アベス編⑪ 六人目と、あと二つ
五人の過去を見たアベスは、今度はイースへ問いを向ける。
「あなたは、何を測られたんですか」
自分は測る側だと笑うイース。
だがアベスは言う。
誰に何をするか。
何を言うか。
どこまでやるか。
仕事であっても、それはイース自身が選んできたことではないのか。
その夜。
アベスが見る六人目の夢。
男。
女。
老人。
若者。
顔も声も何度も変わる一人の人間。
誰にでもなれるその男へ、アベスは翌朝尋ねる。
「あなたは、何になりたいんですか?」
そしてイースもまた。
長い間探していた「あと二つ」の正体へ辿り着く。
第二十章 六人目
「あなたは、何を測られたんですか」
イースの笑みが止まった。
「……僕?」
「はい」
「僕は測る側だよ」
「でも」
「でも?」
「イースも、選んでいます」
「……」
「五人に何をするか。何を言うか。どこまでやるか」
イースはアベスを見る。
「それも仕事」
「仕事なら、選んだことにならないんですか」
「痛いところ突くねえ」
軽く笑って誤魔化す。
「今日はもう終わり。五人分喋ったから疲れた」
「イースが話し始めました」
「そうだったっけ」
「はい」
「じゃあ余計疲れた」
「適当ですね」
「よく分かってきたね」
イースは笑った。
頭の奥で。
(くくっ)
また、楽しそうな声。
「……何」
(別に)
「今日ずっとそれだね」
(楽しいから)
「性格悪いなあ」
(君ほどじゃないよ)
「それは認める」
アベスが首を傾げる。
「また、その人ですか」
「そう。ろくでもない奴」
(ひどいなあ)
「褒めてるよ」
その日は。
そこで終わった。
* * *
その夜。
アベスはまた夢を見た。
白い部屋ではない。
知らない街。
知らない顔。
その顔が変わる。
男。
女。
老人。
若者。
声も変わる。
歩き方も。
笑い方も。
それでも。
全部、同じ人だと分かった。
『仕事だから』
別の顔。
『まだ終われない』
足を引きずる。
また別の顔。
『……もう、頑張らなくていいよ』
『うん。ありがと』
女が笑う。
次。
研究所。
五枚の記録。
ネミティブ。
菅原。
カルロス。
ルウ。
メリカ。
青年が笑っている。
『あと二つ』
右手が遅れる。
顔が揺れる。
それでも笑う。
『しゃーない』
『まだ終われないな』
最後。
幼い少年。
何も選ばない。
何も欲しがらない。
0。
その姿を、青年が見ていた。
そこで夢は切れた。
* * *
朝。
「また夢を見ました」
「また?」
「今度は、イースでした」
「……」
イースが止まる。
「僕?」
「はい」
頭の奥で。
(くくっ)
声が笑った。
「……相棒」
(何?)
「やったでしょ」
(何を?)
「はいはい」
それ以上、聞かなかった。
アベスを見る。
「で。僕、何してた?」
「ずっと、誰かになっていました」
「まあ、そうだね」
「男の人にも。女の人にも」
「うん」
「声も変わっていました」
「便利でしょ」
「それから、昨日の五人もいました」
イースの目が僅かに細くなる。
「僕が話したからじゃない?」
「五人のことは、そうかもしれません」
「……そっか」
頭の奥で。
(ふふ)
「楽しそうだねえ」
(そう?)
「そうだよ」
アベスが続ける。
「女の人もいました」
「何て言ってた?」
「もう頑張らなくていい、と」
イースの表情が少しだけ変わった。
「その人は、ありがとうと言っていました」
「……マリだね」
「昨日の人と関係がある人ですか」
「そう」
「それから」
「まだあるの?」
「小さい頃の僕がいました」
イースが黙る。
「イースは、僕を見ていました」
「……」
「何も欲しがらない。何も選ばない僕を」
「そう」
「ずっとですか」
「ずっとじゃないよ」
「でも、長いです」
「まあね」
「何故ですか」
イースは少し考えた。
「気になったから」
「仕事ですか」
「最初はね」
「その後は?」
「さあ」
「また、それですか」
「便利だって言ったでしょ」
アベスは少しだけ黙った。
それから。
「イース」
「ん?」
「夢の中で」
「うん」
「イースは、ずっと誰かになっていました」
「そうだね」
「でも」
一拍。
「イースが何になりたいのかは、分かりませんでした」
イースの目が止まる。
アベスは、そのまま聞いた。
「あなたは、何になりたいんですか?」
少し。
沈黙。
いつもなら。
すぐに何か返す。
冗談。
誤魔化し。
相手が欲しそうな答え。
でも。
今度は少しだけ長かった。
やがて。
イースが笑う。
「本当の僕?」
「はい」
イースは椅子から立ち上がった。
右足が少し遅れる。
それでも気にせず、扉へ向かう。
「イース?」
扉の前で振り返る。
そして。
「僕はただの嘘つきだよ」
べ、と舌を出した。
「じゃあね」
扉が閉まる。
アベスだけが、部屋に残った。
廊下。
(逃げたね)
「うるさいなあ」
(測る側、なんだよね?)
