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『KillerWorld ―七つ目の答え―』  作者: ザクロ
アベス編

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アベス編⑨ 問いと、帰らない人

人類を選ぶ役割を与えられたアベス。


だが、そのことを知らない彼へ。

イースは答えではなく、問いを置き始める。


知らない二人のうち、一人しか助けられなかったら。


好きな人と嫌いな人。

一人しか残せなかったら。


一度裏切った人間は、また裏切るのか。


誰かのためなら、その人の代わりに決めてもいいのか。


アベスは考える。


そして。


「分からないまま、決めたくありません」


「もっと知りたいです」


その瞬間。

長く使われなかった銀色の指輪が、小さく鳴る。


だが。


その夜がさらに深くなっても。


アルスは、帰ってこなかった。

第十六章 問い


部屋へ戻ると。


アベスは。


まだ起きていた。


「遅かったですね」


「そう?」


「はい」


「ごめん」


イースは靴を脱ぐ。


右足が少し遅れる。


アベスの目がそこへ落ちる。


「また痛いですか」


「ちょっとね」


「座りますか」


「そうする」


椅子へ腰を下ろす。


アベスは向かいに座った。


「どこへ行っていたんですか」


「知り合いに会ってた」


「友達ですか」


「……」


イースが笑う。


「それは絶対違うかな」


「嫌いな人ですか」


「どうだろ」


「分かりませんか」


「うん」


アベスが少し考える。


「イースでも、分からないことがあるんですね」


「いっぱいあるよ」


「そうですか」


「特に」


イースは頬杖をつく。


アベスを見る。


「人が何を選ぶか、とかね」


「……」


アベスが。


僅かに首を傾けた。


「ねえ、アベス」


「はい」


「一個聞いていい?」


「はい」


「君さ」


少し。


間を置く。


「他人の人生、決められる?」


「……」


アベスは。


黙った。


イースは待つ。


「例えば?」


「例えばかあ」


天井を見る。


「じゃあ」


指を一本立てる。


「知らない人が二人いる」


「はい」


「一人しか助けられない」


「……」


「どっち助ける?」


アベスが眉を寄せる。


「どういう人ですか」


「知らない」


「年齢は?」


「知らない」


「家族は?」


「知らない」


「何をしてきた人ですか」


「知らない」


「……」


「さあ」


イースが笑う。


「どっち?」


長い沈黙。


アベスは。


机を見る。


「……決められません」


「なんで?」


「分からないからです」


「何が?」


「その人たちのことが」


「じゃあ全部分かったら?」


「……」


また。


止まる。


「全部って、どこまでですか」


今度は。


イースが止まった。


「へえ」


「何ですか」


「いや」


少し笑う。


「続けて」


アベスは考える。


「その人が今まで何をしたか分かっても」


「うん」


「これから何をするかは」


一拍。


「分からないと思います」


イースの目が。


僅かに細くなった。


「そう思う?」


「はい」


「じゃあ選べない?」


「……はい」


「両方死ぬよ」


「……」


「選ばなかったら」


アベスの顔が。


少し強張った。


「それでも?」


「……」


長い。


本当に長い。


イースは。


急かさない。


アベスが。


やがて言う。


「嫌です」


「何が?」


「その選び方が」


「でも必要なら?」


「……」


「誰かが決めないといけなかったら?」


アベスは。


顔を上げる。


「イースなら、決められますか」


「僕?」


「はい」


「さあ」


「分かりませんか」


「僕は」


イースが。


軽く笑う。


「嘘つきだからね」


「答えになってません」


「そういうことも言うようになったんだ」


「誤魔化しましたか」


「うん」


「……」


「嫌?」


「少し」


「そっか」


イースは笑った。


その問いは。


そこで一度、途切れた。


*


少しして。


「ねえ、アベス」


「はい」


「好きな人と嫌いな人」


「はい」


「どっちか一人しか残せないなら?」


「……またですか」


「またです」


「何でそんなこと聞くんですか」


「気になるから」


「誰がですか」


「僕が」


「……」


「で?」


アベスは。


少し考える。


