↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『KillerWorld ―七つ目の答え―』  作者: ザクロ
ネミティブ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/57

第四章 カイル ― ネズミ狩り

リナが死んだ。


残されたRATには、少しずつ亀裂が入り始めていた。


誰を信じるのか。

誰の言葉を疑うのか。

そして、自分の判断を誰に委ねるのか。


答えが分からないまま、

カイルはネミティブと向き合うことになる。


第四章「カイル ― ネズミ狩り」、始まります。


第一節 残った銃声


リナが死んでから、RATの空気は変わった。


誰かがネミティブを責め立てたわけではない。


銃を向ける者もいない。


朝になれば食料は運ばれる。見張りは交代し、壊れた扉は別の板で塞がれる。夜になれば、何人かは焚き火を囲んでくだらない話をして笑った。


組織は止まらない。


ラドが死んでも。


リナが死んでも。


生きている人間には、次の日が来る。


それでも。


ネミティブが部屋へ入った瞬間だけ。


会話が途切れた。


ほんの数秒。


誰かの手が止まる。


目が向く。


そして。


ネミティブと合った瞬間に逸れる。


カイルは壁にもたれながら、その光景を何度も見ていた。


壊れた窓から入る昼の光が、床へ長い四角を作っている。積み上げられた木箱の脇には、まだリナが使っていた小さな椅子が残っていた。


誰も使わない。


誰も片づけない。


前は。


こんなんじゃなかった。


ネミティブも気づいている。


気づかないはずがない。


誰が右手で銃を持つか。


誰が嘘をつく時に鼻を触るか。


誰の足音が重いか。


どの扉が軋むか。


そんなものまで覚えている男だ。


なのに。


何も言わない。


それが。


カイルには余計に腹立たしかった。


(気づいてんなら、何か言えよ)


何を言えばいいのか。


自分にも分からない。


ラドが死んだ。


リナも死んだ。


二人とも。


ネミティブの持っていた銃から弾が出た。


理由は違う。


ラドの時は、あの場そのものが滅茶苦茶だった。誰が味方で、誰が仕掛けたのかも分からないまま、人間が押し合い、銃声が響き、その中でネミティブは背中を押された。


リナの時は――。


パンッ。


記憶の中で。


乾いた音が鳴る。


カイルの指先が強張った。


胸の奥に。


また。


穴が開く。


リナの小さな身体が跳ねる。


銃が落ちる。


自分が渡した銃。


(俺が渡さなきゃ)


そこまで考えて。


噛み殺す。


違う。


撃つために渡したんじゃない。


確かめるためだった。


怖がっていたリナが、自分でも確かめられるように。


兄貴へ。


見せるためだった。


そうだった。


そうじゃなきゃ。


困る。


「南は今日から二人増やす」


ネミティブの声で。


カイルは顔を上げた。


中央の机。


地図。


その周囲に古参が四人。


ネミティブは立ったまま、地図へ指を置いていた。


「北の荷は一旦止める。出入りした奴の名前も全部残せ。食料庫も鍵を変える」


古参の一人が眉を寄せた。


「そこまでやるのか?」


「ああ」


「敵が動いてる証拠は?」


「ない」


男が何か言おうとする。


ネミティブは先に続けた。


「ないから確認する」


カイルの胃の辺りが重くなった。


最近。


ネミティブは。


そればかりだった。


確認。


記録。


把握。


誰がどこにいる。


何を持っている。


誰と話した。


何時に出て。


何時に戻った。


以前なら。


頼もしさだった。


兄貴は何でも見ている。


自分が見落としたものまで拾ってくれる。


だから。


任せられる。


今は。


違う。


(見てるんじゃねえ)


カイルは。


地図の前に立つネミティブを見る。


(見張ってる)


古参が小さく鼻を鳴らした。


「……ラドなら、そこまでしなかったけどな」


空気が止まった。


誰かが息を飲む。


カイルの背中へ汗が浮く。


(おい)


今。


それを言うな。


ネミティブが顔を上げた。


「ラドは死んだ」


短かった。


事実。


それだけ。


「……そうだな」


古参は。


それ以上言わなかった。


だが。


目に浮かんだものを。


カイルは見た。


怒り。


ほんの一瞬。


ネミティブはもう地図へ視線を戻している。


その横顔を見て。


カイルの胸へ苛立ちが膨らんだ。


(そうじゃねえだろ)


正しい。


ラドは死んでいる。


だから。


余計に腹が立つ。


その言葉が。


今。


どう聞こえるかまで。


考えてほしかった。


「兄貴」


ネミティブが見る。


「何」


「ちょっと来て」


カイルは先に外へ出た。


数秒。


後ろから足音。


昔より。


聞き慣れた足音。


ラドほど重くない。


リナほど軽くない。


それだけで。


誰か分かる。


建物から少し離れたところ。


カイルが振り返る。


「もうちょい言い方あるだろ」


「何が」


「ラドのことだよ」


「事実だろ」


「そういう話じゃねえ!」


思ったより大きな声が出た。


ネミティブの目が細くなる。


また。


その目。


見る。


測る。


カイルの声。


肩。


指。


呼吸。


全部。


「じゃあ、どういう話」


「皆まだ引きずってんだよ!」


「俺もだ」


カイルの口が止まった。


一瞬。


ネミティブの目が揺れた。


本当に。


ほんの一瞬。


でも。


見えた。


(……引きずってる)


