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『KillerWorld ―七つ目の答え―』  作者: ザクロ
アベス編

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アベス編③ 「嫌です」と残ったもの

0の身体は、本人の意思とは関係なく動き続ける。


目の前には、アルスとその家族。


止まりたいのか。

嫌なのか。


これまで何を聞かれても「分かりません」と答えていた0の中から、初めて一つの言葉が零れる。


「……嫌です」


しかし、ゴイが求めていたのはその答えではなかった。


実験の果てに失われたもの。

測れなくなった0。

そして、研究所から下される処分。


白い部屋を出た0の前に残ったのは、自分で選ばなければならない道だった。

第五章 選択ではない


0の身体が。


小さく震えた。


「……ん、っ」


声にならない音。


それでも。


身体は止まらない。


右腕が。


ゆっくりと。


子どもの方へ伸びていく。


「0?」


呼ばれて。


目だけが動いた。


顔は。


まだ。


人形みたいなままだった。


「やめろ!」


アルスが暴れる。


研究員の腕が食い込む。


「離しな!!」


肩を捻る。


蹴る。


爪を立てる。


それでも離れない。


「あの子に何させてんだよ!!」


ガラスの向こう。


ゴイは端末を見たまま。


「挙動制御を継続」


「ふざけんな!!」


アルスの声が裂ける。


「家族に何かしてみろ!!」


一度。


大きく息を吸って。


「絶対に許さないからな!!」


0の手が。


さらに近づく。


その前へ。


夫が出た。


「父さん?」


「後ろにいろ」


子どもを背中へ隠す。


男は0を睨まなかった。


拳も上げなかった。


ただ。


間に立った。


「0」


呼ぶ。


「大丈夫だ」


0の手が。


男の胸へ触れた。


「……ん」


押す。


男は動かない。


体格が違った。


0の細い腕では。


何も起きない。


「大丈夫だから」


男は。


0へ言った。


子どもへではなく。


0へ。


「……ん、っ」


0の眉が。


ほんの僅かに寄った。


青年の目が細くなる。


「先生」


ゴイは画面から目を上げない。


「止めて」


「反応が増えている」


「違う」


青年の声から。


笑いが消えた。


「本人と身体が喧嘩してる」


ゴイが数値を見る。


「出力を上げる」


青年が振り返った。


「先生」


「継続」


「それは駄目だ」


「拒絶が発生する可能性が高い」


「だから駄目なんだよ」


青年が0を見る。


「今出てるものが本人の反応なのか」


一拍。


「あんたが作った反応なのか、もう分からない」


「観測を続ける」


「先生!」


装置が鳴った。


0の肩が。


大きく震える。


「……ぅ」


男の胸へ置かれた手。


その指が。


強く食い込んだ。


「0?」


「……ぅ……」


「大丈夫だ」


その次だった。


鈍い音がした。


男の身体が。


一瞬。


消えたように見えた。


白い壁。


そこへ。


叩きつけられる。


骨の折れるような音。


床へ。


崩れた。


「……あなた?」


アルスの声が。


一度だけ。


小さくなった。


「あなた」


返事がない。


「起きて」


動かない。


「あなた!!」


アルスが研究員の腕へ噛みついた。


