KillerWorld ―イース編―「まだ立ってる」
あらすじ
菅原朔の観察を終えた青年は、研究所へ戻る。
だが。
身体の異変は、もう誤魔化せる段階を越え始めていた。
右手の感覚が遅れる。
顔の戻りが遅れる。
そして何より。
鏡に映った自分を見て。
一瞬。
「誰だ」
と思った。
それでも青年は。
ゴイへは言わない。
弱っていると知られれば。
自分がどう扱われるか分からない。
だから。
いつもの顔で。
いつもの笑い方で。
報告を続ける。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
菅原について。
青年はゴイへ説明する。
朔は家族を失ったのではない。
もう失っていた。
ただ。
「失ったことを、失ったままにできなかった」
そして青年は言う。
「残ってほしいのと」
「残らせるのは、違う」
けれどゴイにとって。
それは結果の差にはならない。
人間を「結果」として見るゴイと。
その途中にある感情や選択へ引っかかり始めた青年。
二人の見ているものは。
少しずつずれ始める。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
一方。
ゴイは青年自身の異変にも気づいていた。
右手。
顔。
維持解除後の残留。
火災現場で。
青年が窓へ映る顔を確認したことまで。
見られていた。
それでも青年は。
笑ったまま言う。
「今のところ合格でしょ?」
ゴイの答えは。
「継続可能だ」
青年は。
その言葉に安心した顔だけは。
絶対に見せなかった。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
だが。
監視カメラの届かない場所まで来た瞬間。
青年は壁へ手をつく。
そして。
初めて認める。
「あれはまずい」
怖いのは。
手が動かなくなることではない。
顔を間違えていても。
自分が間違えていることすら。
分からなくなること。
「……怖いよ」
それでも。
ゴイには言えない。
役に立たない駒と判断された時。
自分がどうなるか分からないから。
だから青年は。
壊れていることを隠し。
まだ動けるふりをする。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
そして。
次の対象。
カルロス・ヴィダル。
他人を見て。
比べて。
足りないものを見つけ。
自分へ足していく青年。
カルロス。
その資料を見た瞬間。
頭の奥の声は言う。
「似てる」
青年は否定する。
「僕は、自分がないから、他人になる」
カルロスは違う。
「自分があるのに、自分から消そうとしてる」
だから。
今回は。
ほとんど何もしなくていい。
カルロス自身が。
すでに自分を削り始めている。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
青年は。
休めると思った。
顔を使わなくていい。
潜り込まなくていい。
誰かへ成り代わらなくていい。
ただ観察するだけ。
けれど。
休めば休むほど。
自分の異変が見えてくる。
手の感覚。
口元。
声。
歩き方。
昨日どの顔で外へ出たか。
思い出すまでに時間がかかる。
青年は笑いながら言う。
「壊れてく人間って、意外と忙しいね」
そして。
ふと。
「いつまで僕なんだろうね」
と口にする。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
そんな青年へ。
頭の奥の声は。
昔話をする。
最強だと思っていた男が。
猫を持ち上げられず。
老婆との相撲にも負けた話。
けれど。
猫の正体は。
世界を囲む大蛇。
老婆の正体は。
誰も勝てない「老い」だった。
男は負けた。
でも。
世界を囲む蛇を浮かせ。
老いを相手に。
片膝しかつかなかった。
頭の奥の声は言う。
「負けたから弱かったわけじゃない」
「片膝で済んだなら、結構すごいんじゃない」
青年は。
少しだけ考えて。
「僕も片膝で済めばいいね」
と答える。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
翌朝。
青年には。
本当に一日休めるはずだった。
けれど。
扉を叩いたのは。
ゴイ。
カルロスは。
もう最終段階へ入っていた。
残り差分。
一。
ゴイが青年へ命じる。
「最後の選択肢だけ与えろ」
本当に。
最後の一滴だけ。
青年は。
休みたかった。
顔を使いたくなかった。
怖かった。
それでも。
また仕事用の顔を作る。
なぜなら。
「仕事って言葉」
それは。
怖くても。
嫌でも。
自分が何なのか分からなくても。
進む理由にできるから。
そして。
青年は言う。
「まだ立ってる」
カルロスの最後の一滴を。
置くために。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
# 第二十六章 継続可能
研究所へ戻る前に、青年は一度だけ立ち止まった。
夜はもう明けかけていた。建物のガラスには街灯の黄と薄い朝の光が重なり、その間に自分の顔が浮いている。
青年は何もせず、数秒それを見た。
知っている顔だった。
当然だ。自分で選んだ。研究所へ入るために何度も使ってきた顔。目立たず、表情の幅が狭い。疲れていても違和感が出にくい。
分かっている。
なのに。
さっきまで、その名前が出てこなかった。
「……」
(また?)
「違う」
返事が早かった。
青年自身、それに気づいた。
ガラスへ近づき、頬へ触れる。輪郭。鼻。口元。目。指先で一つずつ形を確かめる。
間違っていない。
次に右手を開く。
握る。
開く。
動く。
ただ、指先へ朝の冷たさが届くまで、ほんの僅かに間がある。一拍にも満たない。知らなければ気づかない程度。
でも。
青年はもう知ってしまっている。
(入るの?)