当たり前だ。


分かっていた。


こいつだって。


失っている。


ラド。


リナ。


自分だけじゃない。


なのに。


口から出てくるのは。


事実。


判断。


確認。


そればかり。


「だったら……」


続けようとして。


別の名前が浮かぶ。


「ルイスは?」


ネミティブの顔から。


一瞬だけ。


表情が消えた。


カイルは。


見逃さなかった。


「兄貴も疑ってんだろ」


「何を」


「とぼけんなよ」


カイルが一歩近づく。


「リナが死ぬ前からずっと怪しかった。ラドの偽物が出て、あいつが絡んで、都合よく情報持ってきて」


言葉にする。


ラドの姿。


ルイス。


北。


倉庫。


リナが見た一秒。


並べるほど。


胸の中で。


疑いが。


形になる。


リナは疑った。


自分も疑っている。


そして。


ネミティブも。


だったら。


あいつじゃないのか。


「証拠がない」


ネミティブが言った。


「だからって放っとくのかよ!」


「じゃあどうする」


「調べる!」


ネミティブの目が僅かに動く。


「リナもそう言ってた」


頭の中が。


一瞬。


真っ白になった。


「……それ言うか?」


「事実だ」


また。


事実。


カイルはネミティブの胸を押した。


ドッ。


ネミティブの身体が半歩下がる。


「事実事実うるせえんだよ!」


「カイル」


「リナ死んだんだぞ!」


「分かってる」


「分かってねえよ!」


「分かってる!」


今度は。


ネミティブの声も跳ねた。


二人の間へ。


沈黙が落ちる。


そこで。


カイルは初めて気づいた。


ネミティブの拳。


震えている。


怒っている。


違う。


何かを。


必死に押さえている。


それでも。


カイルは引けなかった。


ここで引いたら。


また。


何も言えなくなる。


「俺はルイスを信用しねえ」


ネミティブは何も返さない。


「兄貴が止めても調べる」


「勝手に動くな」


「嫌だ」


即答。


ネミティブの目が変わった。


カイルの背筋が。


冷えた。


その目。


リナを見ていた。


最後。


同じ目。


「……カイル」


「何だよ」


「俺に隠れて動くな」


カイルの胸へ。


悲しさに似た怒りが込み上げる。


やっぱり。


「だったら最初から全部話せよ!」


背を向ける。


「兄貴だって何も話さねえじゃねえか!」


そのまま歩いた。


後ろから。


呼び止める声は。


来なかった。


それが。


一番。


腹が立った。


* * *


**幕間Ⅰ 守られましたか**


ネミティブは夢を見た。


石の床。


高い天井。


冷えた空気。


足音を立てれば。


何度も返ってきそうな場所。


教会。


そう見えた。


だが。


十字架はない。


聖像もない。


祭壇らしき場所に。


一本だけ。


蝋燭。


その向こう。


白い服の男。


神父。


そう見える。


年齢が分からない。


若くも。


老いても見える。


表情が。


薄い。


「……またお前か」


男は答えなかった。


しばらく。


蝋燭の炎だけが揺れる。


やがて。


「彼女を守ろうとしましたか」


胸が。


強く締まった。


「誰の話だ」


分かっている。


それでも。


聞いた。


男は。


同じ問いを返す。


「彼女を守ろうとしましたか」


「守ろうとした」


考える前に。


答えた。


そこだけは。


疑わない。


自分は。


守ろうとした。


リナ。


RAT。


カイル。


全部。


男が。


僅かに首を傾げる。


「では」


喉が乾く。


「彼女は守られましたか」


パンッ。


夢の中。


銃声。


リナの身体が。


崩れる。


違う。


それは。


結果だ。


判断そのものまで。


間違っていたわけじゃない。


「俺が止めなかったら、もっと酷いことになってた」


男は黙っている。


「リナが撃ったかもしれない」


沈黙。


「ルイスが逃げたかもしれない」


沈黙。


「誰かが死んだかもしれない」


何も。


返らない。


苛立ちが湧く。


責めろ。


間違っていたと言え。


逆でもいい。


正しかったと言え。


どちらかにしろ。


「俺が決めるしかなかった」


男は。


ただ。


見ている。


答えを知っている目ではない。


本当に。


何も。


決めていない目。


「……何だよ」


「何も」


「だったら聞くな」


「私は答えを求めていません」


「じゃあ何のために聞く」


返事はない。


蝋燭が揺れる。


「おい」


ふっ。


炎が消えた。


暗闇。


* * *


ネミティブは目を覚ました。


天井。


荒い呼吸。


湿った布。


夜の臭い。


胸の奥には。


問いだけが残っていた。


――彼女は守られましたか。


「……黙れ」


目を閉じる。


俺は。


間違っていない。


そう思う。


違う。


足りなかっただけ。


もっと早く。


もっと正確に。


もっと全部。


自分が見ていれば。


次は。


間違えない。


* * *


**第二節 火種**


噂は。


噂の形をしていなかった。


だから。


カイルも。


最初は気づかなかった。


酒場。


隣へ座った。


見知らぬ中年の男。


「お前、カイルだろ」


カイルは酒を置く。


「誰だよ」


「昔ラドに世話になった」


ラド。


その名前だけで。


警戒が。


ほんの少し下がった。


男は酒を飲みながら。


何でもない話のように言う。


「ラドが死んでから変わったな」


「何が」


「RAT」


カイルは答えない。


男も。


こちらを見ない。


「昔の連中、お前見てるぞ」


「俺?」


「ラドに近かった若いの、お前だろ」


「違う」


「そうか?」


「違うって」


男は肩をすくめる。


「まあ、俺には関係ねえけどな」


それだけ。


翌日。


市場。


今度は。


知らない女。


「カイルさん?」


「何」


「南の人が探してたよ」


「誰が」


「名前までは知らない」


「何て?」


女は。


少し考える。


「今の頭より、あなたの方が話が通じるって」


胸が。


ざらつく。


「誰だよ、それ」


「知らない」


女は。


それだけ言って。


人混みへ消えた。


さらに二日後。


古参の男。


倉庫裏。


「もしもの話だ」


「嫌な入り方すんなよ」


男は笑わない。


「ネミティブが駄目になったら、お前どうする」


カイルは。


意味を理解するまで。


数秒掛かった。


「……何言ってんだ」


「ラドを撃った」


「それは――」


「リナも撃った」


「事情知ってんだろ!」


「知ってる」


返事。


静か。


「知ってるから飲み込んでる」


その方が。


怖かった。


男が一歩近づく。


「でもな」


声が低くなる。


「二回だ」


カイルは黙る。


「三回目は誰だ」


胸が。


冷えた。


ほんの一瞬。


自分の顔が。


浮かんだ。


俺?


