KillerWorld ―イース編―「一滴で、世界は勝手に広がる」
リナの死後も、RATの亀裂は止まらない。
青年は今度、カイルとネミティブの間へ小さな言葉を置いていく。
「今の頭より、あなたの方が話が通じるって」
カイルへ。
そしてネミティブには、
「最近、カイルのところに古参集まってるぞ」
それだけ。
頭になれとも。
裏切れとも。
追い出せとも言わない。
ただ、見方を一つ置く。
一滴だけ。
あとは、人間が勝手に続きを作る。
古参は本当にカイルへ集まり始める。
RATを抜ける者も現れる。
そして、最初は曖昧だった青年の言葉が、少しずつ現実の形を持ち始める。 KillerWorld_イース編_第19章_第20章 KillerWorld_イース編_第19章_第20章
カイルは言う。
「そいつらが決めたんだ!」
青年もまた、ずっと同じことを言ってきた。
最後に決めるのは本人。
けれど。
同じ言葉なのに、何かが違う。
カイルは責任から逃げるためではなく、
「逃げたいって言ってんのに、お前が残れって決めるのかよ!」
と叫ぶ。
さらに、
「間違えたっていいだろ!」
「そいつの間違いまで取んなよ!」
その言葉は、リナが最後まで守ろうとしたものと重なっていく。 KillerWorld_イース編_第19章_第20章
そして青年は、RATの外へも一滴を落とす。
人数。
補給。
脱退。
内部の不和。
一つの勢力へ全部を渡す必要はない。
それぞれが、自分で同じ答えへ辿り着けばいい。
今なら、RATを潰せる。
やがて南、北、西。
互いに連携していない者たちが、同じ夜に動き始める。
混乱の中で青年はさらに顔を使い分け、偽物の存在を見せつける。
疑いは広がり、
「誰でも偽物かもしれない」
という場所までネミティブを連れていく。
最後に残るのは、自分の目。
自分の判断。
自分で確認したものだけ。 KillerWorld_イース編_第19章_第20章 KillerWorld_イース編_第19章_第20章
しかし。
崩壊し始めたRATへ、青年の知らないものまで投入される。
ゴイが送り込んだ異形。
青年はそこで気づく。
ゴイもまた、必要なら盤面へ手を入れる。
駒を増やし。
結果を変える。
なら。
「ゴイが触っていいなら」
「僕だけ最後に触るなってルールでもないよね」
青年がずっと守ってきた境界が、ここで初めて揺らぎ始める。
# 第十九章 一滴
雨は明け方まで続いた。
倉庫街の屋根を細く叩いていた音は、朝になる頃には消えていたが、路地にはまだ薄く水が残っている。灰色の空を映した水溜まりを荷車の車輪が割り、濁った水が石畳へ細く飛んだ。
青年は、その音を聞きながら酒場の隅に座っていた。
今の顔は、四十を少し過ぎたくらいの男だった。
痩せた頬。伸びた髭。少し酒に焼けたような声。左手の薬指には、どこかで拾った古い指輪まで嵌めている。
意味はない。
名前もない。
必要ないからだ。
扉が開く。
湿った外気が流れ込み、酒と古い木の匂いが少しだけ薄まった。
カイル。
青年はすぐには見なかった。
グラスの底に残る酒へ目を落としたまま、足音だけを拾う。
二歩。
椅子。
ぎ。
二つ離れた席へ座る。
背中が硬い。
肩が少し上がっている。
眠っていない。
目の下も暗い。
リナが死んでから、まだ大して時間は経っていない。
当然だろう。
青年はグラスを傾けた。
(声かけないの?)
「まだ」
(待つんだ)
青年は口元を僅かに歪める。
「昨日覚えたみたいに言わないでよ」
(君、待つの苦手だったじゃない)
「必要なら待つよ」
カイルが酒を頼む。
店主が置く。
一口。
喉が動く。
そこで。
「お前、カイルだろ」
カイルの肩が僅かに動いた。
顔だけが、ゆっくりこちらへ向く。
「誰だよ」
青年はカイルを見ないまま答えた。
「昔、ラドに世話になった」
名前。
それだけで。
カイルの警戒が一段だけ下がった。
完全には落ちない。
それでいい。
「……ラドに?」
「ああ」
青年はグラスを指で回す。
こういう時、相手を見すぎると駄目だ。
視線を向ければ、相手は自分が何を答えるべきか考える。
どうでもよさそうに。
ただ。
置く。
「変わったな」
「何が」
「RAT」
カイルの指が止まった。
青年は酒を飲む。
説明しない。
続き。
相手の中で作らせる。
「昔の連中」
一拍。
「お前見てるぞ」
カイルの目が上がる。
「俺?」
「ラドに近かった若いの」
青年は肩を竦める。
「お前だろ」
「違う」
即答。
青年は内側だけで少し笑った。
そこを。
否定する。
「そうか?」
「違うって」
「まあ」
青年は席を立つ。
「俺には関係ねえけどな」
終わり。
カイルは追わなかった。
それでいい。
店を出ると、朝の空気には湿った木と泥の匂いが混じっていた。
青年は路地へ入る。
角を一つ。
もう一つ。
後ろ。
窓。
屋根。
人影。
なし。
そこで頬へ手を当てた。
皮膚の下。
熱。
一瞬だけ目を閉じる。
頬骨。
顎。
喉。
ゆっくり戻す。
次。
女。
髪を束ねる。
背を僅かに丸める。
歩幅を変える。
(次?)
