KillerWorld ―イース編―「守りたいだけで、どこまで相手を消せるのか」
マリは、メリカのもとへ帰るために。
自分の身体を外部から動かされる処置を受ける。
嫌だと言えば。
研究対象としての価値も。
生存維持処置も終わる。
ゴイはそれを。
「選択肢は提示した」
と言う。
青年は。
その言葉に引っかかる。 KillerWorld_イース編_第33章_第34章
処置によって。
マリの身体は。
自分の意思とは関係なく動くようになる。
そして襲撃の日。
その力は。
マリを救う。
メリカの。
「止まって」
という言葉で。
マリの身体は止まった。
メリカはマリを抱きしめる。
「私がいる」
青年は。
その光景を見て。
「綺麗すぎて、気持ち悪い」
と呟く。 KillerWorld_イース編_第33章_第34章
やがて。
マリの身体は。
少しずつ欠け始める。
感覚。
味。
音。
そして。
顔。
メリカは。
マリを失いたくない。
だから。
何でも代わりにやろうとする。
守ろうとするほど。
マリが自分で出来ることまで。
奪っていく。 KillerWorld_イース編_第33章_第34章
ついには。
メリカ自身が。
マリの身体を止められることへ。
「……便利」
と思ってしまう。
マリは言う。
「私、人形じゃないよ」
「じゃあ、自分で動かせて」 KillerWorld_イース編_第33章_第34章
遠くから。
その二人を見る青年。
止めることもできる。
けれど。
まだ。
見ている。
「人が『守りたい』だけで、どこまで相手を消せるのか」
面白い。
そして。
気持ち悪い。
青年の中には。
その両方があった。
第三十三章 糸
マリの定期検査は、三日後だった。
その日も青年は呼ばれていた。
理由は知らない。
端末には、いつもの二文字。
来い。
「……これさ」
(何)
「そのうち『来い』だけで僕の心拍数上がるようになりそう」
(もう上がってるよ)
「測った?」
(顔に出てる)
「顔見えてないでしょ」
(声)
「便利だなあ、君」
研究所へ向かう途中、青年は何度か右手を開いた。
小指。
薬指。
中指。
動く。
ただ。
動かそうと思ってから、実際に動くまでの間が。
昨日より。
少し長い。
「……」
(言わないの)
「誰に」
(ゴイ)
「何を」
(右手)
「問題ないよ」
(今、自分で確認したのに)
「確認して問題ないって分かった」
(嘘)
「仕事」
(違う言葉覚えた方がいいよ)
「嫌だね。気に入ってるから」
研究所。
待合の椅子には。
マリがいた。
「お」
「怪しい人」
「今日は早いね」
「メリカが送ってくれた」
「ここまで?」
「近くまで」
「入らなかったんだ」
「ここ嫌いだから」
「君も言ってたね」
「似たんじゃない?」
「夫婦みたい」
「違う」
「即答」
マリは笑った。
青年は隣へ座る。
「家どう?」
「昨日、喧嘩した」
「早速?」
「喧嘩ってほどじゃないけど」
「何したの」
「私が水取りに行こうとしたら、メリカが自分で行くって」
「優しい」
「最初はね」
「最初は?」
「そのあと、ご飯作るのも」
「うん」
「物資整理も」
「うん」
「外に出るのも」
マリは少し口を尖らせた。
「全部やるって」
「愛されてる」
「それ言えば全部いい話になると思ってる?」
「便利な言葉だからね」
「あなたが言うと怪しい」
「僕が言う言葉、全部怪しいよ」
「知ってる」
少し間。
マリは。
膝の上で両手を重ねる。
「でもね」
「うん」
「私が『自分でできる』って言うと」
「うん」
「メリカ、ちょっと嫌そうな顔する」
青年は。
黙った。
(始まったね)
「……まだ」
(まだって言った)
「独り言」
「悪い友達?」
「悪い友達」
マリは天井を見る。
「何が始まったの?」
「聞こえてた?」
「まだって」
「気のせい」
「嘘」
「半分」
「残り半分」
青年は。
少し考える。
「昔の話」
(僕の?)