すぐ。


振り払う。


「兄貴はそんな奴じゃねえ!」


自分でも驚くほど。


声が大きかった。


男は目を細める。


「だったらいい」


背を向ける。


それでも。


最後に。


足を止めた。


「ラドが死んだ時、俺はそこにいた」


カイルの指が。


強く握られる。


「忘れてねえ奴は、俺だけじゃねえよ」


男が去る。


一人になったカイルは。


壁を蹴った。


ドンッ。


爪先が。


痛い。


何なんだよ。


腹が立つ。


怖い。


そして。


一番嫌なのは。


ほんの一瞬。


もし。


兄貴が。


また誰か撃ったら。


そう考えた。


自分だった。


* * *


**第三節 ラドの影**


同じ頃。


別の言葉が。


ネミティブへ届いていた。


「最近カイルのところに古参集まってるぞ」


荷を運んできた若い男だった。


顔には見覚えがある。


名前までは。


知らない。


「何の話をしてる」


「知らねえ。ただ……次のこと考えた方がいいとか」


「次?」


「俺は聞いただけだからな」


男は去った。


ネミティブは。


その場から動かなかった。


次。


次の拠点。


次の仕事。


次の。


頭。


自分の。


次。


違う。


カイルは。


そんな奴じゃない。


ラドが死んだ時。


一番泣いた。


自分を。


兄貴と呼ぶ。


リナと。


馬鹿みたいに。


毎日言い合っていた。


だから。


だからこそ。


リナも。


自分に隠した。


カイルも。


協力した。


銃。


旧倉庫。


偽物のラド。


自分だけ。


最後に知らされた。


また。


胸がざらつく。


また。


俺だけ。


最後に知るのか。


証拠はない。


そう。


言い聞かせる。


その夜。


古参二人が。


消えた。


翌朝。


もう一人。


ネミティブは。


カイルを探した。


倉庫。


荷物をまとめている。


「三人どこ行った」


カイルの肩が止まった。


その一瞬が。


ネミティブには。


妙に長く見えた。


「……逃がした」


胸が。


落ちる。


「何?」


「もうここにいたくねえって」


「俺に言ったか」


「言ってねえ」


ほら。


身体の内側が。


冷える。


「何で」


カイルが振り返った。


「言ったら止めただろ」


リナの声。


重なる。


『言ったら止めるでしょ』


「……またか」


「何が」


「また俺に隠れて」


「だから何だよ!」


「勝手に決めるな!」


「俺が決めたんじゃねえ!」


カイルが。


一歩。


踏み込む。


「そいつらが決めたんだ!」


「RATの人間だ!」


「その前に人間だろ!」


胸を。


刺されたように。


痛む。


「一人抜ければ他も動く!」


「だから?」


「組織が崩れる!」


「それが嫌なら!」


カイルの声が震えている。


怒っている。


でも。


目は。


泣きそうだった。


「残りたい場所にしろよ!」


ネミティブは。


言葉を失った。


「逃げたいって言ってんのに、お前が残れって決めるのかよ!」


「全体を見てる!」


「だから何だ!」


「お前には見えてない!」


「見えてねえよ!」


即答。


今度は。


ネミティブが止まった。


「俺には分かんねえ!」


カイルが自分の胸を指す。


「誰が正しいとか! 誰が裏切ってるとか! ルイスが何者かも!」


息を吸う。


「でも、分かんねえからって全部お前に決めてもらう気はねえ!」


ネミティブが言う。


「間違えたら?」


「間違えたっていいだろ!」


身体が。


僅かに固まる。


カイルも。


言った直後。


気づいた。


リナ。


似ている。


それでも。


続ける。


「そいつの間違いまで取んなよ!」


沈黙。


言ったカイル自身も。


胸が痛んだ。


リナ。


でも。


もう。


引っ込めなかった。


* * *


**第四節 昔話――予言を捨てた王**


その夜。


カイルは拠点の屋上にいた。


眠れない。


下では。


まだ人が動いている。


逃げた三人。


古参。


ネミティブ。


ルイス。


考えるほど。


全部。


ぐちゃぐちゃになった。


「昔」


声。


カイルが振り向く。


誰もいない。


「……誰だ」


返事ではなく。


話が続く。


「ある王は、自分の子がいつか自分を殺すと聞いた」


カイルが立ち上がる。


風が。


屋上を抜ける。


「どこにいる」


「王は子を捨てた」


返事にはならない。


「それで未来を避けたと思った」


カイルは。


暗闇を見る。


「……」


「だが、捨てられた子は父を知らずに育ち、やがて道で一人の男を殺した」


眉が寄る。


「その男が父だった」


沈黙。


「……何が言いてえんだよ」


声は答えない。


「兄貴のことか?」


無言。


「俺のことか?」


何もない。


「答えろよ!」


ようやく。


声。


「何も」


「は?」


「昔話だ」


それだけ。