「報告あるからね」
(ゴイに言う?)
「何を?」
(今の)
青年はガラスから離れた。
「言うわけないでしょ」
(どうして)
自動扉が開く。
青年はいつもの笑い方を作った。
「君、本当にそういうところ分かんないね」
一歩、中へ入る。
「弱ってますって、自分から首輪持ってく奴いる?」
ゴイは、もういた。
白い部屋。白い机。椅子。端末。
その中央には、菅原朔の資料が置かれている。
青年は扉の前で一瞬だけ止まった。
「……また先にいる」
「遅い」
「家燃やして、人一人慰めて、ここまで戻ってきたんだけど」
「予定内だ」
「そう」
青年は椅子を引いて座った。
いつもと同じように脚を組み、背もたれへ軽く身体を預ける。ただし右手だけは机の下へ置いた。ゴイから見えない位置。
「じゃあ報告」
ゴイは端末を見る。
「始めろ」
青年は笑う。
「菅原朔。家族の死亡事実を再認識した」
ゴイの指が動く。
「契機は」
「家」
「正確に」
「家が燃えたこと」
「原因」
青年の笑みは変わらない。
「僕」
ゴイの指も止まらない。
「意図は」
「残ってる材料を一回全部外したかった」
「材料」
「録音。服。新聞。椅子。人形。メモ。あの人、あれ全部使って死んだ家族を生活の中に残してた」
「既知だ」
青年の目が僅かに動く。
「知ってたんだ」
「観察記録にある」
「僕には言わなかったけど」
「必要がなかった」
青年は少し笑った。
「便利な言葉だね、それ」
ゴイは無視する。
「再認識後の反応」
「拒否」
「何を」
青年は少しだけ身体を起こした。
「喪失そのもの。死んでるって思い出した。自分だけ生き残ったことも、自分で家族がいるみたいに部屋を作ってたことも、全部」
「それで」
「泣いた」
「不要だ」
青年の口が止まった。
「……何が?」
「感情描写は不要だ」
一秒。
青年は笑った。
「了解」
声は変えない。
ゴイも気にしない。
「行動を」
「『なくすな』『止まれ』。燃えてる家に能力を使おうとした」
「固定対象として火災現象を選択」
「そう」
「結果」
「失敗」
「当然だ」
「そうだね」
青年は机上の資料へ目を落とす。
「そのあと、『忘れたくない』」
ゴイの指が止まった。
今度は。
ほんの僅かに。
「二度?」
「何が」
「家族を失った事実は、一度認識されている」
「うん」
「そのうえで、再度保持を選択した」
青年はゴイを見る。
「……そういう言い方するんだ」
「何が問題だ」
「家族なんだけど」
「だから何だ」
即答だった。
青年は少しだけ笑う。
「いや。別に」
ゴイは入力を続ける。
「喪失認識後も保持傾向継続。対象、記憶・記録・物品・人物関係を同等に保持手段として扱う」
「同等じゃないよ」
「結果は同じだ」
「違う」
ゴイが青年を見る。
「説明しろ」
青年は口を開きかけた。
母親の録音。
父親の新聞。
妹の椅子。
炎の前で泣いていた朔。
それから。
世界中が泣けば死者を返す。
そんな昔話。
一人だけ。
泣かなかった者。
青年は全部を思い出してから、肩を竦めた。
「……いいや」
「報告にはいらない」
「なら続けろ」
「はいはい」
青年はまた笑う。
いつも通り。
「再認識後、記憶の再固定はしなかった」
「理由」
「逆」
ゴイの指が止まる。
青年は自分のこめかみを指す。
「薄くした」
「お前が?」
「きっかけだけ。『僕が覚えてる』『君は覚えてなくていい』。あとは本人」
「結果」
「家族の顔、名前、火災時の詳細。急速に曖昧化」
「心理的防御反応」
「多分」
「記録依存との整合性」
「あるよ」
青年は資料の一枚を指で押した。
「前は紙だった。自分より記録。今回は僕」
「意味が分からない」
「同じだよ」
青年は笑う。
「自分で持ってると失くす。だから外に置く」
「外部記憶」
青年の眉が僅かに動く。
「そういう言い方嫌いだなあ」
「正確だ」
「でも今回は人間だよ」
「機能は同じだ」
青年は一度だけ黙った。
それから。
「まあね」
認める。
「『僕が覚えてる』って言ったら、手放した」
「対象はお前を記録媒体として選択した」
青年の笑顔が、ほんの僅かに薄くなる。
「本当に嫌な言い方するね」
「事実だ」
「そうだね」
机の下。
右手を握る。
感覚が遅い。
離す。
「でも」
青年は笑わずに続けた。
「あの人、家族を失ったんじゃないよ」
ゴイが見る。
「既に失っている」
「だから」
青年は言う。
「失ったことを、失ったままにできなかった」
「同じだ」
「違うよ」
「結果に差はない」
「ある」
「何だ」
青年は少し考えた。
そして。
「……残ってほしいのと」
一拍。
「残らせるのは、違う」
ゴイは何も言わなかった。
青年も、それ以上説明しない。
