから探さなくていい。見る方から辿ればいい」
声が黙った。
「君のを使ったら、触れる?」
(多分)
「多分」
(やったことないし)
「僕もないよ」
(じゃあ同じ)
「全然違う」
右手を見る。
指を開く。
閉じる。
遅い。
「代償」
(壊れるよ)
「今より?」
(うん)
「どこ」
(顔)
(声)
(目)
(耳)
(手)
(脚)
イースが指を立てる。
「味」
(それも)
「……最悪」
(そこ?)
「そこも」
右手を握る。
「戻る?」
(分からない)
「治る?」
(多分無理)
「死ぬ?」
一拍。
(あるかも)
「そっか」
軽い声だった。
でも。
握った右手だけは離れない。
しばらく何も言わない。
それから。
自分から口を開いた。
「僕、死ぬの嫌なんだよね」
(知ってる)
「まだ食べたいものあるし。寝たいし、金も欲しい」
(まだ?)
「欲しいよ」
口元が少し上がる。
「あと、面白い奴もまだ騙したい」
(そこは変わらないね)
「急に善人になったら気持ち悪いでしょ」
(うん)
「即答するなよ」
短く笑い。
すぐ消える。
机の五枚を見る。
「……あの子が見たいって言った」
(うん)
「探すって言ったの、僕だし」
声は何も言わない。
止めない。
勧めない。
ただ、そこにいる。
少しして。
(そういえば)
「何」
(鎖)
イースの眉が動く。
「毒の?」
(うん)
「またその話?」
(続き)
「短い?」
(短い)
「ならいいよ」
一拍。
(最後は切れたらしいよ)
「鎖?」
(うん)
「へえ」
それだけ。
イースは右手を見る。
「その後は?」
一拍。
(戦争)
イースが顔を上げる。
「……今それ言う?」
(今思い出した)
「縁起悪いなあ」
(そう?)
「そうだよ」
(でも)
「何」
(切れた)
イースが少し目を細める。
「……そこ?」
(さあ?)
「相変わらず役に立たない昔話」
(聞いたの君だよ)
「続き聞いただけ」
(同じじゃない?)
「違う」
(そうなんだ)
「そうだよ」
そこで終わった。
意味は聞かない。
声も説明しない。
右手はまだ開く。
閉じる。
右脚も立てる。
顔も、まだある。
(それでも使う?)
イースは目を閉じる。
一拍。
二拍。
「……使う」
(そっか)
それだけ。
「止めないんだ」
(何で?)
イースが少し笑う。
「だよね」
立ち上がる。
「どうやる」
(知らない)
「は?」
(考えたの君でしょ)
「神様だろ」
(だから?)
「万能とかないの」
(つまらない)
「聞いた僕が馬鹿だった」
目を閉じる。
自分の中に、ずっと居座っているもの。
最初は声だけだった。
耳を塞いだ。
出てけと何度も言った。
今は。
そこにいる場所だけは分かる。
境目へ触れる。
何もない。
さらに深く。
瞬間。
頭の奥で何かが裂けた。
「――っ」
白い痛み。
吐き気。
右手が震える。
鼻の奥が熱くなり、血が一滴落ちた。
唇を舐める。
「……味」
(ない?)
「うん」
それだけ。
右耳が遠くなる。
車も。
風も。
街も。
半分だけ水の底へ沈んだように聞こえる。
「本当に全部来るな」
(言ったよ)
「そうだったね」
もう一度。
深く触れる。
声が一瞬、知らない男の低い声へ変わった。
「……あ。これもか」
さらに奥へ。
そこには何かがあった。
目でも。
耳でもない。
ただ。
見られている。
今も。
ずっと。
「……あった」
一つ触れる。
知らない街の景色と人影が一瞬だけ浮かび、消えた。
二つ。
別の場所。
三つ。
四つ。
五つ。
右目が暗くなる。
「――っ」
膝が落ちた。
右手は出ない。
左手を机へ叩きつけて身体を支える。
呼吸が荒れる。
それでも。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
全部。
「……いる。全部」
手を離した。
*
しばらく動かなかった。
暗かった右目に、少しずつ輪郭が戻る。
右耳には耳鳴りが残り。
味はない。
鏡を見る。
顔が揺れた。
男。
女。
知らない誰か。
最後に。
今の顔へ戻る。
(五つ)
「うん」
(全部あった)
「いたよ」
一拍。
(そっか)
少し間を置いて。
声が続ける。
(じゃあ、あと一つ)
イースの目が僅かに動く。
「何が」
(まだ持ってるかな)
「誰が」
返事はない。
「何を」
(さあ?)
イースがゆっくり眉を寄せる。
「……君。また勝手に何かした?」
(証拠ある?)
「それ、僕の返しだって言ったよね」
(便利だから)
「返せよ」
(嫌)
「最悪」
声は笑っている。
イースには何の話か分からない。
声にも、それが何になるのかはまだ分からない。
ただ。
前に一個置いただけ。
イースは左手で机を掴み、立ち上がる。
右脚が一拍遅れる。
(何)
「いや。まだ歩ける」
(うん)
「喋れる」
(今は)
「それ嫌な言い方」
(本当でしょ)
「まあね」
五枚を見る。
「最初」
(誰)
「ネミティブ」
(どうして)
「近い」
(それだけ?)
「十分でしょ」
フードを取る。
右手では掴めず、左手へ持ち替える。
マスクをつけ、玄関へ向かう。
一歩。
右脚が、さっきより少しだけ遅れた。
(相棒)
「誰が相棒だよ」
ドアへ手をかける。
一瞬だけ止まる。
「……あと少しだ」
誰にでもなく。
自分の身体へ。
「最後まで、持ってくれよ」
ドアが開いた。
ここから、いよいよ合流編です。
これまで別々に描いてきたネミティブ、菅原、カルロス、ルウ、メリカ。
アベスは彼らの「過去の記録」ではなく、今の本人たちを見たいと選びました。
そしてイースは、その願いを叶えるために動き始めます。
ただし今回かなり重要なのは、イースが五人を集めること以上に、彼自身の身体もすでに限界へ向かっていることです。
これまでなら顔も声も役割も自由に使えた男が、それらを一つずつ失いながら、それでも進む。
そしてもう一つ。
イース本人の知らないところで、“声”も何かを始めています。
ここから散らばっていた物語が、少しずつ一つの場所へ集まり始めます。