消えた。


カイルは。


しばらく。


暗闇を睨んだ。


「……意味分かんねえ」


それなのに。


胸の奥だけが。


妙にざわついていた。


* * *


**第五節 ネズミ狩り**


RATの弱体化を。


最初に誰が外へ流したのか。


誰にも。


分からなかった。


ただ。


ある夜を境に。


敵対組織の動きが。


一斉に変わった。


長く縄張りを争っていた組織。


ラドに潰された連中。


取引を切られた者。


古い恨みを抱えていた者。


互いに。


繋がってすらいないはずの連中が。


同じ夜。


同じ結論へ。


辿り着いた。


今なら。


潰せる。


最初は。


南。


ドンッ!!


建物が揺れた。


天井から。


埃が落ちる。


「何だ!」


二十分もしないうちに。


西。


パンッ!


パンパンッ!


銃声。


そして。


北。


「北も囲まれた!」


駆け込んできた男の顔が青い。


「何人!」


「分かんねえ!」


「どこの組織だ!」


「一つじゃねえ!」


カイルが窓へ走る。


外。


敵。


腕章が違う。


武器も違う。


立ち方も。


統一されていない。


「何でこいつら一緒に来てんだよ!」


ネミティブが。


別の窓から見る。


位置。


動き。


攻め方。


互いを庇っていない。


連絡も取り合っていない。


「一緒じゃない」


カイルが振り返る。


「は?」


「別々に来てる」


その方が。


悪かった。


同盟。


ではない。


全員が。


別々に。


同じタイミングを。


選んだ。


ネミティブの背筋が。


冷える。


情報を。


流された。


人数。


拠点。


脱退。


内部の不和。


補給。


全部。


「ルイス」


名前が。


口から漏れた。


カイルが振り向く。


「やっぱりお前もそう思うよな!」


「まだ決めてない」


「こんなのあいつしかいねえだろ!」


「決めてない!」


「じゃあ何で名前出たんだよ!」


バンッ!!


扉が。


内側へ吹き飛んだ。


「伏せろ!」


パンッ!


パンパンッ!


木片が飛ぶ。


「クソッ!」


カイルが。


撃ち返す。


パンッ!


一人。


倒れる。


カイルの心臓が跳ねた。


殺した。


でも。


考える暇はない。


「カイル!」


古参。


「こっち!」


見覚えのある顔。


何度も。


一緒に飯を食った。


カイルは。


反射で走る。


「裏口!」


「分かった!」


角。


曲がる。


止まる。


前。


同じ古参。


立っている。


「カイル! 何してる!」


「……は?」


後ろを見る。


誰もいない。


「お前」


男が眉を寄せる。


「何だよ!」


「今俺呼んだ?」


「呼んでねえよ!」


胸が。


冷える。


「嘘つけ」


「こんな時に何言ってんだ!」


どっちだ。


前。


男。


顔。


声。


古い傷。


知っている。


じゃあ。


さっきの。


ドンッ!


壁が揺れた。


「走れ!」


二人が走る。


だが。


カイルは。


もう。


隣の顔を。


完全には信じられなかった。


* * *


**第六節 顔**


ネミティブは。


階段を下りていた。


途中。


足が止まる。


下。


カイル。


敵の男。


向き合っている。


何か。


話している。


何してる。


見る。


敵が。


何かを差し出した。


カイルが。


受け取る。


胸が。


冷える。


やっぱり。


逃がした。


隠した。


古参。


次の頭。


そして。


敵。


ネミティブの手が。


銃へ伸びる。


その瞬間。


後ろ。


「兄貴!」


振り向く。


カイル。


いる。


息を切らして。


「裏口駄目だ! 回られてる!」


ネミティブは。


動けなかった。


前。


もう一度。


見る。


誰も。


いない。


「……」


「兄貴?」


目の前。


カイル。


汗。


呼吸。


目。


声。


全部。


カイル。


本物か?


その疑問が。


浮かんだこと自体に。


寒気がした。


「何だよ」


「……合言葉」


「は?」


「言え」


「こんな時に!?」


「言え!」


カイルが叫ぶ。


「昨日の飯! 干し肉! 俺が焦がしてリナに笑われた! これでいいか!」


リナ。


胸が。


痛む。


本物。


たぶん。


その。


たぶん。


が。


消えない。


乱戦は続いた。


煙。


銃声。


崩れる壁。


逃げる味方。


追う敵。


その中。


妙なことが。


増えていく。


さっき東へ走った男が。


西から出てくる。


死んだはずの女が。


階段を駆け上がる。


敵の服を着た味方。


味方の顔で。


指示を出す誰か。


「お前、本物か!」


「何言ってんだ!」


「合言葉!」


「そんなもん知らねえ!」


「撃つぞ!」


「ふざけんな!」


パンッ!