「好きな人です」


「即答?」


「昨日よりは」


「じゃあ嫌いな人は?」


「……」


「消えていい?」


アベスの目が。


止まる。


「それは」


「うん」


「違うと思います」


「好きじゃないのに?」


「はい」


「何で?」


アベスは。


しばらく考えた。


「僕が嫌いでも」


一拍。


「その人を好きな人がいるかもしれません」


「……」


「駄目ですか」


「いや」


イースが。


少し笑う。


「面白い」


「何がですか」


「君」


「……そうですか」


*


また。


しばらくして。


「アベス」


「はい」


「一回、人を裏切った人がいる」


「はい」


「また裏切ると思う?」


「分かりません」


「一回やってるよ」


「はい」


「じゃあ可能性高いんじゃない?」


「そうかもしれません」


「なら先に切る?」


「……」


「またやる前に」


アベスは。


黙る。


「どうする?」


「その人に」


「うん」


「聞きます」


「何を?」


「次も、そうしたいですかって」


イースの指が。


僅かに止まる。


「……」


「変ですか」


「いや」


「でも、嘘をつくかもしれません」


「そうだね」


「イースみたいに」


「ひどいなあ」


「違いますか」


「違わない」


イースは。


笑った。


*


さらに。


少しして。


「ねえ」


「はい」


「誰かのためなら」


「はい」


「その人の代わりに決めてもいいと思う?」


アベスの顔が。


少しだけ。


変わった。


「……」


「どうしたの」


「アルスさんを思い出しました」


「そっか」


「アルスさんは」


ゆっくり。


言葉を選ぶ。


「僕に」


「うん」


「自分で決めなって言いました」


「そうだね」


「だから」


一拍。


「決めない方がいいと思います」


「絶対?」


「……」


「その人が決められなかったら?」


「待ちます」


「ずっと?」


「できるだけ」


「間に合わなかったら?」


「……」


アベスの手が。


少し握られる。


「分かりません」


「そっか」


「でも」


「うん?」


「勝手に決めるのは、嫌です」


イースは。


しばらく。


何も言わなかった。


それから。


「……うん」


短く。


返した。


*


問いは。


何度も続いた。


一つで終わらない。


同じ形でもない。


「一回出した答えって、変えちゃ駄目?」


「誰かを傷つけた人は、ずっと悪い人?」


「何もしないって、選んでないことになる?」


「皆が同じ答えなら、それが正しい?」


「一人だけ違ったら?」


「その一人を消したら、綺麗になる?」


アベスは。


すぐには答えない。


「分かりません」


そう言う時もある。


「嫌です」


だけの時も。


「もう少し考えたいです」


と言う時もあった。


イースは。


正解を言わなかった。


「違う」とも。


「合ってる」とも。


言わない。


次を置く。


*


夜が更ける頃。


頭の奥の笑い声を無視して。


アベスが。


逆に聞いた。


「イース」


「何?」


「どうして」


一拍。


「僕にばかり聞くんですか」


イースの笑みが。


ほんの少し。


止まった。


「嫌になった?」


「少し」


「じゃあやめる?」


「……」


アベスは。


考える。


「いえ」


「なんで?」


「分からないことが」


指を見る。


「増えました」


「うん」


「でも」


顔を上げる。


「前より、考えています」


「……」


「だから」


「うん」


「もう少し」


一拍。


「聞いてください」


イースは。


ゆっくり。


笑った。


「そっか」


「はい」


「じゃあ」


また。


一つ。


置く。


「もし」


アベスを見る。


「人間全部を、君が決めろって言われたら?」


「……」


アベスの顔から。


僅かに表情が消える。


長い。


沈黙。


今までで。


一番長い。


「……全部?」


「うん」


「僕が?」


「うん」


「どうする?」


アベスは。


答えない。


机を見る。


手を見る。


窓を見る。


それから。


イースを見る。


「……分かりません」


「そっか」


「でも」


イースは。


待つ。


アベスが。


ゆっくり言った。


「分からないまま、決めたくありません」


イースの目が。


僅かに。


細くなる。


「じゃあ?」


「もっと」


一拍。


「知りたいです」