「っ!」


血の味。


腕が緩む。


飛び出そうとする。


もう一人に押さえ込まれた。


「離せぇぇぇ!!」


叫びながら。


自分の唇まで噛んだ。


皮膚が切れる。


血が口の端から流れた。


そんなことは。


どうでもよかった。


「殺すぞ!!」


ガラスの向こう。


ゴイだけを見る。


「絶対殺してやる!!」


涙。


鼻水。


血。


顔はもう。


ぐしゃぐしゃだった。


「返せ!!」


床の夫を見る。


「返せよ!!」


その時。


0が。


ゆっくり。


子どもの方へ顔を向けた。


アルスの息が止まった。


「……やめろ」


0の足が進む。


「やめろ……」


もう一歩。


「0」


アルスの声が。


震える。


「そこから動くな」


0の顔は。


変わらない。


ただ。


喉の奥で。


「……ぅ」


音だけが。


少しずつ。


壊れていく。


「……ん」


子どもが泣き始めた。


「母さん……」


「見るな!!」


アルスが叫ぶ。


「こっち来な!!」


0の手が上がる。


「やめな!!」


「0!!」


指先が震える。


「……ぃ」


唇が。


初めて。


歪んだ。


「……いや」


アルスが。


一瞬。


黙った。


青年が0を見る。


「先生」


ゴイは動かない。


「止めろ」


「まだだ」


「もう選択じゃない!」


0の身体が。


自分自身と争うように。


激しく震える。


右腕が進む。


左手が。


その右腕を掴んだ。


止めようとする。


「……嫌」


アルスの目が見開かれる。


「0……?」


「……嫌……」


右腕は止まらない。


左手が。


滑る。


「嫌……です」


小さかった。


泣いてもいない。


叫んでもいない。


それでも。


はっきり。


「……嫌です」


頭の奥は。


珍しく。


何も言わなかった。


装置の数値が。


跳ね上がった。


青年が叫ぶ。


「下がって!」


間に合わなかった。


白い部屋を。


何かが走った。


静かだった。


あれほど鳴っていた機械も。


誰かの声も。


遠い。


0は。


立っていた。


人形のような顔で。


ただ。


唇だけが。


小さく震えていた。


「……嫌……」


床。


夫。


少し離れたところ。


子ども。


二人とも。


動かない。


アルスは。


研究員に押さえられたまま。


見ていた。


「……」


声が出ない。


口元から。


血だけが落ちる。


ぽたり。


ぽたり。


「……返して」


ようやく。


声が出た。


「返してよ……」


誰も答えない。


「返せよ!!」


身体を捻る。


「私の家族返せよ!!」


0を見る。


殺意が。


一瞬で。


顔に出た。


「お前……!」


それでも。


耳に残っている。


――嫌です。


あの声が。


残っている。


アルスの顔が。


さらに歪んだ。


「なんでだよ……」


0は答えない。


「なんで……」


アルスが。


ゴイを見る。


「これが」


息を吸う。


「これが欲しかったのかい……?」


ゴイは。


夫を見る。


子どもを見る。


0を見る。


最後に。


数値を見る。


「違う」


アルスの顔が止まった。


「……何が」


ゴイは。


淡々と。


「これは選択ではない」


頭の奥で。


(うん)


青年の目が。


ほんの僅かに動いた。


(君が選ばせなかったからね)