頭の奥の声も。
珍しく。
黙っていた。
「以上?」
「菅原はね」
「なら次へ移る」
青年は椅子から立とうとした。
「その前に」
「手」
動きが止まる。
「……何?」
「出せ」
青年の表情は変わらない。
「また?」
「前回から遅延が増えている」
「そう?」
「自覚しているはずだ」
青年は笑う。
「見過ぎじゃない?」
「手」
「仕事に支障は出てないよ」
「聞いていない」
「じゃあ聞かないで」
軽い。
冗談。
いつもの調子。
でもゴイは笑わない。
「出せ」
青年は数秒ゴイを見たあと、仕方なさそうに右手を机へ乗せた。
「はい」
ゴイが手首を取る。
指。
掌。
反応。
「握れ」
「君、医者だったっけ」
「握れ」
青年は握る。
「開け」
開く。
「もう一度」
繰り返す。
ゴイの指が人差し指へ触れる。
「感覚」
「ある」
「遅延」
「少し」
「数値化しろ」
「無理」
「前回より長い」
「じゃあ分かってるじゃん」
「顔」
青年の目が、一瞬だけ止まった。
ゴイは見逃さない。
「何?」
「維持解除後の残留」
「たまにある」
「頻度」
「数えてない」
本当だった。
だからこそ。
青年は少し気に入らない。
「商業施設では複数回確認した」
「よく見てるね」
「火災現場でも一度」
青年の笑顔は残る。
「そう」
「窓を見た」
「見たね」
「何を確認した」
一拍。
「顔」
「なぜ」
「煤ついてないかなと思って」
嘘。
ゴイの目は変わらない。
「もう一度聞く。なぜ顔を確認した」
頭の奥。
(バレてる)
青年は声に出さず返す。
「黙って」
ゴイからは目を逸らさない。
「ちょっと戻りが遅かっただけ」
「それだけか」
「仕事に支障が出たら報告するよ」
「支障の有無はこちらが判断する」
青年はいつものように口角を上げた。
「じゃあ、今のところ合格でしょ?」
ゴイは数秒、青年を見る。
長い。
青年は笑ったまま。
呼吸。
変えない。
目。
逸らさない。
その間にも、右手の感覚が僅かに遅れる。
やがて。
ゴイの指が手首から離れた。
「継続可能だ」
青年は肩を竦める。
「ほら」
安心した顔は。
絶対に。
しない。
「処置」
「いらない」
「必要だ」
「次があるんでしょ」
「処置後に移行する」
「何するの」
「神経反応の確認」
「嫌」
「理由」
「面倒」
「理由になっていない」
青年は笑う。
「じゃあ怖いから」
冗談に聞こえる声。
「それでいい?」
ゴイは青年を見る。
何も言わない。
青年も笑ったまま、先に立った。
「十分動ける。精度も落ちてない。対象も仕上げた」
「仕上げた?」
「言い方」
「お前がそう言った」
「細かいね」
「次の資料を持っていけ」
青年の目が、ほんの少し動く。
処置。
追及。
回避。
成功。
その安堵さえ、顔には出さない。
「了解」
廊下へ出る。
扉が閉まる。
角。
一つ。
二つ。
監視カメラ。
青年は普通に歩く。
足取り。
一定。
肩。
自然。
呼吸。
変えない。
三つ目の角。
カメラが見えなくなる。
そこで。
青年は壁へ手をついた。
「……っ」
(ほら)
「……」
(支障、出てる)
青年は目を閉じる。
「分かってる」
初めて。
声に出した。
小さい。
誰にも聞こえない。
右手を見る。
開く。
閉じる。
「手はまだいい」
(まだ?)
「動くから」
左手で頬へ触れる。
「こっちがまずい」
(顔?)
「違う」
青年は目を閉じた。
「僕の方」
声が黙る。
青年は壁へ背を預ける。
「前までは、戻りが遅いって分かった」
(うん)
「違う顔が残ってるって、自分で分かった」
(うん)
「今日」
言葉を探す。
ゴイの前では、あれだけ簡単に出た言葉が、今は出てこない。
「窓に映った時」
(うん)
青年の息が浅くなる。
「一瞬」
一拍。
「誰だと思った」
沈黙。
「その後で、今使ってる顔だって分かった」
(……)
青年は笑おうとした。
でも。
ここにはゴイはいない。
笑う必要がない。
口元は途中で止まる。
「あれはまずい」
(やっと言った)
「何が」
(怖いって)
「言ってないよ」
(言ってる)
青年は壁に背を預けたまま、右手を見る。
「……怖いよ」
小さかった。
「そりゃ」
一拍。
「怖いでしょ」
(手じゃない?)
「手は、なくなったら分かる」
頬へ触れる。
「動かない。感じない。見れば分かる」
指が口元をなぞる。
「顔は」
止まる。
「間違ってても、僕が間違ってるって分からなくなったら終わりだよ」
(終わり?)
「仕事が」
即答。
(本当に?)
青年は黙る。
(仕事だけ?)
答えない。
(ゴイに言えば?)
「嫌」
(処置するって)
「何されるか分からない」
(治るかも)
「治らないかも」
(それだけ?)