「借りるよ」
(使用料)
「そのネタ気に入ったの?」
(君たちが使うから)
青年はマリを見る。
「昔、大きな狼がいた」
「また狼?」
「初めてでしょ」
「あなたの昔話、動物率高い」
「神話ってそういうもん」
(偏見だね)
「黙って」
マリが笑う。
「続けて」
「その狼はね」
一拍。
「まだ何もしてなかった」
「うん」
「でも神々は、将来危険になるって怖がった」
「可哀想」
「でしょ?」
(君がそれ言う?)
「僕は未来だけで人を殺したりしない」
(本当に?)
「……多分」
「続きは?」
「二回、鎖で縛ろうとした」
「狼は?」
「壊した」
「強い」
「三回目」
青年は。
少しだけ。
声を落とす。
「ものすごく柔らかい紐を持ってきた」
「紐?」
「見た目は細い」
「絶対怪しい」
「狼もそう思った」
「賢い」
「だから条件を出した」
「どんな?」
「もし安全なら」
青年は。
自分の右手を見る。
「誰か一人、俺の口へ手を入れろって」
マリの表情が止まる。
「……入れたの?」
「一人だけ」
「その人どうなった?」
「手を失った」
マリは。
しばらく黙った。
「何で入れたの」
青年。
すぐには答えない。
(分かってたから)
「……多分」
マリを見る。
「狼を縛るなら」
一拍。
「自分も何か失うって分かってたから」
「それでもやった?」
「うん」
「馬鹿じゃん」
青年は。
少し笑った。
「僕もそう思う」
(君が?)
「何」
(よく言えるね)
「僕は手まだあるし」
(感覚は?)
青年の笑み。
止まる。
「……君、今日嫌なところ突くね」
「何?」
「こっちの話」
検査室。
ゴイは。
いつも通り。
端末。
数字。
マリの右手。
「出せ」
マリが袖から手を出す。
指。
震えは小さい。
「感覚は」
「ある」
「これは」
圧。
「分かる」
「これは」
「分かる」
「これは」
一瞬。
遅れる。
「……分かる」
青年は壁際。
フード。
腕を組んでいる。
(嘘)
「分かってる」
(君と同じ)
「分かってるって」
ゴイが言う。
「次段階へ移行する」
マリの目が。
少し上がる。
「何するの」
「運動領域への優先命令」
「……何それ」
「外部刺激に対し、対象の運動を優先的に制御する」
マリの顔。
固まる。
「嫌」
青年の目が。
ゴイへ向く。
「拒否するのか」
「嫌」
「では処置を終了する」
マリ。
一瞬。
表情が緩む。
けれど。
ゴイは続ける。
「研究対象としての価値がなくなる」
青年の指が。
袖の中。
止まった。
「生存維持処置も終了する」
マリの顔から。
血の気が引く。
「……」
「選べ」
青年の声。
低い。
「ゴイ」
「何だ」
「それ」
少し。
間。
「選ばせてるって言う?」
「選択肢は提示した」
「便利だね」
「事実だ」
マリが青年を見る。
青年。
口を閉じる。
ゴイ。
「お前は邪魔をするな」
「……分かってる」
マリの指。
きゅっと握られる。
「やったら」
「何だ」
「またここ来ればいい?」
「定期確認は継続する」
「メリカのところにも」
「戻ればいい」
マリ。
目を閉じる。
ほんの一瞬。
「……やる」
青年の右手。
袖の中。
強く握られた。
(狼)
「黙って」
(口へ手を入れた)
「黙れ」
装置が起動する。
マリの右腕。
意思とは関係なく。
ゆっくり。
持ち上がる。
指。
手首。
肘。
肩。
マリ。
自分の腕を見ている。
「……気持ち悪い」
ゴイ。
「次」
腕が下がる。
今度は。
首。
右。
左。
「やめて」
「継続する」
「分かったから」
「まだだ」
青年の呼吸。
少し。
浅くなる。
自分の右手。
動け。
一度。
指。
遅れる。
マリの腕。
勝手に動く。
自分の腕。
動かそうとしても。
遅れる。
(似てる)
「違う」
(何が)
「僕は自分で」
言葉。
止まる。
(選んだ?)
