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『KillerWorld ―七つ目の答え―』  作者: ザクロ
ネミティブ編

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4/57

第三章 リナ ― 一回だけ、私を信じて

ラドが死んだ。


残されたリナは、その事実を受け入れられないまま日々を過ごしていた。


そんな彼女の前に現れたのは――

死んだはずのラドだった。


信じたい。

でも、何かが違う。


怖くても、自分の目で確かめる。


リナ編、始まります。



**空いた場所**


ラドが死んだ。


その事実は、昼間より夜の方が大きかった。


昼ならまだ、人の声がある。


食器がぶつかる音。誰かが椅子を引きずる音。廊下を走るカイルを、別の誰かが怒鳴る声。


RATの拠点は、もともと静かな場所ではない。


人が寝る場所と、飯を食う場所と、武器を置く場所が、ほとんど同じ建物に押し込まれている。誰かが起きれば誰かの毛布を踏み、誰かが怪我をすれば水桶が廊下を行き来する。


だから昼間だけは、考えなくても済んだ。


夜になる。


一つずつ音が消える。


話し声。


食器。


足音。


最後に残るのは、古い建物そのものが鳴る音だけだった。


ギィ……。


リナの目が開いた。


暗い天井。


壁際には丸められた毛布。


向こうには空いた寝床。


誰もいない。


毛布の中で、指先だけが冷えていた。


(風だ。窓が鳴っただけ)


分かっている。


それなのに、胸は速い。


どく、どく、どく。


目を閉じる。


その瞬間。


パンッ。


乾いた銃声が、耳の奥で鳴った。


「――っ」


また目を開ける。


今のは。


ここじゃない。


あの日だ。


倒れるラド。


床に広がった血。


銃を持ったネミティブの顔。


(違う。今じゃない。終わったこと)


「やだ……」


声が漏れた。


毛布を鼻まで引き上げる。


目を閉じない。


閉じれば出てくる。


でも。


開けていても。


部屋の隅の影が、人に見えた。


「……ラド兄」


返事はない。


当たり前だった。


(死んだ。私も見た。分かってる)


それでも頭のどこかが。


もしかしたら。


と言い出す。


扉が開くかもしれない。


廊下から重い足音が聞こえるかもしれない。


「寝ろ、馬鹿」


そう言いながら。


いつもの顔で戻ってくるかもしれない。


リナは強く首を振った。


「死んだんだから……」


言葉の最後が震えた。


涙が一滴落ちる。


拭く。


もう一滴。


また拭く。


止めようとすると。


余計に出た。


(いつまで泣くの)


カイルだっている。


ネミティブだっている。


自分だけが辛いわけじゃない。


そう思った瞬間。


別の恐怖が顔を出した。


次は誰。


父。


母。


ラド。


そこへ。


ネミティブの顔が並びかける。


「やめて!」


自分の声に驚いて。


口を塞いだ。


静寂。


誰も来ない。


そのことが。


今度は怖かった。


誰かに来てほしい。


でも。


何があったと聞かれたくない。


一人にしてほしい。


でも。


一人にはされたくない。


リナは毛布の中で膝を抱えた。


その夜。


ほとんど眠れなかった。


* * *


翌朝。


カイルはリナの顔を見るなり言った。


「ひどい顔」


「うるさい」


「寝てねえだろ」


「寝た」


「嘘」


「寝た!」


思ったより大きな声が出た。


拠点の端で荷をまとめていた少年が、一度こちらを見る。


カイルも黙った。


その顔を見て。


今度はリナの方が視線を落とした。


「……ごめん」


「別に」


カイルはそれ以上聞かなかった。


助かった。


そう思った。


同時に。


少しだけ寂しかった。


(放っておいてほしい。でも、一人にはされたくない)


何なの。


自分でも分からなかった。


* * *


**ルイス**


ラドが死んでしばらくして。


一人の男がRATへ出入りするようになった。


ルイス。


最初から。


目立つ男ではなかった。


誰かの寝床を使わない。


焚き火の一番近くにも座らない。


飯が配られても。


最後の方で適当に取る。


仕事に必要な情報だけを持ってくる。


人手が足りなければ手を貸す。


それでも。


中心へ入ろうとはしない。


いつも。


輪の半歩外にいる。


ある日。


ルイスが机へ地図を置いた。


「東の道、今日は避けた方がいいかも」


ネミティブが顔を上げる。


「何で」


「昼頃、知らない馬車が二台入った」


指先が地図の東側を軽く叩く。


「荷を下ろしてない」


「それだけ?」


「それだけ」


ルイスは笑う。


「怪しいと思っただけだよ。信じなくていい。自分で見れば?」


ネミティブは地図へ視線を落とした。


東。


道幅は狭い。


途中に塞がれれば、逃げ道も少ない。


少し考える。


「西を回る」


仲間の一人が眉を寄せた。


「遠くないか?」


「東で何かあったらもっと遅れる」


結果。


東では別の連中が揉めていた。


西へ回ったRATには被害が出なかった。


別の日。


ルイスは言った。


「明日の取引、人を増やした方がいいかも」


「理由」


ネミティブがすぐ聞く。


「仲介役が変わった」


「それだけ?」


「うん」


ルイスは。


また。


それ以上言わない。


ネミティブは人数そのものは増やさなかった。


代わりに。


出口側へ二人置いた。


翌日。


取引場所。


狭い部屋。


古い机。


椅子。


相手側の人間が一人。


不意に。


上着の中へ手を入れた。


ジャキッ!


刃物。


「伏せろ!」


ガンッ!


ネミティブが机を蹴る。


机の脚が床を擦り。


相手の膝へ当たる。


「っ!」


身体が崩れる。


そこへ出口側へ置いていた二人が飛びついた。


「押さえろ!」


ゴッ!