青年は少し笑った。
「ゴイだよ?」
声が黙る。
「僕が使えないって判断したら、どうすると思う?」
(……)
「役に立たない駒を、机の上に置いとく趣味ないでしょ」
(君は駒じゃない)
「向こうから見れば同じ」
(嫌い?)
「誰を」
(ゴイ)
「別に」
少し。
間。
「信用してないだけ」
(同じじゃない?)
「全然違う」
青年は壁から身体を離した。
「だから、まだ動くうちは、動けるって見せる」
(壊れてても?)
「壊れてるって言わなきゃいい」
(さっき僕には言った)
青年は僅かに笑う。
「君、外に喋れないでしょ」
(ずるい)
「知ってる」
歩く。
(休まないの?)
「休んだらバレる」
(何が)
青年は少しだけ時間を使った。
「壊れてるの」
部屋へ戻る。
机には、もう次の資料が置かれていた。
「……仕事早いなあ」
(ゴイ?)
「誰が置くの」
青年は椅子へ座り、封筒を開く。
指先へ紙の硬さが届く。
少し遅れて。
何も言わない。
一枚目。
写真。
若い男。
名前。
カルロス・ヴィダル。
青年は視線を下へ移す。
家族構成。
双子の兄。
学校。
交友関係。
ジョナ。
マース。
他。
次。
観察記録。
誰が先に呼ばれるか。
誰が笑わせるか。
誰が安心させるか。
誰が選ばれるか。
そして。
対象が。
それを見ている。
青年はページをめくる。
人の話し方。
癖。
距離。
表情。
反応。
比較。
指が止まる。
(似てる)
「誰と?」
(君)
青年はすぐに。
「全然違うよ」
(顔を使う)
「僕は借りてるだけ」
(この人も)
「違う」
青年はカルロスの写真を見る。
「この人は」
言いかける。
止まる。
写真の顔。
輪郭。
口。
目。
その瞬間。
自分の頬が、同じ形へ寄った気がした。
「……あれ」
(今)
「分かってる」
青年はすぐ左手を頬へ当てる。
戻す。
ほんの僅かに。
意識が必要。
それだけで。
戻る。
まだ。
戻る。
青年は息を吐き、資料へ視線を戻した。
(休んだ方がいい)
「これ」
(聞いてる?)
「見て」
もう一枚。
カルロス。
友人たち。
誰かが笑う。
カルロスは笑った本人ではなく、笑わせた人を見る。
次。
ジョナ。
カルロス。
視線。
さらに。
マース。
青年は数枚を机へ並べた。
「……僕」
少し。
笑う。
「要る?」
(何)
「この人」
写真を指す。
「もう自分でやってる」
(何を)
「自分じゃないもの探して」
一枚。
「足して」
次。
「比べて」
次。
「足りないって思ってる」
青年は椅子へ深く座る。
「僕が外から言わなくても」
目が少し細くなる。
「本人が、自分に言ってる」
扉が開く。
青年は振り返らない。
「早かったね」
ゴイ。
入る。
「確認したか」
「した」
「所見」
青年はカルロスの写真を持ち上げた。
「僕、要らないんじゃない?」
「理由」
「比較行動がもう始まってる」
「それで」
「人の良いところ見つける。自分にあるか見る。なければ足りないって思う」
写真を机へ戻す。
「僕がやるなら普通、そこを外から増幅する」
「今回は」
「必要ない」
「断定か」
「まだ」
青年は笑う。
「観察はするよ。仕事だから」
「介入は」
「必要になったら」
「具体的には」
青年はゴイを見る。
「一滴」
一拍。
「菅原みたいにはやらない」
「身体的問題を理由にしているのか」
青年は一瞬も止まらなかった。
むしろ。
笑う。
「まさか」
声。
目。
口角。
完璧。
「対象に必要ないからやらないだけ」
「本当か」
「必要ならやるよ」
一拍。
「何人でも」
ゴイは青年を見る。
青年も見る。
今度は。
目を逸らさない。
数秒。
ゴイが先に資料へ視線を落とした。
「なら任せる」
「どうも」
青年はいつもの調子で資料をまとめる。
ゴイが出る。
扉が閉じる。
青年はしばらく動かなかった。
(嘘ついた)
「どこが?」
(必要なら何人でも)
「できるよ」
(できる?)
「できる」
(やりたい?)
青年はカルロスの写真を見る。
答えない。
(よかったね)
「何が」
(この人、あんまり顔使わなくて済みそう)
青年の指が止まる。
「それとこれは別」
(本当に?)
「対象に必要ない。それだけ」
(じゃあ、残念?)
「何が」
(仕事減って)
青年は笑う。
「嬉しいに決まってるでしょ。楽な仕事嫌いな奴いる?」
(そういう意味じゃない)
「じゃあ何」
(休める)
青年の笑顔が。
少しだけ。
止まった。
誰もいない。
ゴイもいない。
見せる必要のない笑顔。
青年はゆっくり消した。
「……少しね」
(やっぱり)
「うるさい」
カルロスの資料を閉じる。
でも。
手は。
その上に置いたまま。
「少しでいい」
(何が)
青年は右手を見る。
「使わなくて済むなら」
一拍。
「助かる」
初めて。
そう言った。
しばらくして。
頭の奥の声が静かに聞く。
(このまま続けるの?)