「……」
(マリも選んだ)
「違う」
(どう違う)
「……」
青年は。
答えられなかった。
検査が終わる。
マリは。
椅子へ座ったまま。
しばらく動かなかった。
ゴイは端末へ入力している。
「次回、三日後」
「……うん」
「帰っていい」
その言葉で。
マリの表情が少しだけ戻る。
立つ。
足元。
ふらつく。
青年が反射的に腕を出す。
支える。
「……」
「大丈夫」
「今の台詞、信用ないよ」
「あなたに言われたくない」
「それも何回目?」
マリ。
笑おうとして。
うまく笑えない。
青年は。
支えた手をすぐ離す。
「帰る?」
「うん」
「メリカのところ」
「うん」
「じゃあ行きな」
マリが一歩。
それから。
振り返る。
「ねえ」
「何」
「私」
右手を見る。
「ちゃんと自分で帰れる?」
青年の笑みが。
消える。
「……帰れるよ」
「本当?」
「うん」
「嘘?」
「今日は」
一拍。
「本当」
その夜。
マリはメリカの家へ帰った。
青年は遠くから確認する。
窓。
灯り。
二人。
メリカがマリへ何か言う。
マリが笑う。
普通。
日常。
少なくとも。
外からは。
(安心した?)
「何が」
(帰れた)
「うん」
(紐つけられて)
青年の表情。
止まる。
「言い方」
(違う?)
「まだ違う」
(まだ)
「……」
(君もよく使うね、その言葉)
青年は。
窓から目を逸らす。
「まだ本人が歩いてる」
(うん)
「まだ本人が喋ってる」
(うん)
「まだ本人が嫌って言える」
(うん)
「だから」
(まだ大丈夫?)
青年は。
返事をしなかった。
数日後。
襲撃は突然だった。
警報。
銃声。
人の声。
メリカの家にも。
混乱が届く。
青年は。
少し離れた建物。
ゴイが用意した監視端末の前にいた。
「これ、僕必要?」
「観察しろ」
「新しい実験、僕は邪魔するなじゃなかった?」
「観察は邪魔ではない」
「都合いいなあ」
画面。
メリカ。
マリ。
『こっち!』
メリカがマリの手を掴む。
走る。
その時。
マリの身体が。
止まる。
「……」
『マリ?』
右腕。
上がる。
銃。
メリカへ。
『……逃げて』
青年の背筋。
少し。
固まる。
『何してるの』
『逃げて!』
パンッ。
弾。
メリカの頬を掠める。
『私じゃない!』
マリ。
泣いている。
『止まれないの!』
青年の左手が。
机の縁を掴む。
「ゴイ」
「何だ」
「もう取れたでしょ」
「継続する」
「撃ってる」
「把握している」
「当たったら?」
「そこで終了だ」
青年。
ゴイを見る。
「……君って」
「何だ」
「いや」
画面へ戻る。
『嫌!』
マリの身体。
銃。
『もう嫌!』
顔。
涙。
『マリ。私を見て』
メリカ。
逃げない。
『無理!』
『止まって』
一度。
マリの中。
何か。
動く。
青年は。
分かった。
新しく作られた命令じゃない。
もともと。
マリの中にあったもの。
メリカを頼りたい。
メリカに止めてほしい。
メリカに応えたい。
離れたくない。
そこへ。
メリカが触れる。
『……止まって』
ぴたり。
腕。
止まる。
青年の目。
僅かに開く。
『マリ。私を見て』
首。
ぎぎ。
向く。
『メリカ……?』
『そう。私だよ』
銃。
落ちる。
カラン。
メリカ。
マリを抱きしめる。
『大丈夫』
強く。
『私がいる』
青年の笑み。
消える。
『私がいるから』
静か。
それなのに。
胸の奥。
何か。
引っかかる。
(綺麗だね)
「……うん」
(助けた)
「うん」
(必要とされた)
「うん」
(止めた)
「うん」
(嬉しそう)
青年は。
メリカを見る。
安堵。
涙。
恐怖。
そして。
ほんの僅かに。
満たされた顔。
「……綺麗だね」
(本当に?)
青年の目が。
細くなる。
「綺麗すぎて」
一拍。
「気持ち悪い」
夜。
マリは。
メリカの家で眠っていた。
メリカは。
その手を握る。
『……マリ』
返事はない。
『もう、どこにも行かないでね』
青年は。
監視画面の前。
一人。
ゴイはもういない。
マリの指。
動く。
きゅ。
メリカの手を。
握り返す。
『……マリ?』
返事はない。
ただ。
手だけ。
離さない。
(本人?)