その言葉と。


ほとんど同時に。


アベスのポケットの中で。


小さく。


何かが。


鳴った。


*


銀色の。


指輪だった。



第十七章 帰らない


夜が、さらに深くなった。


アベスは何度目か分からないほど時計を見た。


「遅いですね」


「そうだね」


イースは窓際に立ったまま答えた。


外は静かだった。


アルスは墓参りに行った。


夕方には帰ると言った。


それだけなら、少しくらい遅れることはある。


買い物をしているかもしれない。


誰かに会ったかもしれない。


電車が止まった。


道を間違えた。


具合が悪くなった。


理由なら、いくらでも作れる。


イースはそういうものを作るのが得意だった。


けれど。


時間だけが過ぎていく。


「イース」


「ん?」


「墓参りは、こんなに時間がかかるものですか」


「場合によるかな」


「そうですか」


アベスはそれ以上聞かなかった。


また時計を見る。


イースはその横顔を見た。


昔なら、待てと言われたから待っていた。


今は違う。


帰ってきてほしいから、待っている。


「アベス」


「はい」


「僕、ちょっと見てくるよ」


アベスがすぐに顔を上げた。


「僕も行きます」


「留守番してて」


「でも」


「二人で出て、アルスさんと入れ違ったら困るでしょ」


「……」


アベスは考えた。


「分かりました」


「知らない人が来ても開けない」


「はい」


「僕でも?」


「声を聞きます」


「成長したねえ」


「前にも言われました」


「そうだっけ」


「はい」


イースは笑った。


扉へ向かう。


「イース」


振り返る。


アベスは少し迷ってから言った。


「アルスさんを、お願いします」


イースは一瞬だけ黙った。


「……うん」


扉を閉めた。


*


最初に向かったのは墓地だった。


アルスがどこの墓へ行くのかは分かっていた。


昔、一度だけ聞いたことがある。


夫。


子ども。


あの日死んだ二人が眠る場所。


夜の墓地には誰もいなかった。


「……」


イースは入口からゆっくり中へ入った。


右足が遅れる。


今は、それどころではない。


墓石。


花。


湿った土。


供え物。


いくつも通り過ぎる。


目的の場所はすぐに分かった。


新しい花がある。


線香の燃え残りも。


「来たのは間違いないね」


(うん)


頭の奥で声。


イースはしゃがんだ。


地面を見る。


一人分ではない。


いくつかの靴跡。


踏み荒らされている。


少し離れた場所。


草が潰れていた。


さらに。


墓石の横。


土の上に。


小さな布片。


イースが拾う。


「……」


見覚えがある。


アルスの服。


今日、家を出た時に着ていたものと同じ。


(連れていかれたね)


「うん」


イースは立ち上がった。


笑っていなかった。


「しかも、ここで待ってた」


(墓参りに来る日を)


「分かりやすいからね」


命日。


毎年。


同じ場所。


何年逃げても。


そこだけは変わらない。


「……嫌な仕事するなあ」


(君が言う?)


「僕はもうちょっと趣味がいいよ」


(そうかな)


「そういうことにしといて」


イースは墓地を出た。


*


研究側の人間を探すのに、時間はかからなかった。


昔から使われている場所。


連絡経路。


出入りする車。


人員。


全部を知らなくてもいい。


一つ知っていれば、次へ行ける。


次を知れば、その次へ行ける。


イースは何年もそうやって仕事をしてきた。


少し離れた路地。


一人の男が建物から出てきた。


白衣ではない。


普通の服。


けれど、歩き方を知っている。


「……あれかな」


(多分)


男が角を曲がった。


イースも続く。


数分後。


路地から出てきたのは、一人だけだった。


顔が違っていた。


*


施設の入口。


「遅いですね」


警備の男が言う。


「すみません」


イースは、さっきの男の顔で笑った。


「少し腹を壊して」


「またですか」


「またです」


「薬飲んだ方がいいですよ」


「そうします」


そのまま通る。


誰も止めない。


(便利)


「でしょ」


廊下を進む。


足取り。


姿勢。


視線。


全部、さっきの男に合わせる。


右足の遅れだけが邪魔だった。


「……」


一瞬。


壁へ手をつく。


「大丈夫ですか」


通りかかった研究員。


「平気です」


笑う。


「ちょっと立ちくらみ」


研究員はそのまま行った。


笑顔が消える。


(無理してるね)