「うん」
(戻れなくなったら?)
青年はカルロスの写真から視線を上げる。
「何に?」
少しの沈黙。
(君に)
青年は笑った。
今度は。
誰かに見せるためではない。
少しだけ。
疲れた笑い。
「僕って」
頬へ触れる。
「どれ?」
声は答えない。
青年も。
答えを求めなかった。
机上の資料をもう一度開く。
写真。
双子の兄。
ジョナ。
マース。
他人を見て。
他人の中にあるものを。
自分へ足そうとしている青年。
「……面白いね」
(似てるよ)
「違うって」
(どう違うの)
青年は少し考えた。
それから。
「僕は」
ページをめくる。
「自分がないから、他人になる」
一枚。
カルロス。
「この人は」
指が止まる。
「自分があるのに」
写真の上。
「自分から消そうとしてる」
青年は少し笑い、資料を閉じた。
「だから」
一拍。
「たぶん僕、ほとんど何もしなくていいよ」
# 第二十七章 片膝
カルロスには、本当にほとんど何もしなかった。
最初の数日は、学校の外から見るだけだった。校舎の向かいの店。駅のホーム。帰り道の反対側。
顔を変える必要すらない距離。
人の流れに混じり、カルロスが誰を見ているかだけを拾う。
以前なら、そこから一つか二つ言葉を置いた。
マースを褒める誰か。
ジョナの反応を意識させる誰か。
兄との差を口にする知らない人間。
一人混ぜるだけで、カルロスはもっと速く進んだだろう。
でも。
必要なかった。
カルロスは自分で見つける。
誰が先に名前を呼ばれた。
誰の冗談で人が笑った。
誰が困っている人へ自然に手を伸ばした。
そのたびに。
自分を見る。
足りない。
次の日には。
少し似ている。
青年は道路の向こうからそれを眺めた。
「……楽だね」
(喜んでいいの?)
「楽な仕事なんだから喜ぶでしょ」
(違う意味で)
「知らない」
カルロスが友人と笑う。
青年の目が細くなる。
昨日までと。
笑い方が。
違う。
「また増えた」
(何が)
「誰か」
それ以上は言わなかった。
自分のことみたいだったから。
休める。
そう思っていた。
菅原の時のように、何人もの顔を短時間で使わなくていい。
学校へ潜り込まなくていい。
友人へ成り代わらなくていい。
人間関係を一人ずつ押して回らなくていい。
観察。
報告。
それだけ。
身体を使わなければ。
少しは。
戻る。
青年は本気でそう思っていた。
最初の朝。
目を覚ます。
白い天井。
右手。
動く。
感覚。
ある。
青年は小さく笑った。
「ほら」
(何)
「治ってきてる」
(昨日より?)
「多分」
起き上がる。
テーブルの水。
コップ。
掴む。
持ち上げる。
問題ない。
口へ。
「……冷た」
言ってから。
眉が動く。
触った瞬間には。
冷たいと。
思わなかった。
一秒もない。
でも。
口元へ運ぶ頃。
指先から。
冷たさが来た。
「……」
(治ってる?)
「寝起き」
(便利な言葉だね)
青年は水を飲む。
「ゴイみたいなこと言わないでよ」
洗面台。
鏡。
青年は一度だけ止まった。
今日は。
顔を変えていない。
昨夜と。
同じ。
分かる。
分かるのに。
確認する前から。
手が頬へ行った。
「……癖になってるな」
(何が)
「触るの」
(確認してる)
「違うよ」
(何を)
「寝癖」
(頬に?)
青年は鏡へ向かって笑う。
「うるさい」
口角。
左。
右。
ほんの僅か。
右だけ。
遅れる。
笑みが消える。
もう一度。
笑う。
今度は。
揃う。
「……寝起き」
(はいはい)
三日目。
青年は、自分の声で目を覚ました。
正確には。
自分が使っている声で。
目だけ。
開く。
さっき。
何か。
言った。
寝言。
多分。
(おはよう)
「……おはよう」
声を出す。
青年の眉が寄る。
違う。
誰。
もう一度。
「あー」
低い。
少し。
掠れている。
昨日。
駅。
一度だけ使った男。
店員へ話しかけるため。
作った声。
「……なんで」
(残ってる)
青年は喉へ手を当てる。
咳払い。
高さ。
戻す。
「これで」
いつもの声。
(戻った)
「寝てる間に喉が変になっただけ」
(顔使うと喉も変になるんだ)
「そういう日もある」
(初めて聞いた)
青年は少し笑う。
「僕も」
そのまま。
少しだけ。
笑い続けた。
笑っていないと。
今の会話が。
妙に。
現実になる気がした。
カルロスは進んでいた。
青年が何もしなくても。
ノート。
数字。
比較。
模倣。
以前は。
一人。
マース。
今は違う。
兄。
レオ。
ダリオ。
エミリア。
ニナ。
誰でもいい。
良いものを持つ人間。
選ばれる理由がある人間。
カルロスは見る。
覚える。
自分へ。
移す。
青年は教室の外から眺めた。
窓越し。
誰かが。
カルロスの名前を呼ぶ。
一度。
反応しない。
もう一度。
やっと。
顔を上げる。
青年の表情から。
冗談が消えた。
(今の)
「見た」
(君もあるね)
青年はすぐ。
「一緒にしないで」
(何が違うの)
「僕は呼ばれた名前が多すぎるだけ」
(あの子も増えてる)
「違う」
(何が)
青年は答えない。
カルロスが笑う。
その笑い。
誰かに。
似ている。
座る。
その座り方も。
別の誰か。
ペン。
持ち方。
また。
違う。
青年は目を細める。
「僕は」
一拍。
「役が終わったら返す」
(返せてる?)