「知らない」
(命令?)
「知らない」
(メリカ?)
「知らないって」
(じゃあ何)
青年は。
画面を見る。
「握った」
(それだけ)
「それだけ」
メリカ。
安心したように。
マリの手を両手で包む。
「今のメリカには」
一拍。
「それで十分なんだろうね」
研究所を出たあと。
青年の右脚から。
突然。
力が消えた。
「……っ」
膝。
床。
肩。
壁へぶつかる。
右手。
つく。
はずだった。
動かなかった。
身体が。
そのまま落ちる。
「……」
(イース)
「平気」
(転んだ)
「座っただけ」
(勢いよく?)
「疲れてるからね」
(右手)
「動く」
動かす。
動かない。
「……」
(動かないね)
「ちょっと待って」
一秒。
二秒。
三秒。
小指。
動く。
薬指。
少し。
「ほら」
(狼)
「今それ?」
(柔らかい紐)
「黙って」
(見た目は細い)
「黙れって」
(気づいた時には)
「……」
(切れない)
青年は。
左手で右腕を持ち上げる。
膝へ置く。
「僕は狼じゃないよ」
(じゃあ誰)
「知らない」
(手を入れた男?)
「それも嫌」
(神々?)
「もっと嫌」
(じゃあ)
声。
少しだけ。
柔らかくなる。
(君は何を守るために、そこまで差し出してる?)
青年。
答えない。
0。
白い部屋。
空欄。
まだ。
終われない。
「……さあね」
(嘘)
「うん」
(珍しい)
「何が」
(認めた)
青年は。
左手で壁を掴む。
一度。
失敗。
二度目。
立つ。
右脚。
遅れて。
ついてくる。
「帰ろ」
(どこへ)
「寝るところ」
(帰りたいところじゃなくて?)
「……しつこいなあ」
(マリはあるよ)
「知ってる」
(君は?)
青年は。
少しだけ。
空を見る。
「まだ」
(またそれ)
「便利なんだよ」
一歩。
二歩。
右脚。
遅れる。
「まだなら」
一拍。
「終わってないから」
(そう)
「うん」
青年は。
フードを深く被り直す。
「だから」
歩く。
遅い。
それでも。
止まらない。
「もうちょっとだけ、やるよ」
第三十四章 欠ける
最初に落ちたのは、カップだった。
メリカの家。
朝。
金属製のカップが、マリの手から滑った。
カチャン。
床へ転がる。
中のコーヒーが広がった。
「……あ」
マリは自分の手を見た。
メリカはすぐに駆け寄る。
「熱くなかった?」
「え?」
「手」
指先。
赤い。
「……分かんなかった」
「何が?」
「熱いの」
メリカの表情が変わる。
手を取る。
「これは?」
人差し指。
「分かる」
「これは?」
中指。
「分かる」
「これは?」
「……多分」
「多分って何」
声が。
少し強くなる。
マリが肩を竦めた。
「ごめん」
「違う」
メリカはすぐ言った。
「謝ってほしいんじゃない」
指を握る。
「病院――」
言葉が止まる。
研究所。
白い部屋。
あそこへ戻せば。
また。
何をされる。
「……今日は私が全部やる」
「え?」
「座ってて」
「コーヒーくらい――」
「いいから」
メリカは床を拭き始めた。
マリは。
自分の手を見た。
少しだけ。
寂しそうに。
味。
次は。
それだった。
「これ薄くない?」
マリがスープを飲んで言う。
エレンが一口。
「濃いけど」
「え?」
「むしろ今日濃くない?」
マリ。
もう一口。
「……分かんない」
メリカのスプーン。
止まる。
その次。
音。
「マリ!」
廊下の向こう。
ノア。
マリは振り向かない。
「マリ!」
肩へ触れる。
「……っ」
びく。
「呼んでたよ」
「ごめん。聞こえなかった」
メリカ。
笑おうとする。
「疲れてるだけ」
「そうかな」
「そう」
即答。
マリは。
少しだけ。
メリカを見る。
何か言おうとして。
やめた。
その時。
ぱら。
白いものが。
落ちた。
メリカの目。
それを追う。
「……マリ」
「何?」
「動かないで」
「え?」
頬。
端。
ほんの少し。
欠けている。
血はない。
その下。
肌ではない何か。
メリカの呼吸が。