「……」
(答えてない)
「答えたよ」
(本当に?)
イースは笑った。
「さあね」
右足が。
また。
少し遅れた。
第二十一章 あと二つ
扉が閉まった。
イースは廊下を歩きながら、しばらく笑っていた。
「僕はただの嘘つきだよ、か」
(自分で言うんだ)
「事実でしょ」
(便利な答えだね)
「便利なんだよ」
右足が少し遅れる。
壁へ手をつくほどではない。そのまま歩いた。
頭の中には、さっきのアベスの言葉が残っている。
『あなたは、何になりたいんですか?』
「……」
(気になる?)
「別に」
(嘘)
「君までそれ言うの?」
小さく笑って。
ふと。
足が止まった。
「……あ」
(何?)
五人。
ネミティブ。
菅原。
カルロス。
ルウ。
メリカ。
ゴイが何度も見ていた五枚の記録。
そして。
あの日。
『七つあるんだっけ』
五つ。
あと二つ。
「……」
(どうしたの、相棒)
イースは指を一本ずつ折った。
「傲慢」
一つ。
「嫉妬」
二つ。
「暴食」
三つ。
「憤怒」
四つ。
「色欲」
五つ。
残るのは。
「強欲」
そして。
「怠惰」
指が止まった。
(うん)
「……ねえ」
(何?)
「これさ」
イースが自分の手を見る。
今の手。
誰のものでもないようで。
誰のものにもなれる手。
「強欲って」
少し笑う。
「物欲しい奴だけじゃないよね」
(そうだね)
「欲しい顔を取る」
一つ。
「欲しい声を取る」
二つ。
「欲しい立場を取る」
三つ。
「必要なら、その人の人生まで借りる」
イースの笑みが薄くなる。
「誰にでもなれる」
(うん)
「何にでもなれる」
(うん)
「なのに」
一拍。
アベスの声。
『あなたは、何になりたいんですか?』
「……はは」
イースが額を押さえた。
「僕か」
(へえ)
「遅くない?」
(先生よりは早いよ)
「それ褒めてる?」
(もちろん)
イースは笑った。
「そっか」
もう一つ。
残っている。
怠惰。
「で」
顔を上げる。
「最後」
(うん)
「何もしない奴?」
(さあ)
「違うよね」
イースはもう分かっていた。
白い部屋。
何を聞いても。
分かりません。
どちらでも。
言われた通りにする。
選べと言われても。
決めない。
決められない。
「……0」
(今は?)
「アベス」
訂正する。
「自分で決めることを、しなかった」
イースの目が細くなる。
「何もしたくないんじゃない」
「決めることをしない」
(随分働き者の怠け者だね)
「そういう意味じゃないんだろうね」
しばらく。
二人とも黙った。
それから。
イースが吹き出した。
「ははっ」
(何)
「先生」
肩が揺れる。
「あんなに探してたのに」
五人。
五枚。
何度見ても。
あと二つ。
「一人はずっと自分の横にいて」
一歩。
「もう一人は」
笑う。
「最初に捨ててる」
(ひどい話だ)
「最高じゃん」
(教えてあげる?)
「やだよ」
即答だった。
「せっかく気づいてないんだから、そのまま探しててもらおうよ」
(性格悪いね)
「知ってる」
また歩き出した。
その日の夕方。
イースはアベスの向かいに座っていた。
「ねえ」
「はい」
「もう一個だけ聞いていい?」
「またですか」
「またです」
アベスが少し嫌そうな顔をした。
「その顔いいねえ」
「質問してください」
「はいはい」
イースは指を五本出した。
「じゃあ、五人いる」
「はい」
「一人は、自分の方が正しいと思って他人の判断まで取った」
一本折る。
「一人は、失うのが怖くて、相手が離れることまで許せなかった」
二本。
「一人は、自分に足りないものを他人から集め続けた」
三本。
「一人は、悲しいも怖いも全部怒りに変えた」
四本。
「最後の一人は、好きな相手を守るために、その人の選択を奪った」
五本。
「この五人のうち」
アベスを見る。
「誰が必要で、誰がいらない?」
アベスは黙った。
長い。
イースは待つ。
「……答えられません」
「どうして?」
「知っているのが」
「うん」
「その人たちが、そうだった時だけだからです」
イースの目が僅かに細くなる。
「でも、その時は本当にそうだったよ」
「はい」
「なら、それで決めれば?」
「嫌です」
即答だった。
「なんで?」
「今も同じか、分かりません」
「じゃあ」
イースは少し笑う。
「どうすれば答えられる?」
アベスは考えた。
窓を見る。
机を見る。
自分の手を見る。
そして。
「……会ってみたいです」
「誰に?」
「その五人に」
今度は。
イースが黙った。
「話を聞くだけじゃ足りない?」
「はい」
「記録でも?」
「はい」
「どうして?」
アベスは、少し考えて。
「今の、その人たちを見たいです」
「……」
「話してみたいです」
「何を聞くの?」
「分かりません」
「決めてないんだ」
「会ってから考えます」
イースが笑った。
「そっか」
それ以上は。
何も言わなかった。
夜。
イースは一人で外を歩いていた。
(行くの?)