「うるさい」


*


奥へ。


さらに奥。


途中から空気が変わった。


人が少ない。


声も小さい。


誰かが死んだ後の建物は、独特の静けさがある。


イースは知っていた。


扉の一つが開いていた。


中に人はいない。


けれど。


椅子が倒れている。


床に。


黒く乾き始めた血。


「……」


壁。


小さく欠けている。


弾痕。


(ここだね)


「うん」


イースは中へ入らなかった。


廊下から見る。


それだけで十分だった。


向こうから。


足音。


二人。


「処理は?」


「もう終わります」


「先生には?」


「報告済みです」


二人が近づいてくる。


イースは資料を見るふりをした。


「まさか撃つとはな」


「撃ったんじゃない。暴れた時に暴発したんだ」


「同じだろ。死んだんだから」


「先生にそれ言ってみろよ」


「言えるわけないだろ」


二人は歩きながら話す。


「結局、場所は?」


「吐かなかった」


イースの指が止まる。


「最後まで?」


「最後まで」


「名前までは分かったんだろ」


「ああ。アベス」


一拍。


「でも住所は出なかった」


二人はそのまま通り過ぎた。


イースは動かなかった。


何秒か。


その場に立っていた。


(……)


「……」


通信機の音がした。


少し先の部屋。


扉が開いている。


声が漏れる。


『女が死亡しました』


イースの目が動いた。


聞き覚えのある声が返る。


『場所は』


「吐きませんでした」


短い沈黙。


『そうか』


「申し訳ありません」


『死なせるなと言ったはずだ』


「事故です」


一拍。


『なら次は事故を起こすな』


通信が切れた。


それだけ。


誰も。


アルスの名前を呼ばない。


母親だったとも。


妻だったとも。


何年も一人の子どもを育てたとも。


言わない。


女。


情報。


失敗。


事故。


「……」


(イース)


「分かってる」


小さく言う。


(何が?)


「ここに長居する理由ないでしょ」


笑う。


いつもの笑顔。


「仕事じゃないんだから」


*


施設を出た後。


イースは一度だけ立ち止まった。


壁へ手をつく。


「……っ」


右足ではない。


胃でもない。


何か。


別のところが。


少しだけ重い。


(最後まで言わなかった)


「うん」


(あの人)


「うん」


(怖かっただろうね)