止まった。
「何これ」
マリが頬へ触れる。
「……」
「痛くないの?」
「分かんない」
「触ってる?」
「触ってるのは」
一拍。
「分かると思う」
「思う?」
メリカの声。
また強くなる。
「マリ」
「ごめん」
「違う!」
メリカ自身が。
その声に驚く。
エレン。
ノア。
遠くから見る。
「……ごめん」
今度は。
メリカが言った。
マリは。
笑った。
「大丈夫」
その笑顔を見て。
メリカは。
さらに怖くなった。
青年がマリと会ったのは。
その翌日だった。
定期検査。
研究所。
マリは。
待合の椅子に座り。
髪で頬を隠していた。
青年は。
何も言わず。
隣へ座る。
「見ないで」
「見てない」
「見た」
「一秒」
「見たじゃん」
「じゃあ一秒分謝る」
「何それ」
マリが。
少し笑う。
青年は。
その頬を見ない。
代わりに。
右手を見る。
マリも。
それに気づく。
「今日」
「何?」
「ちゃんとマリ?」
青年から。
聞いた。
マリが。
少し驚く。
「珍しい」
「答えて」
「分かんない」
「僕には見える」
「本当に?」
「うん」
「嘘じゃない?」
「今日は本当」
マリの肩が。
少し下がる。
「……よかった」
青年。
返事をしない。
(痛いね)
「何が」
(今の)
「黙って」
「また?」
マリが言う。
「悪い友達」
「今日は何て?」
(昔ね)
「ほら始まった」
(ある男が、網を作った)
青年が眉を寄せる。
「網?」
「何の話?」
マリ。
「逃げる男の話らしい」
(その男は、追われていた)
「何したの」
(色々)
「便利なまとめ方」
(川のそばに小屋を作って隠れた)
「賢い」
(暇だったから、糸を結んで網を作った)
「暇潰し?」
(そうかも)
「平和だね」
(追手が来た)
「早い」
(男は網を火へ投げた)
「証拠隠滅」
(そして魚になって川へ逃げた)
マリが笑う。
「魚になれるの?」
「昔話だからね」
(でも追手は、燃え残った網の形を見た)
青年の笑い。
少し。
止まる。
「……あ」
(同じものを作った)
「嫌な予感」
(川へ投げた)
「まさか」
(魚になった男は、その網で捕まった)
マリが。
しばらく黙る。
「自分で作ったものに?」
「そうらしい」
「馬鹿だね」
(君もそう言うんだ)
青年は。
小さく笑う。
「僕も言った」
「何の教訓?」
「さあ」
(便利なものって怖いよね)
声。
静か。
(誰かを捕まえるための形は)
一拍。
(いつか自分も捕まえられる)
青年の右手。
袖の中。
少しだけ。
握られる。
マリが。
彼を見る。
「顔」
「何」
「今、変わった」
「見えないでしょ」
「声」
「……君ら、そこだけ妙に鋭いよね」
「ら?」
「こっちの話」
検査。
ゴイはマリの頬を見ても。
表情を変えなかった。
「進行している」
「治る?」
「修復は可能だ」
マリの顔が。
少し明るくなる。
「じゃあ」
「一時的だ」
消える。
「……どれくらい?」
「不明」
「また崩れる?」
「可能性は高い」
青年は。
壁際。
フード。
黙っている。
「処置して」
マリ。
「次にメリカと会うまででいいから」
青年の目が。
僅かに動く。
ゴイは。
端末を見る。
「必要性がない」
「……え?」
「データ取得に支障はない」
「でも」
「現状で十分だ」
「私の顔」
「対象への影響はむしろ増加している」
青年の指。
壁へ。
かすかに。
触れる。
「……ゴイ」
「何だ」
「それ本人に言う?」
「事実だ」
「便利だね」
「何が」
「事実って」
ゴイは。
青年を見る。
「お前は黙っていろ」
「はいはい」
マリは。
頬へ手を当てる。
「メリカに見られたくない」
「理由は」
「……嫌だから」
「観察上問題ない」
青年の笑みが。
完全に消える。
「ゴイ」
「何だ」
「それ以上は」
一拍。
「僕が邪魔しそう」
ゴイ。
青年を見る。
数秒。
「なら出ろ」
「了解」
青年は。
マリを見る。
「行こ」
「私まだ」
「今日は終わり」
「でも」