床へ叩きつける。


刃物が手から離れ。


カランッ。


転がった。


全部が終わったあと。


ルイスは壁際から笑った。


「当たってたね」


「お前の情報がな」


ネミティブが返す。


ルイスは首を振った。


「僕は仲介が変わったって言っただけ」


それから。


ネミティブを見る。


「配置を決めたのは君でしょ」


ネミティブは。


何も言わなかった。


けれど。


少し離れた場所にいたリナには見えた。


その言葉が。


ネミティブの中へ。


少しだけ入った。


同じことが。


何度か続いた。


ルイスは答えを持ってこない。


欠けた材料だけを置く。


ネミティブが見る。


考える。


決める。


そして。


当たる。


(前より迷わなくなった)


最初は。


それがいいことだと思った。


ラドが死んでから。


ネミティブは。


ずっと何かに追われているようだった。


判断を求められても。


答えるまで少し時間が掛かる。


夜。


一人で地図を見ていることも増えた。


それが。


ルイスが来てから。


少し変わった。


迷う時間が短くなった。


決断も速い。


失敗も少ない。


でも。


何度目かの成功のあと。


リナは。


ふと思った。


(前は)


決める前。


ネミティブは。


誰かの顔を見ていた気がする。


ラド。


カイル。


自分。


一人で決める時でも。


最後に一度。


周りを見る。


今は。


見ない。


* * *


夜。


リナが水を取りに行くと。


机で紙を見ていたルイスが顔を上げた。


「おかえり」


足が止まった。


「……何?」


「別に」


その言葉。


胸の中で。


小さく引っかかった。


ラドも。


時々。


そう言った。


もっと雑に。


相手の顔なんて見ず。


帰ってくるのが当然みたいに。


(似てる)


胸の奥が。


きゅっと縮んだ。


「寝てない?」


「寝てる」


「目、赤いよ」


「元から」


「そう?」


ルイスは。


それ以上聞かなかった。


優しい。


なのに。


なぜか。


嫌だった。


(違う)


嫌なんじゃない。


怖い。


でも。


何が?


答えが出ないまま。


リナは部屋へ戻った。


* * *


**ラド**


その夜だった。


遅い帰り道。


雨上がりの石畳は黒く濡れ、軒先から落ちる水が街灯の光を細く切っている。


ぽた。


ぽた。


リナは一人で歩いていた。


「リナ」


足が止まった。


一度目は。


聞き間違いだと思った。


水音。


酔っ払い。


別の誰か。


「リナ」


二度目。


喉が閉じた。


聞き間違えるわけがない。


振り向きたくない。


でも。


その声から逃げる方が。


もっと怖かった。


ゆっくり。


首を回す。


街灯の届かない場所。


一人の男が立っていた。


顔。


肩。


髪。


立ち方。


声。


全部。


「……ラド、兄?」


ラドだった。


「何で……」


一歩。


近づく。


勝手に涙が落ちた。


「生きてたの?」


もう一歩。


「なんで帰ってこなかったの!」


怒鳴りたい。


胸を叩きたい。


抱きつきたい。


それなのに。


足だけが。


途中で止まった。


指先が震える。


(触って違ったらどうしよう)


本物だったら。


じゃあ。


あの日。


死んだと思って泣いていた自分は。


何を見たの。


「リナ」


「死んだって……私、死んだって思って……」


男が言った。


「まず落ち着け」


リナの身体が。


止まった。


「……え?」


「話を聞け」


涙は。


まだ止まらない。


けれど。


胸の奥へ。


小さな棘が刺さった。


(ラド兄なら)


そんな言い方する?


泣いていたら。


『泣くな、馬鹿』


とか。


『うるせえ』


とか。


もっと。


雑に怒る。


「ラド兄……?」


「何だ」


「……ほんとに?」


男の目が。


ほんの少し。


変わった。


「何が」


「……何でもない」


リナは。


一歩下がった。


信じたい。


死んでいなかったと思いたい。


でも。


信じた瞬間。


自分の記憶まで。


全部壊れそうだった。


男は言う。


ネミティブだけを責めるな。


あれは事故に見せかけて作られた。


ネミティブも使われた。


そして。


新しく入ったルイスを見ろ。


「何でルイスなの」


「俺の話を信じろとは言わない」


ラドの顔で。


そう言う。


「自分で見ろ」


「待って」


「一個ずつ確かめろ」


「ラド兄!」


男は。


そのまま。


闇へ消えた。


追おうとした。


足が動かなかった。


「待って……」


声だけが残る。


ぽた。


ぽた。


雨水だけが。


さっきまで男が立っていた石畳へ落ちる。


しばらくして。


リナは。


その場へしゃがみ込んだ。


服が濡れる。


どうでもよかった。


(何なの)


生きててほしい。


でも。


怖い。


偽物なら嫌。


本物でも怖い。


(私、何を望んでるの)