「うわっ!」


男が。


倒れる。


味方。


撃った方の男が。


銃を落とす。


「ち、違……だって、さっき……」


もう。


遅い。


一度でも。


偽物が混ざれば。


後は。


人間が。


勝手に疑う。


誰も。


何もしていない場所ですら。


* * *


**第七節 ルイス**


カイルは。


煙の向こうへ。


その姿を見つけた。


ルイス。


敵の男と。


話している。


やっぱり。


血が。


頭へ上る。


「ルイス!」


男が振り向く。


逃げる。


「待てコラ!」


カイルが走った。


瓦礫。


飛び越える。


「逃げんな!」


角。


曲がる。


そこ。


ルイス。


壁にもたれている。


「……何?」


カイルが止まる。


「お前」


「何」


「今、誰と喋ってた」


「喋ってないけど」


「嘘つけ!」


胸ぐら。


掴む。


ドンッ。


ルイスの背中が。


壁へ当たる。


「お前ずっとそうだよな!」


「カイル」


「リナの時から何なんだよ! ラドの偽物も! 情報も! 今のこれも!」


ルイスは。


眉を寄せるだけ。


「何の話か分からない」


「それがムカつくんだよ!」


拳が。


上がる。


「カイル!」


ネミティブ。


追いつく。


「兄貴! こいつだ!」


ネミティブは。


ルイスを見る。


顔。


呼吸。


服。


手。


視線。


全部。


「お前、今どこにいた」


「ここ」


「ずっと?」


「うん」


「嘘だ!」


カイルが叫ぶ。


「俺見た!」


ルイスは。


カイルを見る。


「僕じゃない」


「じゃあ誰だよ!」


「知らない」


「殴るぞ!」


「もう掴んでるけど」


「お前マジで――!」


「離せ」


ネミティブの声。


カイルが振り向く。


「は?」


「確認する。離せ」


「またそれかよ!」


「離せ!」


カイルが手を放す。


ルイスが。


服を整える。


その瞬間。


遠く。


「カイル!」


三人とも。


振り向く。


煙。


その向こう。


カイル。


同じ顔。


こちらを見る。


そして。


走る。


本物のカイルは。


ここにいる。


カイル本人の顔から。


血の気が引いた。


「……今の」


ネミティブは。


銃を抜く。


走る。


「待て!」


煙。


瓦礫。


角。


誰も。


いない。


消えた。


ネミティブが。


ゆっくり振り返る。


ルイス。


まだ。


そこにいる。


静かに。


こちらを見ている。


なら。


ルイスじゃない?


違う。


今。


ここにいるルイスが。


本物だと。


誰が証明する。


胸が。


締まる。


リナ。


偽ラド。


カイル。


古参。


ルイス。


顔。


声。


記憶。


何も。


信用できない。


なら。


一つだけ。


残る。


俺が見る。


自分が確認したもの。


自分が判断したもの。


それだけなら。


「兄貴」


カイルの声。


ネミティブが。


振り返る。


ほんの一瞬。


カイルの顔すら。


疑った。


そのことを。


カイルは。


見た。


「……お前」


悲しそうな顔。


「俺まで分かんなくなったのかよ」


ネミティブは。


答えられなかった。

**第八節 昔話――信じられなかった女**


その夜は。


夜と呼べるほど静かではなかった。


遠くでまだ銃声がしている。


パンッ。


間。


また。


パンッ。


燃えた建物から流れてくる煙が、風向きのたびに路地へ入り込む。焦げた木と火薬、それに血の臭いが混ざっていた。


カイルは。


割れた壁の裏へ身体を預けていた。


背中に石の冷たさ。


肺が熱い。


袖で額を拭えば。


煤が黒く伸びる。


「昔」


声。


また。


あの声。


カイルは。


目を閉じた。


「……今かよ」


「未来を見た女がいた」


返事を待たず。


続く。


「女は国が滅びると言った」


カイルの拳が。


ゆっくり握られる。


「……」


「誰も信じなかった」


リナ。


胸が痛む。


『一回だけ、私のこと信じて』


あの声が。


勝手に戻る。


「女は何度も正しいことを言った」


カイルの爪が。


掌へ食い込む。


「それでも、誰も信じなかった」


「やめろ」


声は。


止まらない。


「国は滅びた」


「やめろって」


一瞬。


遠くの銃声だけになる。


そして。


「女が正しかったからではない」


カイルが目を開く。


「女を信じなかったからでもない」


眉が寄る。


「……じゃあ何だよ」


沈黙。


壁の向こう。


炎が揺れる。


赤い光が。


割れた石の隙間から。


カイルの頬へ細く差す。


「何が言いてえんだよ!」


返ってきたのは。


「何も」


「またそれかよ!」


「昔話だ」


カイルは。


壁を殴った。


ドンッ。


拳が痛い。


「だったら最初から話すなよ……」


返事は。


もうなかった。


残ったのは。


煙。


銃声。


そして。


リナの顔。


正しかったか。


間違っていたか。


そんなことじゃない。


最後まで。


自分で見ようとしていた。


それだけは。


分かった。


* * *


**第九節 混ざったもの**


最初に悲鳴が上がったのは。


敵側だった。


「何だこいつ!」


ドンッ!