「僕が邪魔した」
青年は笑う。
「怒られるの僕だから」
研究所の外。
マリ。
壁へ背を預ける。
「余計なことした」
「僕?」
「うん」
「得意なんだ」
「邪魔するなって言われてるのに」
「言われるとやりたくなるよね」
(嘘)
「黙って」
マリ。
少しだけ笑う。
「ねえ」
「何」
「私」
頬。
触る。
「このままでもマリ?」
「うん」
「顔なくなっても?」
青年の返事。
止まる。
「……」
「答えられない?」
「ずるいなあ」
「何が」
「今それ僕に聞く?」
「だから聞いてる」
青年は。
フードの中。
自分の頬へ触れる。
形。
今日は。
分からない。
「僕は」
一拍。
「そう思いたい」
「思いたい?」
「うん」
「思ってる、じゃなくて?」
「……そこまで強くないんだよ」
マリの目。
少し。
柔らかくなる。
「あなた、たまに正直だね」
「君の前だけ」
「何で」
「似てるから」
「私と?」
「うん」
「どこが」
青年は。
少し考える。
「形が崩れると」
一拍。
「中身までなくなった気がするところ」
マリ。
黙る。
(昔ね)
「まだ続く?」
(魚になった男は捕まった)
「うん」
(元の姿へ戻された)
「良かったじゃん」
(その後、洞窟へ縛られた)
「全然良くなかった」
(逃げる形をいくら変えても)
青年の顔。
少し。
固まる。
(最後には、名前で捕まる)
「……」
「どうしたの?」
マリ。
「友達が嫌なこと言った」
「何て?」
「内緒」
(君は何で捕まる?)
「黙って」
(顔?)
「黙れ」
(声?)
「……」
(名前?)
青年は。
笑う。
少し。
無理に。
「僕、名前なんかないよ」
マリが。
首を傾げる。
「え?」
「冗談」
「嘘?」
「半分」
家へ帰ったマリは。
メリカに頬を見られた。
「何これ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない」
「検査してもらった」
「何て?」
「大丈夫って」
嘘。
マリ。
自分でも分かる。
メリカは。
信じない。
「次から私も行く」
「来なくていいよ」
「行く」
「メリカ」
「行くから」
「……」
その夜。
マリが水を取りに立つ。
「私がやる」
メリカも立つ。
「いいよ」
「座ってて」
「水くらい取れる」
「転んだら?」
「転ばない」
「見えてない時あるでしょ」
「あるけど」
「聞こえない時も」
「でも」
「手も分かんないんでしょ」
「……」
「だから」
メリカ。
水を取る。
「私がやる」
マリは。
椅子へ座ったまま。
メリカの背中を見る。
「全部?」
メリカ。
止まる。
「何?」
「私のこと」
一拍。
「全部、メリカがやるの?」
「必要なら」
「私が出来ることも?」
「出来なくなるかもしれない」
「まだ出来る」
「でも」
「まだ」
メリカの目。
僅かに揺れる。
「まだって何」
「そのまま」
「マリ」
「私が出来ることまで取らないで」
「取ってない」
「取ってるよ」
「取ってない!」
声。
大きい。
二人。
止まる。
「……ごめん」
メリカ。
先に。
「でも」
唇。
震える。
「またいなくなったらどうすればいいの」
マリ。
何も言えない。
「父さんも」
一人。
「あの人も」
二人。
「マーサも」
三人。
「前のマリも」
四人。
「みんな」
メリカの声。
小さくなる。
「勝手にいなくなる」
マリは。
ゆっくり立つ。
メリカのところへ。
「私はいるよ」
「今は」
その言葉。
マリの足が止まる。
メリカ自身も。
気づく。
「……違う」
「ううん」
「違うの」
「分かってる」
「違う」
メリカは。
マリを抱きしめる。
「だから」
一拍。
「私が全部やるから」
マリ。
目を閉じる。
抱き返す。
でも。
その手。
ほんの少し。
遅れた。
数日後。
ノアがメリカへ聞く。
「メリカさん、これどうすればいいですか?」
「見せて」
資料。
メリカ。
答える。
「やっぱりメリカさんに聞くと早いです」
胸。