両手で顔を覆った。


「何なのよ……!」


子どもみたいに。


泣いた。


* * *


**最初の一歩**


翌日。


リナはカイルへ話そうとして。


三回やめた。


最初。


声を掛ける直前。


次。


カイルが振り向いた時。


三回目。


「何?」


そう聞かれた時。


「……別に」


「じゃあ何だよ」


「……笑わない?」


カイルが眉を寄せる。


「内容による」


「最低」


それだけで。


涙が出た。


カイルの顔から。


笑いが消える。


「おい、どうした」


「昨日……」


喉が詰まる。


言ったら。


どう思う。


死んだラドが見える。


そんなことを言って。


頭がおかしくなったと思われたら。


カイルまで。


離れたら。


「昨日、ラド兄がいた」


カイルが固まった。


「……は?」


「分かってる!」


リナが先に叫ぶ。


近くにいた数人が振り返る。


「死んだの分かってる! 私もおかしいと思ってる! でもいたの!」


「リナ、声」


「嘘じゃない!」


「嘘って言ってない!」


「だって!」


「言ってねえ!」


カイルが両手を上げた。


リナは。


荒い息のまま。


しばらく何も言えなかった。


「……ほんとに?」


「ああ」


「私のこと、おかしいと思わない?」


カイルは。


困った顔をした。


「ちょっとは思う」


「馬鹿!」


「でも」


カイルの表情が変わる。


「お前が嘘ついてるとは思わねえ」


その一言で。


リナの顔が崩れた。


「……っ」


「泣くなよ」


「泣いてない」


「泣いてる」


「うるさい……」


カイルは。


隣へ座った。


それ以上。


急かさない。


リナは。


途切れ途切れに。


全部話した。


順番も。


何度も崩れた。


同じことも。


何度も言った。


それでも。


カイルは最後まで聞いた。


「じゃあ」


全部聞き終えたあと。


カイルが言う。


「一個だけ確かめよう」


「一個?」


「ラド兄しか知らないこと」


リナが。


少し黙る。


「……私、一人?」


カイルが。


すぐ答えた。


「嫌なら俺もいる」


その瞬間。


胸の奥。


ずっと縮こまっていた場所が。


ほんの少しだけ。


緩んだ。


昨日は。


一人で泣くしかなかった。


今日は。


一人じゃない。


それだけで。


次の一個くらいなら。


確かめられる気がした。


* * *


**二つ目**


三日後。


再び。


ラドの姿をした男が現れた。


夕方。


建物の隙間から差す光が赤い。


リナは水桶を抱えて歩いていた。


ちゃぷ。


歩くたび。


水面が揺れる。


「リナ」


びくっ。


桶が傾いた。


ばしゃっ。


靴へ水が掛かる。


そんなことより。


その声だった。


振り向く。


ラド。


(会いたかった)


その感情が。


先に出た。


次に。


(怖い)


すぐ追いつく。


リナは。


桶を抱えたまま。


男を見る。


「……聞いていい?」


「何」


「私が初めて銃撃った時。覚えてる?」


「ああ」


「何て言った?」


「勝手に触るなって怒った」


胸が跳ねた。


間違ってはいない。


確かに。


怒られた。


「その前」


「前?」


「私が撃って、転んだ時」


男が考える。


一秒。


二秒。


三秒。


「何て言った?」


「昔のことだろ。覚えてない」


指先が冷えた。


出来事は知っている。


でも。


途中を知らない。


あの日。


リナは反動で尻餅をついた。


ラドは。


腹を抱えて笑った。


泣きながら。


『笑うな!』


と怒鳴った。


すると。


『無理だろ、お前今すげえ飛んだぞ!』


そう言って。


さらに笑った。


どうでもいい記憶。


だからこそ。


胸へ引っかかった。


「……違う」


「何が」


「分かんない」


涙を拭く。


「分かんないけど……違う」


男は怒らなかった。


「それでいい」


静かに言う。


「疑え。俺も、ルイスも」


「なんでルイスなの!」


「自分で確かめろ」


「またそれ!」


声が。


狭い道へ響く。


どうして。


この人は。


答えをくれない。


ラド兄なら。


こんな言い方する?


それとも。


自分が。


都合よくラドを覚えているだけ?


「ラド兄なら……そんな言い方しない」


男の眉が動いた。


「じゃあ、どう言う」


その質問が。


嫌だった。


ラドならどう言うのか。


自分から。


教えさせられている気がした。


「……知らない。もう帰る」


水桶を持つ。


腕に力が入らない。


ちゃぷ。


また水がこぼれる。


格好悪い。


でも。


今度は。


逃げるだけでは終わらなかった。


一つ聞いた。


一つ。


違うと思えた。


戻って。


カイルへ話す。


リナは。


「分かんない」


を。


何度も繰り返した。


「言ったこと自体は間違ってないの。だから忘れてるだけかもしれない。私が変なのかもしれない」


「それは知らん」


「カイル!」


「でも」


カイルは。


リナを見る。


「一個じゃ足りねえんだろ」


リナは黙る。


「なら、もう一個」


「また会うの?」


「嫌ならやめる」


怖い。


会いたくない。


でも。


このままの方が。


もっと嫌だった。


「……もう一個だけ」


「じゃあ一個ずつな」


その言葉で。


リナの背筋が。


冷えた。


『一個ずつ確かめろ』


ラドの姿をした男も。


同じ言葉を使った。


また一つ。


気持ち悪いものが増えた。


* * *


**北**


その頃。


RATの北側で。


昔の恨みが動き始めていた。


何年も前に死んだ男の銃が。


突然。


その弟の元へ戻った。


持ってきたのは。


知らない女。


翌日。


顔の半分に火傷のある若い男が現れた。


『RATは中で割れている』


『今なら行ける』


そう吹き込んだ。


さらに別の日。


今度は。


別の男。


顔も。


声も。


年齢も違う。


それでも。


全員が。


同じ方向へ。


北を押した。


北は。


動いた。


* * *


パンッ!


「伏せろ!」


銃声。


馬が暴れる。


ヒヒィンッ!


「右!」


ネミティブの声が飛ぶ。


パンッ!


パンッ!


木箱が弾ける。


バキッ!


リナはしゃがみ込んだ。


頭が。


真っ白になる。


「リナ!」


誰かが呼ぶ。


どこか分からない。


「走れ!」


ネミティブ。


その声だけは。


分かった。


立つ。


足が。


もつれる。


「っ!」


転びかけた腕を。


カイルが掴んだ。


細い身体なのに。


走り出した時の引く力は強い。


「何してんだ!」


「ご、ごめ――」


「謝んな! 走れ!」


ダッ!


カイルが先へ出る。


リナも。


引かれるように走る。


前。


男が飛び出した。


「止ま――」


リナの身体が固まる。


無理。


その一瞬。


カイルが前へ入った。


ドンッ!


