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『KillerWorld ―七つ目の答え―』  作者: ザクロ
イース編

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35/57

KillerWorld ―イース編―「本人が『ここにいる』って言うなら」

研究所で出会った少女・マリ。

彼女はゴイによって、顔も声も記憶も仕草も再現された存在だった。

本物か。

偽物か。

青年は答えを決めない。

ただ。

メリカに抱かれたマリを見て。

「今、抱かれてる子」

「それで十分じゃない?」

と考える。 KillerWorld_イース編_第31章_第32章_修正版

その後。

マリはメリカの家を。

「帰るところ」

と呼ぶようになる。

研究所は来る場所。

検査が終われば。

メリカのもとへ帰る。

青年には。

寝る場所はあっても。

「帰りたい場所」は答えられない。

そんな彼の頭に浮かぶのは。

白い部屋と。

0だった。 KillerWorld_イース編_第31章_第32章_修正版

形が崩れても。

何かを失っても。

それでも帰りたい場所があるなら。

どこまで差し出せるのか。

マリを見送りながら。

青年は少しだけ。

自分も同じなのかもしれないと認める。

「僕も」

「似たようなもんかもね」





第三十一章 代用品


 呼び出しは、いつも通り突然だった。


 端末が一度震えた。


 来い。


 青年は画面を見たまま、しばらく動かなかった。


「……今?」


(今って書いてないよ)


「来いって書いてある時点で今でしょ」


(明日行けば)


「君、ゴイ相手になると急に無責任だよね」


(君が真面目すぎるんだよ)


「僕が?」


(呼ばれたら行く。使われたら働く。壊れても隠す)


「プロだからね」


(昔、似たようなのがいた)


「また始まった」


 青年は身体を起こした。


 右脚を床へ下ろす。


 一拍。


 遅れて感覚が戻る。


「今日は誰?」


(誰って?)


「神様。また君の昔話でしょ」


(ある男)


「自分とは言わないんだ」


(昔話だから)


「便利だなあ」


 右手を開く。


 薬指だけが遅い。


 青年はそれを見てから、洗面台へ向かった。


 鏡。


 右目と左目の高さが違う。


 口元には、昨日使った誰かの笑い方が残っていた。


 鼻筋を直す。


 右目が変わる。


 右目を直す。


 顎がずれる。


「……もういいや」


(諦め早くなったね)


「合理化」


 フードを深く被る。


 口元も隠す。


(昔、その男は女の髪を全部切った)


「いきなり最低」


(寝てる間に)


「さらに最低」


(怒られた)


「当たり前だよ」


(殺されそうになった)


「妥当」


(だから小人たちのところへ行った)


「謝りに?」


(新しい髪を作らせに)


 青年の手が止まった。


「……代わり?」


(金の髪。前より綺麗で、伸びる)


「壊したから新品持ってきましたって?」


(結果だけ見れば改善)


「君、それ本気で言ってる?」


(君なら?)


 青年は鏡の中を見る。


 いくつもの誰かが薄く混じっている。


「壊したことは消えないよ」


(でも女は新しい髪を得た)


「それも本当」


(じゃあ男は善人?)


「違う」


(悪人?)


「それだけでもない」


(面倒だね、人間)


 青年は笑った。


「君が言う?」


* * *


 研究所の白い廊下。


 処置室から少女が出てきた。


 青年は通り過ぎかけて。


 止まった。


 右手。


 袖の中。


 指先。


 ほんの僅かに輪郭が揺れている。


 少女も青年を見る。


「……何?」


「いや」


「見てた」


「美人だったから」


「嘘」


 即答だった。


 青年の眉が上がる。


「早いね」


「そういう言い方する人、大体嘘」


「偏見」


「じゃあ本当?」


「半分」


「残り半分」


「手」


 少女の表情が消える。


 すぐ袖を引いた。


「見ないで」


「ごめん」


 青年は本当に目を逸らした。


 少女は逆に、彼を見る。


「あなたも隠してる」


「何を?」


「顔」


「見えてるでしょ」


「見えてるけど」


 少女は少し近づいた。


「目と口が、違う人みたい」


 青年の笑みが。


 ほんの一瞬。


 遅れた。


(当たり)


「黙って」


「誰と話してるの?」


「悪い友達」


(ひどいな)


「悪くないの?」


(昔は色々)