息が。
一瞬。
止まる。
「……嫌なこと言うね」
(ごめん)
「謝るなら言わないでよ」
(でも)
青年はカルロスから目を離さない。
「分かってる」
一拍。
「だから見てる」
五日目。
仕事らしい仕事はなかった。
報告を一本。
対象の比較行動、継続。
模倣範囲、拡大。
自己呼称への反応、低下傾向。
介入、不要。
それだけ。
その日は早く戻った。
横になる。
眠る。
起きる。
また。
眠る。
身体だけなら。
確かに。
楽。
でも。
静かな時間が増えるほど。
気づくもの。
増える。
右手。
遅延。
声。
口元。
歩き方。
何より。
頭。
昨日。
誰の顔で外へ出た。
思い出すまで。
少し。
時間。
かかる。
青年は天井を見た。
「……まずいな」
(やっと言った)
青年は仰向けのまま。
「これさ」
(うん)
「壊れてく人間って」
少し。
笑う。
「意外と忙しいね」
(忙しい?)
「毎朝、自分が自分か確認して」
右手。
持ち上げる。
「動くか確認して」
頬。
「顔確認して」
喉。
「声確認して」
少し。
笑う。
「出勤前の点検項目増えすぎ」
(休んでるじゃん)
「休みの日の方が増えてるけどね」
青年も笑う。
声も。
笑う。
でも。
途中。
目だけ。
止まる。
「……これ」
(何)
青年の口元から。
笑みが。
消える。
「いつまで僕なんだろうね」
軽い。
冗談みたい。
それでも。
頭の奥の声は。
笑わない。
青年も。
次の冗談を。
言わない。
(昔さ)
青年は枕へ顔を沈める。
「また?」
(何)
「昔話」
(嫌?)
「内容による。最近、死とか滅亡とかばっかりだからね」
(今日は負けた話)
青年は顔を上げる。
「もっと嫌なんだけど」
(すごく強い奴がいた)
「もう嫌な予感する」
(本人も、自分が一番強いと思ってた)
「嫌いなタイプ」
(君も似てるよ)
「話やめる?」
(その男が、ある場所で試されるんだ)
青年は黙った。
止める気は。
最初から。
ない。
(最初に猫を持ち上げろって言われた)
青年の眉が上がる。
「……猫?」
(うん)
「強い奴に?」
(猫一匹)
「それ神話?」
(そう)
青年は少し笑う。
「急に規模小さくなってない?」
(でも持ち上がらなかった)
「弱いじゃん」
(片足しか浮かなかった)
「思ったより弱い」
(次に婆さんと相撲した)
青年は吹き出す。
「もういじめじゃん」
(負けた)
「何それ」
(笑うなよ)
「だって。強い奴どこ行ったの」
(最後に教えてもらった)
青年の笑いが少しだけ静かになる。
(猫は、世界を囲んでる大蛇だった)
青年の目が天井へ向く。
「……」
(あいつは、その蛇を地面から浮かせた)
一拍。
(婆さんは、老いだった)
「老い?」
(誰でも最後には負けるもの)
少しの間。
(でも、あいつは片膝をついただけだった)
部屋が静かになる。
青年は天井を見たまま。
「……詐欺じゃん」
(そうだね)
「猫って言ったんでしょ?」
(言った)
「婆さんって言った?」
(言った)
青年は笑う。
「最低」
(騙した側の話だからね)
「誰かさんみたい」
(君ほどじゃない)
青年は。
少しだけ。
今度は。
ちゃんと。
自分で。
笑った。
「それで?」
(終わり)
「え?」
(それだけ)
「教訓は?」
(ないよ)
青年は顔をしかめる。
「慰め下手だね、君」
(慰めてない)
「じゃあ何」
少し。
沈黙。
(強い奴でも)
声。
静か。
(勝てないものには負ける)
青年の笑みが消える。
(負けたから弱かったわけじゃない)
「……」
(片膝で済んだなら、結構すごいんじゃない)
青年は右手を見る。
指。
開く。
閉じる。
少し。
遅い。
「そっか」
(うん)
青年は布団へ顔を戻す。
「じゃあ」
一拍。