肩からぶつかる。


細身の身体全部を。


前へ落とすような当たり方。


男が壁へ叩きつけられた。


「行け!」


「でも!」


「いいから!」


リナは走る。


数歩。


振り返る。


カイルも来る。


その姿を見て。


ようやく。


息が抜けた。


襲撃の被害は。


少なかった。


ルイスが事前に。


「北が動いているかもしれない」


そう伝えていた。


ネミティブが荷を分け。


偵察を置き。


退路も用意した。


そのおかげだった。


拠点へ戻れば。


ネミティブを褒める声が続く。


「荷分けてなかったら終わってたぞ」


「よく気づいたな」


リナは。


少し離れた壁へもたれていた。


膝が。


まだ震えている。


手で押さえても。


止まらない。


自分は。


何もできなかった。


逃げろと言われた。


カイルに助けられた。


それだけ。


「大丈夫?」


横。


ルイス。


「……大丈夫」


「ほんとに?」


「大丈夫って言ってる」


「そっか」


ルイスは。


ネミティブの方へ視線を向けた。


「よかったね」


ネミティブは。


まだ地図を見ている。


「まだ北が動いた理由分かってない」


「調べればいい」


「お前、何で北が動くって思った?」


「最近、知らない顔が何人か北へ出入りしてたから」


リナの膝の震えが。


止まった。


「……何人?」


ルイスが振り向く。


「ん?」


「知らない顔。女いた?」


「いたかも」


「火傷した人は?」


「どうだったかな」


少し考える。


「男なら見た気はするけど」


胸が跳ねた。


女。


火傷した男。


別々の顔。


同じ話。


ラド。


ルイス。


「リナ?」


ルイスが覗き込む。


「顔色悪いよ」


リナは。


一歩下がった。


「平気」


優しい。


その優しさが。


今は。


怖かった。


* * *


**三回**


北へ行こうと思った。


一日目。


入口まで行った。


知らない男が二人立っているのを見て。


帰った。


二日目。


裏道まで行った。


怒鳴り声が聞こえた。


帰った。


三日目。


リナは。


拠点を出る前から。


何度も自分へ言い聞かせた。


行くだけ。


調べるんじゃない。


怖かったら帰る。


逃げてもいい。


それを。


何度も。


何度も。


繰り返した。


夜。


北。


酒。


煙草。


油。


湿った壁。


路地の奥から。


笑い声。


リナは。


壁へ背中をつけた。


冷たい。


心臓だけが。


うるさい。


「……大丈夫」


小さく言う。


誰も。


答えない。


先。


積まれた木箱。


その向こうから。


声がした。


「銃持ってきた女だろ?」


リナの足が止まる。


「何者だよ」


「知らねえ。兄貴のだって言っただけだ」


「火傷のガキは?」


胸が跳ねる。


「そっちは昨日」


「別口か?」


「知らん」


少し。


声が近い。


「どいつもRATが割れてるって同じこと言いやがる」


いる。


本当に。


いる。


女。


火傷した若者。


別の男。


全部。


違う人間。


なのに。


同じ言葉。


もし。


一人が。


顔を変えられるなら。


馬鹿みたいな考えだと思う。


それでも。


死んだラドが。


自分の前へ立っていたことより。


馬鹿げているとは思えなかった。


ミシッ。


木箱が鳴った。


中の声が止まる。


「……誰かいる?」


身体が凍る。


ガタッ。


椅子を引く音。


コツ。


一歩。


コツ。


もう一歩。


逃げなきゃ。


分かっている。


足が。


動かない。


「おい」


木箱の向こう。


近い。


無理。


無理。


無理。


目へ涙が溜まる。


その時。


ガシャーン!!


離れた場所で。


瓶が割れた。


「てめえ何しやがる!」


「はぁ!?」


ドンッ!


何かが倒れる。


木箱の向こうの男が。


振り返る。


「何だ?」


「外だ!」


今。


リナは走った。


ダッ!


木箱の横。


細い道。


「誰かいたぞ!」


見られた。


「やだ!」


走る。


後ろ。


足音。


タッ、タッ、タッ!


速い。


「待て!」


「やだ!」


涙が出る。


右へ。


曲がる。


その先。


壁。


行き止まり。


「嘘……!」


戻る。


足音が近い。


その時。


ガタンッ!!


前方で。


荷車が横倒しになった。


荷が道へ崩れる。


追っ手の足が止まる。


「どけ!」


ほんの。


少し。


隙間。


普通の大人なら。


身体を入れられない。


リナなら。


入る。


身体を横へする。


押し込む。


服が釘へ引っかかった。


ビリッ!


「っ!」


構わない。


抜ける。


前。


男二人が。


殴り合っていた。


「ふざけんな!」


「お前が先だろ!」


人だかり。


その脇。


一人分だけ。


道が空いている。


リナは。


そこへ飛び込んだ。


肩が誰かへぶつかる。


「ごめんなさい!」


走る。


まだ。


走る。


角。


人通り。


ようやく。


壁へ手をついた。


「……っ、は……」


そのまま。


ずるずる。


しゃがみ込む。


追ってこない?


本当に?


怖い。


それでも。


振り返る。


いない。


「怖……」


涙。


鼻水。


顔が。


ぐしゃぐしゃだった。


「怖かった……」


しばらく。


動けなかった。


自分が撒いたんじゃない。


たまたま。


瓶が割れた。


たまたま。


荷車が倒れた。


たまたま。


喧嘩していた。


運が。


良かっただけ。


そう思った。


その夜。


別々の場所で起きた三つの出来事へ。


同じ一人の人間が関わっていたことを。


リナは。


まだ知らなかった。

続き、**「疑う側」からファイル末尾までの統合改修版 2/2**。 :chatgpt-content-reference{index="0"}


**疑う側**


ネミティブは、リナの変化に気づいていた。


帰る時間が遅くなった。


靴に泥が増えた。


以前ならカイルと一緒にいる時間に、一人で外へ出る。


そして。


ルイスを見る時だけ。


ほんの少し。


身体が固くなる。


一度。


何かを隠している。


そう思えば。


次から全部がそう見えた。


視線を逸らす。


返事が半拍遅い。


左手を服の後ろへ隠す。


夜。


足音を殺して廊下を歩く。


今のネミティブには。


そういう小さな違いまで。


嫌というほど見える。


ある日。


リナが部屋へ戻ると。


その後ろからネミティブが入ってきた。


「何持ってる」


リナが振り返る。


「……何?」


「手」


「何で」


「見せろ」


「嫌」


「リナ」


低い声。


胸が縮んだ。


昔なら。


その声へ安心したこともある。


危ない仕事から戻れば。


怒られた。


一人で勝手なことをすれば。


止められた。


今は。


同じ声が。


怖い。


(何で)