「今もだよ」


 少女が笑う。


「変なの」


「よく言われる」


「痛い?」


 青年の視線が戻る。


「何が」


「顔」


「……君、質問多いね」


「答えたくない?」


「仕事柄、質問には質問で返すことにしてる」


「何の仕事?」


「嘘つき」


「それ仕事なの?」


「結構忙しいよ」


 少女は少し考えて。


「私はマリ」


 青年の目が僅かに変わった。


「……マリ」


「知ってる?」


「今知った」


 奥。


 扉が開く。


 ゴイ。


「マリ」


「はい」


「入れ」


 マリの姿勢が僅かに硬くなる。


「また?」


「確認する」


「……分かった」


 歩き出しかけて。


 マリが青年を見る。


「ねえ」


「何?」


「今日、ちゃんとマリに見える?」


 青年は。


 数秒。


 彼女を見る。


 目。


 鼻。


 頬。


 声。


 立ち方。


「僕にそれ聞く?」


「だから聞いてる」


(答えてあげれば)


「君、急に優しいね」


「何?」


「こっちの話」


 青年は笑う。


「見えるよ」


「本当?」


「今日は本当」


 マリは少し安心したように笑い。


 処置室へ消えた。


 扉が閉まる。


(似てるね)


「僕と?」


(形を保つ)


「僕は自分でやってる」


(今も?)


「……嫌な言い方」


(君、さっき鏡に負けてたよ)


「今日は休戦しただけ」


* * *


 ゴイの机。


 新しい資料。


 メリカ・ルクシア。


 父親。


 消失。


 若い男。


 消失。


 マーサ。


 死亡。


 マリ。


 青年の指が止まる。


「さっきの子」


「そうだ」


「何なの、あれ」


「新しい実験だ」


「へえ」


「今回はお前は動くな」


 青年の目が上がる。


「珍しいね」


「邪魔をするな」


「それ、最近好きだね」


「必要だから言っている」


「僕、そんなに邪魔する?」


「する」


「即答かあ」


 青年は資料をめくる。


 半分のパン。


 メリカが何も持っていなかった時。


 何もできなかった時。


 それでもマリは見つけた。


 そして。


『私、貴女が必要なんだから!』


 青年の指が止まる。


「……強いな」


「何がだ」


「この言葉」


「対象の依存形成に重要な記憶だ」


「違う違う」


 青年は苦笑した。


「君と話すと全部そうなるね」


「事実だ」


「そういうところだよ」


 ページ。


 マリ。


「これを再現した?」


「必要な要素を構成した」


「顔」


「ある」


「声」


「ある」


「記憶」


「ある」


「仕草」


「ある」


「本人?」


 ゴイは青年を見る。


「質問の意味がない」


「君ならそう言うと思った」


 青年は笑う。


(昔ね)


「今?」


(ある女がいた)


「資料読んでる最中なんだけど」


(神々が老いないために必要な実を持っていた)


 青年の目。


 ほんの僅かに止まる。


「……その話か」


(男はその女を外へ誘い出した)


「嘘ついて?」


(もっと良い実を見つけた、と)


「詐欺師じゃん」


(君が言う?)


「同業として評価してる」


(女は攫われた)


「最悪」


(女がいなくなると、神々は老いた)


「人じゃなくて機能見てる」


(だから神々は、男を捕まえた)


「自業自得」


(戻してこなければ殺す、と)


「……」


 青年は。


 資料のマリを見る。


「で、その男」


(鳥の羽を借りて、女を助けに行った)


「自分で連れ出して?」


(そう)


「それで英雄?」


(結果だけなら)


「結果だけならね」


 ゴイが青年を見る。


「何を笑っている」


「昔話」


「不要だ」


「君、神話嫌い?」


「必要性がない」


「便利だよ」


「何に」


「人間って昔から同じことしてるって分かる」


 青年は資料を閉じた。


「壊して」


 一拍。


「代わりを置いて」


「意味がない」


「戻して」


 ゴイを見る。


「救った顔する」


「意味がないと言った」


「はいはい」


 立つ。


「邪魔しないよ」


「そうしろ」


* * *


 数日後。


 青年は遠くから、再会を見た。


 メリカ。


 マリ。


『……誰』


『メリカ?』


『その名前で呼ばないで』


 拒絶。


 死んだ。


 見た。


 抱いた。


 冷たくなった。


 マリは。


 泣いた。


『会いたかった』


 その一言で。


 メリカの身体が動いた。


 抱きしめる。


『マリ』


『うん』


『マリ……』


『いるよ』


 青年は。


 黙って見る。


(どう?)