「僕も片膝で済めばいいね」
声は答えない。
青年も。
返事を待たなかった。
翌朝。
調子は。
悪くない。
右手。
動く。
声。
合っている。
鏡。
顔。
分かる。
青年は少し笑う。
「ほら」
(何)
「片膝」
(まだ何もしてない)
「縁起悪いなあ」
上着を取る。
今日は。
カルロスを見る必要もない。
昨日の報告で十分。
一日。
何もしなくていい。
青年は上着を椅子へ戻す。
「寝ようかな」
(今起きたばっかり)
「二度寝って最高じゃない?」
(仕事は)
「ない」
靴も脱ぐ。
ベッドへ。
一歩。
扉。
三回。
叩かれた。
青年は止まる。
「……」
(嫌な予感)
「僕も」
もう一度。
ノック。
青年は扉を見る。
「開いてるよ」
開く。
ゴイ。
青年は。
本当に。
一瞬だけ。
嫌な顔。
する。
ゴイが部屋へ入る前に。
消す。
「おはよう」
「行くぞ」
「どこに?」
「対象」
「……誰」
「カルロス」
青年は時計を見る。
次。
ゴイ。
「今?」
「今だ」
「僕、今日休みなんだけど」
「設定していない」
「気持ちの話」
「不要だ」
青年は少し笑う。
「休暇って概念知ってる?」
「必要ない」
「君、雇用主として最悪だよ」
「雇用関係ではない」
青年は肩を落とす。
「もっと最悪じゃん」
ゴイは笑わない。
「対象が最終段階へ入った」
青年の表情が変わる。
カルロス。
ノート。
比較。
名前。
「どこまで」
「自己認識の分離が進行している」
「残り差分は」
「一」
青年は黙る。
(もうそこまで)
「うん」
声には出さない。
ゴイ。
「最後の仕上げだ」
青年の目が僅かに細くなる。
「……僕が?」
「お前の担当だ」
「今までほとんど触ってないけど」
「だからだ」
「意味分かんないな」
「対象は自力で最終地点まで到達した」
ゴイは淡々と続ける。
「最後の選択肢だけ与えろ」
青年は笑った。
「本当に一滴だけ?」
「十分だ」
「僕もそう思う」
口では。
すぐ。
出た。
身体は。
動かない。
一秒。
二秒。
ベッド。
見る。
さっきまで。
戻ろうとしていた場所。
(嫌なんでしょ)
青年は答えない。
ゴイがいる。
靴。
履く。
上着。
取る。
ボタン。
一つ。
二つ。
三つ目。
右手。
止まる。
感覚ではない。
動く。
でも。
穴へ。
少し。
合わない。
一度。
外す。
もう一度。
入る。
ゴイは。
見ている。
青年は顔を上げる。
「何?」
「いや」
青年は笑う。
「珍しいね」
ゴイは答えない。
青年は鏡の前へ立つ。
今の顔では。
行かない。
選ぶ。
必要なのは。
カルロスが知らない男。
でも。
声だけ。
どこか。
聞いたことがある。
安心させない。
警戒させない。
最後に。
一つだけ。
言葉を置ける。
そんな顔。
頬。
顎。
目。
髪。
声。
作る。
途中。
右の口角が。
別の人間の形へ。
寄る。
指が。
反射で。
触れそうになる。
止める。
後ろ。
ゴイ。
見ている。
青年は触らない。
鏡を見たまま。
自分で。
戻す。
口角。
直る。
完成。
青年は振り返る。
「どう?」
もう。
さっきまでの青年はいない。
別の男。
姿勢。
視線。
声。
全部。
仕事用。
「問題ない」
「でしょ?」
青年は笑う。
完璧。
廊下。
ゴイが先。
青年が後ろ。
(嫌なんでしょ)
「嫌だよ」
頭の中だけ。
(休みたかった)
「寝たかった」
(顔、使いたくない?)
「今日はね」
(じゃあ断れば)
青年は前を歩くゴイを見る。
そして。
笑う。
「仕事だからね」
(そればっかり)
「便利なんだよ」
(何が)
青年は歩く。
「仕事って言葉」
一歩。
「怖くても」
一歩。
「嫌でも」
一歩。
「自分が何なのか分かんなくても」
一歩。
「やる理由になる」
(それ、強いの?)