何かが。


人を壁へ叩きつけた。


カイルが振り向く。


煙の向こう。


男。


裸足。


異様に痩せている。


服は裂け。


肋骨の形まで浮いていた。


それだけなら。


この街では珍しくない。


口。


その周り。


赤い。


手。


握っているもの。


指。


人間の。


指。


「……何だよ」


男が。


それを口へ入れる。


くちゃ。


ごり。


骨が。


歯の間で鳴った。


「足りない」


敵の一人が。


拳銃を向ける。


「止まれ!」


パンッ!


肩へ当たる。


男の身体が。


僅かに揺れた。


止まらない。


「足りない」


一歩。


もう一歩。


撃たれた肩から血が流れている。


本人は。


見てもいない。


「足りない!」


突然。


走った。


速い。


痩せた身体から想像できない速度。


「下がれ!」


人へ飛びつく。


歯。


肉。


悲鳴。


「うわあああ!」


敵も。


味方もない。


近くにいる人間へ。


ただ。


噛みつく。


「何なんだよこいつ!」


カイルが撃った。


パンッ!


腹。


命中。


男の上体が一度後ろへ折れる。


それでも。


顔を上げる。


笑っている。


「もっと」


「化け物かよ……!」


別方向。


ガシャン!


窓が。


内側へ割れた。


何かが。


ガラスごと飛び込んでくる。


人型。


だが。


腕。


関節が一つ多い。


普通なら曲がらない場所で。


もう一度。


折れている。


それが床へ手をつく。


口が開く。


声。


二つ。


同時に重なった。


「い、ら、ない」


カイルの足が止まる。


「は……?」


次の瞬間。


それは。


近くの敵へ飛びかかった。


血。


肉。


悲鳴。


RATを狩りに来た側まで。


逃げ始める。


ネミティブは。


少し離れた場所で。


息を止めていた。


敵じゃない。


RATでもない。


何か。


別のもの。


誰が。


何のために。


考える。


考えろ。


情報。


位置。


数。


目的。


ルイス?


違う。


いや。


分からない。


分からない。


その状態が。


何より。


怖かった。


* * *


**第十節 頭**


南が落ちた。


西も。


北も。


連絡が途切れた。


残った者たちは。


中央拠点の裏へ集まっていた。


崩れた壁。


燃えた梁。


地面には割れた瓶と薬莢。


足元を急ぐたび。


カラッ。


金属が転がる。


「東へ抜けろ!」


カイルが叫んだ。


「でもネミティブが――」


「今はいい!」


「頭は?」


「知らねえ!」


相手が怯む。


カイル自身も。


自分で何を言っているのか分からなかった。


怖い。


誰を信じていいか。


分からない。


ルイスが何者なのか。


分からない。


ネミティブが。


何を考えているのかも。


でも。


目の前の男。


呼吸が速い。


足が。


もう逃げる方向へ向いている。


こいつは。


逃げたい。


それだけは。


分かる。


「死にたくねえなら逃げろ!」


「お前は?」


「残る!」


「何で!」


「兄貴がいる!」


即答。


自分でも。


驚いた。


怒っている。


疑っている。


腹も立っている。


それでも。


兄貴だった。


男が。


少し笑った。


「やっぱ、お前が頭でいいんじゃねえか」


「ふざけんな!」


「ラドも――」


カイルが。


胸ぐらを掴んだ。


「ラドはラドだ!」


男が黙る。


「俺は俺だ!」


手を放す。


「行け!」


男が走る。


それから。


気づいた。


古参が。


何人も。


自分の周りに立っている。


「……何だよ」


誰も動かない。


「見るなよ!」


一人が言った。


「俺ら、お前についてく」


「勝手にしろ!」


「頭は?」


「知らねえって!」


「じゃあ勝手についてく」


カイルは頭を掻いた。


「クソッ!」


その光景を。


ネミティブも。


見ていた。


少し離れた。


崩れた通路の向こう。


古参。


カイルの周囲。


カイルの声。


その一言で。


人が動く。


自分には。


報告されていない。


噂。


次の頭。


ラド派。


リナ。


胸の奥。


声。


やっぱり。


やっぱり。


カイルも。


ネミティブが。


近づく。


「カイル」


カイルが振り向く。


「兄貴」


「何してる」


「逃がしてる」


「俺に言ったか」


カイルの顔が歪む。


「今それかよ」


「俺に言ったか」


「言ってねえよ!」


周囲の古参が。


僅かに動く。


カイルが。


片手を上げる。


「動くな」


全員。


止まった。


ネミティブの目が。


その手を見る。


カイルの一言で。


止まった。


胸が。


冷える。


ほら。


もう。


俺じゃない。


「……随分、言うこと聞くな」


カイルが。


一瞬。


意味を理解できない顔をした。


次に。


目が変わった。


「お前」


一歩。


「俺疑ってんのか」


「聞いてるだけ」


「嘘つけ!」


「ラドの次は俺かよ!」


「何?」


「リナも疑った! 俺も疑う! ルイスは証拠ないから放置! 何なんだよ!」


「ルイスは俺も疑ってる!」


「だったら何で俺止めた!」


「お前が勝手に動くからだ!」


「またそれか!」


カイルが。


ネミティブの胸を押した。


「お前、自分以外が決めるの怖いだけだろ!」


ネミティブの目が。


開く。


「何」


「全部見えてねえと怖いんだろ!」


「黙れ」


「皆がお前に聞かねえと嫌なんだろ!」


「黙れ!」


カイルの目も。


赤い。


「ラド死んで!」


空気が止まる。


「リナ死んで!」


ネミティブの拳が。


震える。


「次は俺か!」


「黙れ!!」


バキッ!