温かい。
「また分からなかったら聞いて」
エレン。
横から。
「ノア、自分で考えなよ」
「え」
「毎回メリカに聞いてたら覚えないでしょ」
「別にいいよ」
メリカ。
「聞いてくれるなら答えるから」
「でも」
「人は一人で全部できる必要ないでしょ」
エレン。
眉。
少し寄る。
「頼るのと、考えなくなるのは違うよ」
メリカ。
表情。
止まる。
昔。
マーサ。
――自分でできることは自分でやれ。
「……その話やめよ」
「メリカ」
「やめて」
少し離れたところ。
マリが。
全部。
見ていた。
夜。
メリカの家。
マリが立つ。
「水」
「私が取る」
「いいよ」
「座って」
「メリカ」
「座って」
どくん。
マリの身体。
止まった。
「……」
マリの顔。
固まる。
「また」
メリカの目。
開く。
「ごめん」
「メリカ」
「違う」
「足」
「違うって」
「動かない」
メリカ。
息。
「動いて」
どくん。
マリの足。
動く。
一歩。
二人。
黙る。
「……」
マリが。
メリカを見る。
「今」
「違う」
「私を止めた?」
「違うって!」
メリカの声。
震える。
怖い。
自分でも。
分かる。
なのに。
胸の奥。
どこか。
安心している。
止められる。
行かせない。
守れる。
「……便利」
言ってから。
メリカ自身が。
凍った。
マリの顔。
傷つく。
「今」
「違う」
「便利って言った」
「違う!」
メリカが。
自分の口を押さえる。
「ごめん」
マリ。
少し。
後ろへ下がる。
「メリカ」
「ごめん」
「私」
一拍。
「人形じゃないよ」
メリカの顔。
崩れる。
「分かってる」
「本当に?」
「分かってる!」
「じゃあ」
マリの声。
震える。
「自分で動かせて」
沈黙。
メリカ。
答えられない。
その夜。
青年は。
遠くから。
家の灯りを見ていた。
(網)
「……うん」
(便利だね)
「うん」
(止められる)
「うん」
(離れない)
「うん」
(守れる)
「うん」
青年の顔。
笑っていない。
(でも)
「分かってる」
(魚も捕まる)
「分かってるって」
(作った本人も)
「……」
しばらく。
風。
夜。
二つの影。
窓の向こう。
メリカ。
マリ。
(君は止めないの)
「邪魔するなって言われてる」
(それ守るんだ)
「仕事だから」
(嘘)
「半分」
(残り半分)
青年は。
自分の右手を見る。
指。
動かす。
一拍。
遅れる。
「見たいんだよ」
(何を)
「どこまで行くのか」
声。
静か。
「人が」
一拍。
「『守りたい』だけで」
メリカを見る。
「どこまで相手を消せるのか」
(面白い?)
青年。
少し考える。
「うん」
正直に。
「面白い」
(気持ち悪い?)
「うん」
窓。
マリ。
「すごく」
青年は。
フードを深く被る。
「両方ある」
歩き出す。
(それでいいの)
「何が」
(見てるだけで)
青年は。
足を止めなかった。
「……まだ」
(また)
「うん」
笑う。
「まだね」
第三十三章「糸」/第三十四章「欠ける」でした。
今回は。
「守ること」と「支配すること」の境目が中心です。
メリカは。
マリを傷つけたいわけではありません。
むしろ。
二度と失いたくない。
だから。
代わりにやる。
止める。
行かせない。
守る。
でも。
それを重ねるほど。
マリ自身の選択は減っていきます。
そしてマリの。
「私、人形じゃないよ」
で。
その線が一気に見えるようになります。 KillerWorld_イース編_第33章_第34章 KillerWorld_イース編_第33章_第34章
青年も。
今回は完全な傍観者ではありません。
マリの崩壊と。
自分の身体の崩壊を。
ずっと重ねて見ています。
それでも。
すぐには止めない。
なぜなら。
どこまで行くのか見たい。
そこに。
観察者としての青年と。
人間として引っかかっている青年。
その両方が残っています。
だから最後も。
答えはまだ出ない。
「まだね」
で終わります。