ネミティブが。


怖い。


リナは右手を開いた。


何もない。


左手も。


「これでいい?」


ネミティブは答えなかった。


視線が。


部屋へ移る。


次の瞬間。


ばさっ。


布団が捲られた。


「何して――」


ガタッ。


引き出し。


中身。


机。


カラン。


櫛が床へ落ちる。


「やめて!」


ネミティブは止まらない。


「最近何してる」


「何も!」


「嘘」


「なんで!」


「夜出てる。誰と会った」


「……」


「ほら」


その一言で。


目が濡れた。


「なんで……」


ネミティブが手を止める。


「何が」


「なんで私が何言っても、最初から嘘なの?」


「嘘ついてるから」


「全部じゃない!」


声が震えた。


ラド兄がいなくなった。


次は。


ネミティブまで。


自分からいなくなるのか。


「私だって分かんないことあるもん!」


「なら話せ」


リナが。


ネミティブを見る。


「話したら信じる?」


沈黙。


ほんの数秒。


でも。


それで。


十分だった。


「……信じないじゃん」


ネミティブの眉が寄る。


「証拠あれば信じる」


「ないよ!」


涙が落ちる。


「私、お前みたいに全部見つけられない!」


「じゃあ何を信じろって」


リナの顔が。


崩れた。


そっか。


自分じゃ駄目なんだ。


正しく説明できない。


証拠も出せない。


見たものすら。


上手く言葉にできない。


そんな自分の言葉には。


何の価値もない。


「……もういい」


「何が」


「知らない!」


バタンッ!


扉を叩きつける。


廊下を走る。


角まで来て。


壁へ背中をつけた。


息が速い。


涙を拭く。


また出る。


「……馬鹿」


ネミティブへ言ったのか。


自分へ言ったのか。


分からなかった。


* * *


**銃**


「貸して」


カイルが固まった。


夕方。


拠点の端。


武器をまとめていた木箱の前。


カイルの腰には。


いつもの拳銃。


「何を」


リナの視線が。


そこへ落ちる。


カイルの顔が。


すぐ変わった。


「嫌だ」


「まだ何も言ってない」


「銃だろ。嫌」


「お願い」


「何に使う」


答えられない。


リナは。


自分でも。


分からなかった。


ラドの姿をした男へ。


向けるのか。


ルイスへ。


向けるのか。


自分を追ってくる誰かへ。


それとも。


ただ持っていたいだけなのか。


「リナ」


「分かんない」


「は?」


「分かんない!」


カイルが立ち上がる。


細い身体でも。


正面から立たれると。


逃げ道を塞がれたように感じた。


「余計貸せねえよ!」


「じゃあどうすればいいの!」


「何が!」


「また来たら!」


涙が出た。


「またラド兄が来たら!」


「俺呼べよ」


「間に合わなかったら!?」


「逃げろ!」


「逃げられなかったら!?」


「リナ!」


「怖いんだよ!」


声が割れた。


倉庫の隅。


誰かがこちらを見る。


カイルの口が閉じた。


「……怖い」


リナは。


顔を覆った。


銃なんて。


触りたくない。


撃ちたいわけでもない。


でも。


何も持っていない方が。


もっと怖い。


「撃ちたいんじゃない」


指の隙間から。


声が漏れる。


「持ってたいだけ……」


カイルは。


長く黙った。


それから。


腰の拳銃を外す。


金属が。


小さく鳴った。


「使うなよ」


リナが顔を上げる。


「……うん」


「怖くなったら撃つんじゃなくて逃げろ」


「うん」


拳銃が。


手へ乗る。


重い。


冷たい。


持てば安心すると思った。


逆だった。


掌へ重さが来た瞬間。


撃てる。


という事実まで。


一緒に来た。


余計に。


怖くなった。


それでも。


返せなかった。


* * *


**市場**


人。


声。


魚。


布。


肉。


果物。


呼び込み。


「安いよ!」


「こっち見てけ!」


ざわ、ざわ、と。


市場全体が鳴っている。


リナは。


その中を歩いた。


服の下。


腰へ。


カイルから借りた銃。


歩くたび。


硬い感触が身体へ当たる。


向かう先は。


ラドの姿をした男から指定された。


旧RAT倉庫。


(帰りたい)


何度も。


思う。


今なら。


戻れる。


カイルへ返して。


ネミティブへ全部話して。


怒られて。


泣いて。


終わりにすればいい。


でも。


また。


誰かに決めてもらう。


それをしたら。


自分はずっと。


何も分からないままになる。


背後。


足音。


リナの耳が拾った。


右へ曲がる。


後ろも。


曲がる。


胸が速くなる。


気のせい。


そう思って。


振り返る。


男。


目が合った。


「……っ」


男が。


すぐ視線を外した。


歩く。


リナも歩く。


少し。


速く。


後ろも。


速くなる。


「やだ……」


走った。


人へぶつかる。


「おい!」


「ごめんなさい!」


荷車の横。


人の隙間。


後ろ。


足音。


近い。


「待て!」


「やだ!」


涙が出る。


角。


右。


階段。


下。


タッ!


タッ!


タッ!


湿った石。


靴が滑る。


「っ!」


壁へ手をつく。


後ろ。


来る。


その時。


階段の上。


「てめえ!」


ガンッ!


怒鳴り声。


荷車が。


横倒しになった。


「うわっ!」


積荷が崩れる。


人が集まる。


追ってきた男との間を。


塞ぐ。


(今!)