「どこに」
(分かってるくせに)
「会いたいなんて一言も言ってないよ」
(でも考えてる)
「嫌な同居人だなあ」
(今さら?)
「今さらだね」
一歩。
右足が遅れる。
もう一歩。
「五人か」
(集められる?)
「さあ」
(時間ある?)
イースの足が。
止まった。
「……そこなんだよね」
時間。
自分の身体だけじゃない。
アベスにも。
もう。
カオスが答えを求め始めている。
「先に」
イースが呟く。
「時間、取らないと」
その時だった。
世界の色が。
反転した。
「……」
白い光が黒へ沈む。
街灯が青白く変わる。
人間の肌から血色が抜ける。
影だけが濃くなる。
そして。
音が消えた。
イースは。
今度は驚かなかった。
「……噂をすれば」
(向こうから来たね)
少し先。
少年が立っていた。
その姿だけが。
元の色のまま。
「こんばんは」
イースが片手を上げる。
「0の状態を確認する」
「いきなりだね」
「判断の準備は進んでいる」
「へえ」
イースは笑う。
「じゃあちょうどいいや」
「何だ」
「お願いがあるんだけど」
少年が見る。
「もう少し」
一拍。
「待ってよ」
沈黙。
「理由は」
「君さ」
イースが指を立てる。
「あの子のこと、完璧って言ったよね」
「そうだ」
「欲が少ない」
「偏りも少ない」
「だから判断するのに向いてる」
「そうだ」
「だったら」
イースが笑う。
「今そこで答えを求めるの、君の干渉にならない?」
少年は黙った。
「人類を決めろ」
「残すか消すか選べ」
「そんなの急に置かれたらさ」
肩をすくめる。
「それを置いた君まで、判断材料になるでしょ」
「問題はない」
「あるよ」
即答。
「君が欲しいのって」
一歩。
「君に言われたから出した答えじゃないでしょ?」
少年の目が。
イースを見る。
「0自身が出した答え」
「それが欲しいんじゃないの?」
長い沈黙。
反転した街の中。
何も聞こえない。
イースは待った。
余計なことは言わない。
五人。
夢。
指輪。
ロキ。
何一つ。
出さない。
やがて。
少年が言った。
「……猶予を与える」
イースの口元が上がる。
「ありがと」
「ただし」
「うん?」
「無期限ではない」
「分かってるよ」
「0が判断に至った時点で、選別を開始する」
「はいはい」
イースが背を向ける。
「イース」
足が止まる。
「何?」
「0へ不要な干渉をするな」
イースが振り返る。
「不要かどうかは?」
「私が判断する」
「相変わらずだねえ」
少年は答えない。
イースは笑った。
「大丈夫」
一拍。
「僕は何も決めないよ」
少年を見たまま。
「決めるのは、あの子だから」
世界が白く弾けた。
色。
音。
風。
車。
街。
一気に戻る。
「……っ」
イースが少しよろめく。
右足。
遅れる。
少年はもういない。
頭の奥で。
(取れたね)
声が笑った。
「何が?」
(時間)
イースは。
少しだけ笑う。
「時間だけね」
(十分じゃない?)
「十分」
一歩。
歩く。
(で?)
「何」
(五人)
イースはフードを深く被った。
口元だけ。
笑う。
「探そっか」
今回は、「六人目」と「あと二つ」です。
五人の記録を見てきたアベスが、
今度は測る側だったイースへ問いを返します。
「仕事なら、選んだことにならないんですか」
イースはずっと誰かになれます。
顔も。
声も。
立場も。
必要なら、その人の人生まで借りられる。
でも。
「あなたは、何になりたいんですか?」
と聞かれると答えられない。
誰にでもなれることと、
自分が何になりたいか分かることは、
同じではありません。
そして。
ずっと五つしかなかった記録。
残っていた二つは、
強欲。
怠惰。
一人は、ずっと測定者の横にいた。
もう一人は、最初に捨てられていた。
ただ。
アベスは五人の過去を見ても、
そこで人間を決めませんでした。
「その時」が本当だったことは否定しない。
それでも、
「今も同じか、分かりません」
だから。
「今の、その人たちを見たいです」
ここから必要になるのは、
昔の記録ではありません。
現在の五人です。
イースが取ったのは、答えではなく時間だけ。
そして最後に。
「探そっか」
ここから、五人へ会いに行きます。
【KillerWorld ―七つ目の答え― 世界地図】