拳。


カイルの頬。


身体が。


横へ流れる。


足がもつれ。


地面へ倒れた。


周囲。


古参。


拳銃。


一斉に手が伸びる。


「おい!」


カイルが。


地面から叫ぶ。


「撃つな!」


古参の手が。


止まった。


また。


カイルの言葉で。


止まった。


ネミティブは。


それを見る。


ほら。


俺じゃない。


こいつを。


見ている。


カイルが。


口元の血を拭う。


立つ。


「……分かった」


「何が」


「兄貴」


真正面から。


見る。


「俺、お前の頭にはならねえ」


ネミティブの眉が寄る。


「でも」


カイルは。


周囲を見る。


「こいつらの頭にもならねえ」


「カイル」


「自分で決めろ!」


怒鳴る。


「俺が言ったから残るとか! 兄貴が言ったから死ぬとか! ラドならどうしたとか!」


息を吸う。


「もう知らねえよ!」


怖い。


間違える。


絶対。


間違える。


それでも。


「逃げたい奴は逃げろ!」


一人が。


動く。


「残りたい奴は残れ!」


別の一人。


「俺について来たいなら勝手に来い!」


さらに。


一人。


「でも!」


カイルが。


自分の胸を叩く。


「俺が正しいなんて思うな!」


ネミティブは。


何も。


言えなかった。


* * *


**幕間Ⅱ 誰が間違えたのですか**


教会。


石の床。


蝋燭。


白い服の男。


ネミティブは。


立っていた。


疲れていた。


怒る力すら。


薄い。


「……今度は何だ」


男が静かに問う。


「あなたが正しいなら」


ネミティブの眉が動く。


「なぜ皆、いなくなるのですか」


「俺が間違えたからじゃない」


即答。


男は。


少し間を置く。


「では」


「誰が間違えたのですか」


「敵」


沈黙。


「裏切った奴」


沈黙。


「カイル」


何も。


「ルイス」


何も。


「リナ」


声が。


止まった。


男が尋ねる。


「彼女も間違えましたか」


喉が詰まる。


「……」


「カイルも?」


「……」


「ラドも?」


拳。


握る。


「……うるさい」


「あなた以外の全員が、間違えたのでしょうか」


「うるさい!」


声が。


高い天井へ返る。


「俺が正しくなかったら!」


息が。


荒くなる。


「誰が決めるんだ!」


男は。


少し考えた。


「分かりません」


ネミティブの顔が上がる。


「何?」


「私は知りません」


「ふざけるな」


「はい」


「じゃあ何で聞く」


男は。


静かに答えた。


「仕事です」


初めて。


その言葉。


ネミティブの目が細くなる。


「誰の」


答えない。


「何の仕事だ」


蝋燭が。


揺れる。


「おい」


暗闇。


男の輪郭が。


少しずつ。


沈んでいく。


「待て」


最後まで。


名前は。


言わなかった。


* * *


**第十一節 昔話――城へ入れたもの**


カイルは。


崩れた路地を走っていた。


後ろ。


銃声。


前。


炎。


息。


肺が痛い。


それでも。


足を止めない。


「昔」


声。


「今度は何だよ!」


走りながら。


叫ぶ。


「長い戦争をしていた城があった」


「知らねえよ!」


「敵が消えた」


足が。


僅かに緩む。


「代わりに、大きな贈り物を残した」


カイルは。


炎の向こうを見る。


「……」


「城の者たちは、それを中へ入れた」


声は。


いつもと同じ。


面白がっているようで。


答えを持っているわけでもない。


「その夜」


一拍。


「城は内側から開いた」


ルイス。


顔。


偽物。


自分。


ネミティブ。


全部。


頭へ浮かぶ。


「だから何だよ!」


声は答えない。


「誰が入れたって言いてえんだ!」


「何も」


「じゃあ黙ってろ!」


「昔話だ」


消える。


「クソッ!」


カイルは。


走った。


* * *


**第十二節 なくなる**


RATは。


朝まで持たなかった。


死んだ者。


逃げた者。


敵へ投降した者。


行方が分からない者。


炎の向こうへ消えた者。


誰も。


同じ場所には。


戻らなかった。


夜明け前。


空は。


まだ青くならない。


火だけが。


街の一部を赤くしている。


カイルも。


最後に。


ネミティブを見つけた。


遠く。


瓦礫の向こう。


一人。


「兄貴!」


ネミティブが振り向く。


カイルの後ろ。


生き残った数人。


怪我をしている。


歩くのも。


ぎりぎりの者もいる。


「来い!」


ネミティブは。


動かない。


「兄貴!」


「お前ら行け」


「何言ってんだ!」


「俺は確認する」


カイルの顔が崩れる。


「まだ言ってんのかよ!」


「誰がやったか」


「今どうでもいいだろ!」


「よくない」


「死ぬぞ!」


「分かってる!」


「だったら来いよ!」


ネミティブは。


動かない。


カイルの歯が軋む。


殴ってでも。


連れていきたい。


昔なら。


そうした。


でも。


後ろ。


怪我人。


怯えている連中。


誰かの肩を借りなければ。


歩けない男。


どっち。


胸が。


痛い。


ネミティブ。


皆。


正解。


分からない。


カイルは。


一度。


目を閉じた。


一秒。


開く。


「……俺、こいつら連れてく」


ネミティブは。