リナは。


壊れた扉へ飛び込んだ。


ギィッ!


暗い。


狭い通路。


抜ける。


向こう。


別の通り。


光。


人。


走るのをやめる。


でも。


呼吸は戻らない。


人混みへ。


紛れる。


追ってきた男が。


少し先を通り過ぎた。


こちらへ。


気づかない。


リナは壁へ手をついた。


「……助かった」


また。


都合よく。


道が開いた。


北でも。


そうだった。


瓶が割れた。


荷車が倒れた。


喧嘩が始まった。


今日も。


同じ。


(なんで)


偶然。


そう思いたかった。


今は。


それ以上。


考えたくなかった。


* * *


**旧倉庫**


鉄。


錆。


埃。


風。


カタ……。


カタ……。


天井から吊られた古い布が揺れている。


昔。


RATがまだ小さかった頃。


何度か荷を置いた倉庫。


今では。


ほとんど使われない。


リナは。


一人で待っていた。


服の下。


銃。


片手は。


ずっとそこへ触れている。


(帰れる)


入口。


見る。


(まだ帰れる)


一歩。


入口へ向かう。


カイルに頼ればいい。


ネミティブに全部話して。


怒られて。


終わりにしてもいい。


コツ。


足音。


身体が止まる。


ギィィ……。


扉。


開く。


男が入ってくる。


ラド。


「来たよ」


その一言で。


用意していた質問が。


全部飛んだ。


「……ラド兄」


会いたかった。


胸が。


痛い。


本物ならいい。


本物なら。


ここ数日の全部が間違いでもいい。


自分が馬鹿だっただけで。


いい。


一歩。


近づく。


「ほんとに……本当にラド兄なの?」


男が笑った。


「何回聞くんだよ」


似ている。


顔。


声。


笑い方。


信じたい。


だから。


確かめる。


「じゃあ……左耳」


男が傷へ触れる。


「これ?」


「ついた日」


リナの喉が鳴る。


「私たちに何て言った?」


「気にすんな」


胸の奥で。


何かが。


落ちた。


違う。


あの日。


血を流しながら。


ラドは笑った。


『これで女にモテるな』


リナは。


こんな時に何を言ってるんだと。


怒った。


「……違う」


「昔だろ」


「違う」


「リナ」


「じゃあネミティブに何て言った!?」


声が。


倉庫へ響く。


「傷触りながら!」


男の目が動く。


ほんの。


僅かに。


「心配すんな」


涙が。


溢れた。


「違う!」


「リナ」


「違う!」


お願いだから。


もう一個くらい。


当てて。


本物だと思わせて。


自分が間違っていたと。


言わせて。


でも。


答えは。


違った。


リナは銃を抜いた。


カチッ。


両手が。


震える。


銃口も。


定まらない。


「来ないで!」


男が。


銃を見る。


「お前、それ」


「来ないで!」


「落ち着け」


「その言い方も嫌!」


涙で。


前が滲む。


「ラド兄そんな言い方しない!」


「リナ」


「お願いだから……もう近づかないで……!」


男は止まった。


ラドの顔。


なのに。


違う。


その瞬間。


もう一つの答えまで。


一緒に来た。


この男が。


ラドじゃないなら。


ラドは。


本当に死んだ。


もう。


二度と。


帰ってこない。


信じたくなかった答えを。


自分で選ぶしかなかった。


「お前……」


声が。


掠れる。


「誰なの……?」


* * *


**カイル**


約束の時間を過ぎても。


リナが戻らなかった。


カイルは。


最初。


いつもの遅刻だと思った。


少し待った。


さらに。


待った。


来ない。


拠点を飛び出した。


知っている場所。


水場。


市場。


裏路地。


北へ続く道。


全部。


いない。


最後に。


ネミティブを見つけた。


「兄貴!」


ネミティブが振り返る。


「何」


「リナがいない!」


顔が。


変わった。


「どこ行った」


「分かんねえ!」


「何で分かんねえんだよ」


「俺だって!」


息が。


切れている。


言いづらい。


でも。


言わない方がまずい。


「でも……銃持ってる」


ネミティブの顔が止まった。


「誰の」


カイルは。


目を逸らす。


「……俺の」


「どこ」


「多分」


息を整える。


「旧倉庫」


次の瞬間。


二人は走っていた。


* * *


**一秒**


旧倉庫へ近づく。


錆びた壁。


割れた窓。


風に揺れる。


古い鉄板。


中から。


声。


『来ないで!』


リナ。


泣いている。


ネミティブの速度が上がった。


その次。


別の声。


『リナ、まず落ち着け』


足が。


止まった。


ラド。


カイルも。


息を呑む。


ネミティブの胸が。


強く鳴る。


違う。


ラドなら。


そんな綺麗な言い方はしない。


倉庫の壁。


隙間。


中を覗く。


いる。


ラド。


本当に。


ラドの顔。


ラドの身体。


リナは。


その正面で。


銃を向けている。


両手が。


震えている。


「兄貴」


カイルが小さく呼ぶ。


「黙って」


中。


リナの声。


「左耳の傷!」


男が答える。


「だから覚えてるって!」


「そのあとネミティブに何て言った!?」


沈黙。


ネミティブは。


覚えている。


血を流していたラド。


耳へ触れる。


笑う。


そして。


『お前の方が痛そうな顔してんじゃねえよ』


男が答えた。


「心配すんなって言った」


違う。


ネミティブの手が。


扉へ伸びる。


ギィィ……。


「ネミティブ!」


リナが振り向いた。


顔は。


涙でぐしゃぐしゃだった。


ネミティブは。


男を見る。


「左耳」


「またそれかよ」


「俺に何て言った」


男は。


少し苛立った顔。


「心配すんな」


違う。


でも。


それだけでは。


証拠にならない。


忘れている。


勘違い。


何とでも言える。


リナが叫ぶ。


「ほら!」


「まだ」


「まだ!?」


「確認してる」


「何個間違えたら信じるの!」


男が。


一歩。


動いた。


リナの銃口が。


跳ねる。


「動かないで!」


「リナ、下ろせ」


「嫌!」


「下ろせ」


「嫌!」


男が。


ほんの僅か。


横。


吊り布の方向へ寄る。


リナが追う。


「動かないでって言ってるでしょ!」


その瞬間。


ガタンッ!!