「何が」


(代わり)


「……その言葉嫌い」


(さっきまで君もそう思ってた)


「僕が思うのと、君が言うのは違う」


(面倒)


「人間なんてそんなもん」


 メリカ。


 マリの背中を離さない。


(本物?)


「知らない」


(偽物?)


「知らない」


(じゃあ何)


 青年は。


 ゆっくり。


 答える。


「今、抱かれてる子」


(それだけ?)


「それで十分じゃない?」


(君なら?)


「僕?」


(誰かが君を完全に再現したら)


 青年の笑み。


 一瞬。


 止まる。


「……趣味悪いね」


(君なら、それを君だと思う?)


「思わない」


(即答)


「だって僕はここにいる」


(いつまで?)


「……」


(顔がなくなって)


「黙って」


(声がなくなって)


「黙れって」


(記憶が混ざっても?)


 青年は。


 しばらく。


 何も言わない。


 そして。


「それでも」


 マリを見る。


「本人が『ここにいる』って言うなら」


 一拍。


「その間くらい、信じてもいいんじゃない」


* * *


 その日から。


 マリの帰る場所は。


 メリカの家になった。


 朝。


 二つのカップ。


 食事。


 夜。


 同じ家。


 ただし。


 定期的に。


 ゴイはマリを研究所へ呼んだ。


 状態確認。


 検査。


 調整。


 終われば。


 マリはまたメリカの家へ帰る。


 青年も。


 突然呼ばれる。


 だから。


 二人は。


 時々。


 研究所で会った。


「今日、ちゃんとマリに見える?」


「見えるよ」


「本当?」


「半分」


「どっち」


「今日は全部」


「紛らわしい」


「嘘つきだからね」


(楽しそうだね)


「何が」


(新しい髪)


 青年の笑みが。


 少し止まる。


「……違うよ」


(何が)


「マリは」


 一拍。


「髪じゃない」


(じゃあ何)


 青年は。


 メリカの家へ帰っていくマリの背中を見る。


「まだ分かんない」


(珍しい)


「分かんなくていいこともあるんだよ」


(君が?)


「僕が」


 青年は。


 小さく笑った。


「たまにはね」


第三十二章 帰る場所


 次にマリと会ったのは。


 一週間ほど後だった。


 青年は。


 ゴイに呼ばれた。


 マリは。


 定期検査。


 白い廊下。


 待合の椅子。


 マリが一人。


 青年を見ると。


「怪しい人」


「定着したね、それ」


「名前教えないから」


「知ったら危ないよ」


「何が」


「好きになる」


「気持ち悪い」


「即答が増えてきたね」


 青年は隣へ座る。


 マリはフードを見る。


「今日も隠してる」


「プロだから」


「何の」


「見せない方」


「何を?」


「色々」


「顔?」


「色々」


「手?」


「色々」


「声?」


「……君、最近遠慮ないね」


「慣れた」


(気に入られてるね)


「うるさい」


「また友達?」


「悪い方」


(昔ね)


「早いな今日」


「何の話?」


 マリが聞く。


「帰る話らしい」


(ある女を攫わせた男がいた)


「それ前も聞いた」


(続き)


「シリーズものだったんだ」


(女がいなくなって神々は老いた)


「うん」


(だから男は助けに行かされた)


「知ってる」


(鳥になって飛んだ)


「そこも」


(女を見つけて)


「うん」


(木の実に変えた)


 青年が。


 少し黙る。


「……何?」


 マリが笑う。


「どうしたの」


「今さらっと怖いこと言った」


(運びやすかったから)


「理由雑!」


「女の人どうしたの?」


 マリが聞く。


「木の実にされた」


「え?」


「運ぶために」


「本人の許可は?」


 青年は頭の奥へ聞く。


(記録にない)


「ないって」


「また?」


「昔話、作られた側の意見少ないんだよ」


(助かったんだからいいじゃない)


「良くないよ」


(帰れた)