「……」


返事はなかった。


*


家へ戻った時。


夜はもう。


ほとんど朝に近かった。


扉をノックする。


「僕」


中から。


「イースですか」


「そう」


鍵が開く。


アベスが立っていた。


眠っていない。


「おかえりなさい」


「ただいま」


その言葉に。


イースの足が。


一瞬だけ止まった。


アベスはすぐに廊下を見る。


イースの後ろ。


誰もいない。


「……アルスさんは?」


「……」


「見つかりましたか」


イースは部屋へ入った。


扉を閉める。


「アベス」


「はい」


「座ろうか」


「何故ですか」


「いいから」


「……」


二人。


向かい合う。


アベスはイースを見る。


「アルスさんは?」


また。


同じ質問。


イースは。


嘘を作ろうと思えば。


いくらでも作れた。


入院した。


遠くへ行った。


しばらく戻れない。


安全な場所にいる。


何でも言える。


誰の声でも出せる。


「アベス」


「はい」


アルスの顔だって。


作ろうと思えば、作れる。


「……」


頭の奥も。


静かだった。


それでも、作らなかった。


「アルスさんは、帰らない」


アベスが。


瞬きをした。


「今日ですか」


「……違う」


「では、明日ですか」


「違う」


「いつですか」


イースは。


アベスを見る。


「もう」


一拍。


「帰ってこない」


アベスは動かなかった。


「……」


「死んだ」


言った。


それ以上。


飾らなかった。


「……死んだ」


「うん」


「アルスさんが?」


「うん」


「何故ですか」


「捕まった」


「誰に」


「研究所の人たち」


「……」


「君の場所を聞かれた」


アベスの目が。


少しだけ。


動いた。


「言いましたか」


「言わなかった」


「……」


「最後まで、言わなかった」


アベスは。


しばらく。


何も言わなかった。


「では」


ゆっくり。


「アルスさんは」


「うん」


「僕がここにいることを」


「守った」


「……」


また。


沈黙。


「帰ってこないんですか」


「うん」


「明日も?」


「うん」


「その次も?」


「……うん」


アベスの視線が。


机へ落ちる。


「ずっと?」


イースは。


少しだけ。


息を吸った。


「うん」


アベスの指が。


動いた。


何かを探すみたいに。


机の上を。


触る。


でも。


何もない。


「……嫌です」


「うん」


「それは」


声が。


少しだけ。


震えた。


「嫌です」


「うん」


「帰ってきてほしいです」


「うん」


「アルスさんに」


言葉が止まる。


「……」


アベスは。


初めて。


自分から。


顔を歪めた。


「会いたいです」


イースは。


何も言えなかった。


正しい言葉なんて。


知らない。


いつもなら。


相手が欲しい言葉を探す。


欲しい顔をする。


欲しい声を出す。


それが。


仕事だった。


でも。


今。


アベスが欲しいものだけは。


分かっている。


アルス。


それは。


イースには。


作れない。


「……」


アベスが。


目を擦った。


「変です」


「何が?」


「目が痛いです」


「……そっか」


「頭も」


「うん」


「胸も」


服を掴む。


「ここが」


強く。


握る。


「苦しいです」


「うん」


「これは」


一度。


息を止める。


「何ですか」


イースは。


少し考えた。


そして。


答えた。


「悲しいんじゃないかな」


「……悲しい」


「多分」


「これが?」


「うん」


アベスは。


その言葉を。


確かめるように。


小さく言った。


「……悲しいです」


涙が。


一つ。


落ちた。


アベス自身が。


それを見た。


「……」


もう一つ。


落ちる。


「止まりません」


「止めなくていいよ」


「何故ですか」


「そういう時もあるから」


アベスは。


泣いた。


声を上げるわけでもない。


崩れるわけでもない。


ただ。


ぽろぽろ。


涙が落ちる。


イースは。


向かいに座っていた。


何も。


しなかった。


*


どれくらい経ったのか。


アベスが。


小さく言った。


「……甘いの」


「ん?」


「アルスさん」


鼻を啜る。


「買ってくると言っていました」


「……」


「忘れてないでしょうかって」


「思っていました」


イースは。


一瞬。


目を閉じた。


研究所。


血。


倒れた椅子。


最後まで。


知らない。


そう言った女。


「……そっか」


「もう」


アベスが。


聞く。


「買ってきませんか」


イースは。


答える。


「うん」


アベスが。


また泣く。


「……嫌です」


「うん」


「会いたいです」


「うん」


イースは。


それしか。


言わなかった。


その夜。


アベスは初めて。


誰かが帰らないことを。


悲しいと。


知った。

今回は、アベスが「答える」だけでなく、

考えることそのものを始める二章です。


イースは正解を教えません。


「これは?」

「じゃあ、こっちは?」

「それでも?」


問いだけを置きます。


するとアベスから出てきたのが、


「全部って、どこまでですか」


でした。


過去を全部知ったとしても、

これから何をするかまでは分からない。


一度裏切ったからといって、

次も同じだと決められるのか。


好きではない人間だからといって、

その人が消えていいのか。


まだ、アベスには答えられません。


でも最後には、


「分からないまま、決めたくありません」


「もっと知りたいです」


と言います。


そこで初めて。

ずっと持っていた指輪が鳴ります。


そして第十七章。


アベスはまた一つ、

知らなかったものを知ります。


悲しい。


アルスは帰ってこない。


明日も。

その次も。

ずっと。


イースなら、嘘はいくらでも作れました。


アルスの顔も。

声も。


それでも作らなかった。


欲しいものが分かっていても、

作ってはいけないものがある。


そしてアベスも、


「嫌です」

「帰ってきてほしいです」

「会いたいです」

「悲しいです」


と、自分の言葉で言えるようになりました。


「分かりません」しかなかった少年が、

少しずつ増やしてきたもの。


その中に今回、

「悲しい」が加わります。

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