青年は。


何も答えなかった。


アルスは。


何も言わなかった。


数秒。


ただ。


ゴイを見た。


それから。


笑った。


壊れたように。


「……そう」


血のついた唇で。


「そうかい」


何度も。


小さく頷いた。


「分かったよ」


その夜。


アルスは。


眠らなかった。


眠れるはずがなかった。


研究所の待機室。


椅子に座って。


壁だけを見ていた。


夫の声。


子どもの声。


何度も。


頭の中で繰り返す。


そのたび。


最後に。


0の。


「嫌です」が混ざった。


アルスは耳を塞いだ。


「黙れ……」


誰に言ったのか。


自分でも分からない。


「黙れよ……」


爪が。


腕へ食い込む。


それでも。


消えない。


ゴイの声。


――これは選択ではない。


アルスが。


顔を上げた。


「……ふざけるな」


立ち上がる。


足が震えていた。


怖かった。


身体が冷たい。


何をするのか。


自分でも。


分かっていた。


だから。


余計に怖かった。


それでも。


歩いた。


途中。


無人の処置室で。


刃物を見つけた。


手に取る。


指が震える。


落としそうになる。


握り直す。


「……殺す」


声に出す。


「殺してやる」


もう一度。


自分に言い聞かせるように。


「絶対……殺してやる」


ゴイは。


研究室にいた。


一人。


机の上には。


まだ。


実験記録が開かれていた。


0。


反応。


負荷。


出力。


死亡。


すべて。


数字になっている。


扉が開いた。


ゴイが顔を上げる。


アルスが立っていた。


血の乾いた口元。


腫れた目。


震える手。


その手の中。


刃物。


「……何の用だ」


アルスは。


答えなかった。


一歩。


また一歩。


ゴイが立ち上がる。


その瞬間。


アルスが走った。


「死ねぇぇぇ!!」


刃が振り下ろされる。


ゴイが身体を逸らす。


腕へ。


深く入った。


血が飛ぶ。


「返せ!!」


もう一度。


「返せ!!」


肩。


胸。


どこに刺さっているか。


アルスには。


もう分からなかった。


「私の家族返せ!!」


ゴイが壁へ倒れる。


アルスも。


一緒に倒れ込む。


馬乗りになる。


「なんで!!」


刺す。


「なんであの子だったんだ!!」


刺す。


「なんでうちだったんだよ!!」


刺す。


「なんで――!!」


刃が。


何度も。


落ちる。


腕が。


上がらなくなるまで。


何度も。


何度も。


やがて。


ゴイが。


動かなくなった。


アルスの呼吸だけが。


部屋に残る。


「はぁ……」


「はぁ……」


手が震える。


刃物が。


床へ落ちた。


乾いた音。


アルスは。


その場に座り込んだ。


「……死んだ」


涙が出る。


「死んだ……」


笑ったのか。


泣いたのか。


分からない。


「ざまあみろ……」


ゴイを見る。


「ざまあ……」


そこで。


音がした。


息を。


吸う音。


アルスの顔が。


固まる。


「……え」


ゴイの指が動く。


「……は?」


ゆっくり。


身体を起こす。


服は血まみれ。


床にも。


確かに。


血がある。


アルスが後ずさる。


「なんで……」


ゴイが起き上がる。


「なんでだよ」


声が震えた。


「なんで死なないんだよ!!」


ゴイは。


しばらく。


何も言わなかった。


傷口を見る。


それから。


アルスを見る。


疲れたような。


ひどく冷たい顔で。


静かに。


「そんなに簡単に死ねたら」


一拍。


「私は既に降りている」


アルスは。


その言葉の意味を。


理解できなかった。


ただ。


殺したはずの男が。


目の前で。


まだ立っている。


それだけで。


今さら。


怖くなった。


足が震える。


逃げたかった。


殺すと言ったのに。


殺しに来たのに。


もう。


何もできなかった。


ゴイは。


そんなアルスを見ても。


何も言わなかった。


机の上。


開かれた記録には。


まだ。


数字が並んでいた。


夫の死も。


子どもの死も。


0の。


「嫌です」も。


すべて。


結果として。



第六章 残ったもの


0は。


白い部屋にいた。


また。


いつもの椅子。


いつもの机。


けれど。


以前とは違った。


右手を見る。


動く。


左手を見る。


動く。


自分で動かしている。


それを。


何度も確かめていた。


右手を開く。


閉じる。


もう一度。


開く。


閉じる。


「……」


耳の奥に。


まだ声が残っていた。


――大丈夫だ。


男の声。


その次に。


――母さん……。


子どもの声。


そして。


自分の声。


――嫌です。


0は右手を見た。


「……」


何もついていない。


血も。


傷も。


ない。


それでも。


しばらく。


右手を閉じることができなかった。


*


「選別評価は不能」


ゴイが言った。


青年は壁際に立っていた。


いつものように笑ってはいない。


「不能?」


「ああ」


ゴイは記録を送る。


「拒絶反応は確認できた」


「じゃあ出たじゃん」


「条件が汚染されている」


「……」


「外部挙動制御」


一つ。


「因子負荷」


二つ。


「身体防衛反応」


三つ。


「どこまでが0自身の選択か分離できない」


青年はゴイを見る。


「先生がやったんでしょ」


「ああ」


「自分でぐちゃぐちゃにしといて、使えないって?」


「事実だ」


青年の口元が少しだけ歪んだ。


「便利だね」


ゴイは返さない。


「じゃあ、もう一回やるの?」


「必要ない」


青年の目が細くなる。


「……へえ」


「0は安定個体としては優秀だ」


「うん」


「因子との適合も高い」


「うん」


「しかし選別には使えない」


ゴイは淡々と続ける。


「測れない」


頭の奥で。


(……へえ)


青年の笑みが消えた。


「それで?」


「処分する」


頭の奥で。


(消すんだ)


青年は返さなかった。


数秒。


何も音がしなかった。


「……そっか」


青年はそれだけ言った。


「いつ?」


「今夜」


「早いね」


「残す意味がない」


「なるほど」


青年は壁から背を離した。


「じゃあ」


歩き出す。


「最後に顔くらい見てくるよ」


「必要ない」


「僕にはある」


ゴイが青年を見る。


「何故だ」


青年は振り返った。


いつもの笑みが戻っていた。


「僕の玩具だったから」


頭の奥で。


(嘘)