「それと木の実にされたことは別でしょ」


「……あなた、それよく言うね」


 マリ。


「何が?」


「別だって」


 青年の目が僅かに動く。


「そう?」


「この前も」


「覚えてるんだ」


「忘れないよ」


 その言葉。


 青年の笑みが。


 ほんの少し。


 遅れた。


* * *


「家どう?」


「好き」


「早い」


「だって帰るところだから」


 青年の顔。


 止まる。


「……帰るところ」


「うん」


「研究所じゃなくて?」


「ここは来るところ」


 マリは指を折る。


「呼ばれる」


「うん」


「検査する」


「うん」


「色々聞かれる」


「うん」


「終わったら帰る」


「どこへ」


「メリカの家」


 少し。


 嬉しそう。


「いいね」


「何が」


「帰る場所あるの」


「あなたは?」


「寝る場所なら」


「違う」


「何が違うの」


「帰りたい場所」


 青年の答えが。


 止まる。


(白い部屋)


「黙って」


(0)


「今その話じゃない」


「誰と喧嘩してるの?」


 マリ。


「昔話の人」


「神様?」


「どうだろうね」


(神様扱いされたこともある)


「調子乗るな」


「面白い」


 マリが笑う。


「で?」


「何が」


「帰りたい場所」


「そのうち探す」


「そのうち?」


「長生きしたらね」


 マリ。


 笑わない。


「そういうの嫌」


「何で」


「死ぬみたい」


「人は死ぬよ」


「そういう話じゃない」


(怒られたね)


「君は黙って」


(女はちゃんと帰った)


「木の実にされてね」


(でも帰った)


「それを恩着せがましく言うのが嫌なんだよ」


(じゃあ聞くけど)


「何」


(彼女が帰りたい場所へ戻せたなら、それでも駄目?)


 青年の口が。


 少し止まる。


「……」


「どうしたの?」


 マリ。


「難しい質問された」


「誰に?」


「悪い友達」


「答えは?」


 青年は。


 少し考える。


「帰したことは良い」


(うん)


「攫わせたことは悪い」


(うん)


「両方」


(やっぱり面倒)


「君が単純すぎるんだよ」


* * *


 マリは。


 メリカとの生活を話した。


「今日ね、朝ご飯焦がした」


「君が?」


「メリカ」


「意外」


「私が作るって言ったのに」


「優しいじゃん」


「優しい」


 即答。


「でも」


「うん」


「最近、何でもやろうとする」


「例えば」


「物資取り」


「うん」


「私が行くって言ったら、自分が行くって」


「心配なんでしょ」


「エレンも一緒」


「それでも?」


「うん」


 マリは。


 少し考える。


「私、一人で出来るって言ったら」


「うん」


「ちょっと寂しそうな顔した」


 青年は。


 何も言わない。


(囲ってる)


「まだ」


(まだ?)


「黙って」


「また?」


 マリが聞く。


「悪い友達が意地悪言ってる」


「何て?」


「言わない」


「何で」


「君が気にする」


「もう気になる」


 青年は。


 少し困ったように笑う。


「昔ね」


(勝手に取らないでよ)


「君の話借りる」


(使用料)


「誰かさんが言ってたね」


 青年はマリを見る。


「狼がいた」


「狼?」


「神々が怖がった」


「悪い狼?」


「まだ何もしてない」


「……それで怖がられたの?」


「将来危ないって」


「酷い」


「だから鎖で縛ろうとした」


「逃げた?」


「二回壊した」


「強い」


「三回目」


 青年の声。


 少しだけ落ちる。


「柔らかい紐を持ってきた」


「弱そう」


「狼もそう思った」


(僕の話)


「いいから」


「続けて」


 マリが笑う。


「狼は怪しんだ」


「うん」


「だから条件を出した」


「どんな?」


「もし安全なら」


 一拍。


「誰か一人、俺の口の中へ手を入れろって」


 マリの笑顔が消える。


「……入れた人いた?」


「一人」


「その人どうなったの」


「手、なくした」


 沈黙。


「何で入れたの」


「分かってたからじゃない?」


「何を」


「狼を縛るなら」


 青年は自分の右手を見る。


「自分も何か失うって」


 マリ。


 青年の手を見る。


「それ」


「何」


「あなたの話?」


「昔話」


「嘘」


「半分」


「どっち」


「……」


 青年は笑う。


「昔話って便利だよね」


* * *


 検査。


 ゴイ。


 いつも通り。


「右手」


 マリの表情が僅かに止まる。


「問題ない」


「出せ」


 袖から。


 右手。


 小指。


 少し震える。


「感覚は」


「ある」


「強度」


「普通」


 ゴイが指先へ圧をかける。


「これは」


「分かる」


「これは」


「分かる」


「これは」


 少し。


 間。


「……分かる」


 青年は。


 壁際から見ている。


 嘘。


 すぐ分かる。


 自分も。


 毎日同じことをしている。


(似てる)


「黙って」


(さっき自分で言った)


「何を」


(本人が帰りたいならいいって)


「うん」


(でも、この子は何を失ったら帰れなくなる?)