何も言わない。


「兄貴」


声が震える。


「死ぬなよ」


返事。


ない。


カイルは。


背を向けた。


走る。


数人が。


ついていく。


その足音が。


少しずつ。


遠ざかる。


ネミティブは。


その背中を。


見送った。


行った。


胸に。


穴が開く。


カイルも。


ラド。


リナ。


RAT。


カイル。


全部。


いなくなった。


* * *


**第十三節 子供**


朝。


煙。


灰。


誰もいない。


ネミティブは。


一人で。


崩れた拠点を歩いていた。


靴の下。


ぱき。


何かが。


割れた。


見る。


食器。


見覚えがある。


リナが。


よく使っていた。


少し先。


椅子。


ラドが。


よく座っていた。


壁。


小さな傷。


カイルが。


暇つぶしに投げたナイフの跡。


物は。


残っている。


人だけ。


いない。


確認。


しないと。


誰か。


生きているかもしれない。


出口。


人数。


足跡。


血。


見れば。


分かる。


いつも。


そうだった。


見ろ。


身体が。


動かない。


見ろ。


右。


血。


左。


焦げた服。


少し先。


誰かの手。


瓦礫の下。


指。


動かない。


呼吸。


浅い。


胸。


苦しい。


見れば。


分かる。


分かるはず。


なのに。


視界が。


揺れる。


父親。


酒瓶。


足音。


呼吸。


手。


違う。


今じゃない。


昔。


違う。


違う。


肩。


傷。


無意識に。


手が伸びる。


古傷。


掴む。


強く。


痛い。


呼吸が。


乱れる。


「……すみません」


声。


出た。


ネミティブ自身が。


止まった。


違う。


今の声。


自分。


でも。


小さい。


「……僕」


喉が。


震える。


「僕……」


膝。


落ちる。


灰。


手。


汚れる。


「間違えましたか」


誰へ。


聞いているのか。


分からない。


「僕が……悪かったんですか」


ラド。


いない。


リナ。


いない。


カイル。


いない。


皆。


いない。


「僕がちゃんと見てれば……」


傷を掴む。


爪が。


食い込む。


「ちゃんと……見てたんです」


涙。


落ちる。


灰へ。


黒い点。


「ちゃんと……」


父親。


足音。


母親。


閉まる扉。


暗い部屋。


一人。


戻ってくる。


「すみません」


肩が震える。


「ごめんなさい」


呼吸。


吸えない。


「僕、ちゃんとしますから」


足音。


カツ。


身体が跳ねた。


顔を。


上げられない。


カツ。


カツ。


止まる。


目の前。


靴。


「……ネミティブ」


声。


知っている。


「……ルイス」


やっと。


顔を上げる。


ルイス。


立っている。


いつもの顔。


いつもの声。


ネミティブの唇が震える。


「僕……」


ルイスは。


何も言わず。


しゃがんだ。


ネミティブの身体が。


強張る。


触られる。


傷。


反射で。


両手が。


そこを守る。


でも。


ルイスの手は。


傷へ。


行かなかった。


反対側の肩。


背中。


そこだけ。


腕が。


回る。


初めて。


抱いた。


ネミティブの身体が。


固まる。


逃げるべき。


疑うべき。


確認するべき。


頭のどこかが。


まだ。


言っている。


でも。


動けない。


温かい。


それだけ。


本当に。


それだけ。


なのに。


全部が。


崩れた。


「ルイス……」


子どもみたいに。


服を掴む。


「僕……ちゃんと見てたんです」


「うん」


「ちゃんと……間違えないように……」


「うん」


「でも……」


声が。


潰れる。


「みんな……」


ルイスの手。


背中。


傷には。


触れない。


一度も。


「君には僕がいるじゃないか」


ネミティブの指が。


ルイスの服を。


強く掴んだ。


涙が。


止まらない。


ルイスの声は。


優しかった。


「他に何もいらないだろ?」


ネミティブは。


答えなかった。


ただ。


服を掴む指へ。


さらに。


力を込めた。


ルイスは。


その背を抱いたまま。


何も言わない。


ネミティブからは。


見えない位置で。


ほんの一瞬。


その目から。


さっきまでの優しさが。


消えた。


笑ってはいない。


けれど。


口元だけ。


わずかに。


歪んだ。


それが。


ルイス自身のものだったのか。


それとも。


彼の内側にいる何かのものだったのか。


誰にも。


分からない。


次の瞬間には。


いつもの。


穏やかな顔へ戻っていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


「俺が正しいなんて思うな」


誰かに従うのでもなく、

誰かの代わりに正解を決めるのでもなく。


分からないまま、自分で選ぶ。


カイルが辿り着いた答えとは反対に、

ネミティブはさらに「自分が正しくならなければならない」という方向へ進んでいきます。


そして、すべてを失った彼のそばに残ったのは――ルイスでした。


次章へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。