青年は無視した。


ゴイは何も言わなかった。


*


扉が開いた。


0が顔を上げる。


「イース」


「うん」


青年が入ってくる。


0は右手を膝の上へ置いた。


青年はその手を見る。


何も言わない。


「どうしましたか」


「何が?」


「今日は、何も持っていません」


青年が少し笑った。


「いつも何か持ってるみたいに言うね」


「持っている時があります」


「そうだね」


青年は0の前へ立った。


「指輪は?」


0はポケットへ手を入れる。


銀色の輪。


青い紙。


二つとも。


まだあった。


「あります」


「そっか」


青年はしゃがんだ。


「ねえ、0」


「はい」


「ここにいたい?」


0は黙る。


以前なら。


すぐに答えていた。


分かりません。


でも。


今日は。


少し長かった。


「……分かりません」


「うん」


青年は笑った。


「じゃあ聞き方変える」


0を見る。


「今は」


一拍。


「僕と来る?」


0は青年を見る。


何故。


とは聞かなかった。


研究所。


白い部屋。


ゴイ。


アルス。


男。


子ども。


右手。


青い紙。


指輪。


全部。


頭の中にあった。


その上で。


「行きます」


頭の奥で。


小さく。


声が笑った。


青年は何も返さなかった。


青年の目が。


ほんの少しだけ細くなった。


「そっか」


それだけだった。


*


その夜。


0は研究所を出た。


何人かの顔が変わった。


声も変わった。


警報が鳴った。


青年に手を引かれて走った。


0には。


何がどうなっているのか。


ほとんど分からなかった。


ただ。


途中で一度。


青年が聞いた。


「やめる?」


0は答えた。


「行きます」


それだけは。


覚えていた。


外は。


思っていたより寒かった。


研究所の中とは違う。


風がある。


匂いがある。


遠くで車の音がする。


0は歩いた。


青年の少し後ろ。


「寒い?」


聞かれる。


0は考える。


「……少し」


青年が振り返る。


「へえ」


「何ですか」


「いや」


少し笑う。


「ちゃんと寒いんだなって」


0には意味が分からなかった。


そのまま歩く。


しばらくして。


青年の足が止まった。


0も止まる。


前に。


一人の女がいた。


アルスだった。


0の目が動く。


「アルスさん」


女の身体が。


硬直した。


「……」


アルスは0を見た。


顔。


手。


足。


全部。


見る。


その視線が。


最後に右手で止まった。


「……なんで」


声が掠れていた。


「なんでお前がいるんだい」


0は答えなかった。


答えられなかった。


アルスの口元には。


まだ傷が残っていた。


「近づくな」


0の足が止まる。


「……」


「聞こえなかったのかい」


アルスの声が震える。


「近づくなって言ってんだよ!!」


0は動かない。


青年も。


何も言わなかった。


アルスは青年を見る。


「お前が連れてきたのか」


「一緒に出てきただけ」


「ふざけんな!!」


「ふざけてないよ」


「じゃあなんでここにいる!!」


青年は答えない。


アルスは0を見る。


その顔が。


憎しみで歪む。


「お前……」


唇が震える。


「お前が……」


言葉が続かない。


――嫌です。


あの声が。


まだ耳に残っている。


だから。


余計に。


腹が立った。


「なんで……」


涙が出る。


「なんでそんな顔してんだよ……!」


0は何も言わない。


「泣けよ!!」


アルスが叫ぶ。


「謝れよ!!」


0は。


少しだけ口を開いた。


「……」


何を言えばいいのか。


分からない。


謝る。


その言葉は知っている。


でも。


それを言っていいのか。


分からない。


「……すみません」


アルスの顔が変わった。


「言うな!!」


0が止まる。


「そんなの言うな!!」


アルスは自分の頭を押さえた。


「返ってこないだろ……」


声が小さくなる。


「そんなこと言われたって……」


夫は。


帰らない。


子どもも。


帰らない。


「……帰ってこないんだよ……」


0は黙っていた。


アルスが顔を上げる。


涙で濡れた目。


「お前の顔も見たくないよ!!」


0は。


ただ。


「はい」


と答えた。


アルスは背を向けた。


歩き出す。


0も。


一歩。


その後ろへ動いた。


アルスが振り返る。


「ついてくるな!!」


0の足が止まった。


「……はい」