 青年の目が。


 少し。


 細くなる。


 マリ。


 ゴイに聞く。


「次いつ?」


「三日後」


「また?」


「問題か」


「……別に」


「遅れるな」


「分かった」


 少し間。


「帰っていい?」


「ああ」


 その瞬間。


 マリの表情が明るくなる。


 青年は。


 それを見る。


(帰る場所)


「うん」


(そこへ戻るためなら)


「……」


(何を差し出す?)


「黙ってろ」


* * *


 廊下。


 マリが息を吐く。


「帰れる」


「そんなに嫌?」


「ここ嫌い」


「白いから?」


「それも」


「匂い?」


「それも」


「ゴイ?」


「それも」


 青年が笑う。


「正直だなあ」


「メリカの家の方がいい」


「何が」


「全部」


「朝ご飯焦がすのに?」


「それでも」


「心配しすぎるのに?」


「……それでも」


「何でもやろうとするのに?」


「たまに嫌」


「そこは嫌なんだ」


「でも帰りたい」


 青年は。


 その答えを。


 少し長く聞いていた。


「そっか」


「うん」


「じゃあ帰りな」


「あなたは?」


「まだ呼び出し」


「可哀想」


「本当にね」


 マリが歩き出す。


 数歩。


 振り返る。


「ねえ」


「何」


「今日」


 頬へ触れる。


「ちゃんとマリだった?」


 青年は。


 マリを見る。


 しっかり。


 今日は。


 見える。


「うん」


「本当?」


「本当」


 マリは笑う。


「じゃあね」


「また」


「またね」


 去っていく。


 メリカのところへ。


* * *


(木の実)


「まだ言う?」


(運ばれて)


「うん」


(帰った)


「うん」


(でも女が帰りたかったかは記録にない)


「そうだね」


(狼は、縛られると分かってた)


「うん」


(手を入れた男も、失うと分かってた)


「うん」


(じゃあマリは?)


 青年。


 足が止まる。


(どこまで分かってる?)


「……」


(帰れるなら)


 声。


 静か。


(どこまで差し出す?)


 青年は。


 マリが消えた廊下を見る。


「分かってても」


 一拍。


「帰りたいんだろうね」


(君も?)


 0。


 白い部屋。


 青年は。


 少しだけ。


 笑う。


「僕も」


 右手を。


 袖の奥へ隠す。


「似たようなもんかもね」


(狼?)


「違う」


(手を入れた方?)


 青年は。


 歩き出す。


「さあ」


(答えないんだ)


「まだ」


 フードの奥。


 笑う。


「神話になるには早いでしょ」

第三十一章「代用品」/第三十二章「帰る場所」でした。

今回は、青年とマリをかなり強く重ねています。

マリは毎回、

「今日、ちゃんとマリに見える?」

と聞く。

青年もまた。

鏡を見るたびに。

自分がまだ自分なのかを確認している。

だから青年は。

マリを簡単に「偽物」と切り捨てられません。

「本人が『ここにいる』って言うなら、その間くらい、信じてもいい」

という言葉は。

マリだけでなく。

青年自身にも返っています。 KillerWorld_イース編_第31章_第32章_修正版

そして今回もう一つ大きいのが。

「帰る場所」。

メリカの家には。

不満もある。

心配されすぎることもある。

それでもマリは。

「でも帰りたい」

と言う。

完璧だから帰るのではなく。

自分でそこを帰る場所に選んでいる。

青年も。

まだ答えにはしていませんが。

0を思い浮かべるようになりました。 KillerWorld_イース編_第31章_第32章_修正版

最後の問いは。

「帰れるなら、どこまで差し出す?」

マリにも。

青年にも。

同じようにかかっています。

まだ答えは出ません。

だから最後は。

「神話になるには早いでしょ」

まだ終わらず。

もう少し先へ進みます。

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