棚。


倒れる。


ばさっ!


天井から吊られていた布が。


大きく舞った。


ネミティブの視界。


白い布。


一瞬。


切れる。


一秒。


たった。


一秒。


その隙間。


リナだけが。


見た。


ラドの輪郭が。


揺れる。


頬。


鼻。


目。


髪。


顔が。


別の形へ。


崩れていく。


「――っ!」


布が落ちる。


そこに。


ラドはいなかった。


ルイス。


「……は?」


ネミティブが止まった。


「今!」


リナが叫ぶ。


「今変わった!」


ルイスは。


混乱した顔を作る。


「何言ってるの?」


「黙って!」


「リナ」


ネミティブの声が低くなる。


「俺は見てない」


リナの顔が。


崩れた。


「一秒だよ!」


「棚で」


「一秒!」


「分かってる」


「じゃあ!」


「変わるところは見てない」


「でもラドいたでしょ!」


「いた」


「今ルイスいるじゃん!」


「……ああ」


「じゃあ何で!」


ネミティブにも。


説明できない。


リナが正しい?


でも。


自分は。


見ていない。


見ていないものを。


正しいと決めるのか。


欠けた。


一秒。


信じるには。


足りない。


疑うには。


十分。


まるで。


誰かが。


その量だけを。


選んだように。


* * *


**一回だけ**


「ネミティブ……」


リナは泣いていた。


銃も。


まともに持てていない。


「お願い。一回だけ」


ネミティブが見る。


「何」


「一回だけ」


涙を拭く。


「私のこと信じて」


ネミティブは。


答えない。


「私、間違ってるかもしれない」


「……」


「私、頭よくないし。怖いし。もう何が本当かも分かんない!」


本当は。


今すぐ銃を捨てたい。


カイルの後ろへ隠れたい。


誰かに。


全部決めてほしい。


でも。


それをしたら。


また。


誰かが。


自分の代わりに決める。


リナは。


ルイスを見る。


「でも」


次に。


ネミティブ。


「見たの」


震える声。


それでも。


逸らさない。


「だから少しだけ……私にも決めさせてよ」


ネミティブの中へ。


別の言葉が蘇る。


『大丈夫だから』


待った。


任せた。


父。


母。


死んだ。


ラド。


一秒。


遅れた。


死んだ。


「……駄目だ」


リナの口が。


少し開く。


「なんで……」


「また起きる」


「何が」


「分かってたのにって」


「今回違うよ!」


「違わない」


「違う!」


ネミティブは。


自分の目を信じる。


「俺が見てる」


リナが。


叫んだ。


「じゃあ一緒に見てよ!」


声が。


古い倉庫へ響く。


「全部任せろなんて言ってない!」


一歩。


「私が見るから、お前も見ててよ!」


ネミティブの身体が。


一瞬。


止まった。


届きかけた。


その時。


ルイスが。


ほんの僅かに。


重心を変えた。


リナの身体が。


びくりと反応する。


「動かないで!」


銃口が。


追う。


ネミティブの身体も。


同時に動く。


危険。


兆候。


見えた。


今度こそ。


遅れる前に。


止める。


* * *


**選ばせない**


「カイル。入口塞げ」


カイルが振り返る。


「誰を」


「全員」


「兄貴」


「塞げ」


「なんで」


ネミティブの視線が。


カイルへ向く。


「お前は銃渡した。俺に隠した」


カイルの顔が変わる。


「もう判断する側じゃない」


「何それ」


リナが声を上げた。


ネミティブは。


今度はリナを見る。


「銃置け」


「嫌」


「リナ」


「嫌!」


「今のお前に持たせない」


「誰が決めたの」


ネミティブは。


迷わない。


「俺」


リナの目から。


また涙が落ちる。


それでも。


銃は下ろさない。


「私のだよ!」


「関係ない」


「ある!」


「必要ない」


「私が決める!」


ネミティブの声が。


低くなる。


「今は俺が決める」


「なんで!」


「これ以上やったらお前が壊れる!」


リナの口が開いた。


「……私が?」


「ああ」


「もう怖いよ!」


声が裏返る。


「もうずっと怖い!」


「だからやめろ!」


「怖いからって!」


リナが。


銃を握ったまま。


一歩。


前へ。


「私が何していいかまで、お前が決めるの!?」


「ああ」


即答。


リナが。


止まった。


「……私が嫌って言っても?」


「ああ」


「泣いても?」


「ああ」


「お前のこと嫌いになっても?」


ネミティブは。


そこで初めて。


黙った。


嫌だ。


嫌われたくない。


リナにも。


カイルにも。


誰にも。


でも。


生きている方が。


いい。


自分が悪者になればいい。


それで。


死なないなら。


「……ああ」


リナの顔が歪んだ。


「馬鹿……」


入口。


カイル。


「兄貴」


ネミティブが見る。


「それ、ラド兄と違う」


「何が」


「ラド兄も俺らを止めた」


カイルの声にも。


迷いがある。


それでも。


言う。


「でも最後は俺らに決めさせてた」


「だから死んだ」


即答だった。


リナが叫ぶ。


「違う!」


「俺が撃った!」


ネミティブの声が。


倉庫へ響いた。


「俺が間違えた! ラド死んだ!」


胸の中。


血。


銃声。


何度も。


戻る。


「だから今度は、俺が間違えないようにする!」


普通なら。


間違えた。


だから。


一人で決めない。


そうなるはずだった。


ネミティブは。


逆へ行った。


俺が間違えた。


なら。


次は。


もっと。


俺が正しくならないといけない。


「俺だって全部分かるわけじゃない」


息を吸う。


「間違える。でも」


リナ。


カイル。


ルイス。


順番に見る。


「少なくとも、今のお前らより俺の判断の方が正しい」


言った。


リナは。


しばらく黙っていた。


「……分かんないよ」


「何」


「お前が正しいかなんて、私には分かんない」


涙が落ちる。