青年は少しだけ考えた。
朝。
昔話。
猫。
蛇。
老婆。
片膝。
「知らない」
それから。
少しだけ。
笑う。
「でも」
前。
見る。
「まだ立ってる」
その頃。
カルロスは。
一人で。
ノートを開いていた。
残り差分。
一。
自分の名前。
もう。
ほとんど。
残っていない。
Carlos。
C。
本体。
修正対象。
旧個体。
最後に。
残った。
元の自分。
甘いものが好きだった。
静かな方だった。
話す前に考えた。
緊張すると。
左の親指へ触れた。
兄が選ばれると。
嫌だった。
でも。
兄が褒められると。
少し。
嬉しかった。
マースが嫌いではなかった。
だからこそ。
苦しかった。
それを。
カルロスは。
最後の差分として。
見ていた。
青年はまだ。
そこには。
いない。
ただ。
向かっている。
最後の一滴を。
置くために。
第二十六章「継続可能」/第二十七章「片膝」でした。
今回は。
カルロス編の始まりであると同時に。
青年の身体と。
青年自身の輪郭が。
かなり危険なところまで来た回です。
これまでの異変は。
右手が痺れる。
感覚が遅れる。
顔の戻りが遅い。
そういう。
本人がまだ「異常だ」と認識できるものでした。
でも今回は違います。
窓へ映った顔を見て。
一瞬。
「誰だ」
と思う。
そのあとで。
今使っている顔だと分かる。
青年自身が一番怖がっているのは。
顔が戻らなくなることではありません。
「間違ってても、僕が間違ってるって分からなくなったら終わり」
になることです。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
つまり。
身体が壊れることより。
「自分が自分を確認できなくなること」の方が怖い。
ここまで何十人もの顔を使い。
声を使い。
癖を使い。
名前を使ってきた青年にとって。
かなり根本的な崩壊です。
それでも。
ゴイには隠します。
理由は単純で。
信用していないから。
青年はゴイを嫌っているわけではない。
でも。
自分が「使えない」と判断された時。
ゴイがどうするのか。
そこを信用していない。
だから。
「まだ動くうちは、動けるって見せる」
「壊れてるって言わなきゃいい」
となる。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
そして。
ゴイから出る言葉。
「継続可能だ」
これは今回の章題でもあります。
青年にとっては。
「まだ生きていける」
ではありません。
「まだ使える」
です。
それでも青年は。
その判定を取るために。
いつもの笑顔を崩さない。
安心した顔も見せない。
弱っていることを。
自分から首輪のように差し出さない。
ここは。
青年とゴイの関係が。
かなりはっきり出ている部分です。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
そして菅原について。
青年はゴイへ。
「残ってほしいのと、残らせるのは違う」
と言います。
ゴイからすれば。
どちらも「保持」。
結果として残すなら。
同じ。
でも青年には。
違って見える。
誰かが自分の意思で。
残ってほしいと思うことと。
失うのが怖くて。
無理に残らせ続けること。
結果だけ見れば似ていても。
その中身は違う。
ネミティブ編から続いていた。
「固定」
への違和感が。
ここでも少しずつ形になっています。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
そして次。
カルロス。
この対象は。
青年にとってかなり特殊です。
なぜなら。
青年がやることを。
本人がもう自分でやっているから。
人を見る。
比較する。
良いところを見つける。
自分にないものを探す。
足す。
真似る。
そして。
足りないと思う。
青年がいつもなら。
外から一滴ずつ増幅していく部分を。
カルロス自身が。
自分へやっている。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
だから。
青年はほとんど介入しません。
結果。
身体は休める。
はずだった。
でも。
ここが今回かなり皮肉なところで。
忙しく動いている時より。
静かになった時の方が。
自分が壊れていることに気づいてしまう。
声が違う。
笑い方が遅れる。
昨日の顔がすぐに出てこない。
休んでいるのに。
確認することばかり増える。
そこで出るのが。
「壊れてく人間って、意外と忙しいね」
という台詞です。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
そしてカルロスとの対比。
頭の奥の声は。
何度も、
「似てる」
と言います。
青年は否定する。
青年は。
自分がないから。
他人になる。
カルロスは。
自分があるのに。
他人を足して。
元の自分を消そうとしている。
方向は逆。
でも。
結果として。
二人とも。
「自分」が分からなくなっていく。
青年自身も。
そこに気づいているからこそ。
カルロスを見ている時だけ。
冗談が少し止まります。
そして、
「僕は役が終わったら返す」
と言った直後。
頭の奥の声から。
「返せてる?」
と聞かれる。
青年は。
否定できません。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
ここで入る昔話が。
今回の「片膝」です。
最初に聞けば。
単に。
強い男が猫も持ち上げられず。
老婆にも負けた。
情けない話に見える。
でも。
正体を知ると。
意味が全部変わる。
猫は。
世界を囲む大蛇。
老婆は。
老い。
誰も勝てないもの。
だから。
負けたという結果だけでは。
その人間が弱かったかどうかは測れない。
これも。
ゴイが人間を「結果」で測ることへの。
かなり分かりやすい対比になっています。
負けた。
という一つの記録だけ見れば。
弱い。
でも。
何に負けたのか。
どこまで抗ったのか。
そこまで見れば。
意味は変わる。
頭の奥の声が。
青年へ答えを教えているわけではありません。
ただ。
見方を一つ置いている。
それは。
青年自身がずっとやってきたことと。
かなり似ています。 KillerWorld_イース編_第26章_第27章
そして。
青年は。
「僕も片膝で済めばいいね」
と言う。
身体はもう。
完全に正常ではありません。
自分が自分なのか。
確認し続けなければならない。
それでも。
まだ立っている。
最後。
休みたい。
寝たい。
顔を使いたくない。
怖い。
全部。
ちゃんと青年の中にあります。
でも。
また歩く。
理由は。
仕事だから。
青年自身も。
それを便利な言葉だと認めています。
「怖くても」
「嫌でも」
「自分が何なのか分かんなくても」
仕事と言えば。
やる理由になる。
それが強いのか。
逃げなのか。
青年自身にも。
まだ分からない。
ただ。
今は。
「まだ立ってる」
だから。
次へ行く。
カルロスへ置く。
最後の一滴へ。