「来るな!」


「はい」


「そこにいろ!」


「はい」


アルスは歩いていく。


振り返らない。


0は。


本当に。


その場から動かなかった。


青年は。


少し離れた場所に立っていた。


0を見る。


「行かないの?」


「ついてくるなと言われました」


「うん」


「そこにいろ、とも」


「言われたね」


0はアルスが消えた道を見る。


「なので、ここにいます」


「いつまで?」


0は考えた。


「……分かりません」


青年が笑った。


「そっか」


0は立ったまま。


道を見る。


「イース」


「なに?」


「アルスさんは」


一度。


言葉が止まる。


「僕を嫌いですか」


青年はすぐには答えなかった。


「たぶんね」


「そうですか」


「うん」


0はまた道を見る。


「……僕は」


青年が待つ。


「アルスさんを嫌いですか」


「それは僕に聞くこと?」


0は黙る。


ポケットの中。


指輪へ触れる。


「……分かりません」


「じゃあ」


青年は0の隣を通り過ぎた。


「分かるまで、そのままでいいんじゃない?」


0が振り返る。


青年は手を振った。


「僕、ちょっと用事あるから」


「戻りますか」


青年の足が止まる。


一瞬だけ。


「さあ」


いつもの調子で笑う。


「その時になったら考えるよ」


そして。


青年は歩いていった。


0だけが。


そこに残った。


朝。


アルスは目を覚ました。


眠ったのかどうかも分からなかった。


椅子に座ったまま。


窓の外を見る。


明るい。


家の中は。


静かだった。


静かすぎた。


いつなら。


夫がいる。


子どもがいる。


音がする。


今は。


何もない。


アルスは目を閉じた。


昨夜の顔が浮かぶ。


0。


あの顔。


「……」


立ち上がる。


「知らないよ……」


誰に言ったのか。


自分でも分からない。


「勝手にしろよ……」


玄関を開ける。


昨日の場所へ戻る。


自分でも。


何故戻っているのか分からなかった。


追い払った。


来るなと言った。


顔も見たくないと言った。


だから。


いなくなっていればいい。


そう思っていた。


角を曲がる。


アルスの足が。


止まった。


「……」


いた。


昨日と。


ほとんど同じ場所。


0が。


立っていた。


アルスはしばらく。


何も言えなかった。


やがて。


「……何してんだい」


0が顔を上げる。


「待っています」


「何を」


「分かりません」


アルスの顔が歪む。


「……馬鹿じゃないのかい」


0は答えない。


「ついてくるなって言っただろ」


「はい」


「だったら帰りな」


0は少し考えた。


「どこへですか」


アルスの口が。


止まった。


研究所。


そこへ戻せば。


何が起きるか。


知っている。


昨日。


あの場所から。


この子が出てきた理由も。


聞かなくても分かった。


「……」


「アルスさん」


「呼ぶな」


「はい」


アルスは顔を背ける。


しばらく。


何も言えなかった。


それから。


「……勝手にしな」


歩き出す。


後ろから。


0の声。


「ついて行ってもいいですか」


アルスの肩が跳ねた。


振り返る。


「知らないよ!!」


怒鳴る。


「自分で決めな!!」


0が。


止まった。


アルスはそのまま歩く。


一歩。


二歩。


三歩。


後ろから。


小さな足音がした。


アルスは。


振り返らなかった。

今回の二章では、0が初めてはっきりと「嫌です」と言います。


これまでの「分かりません」とは違って、

誰かに答えを渡されたわけでも、

近かったものを取ったわけでもありません。


ただし、その「嫌です」が出た状況そのものは、ゴイが作ったものでした。


だからゴイ自身が、


「これは選択ではない」


と判断します。


その直後に第六章で出てくるのが、


「僕と来る?」

「行きます」


というやり取りです。


今度は身体を動かされていない。

答えも指定されていない。


そして最後にはアルスから、


「自分で決めな!!」


と言われます。


何を選ぶか以前に、

自分で選ぶということ自体を、0が少しずつ覚え始める二章でした。


アルスについては、この段階では許したわけでもありません。

憎しみも、悲しみも、夫と子どもを失った事実も、そのまま残っています。


それでも最後に聞こえる小さな足音。


ここから、0とアルスの関係が始まります。

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