「私が正しいかも分かんない」


カイルを見る。


「カイルだって間違える」


また。


ネミティブ。


「みんな間違えるじゃん!」


「だから俺が――」


「でも!」


声が裂ける。


「間違えるのまで取らないでよ!」


ネミティブが。


止まった。


リナは。


ずっと怖かった。


誰かがいなくなるのが。


怖かった。


だから。


何も決めたくなかった。


誰かに決めてもらえば。


楽だった。


でも。


それで。


ラドが戻るわけじゃない。


何も見なくて済むわけでもない。


「私が間違えるのも!」


一歩。


足は。


震えている。


「私が怖がるのも!」


もう一歩。


「私が決めたい!」


「リナ」


「ずっと誰かいなくなるの怖かった! だから何もしたくなかった!」


呼吸。


震え。


涙。


全部。


止まらない。


それでも。


前へ出る。


「でも、それでも……!」


ルイスが。


ほんの少し。


横へ動いた。


リナの銃口が追う。


「動かないで!」


「リナ!」


「私も見て!」


涙で濡れた目が。


ネミティブへ向く。


「こいつだけじゃなくて、私も見てよ!」


ルイス。


半歩。


ネミティブには。


逃げるように見えた。


リナが追う。


銃が揺れる。


撃つかもしれない。


危険。


今。


止める。


「リナ!」


最後の警告。


リナが振り返った。


涙で濡れた目。


銃口。


僅かに揺れる。


ネミティブの指が。


動いた。


パンッ!!


* * *


**怖い**


乾いた音が。


倉庫を叩いた。


リナの身体が。


小さく跳ねる。


「……え」


手から。


銃が落ちた。


カランッ。


胸から脇へ。


赤が。


じわりと広がる。


一歩。


後ろ。


足から。


力が抜けた。


ドサッ。


「リナ!」


カイルが走る。


ネミティブは。


動けない。


止めるつもりだった。


銃を。


下ろすだけ。


それだけだった。


「……リナ?」


ようやく。


身体が動く。


膝を床へつく。


抱き起こす。


リナの身体は。


軽い。


こんな時に。


そんなことが。


分かった。


呼吸。


浅い。


「っ……」


吸おうとしている。


でも。


入らない。


「おい」


傷を押さえる。


血。


温かい。


指の間から。


滲む。


「おい!」


「布!」


カイルが。


自分の服を掴む。


ビリッ!


破る。


押し当てる。


リナの身体が。


震えた。


「……やだ」


ネミティブが止まる。


「何」


「やだ……」


涙。


「怖い……」


痛い。


息ができない。


嫌。


まだ死にたくない。


ここで。


終わりたくない。


リナの顔が。


全部。


そう言っていた。


「大丈夫」


ネミティブの口から。


言葉が出る。


リナは。


苦しそうに。


首を振った。


「……分かんない」


「大丈夫だから」


「分かんないって……」


涙が。


頬を伝う。


「私……死にたくない……」


ネミティブの手が震える。


「死なねえ!」


「怖い……」


「大丈夫!」


リナは。


また。


首を振った。


そして。


小さく。


言った。


「決めないで……」


ネミティブの顔が止まる。


「……何」


リナは。


息を吸おうとする。


上手く。


入らない。


それでも。


言う。


「私が……怖いって、言ってんだから……」


胸。


上下。


浅い。


「大丈夫って……勝手に……決めないで……」


ネミティブは。


何も言えなかった。


リナの目が。


横へ動く。


ルイス。


「……見て」


ネミティブが答える。


「いる」


「違う……見て……」


ネミティブは。


ルイスを見る。


普通。


心配そうな顔。


何もしていない。


何も。


その瞬間。


口元。


ほんの。


僅かに。


上がった。


笑った。


ように。


見えた。


「……お前」


次には。


もう。


普通だった。


「何?」


ルイスが。


首を傾げる。


リナが。


小さく息を吐いた。


「……ほら」


ネミティブが。


リナを見る。


「何が」


返事。


ない。


「リナ?」


カイルが。


顔を覗き込む。


「リナ」


返事はない。


「おい」


ネミティブが。


肩へ触れる。


「リナ」


動かない。


「……おい」


倉庫は。


静かだった。


カタ……。


カタ……。


風に。


古い鉄板が鳴る。


ネミティブの手は。


赤い。


ラドの時と。


同じ色だった。


「……違う」


声が。


小さい。


「止めただけ」


誰へ言っているのか。


自分でも。


分からない。


自分が止めなかったら。


リナが撃ったかもしれない。


ルイスが逃げたかもしれない。


何か。


起きたかもしれない。


全部。


かもしれない。


今。


起きたことは。


一つだけ。


リナが。


動かない。


それだけが。


確定している。


なのに。


頭の中では。


もう。


逃げ道が作られ始めていた。


危なかった。


止める必要があった。


俺しか。


できなかった。


その隣。


別の声だけが。


残る。


『私も見てよ』


そして。


『決めないで』


ネミティブは。


ゆっくり。


ルイスを見る。


今度は。


さっきまでとは。


違う目で。


ルイスは。


静かに。


そこにいた。


何も。


言わない。


リナが。


命懸けで見つけたものを。


今度は。


ネミティブ自身が。


確かめる番だけが。


残った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


「一回だけ、私のこと信じて」


怖くても、間違っているかもしれなくても、

それでも自分で見て、自分で決めようとしたリナ。


そして、彼女が最後に残したもの。


ネミティブ自身が、それを確かめる番が残りました。


次章へ続きます。

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