「次」
(忙しいね)
「仕事だから」
(楽しい?)
青年は、濡れた道を歩きながら少し考えた。
「今日はまあまあ」
(昨日、人死んだよ)
足は止まらない。
「知ってる」
(なのに?)
青年の眉が動く。
「なのに、何」
返事はない。
青年は鼻で笑った。
「それ、別々でしょ」
(そうなんだ)
「僕の中ではね」
市場はもう動いていた。
魚。
野菜。
肉。
濡れた木箱。
売り声。
荷車。
包丁。
水。
昨夜までの雨など最初からなかったように、人間だけが朝を進めている。
青年は、その中へ紛れた。
カイルを見つけるまで時間はかからない。
食料を確認している。
店主と話しながら、何度も周囲を見る。
昨日までより。
警戒。
増えている。
青年は一度、その前を通り過ぎる。
三歩。
戻る。
「カイルさん?」
カイルが顔を向ける。
知らない女。
警戒。
青年は少し困った顔を作った。
「南の人が探してたよ」
「誰が」
「名前までは知らない」
「何て?」
ここ。
一拍。
青年は、思い出そうとするように視線を上へやる。
「今の頭より」
戻す。
「あなたの方が話が通じるって」
カイルの顔が止まった。
本当に。
一瞬。
嫌悪。
困惑。
怒り。
全部。
青年は拾った。
「誰だよ、それ」
「知らない」
背を向ける。
追ってこない。
終わり。
(嘘だね)
「どこが?」
(南の人)
青年は歩きながら髪を耳へ掛ける。
「南には人いるよ」
(探してた?)
「誰かは誰かを探してるでしょ」
(言葉遊び)
青年は笑う。
「詐欺師に褒め言葉だよ、それ」
市場を抜ける。
あとは。
カイルがどう受け取るか。
青年は知らない。
知る必要もない。
――今の頭より、あなたの方が話が通じる。
それだけ。
頭になれとは言っていない。
ネミティブを追い出せとも。
裏切れとも。
何も。
ただ。
比べた。
人は比べられると。
自分で位置を考える。
上か。
下か。
誰がそう思っているのか。
なぜ。
青年が好きなのは。
その先だった。
一滴だけ。
水へ落とす。
広がる形は。
水が決める。
三日後。
青年はRATの拠点近くにいた。
今度は若い男の顔。
肩に荷を担ぎ、汗を額へ浮かべる。
向こうから。
ネミティブ。
一人。
以前より。
歩く速度が僅かに遅い。
理由。
青年には分かる。
見るものが。
増えた。
入口。
人。
荷。
窓。
足跡。
誰と。
誰が。
話す。
青年は、ちょうどその視界へ入る位置で荷を下ろした。
「おい」
ネミティブが見る。
青年は首筋を擦る。
「最近、カイルのところに古参集まってるぞ」
ネミティブの目が。
変わった。
一瞬。
すぐ。
戻す。
「何の話をしてる」
「知らねえ」
青年は、少し言いづらそうに視線を外す。
「ただ……」
間。
「次のこと考えた方がいいとか」
「次?」
「俺は聞いただけだからな」
それで終わり。
青年は荷を担ぎ直した。
背を向ける。
十歩。
二十歩。
角。
曲がる。
(今のは?)
「何」
(カイルのところに古参、集まってるの?)
「集まるよ」
(今?)
青年は少し笑う。
「そのうち」
(まだなんだ)
青年は歩く。
「人ってさ」
(うん)
「先に名前を付けると」
一拍。
「そこに合うものだけ拾い始めるんだよ」
(へえ)
「カイルの周りに古参が二人立つ」
(うん)
「昨日までなら、ただ喋ってるだけ」
(今日は?)
青年の口元が上がる。
「次の頭を相談してるように見える」
(本当にそうだったら?)
「もっと面白い」
少し。
声が黙る。
(作るんだね)
「違う」
即答。
青年は振り返らない。
「置くだけ」
(何を?)
「見方」
(それで人が死んでも?)
青年の眉が少し寄る。
「またそれ?」
(気になって)
「死ぬかどうかは知らないよ」
(でも、死ぬかもしれない)
「何もしなくても死ぬかもしれない」
(便利だね)
青年は肩を竦める。
「便利だから使ってる」
罪悪感がないわけではない。
でも。
それだけを理由に。
やめられるほど。
自分は綺麗ではなかった。
夕方。
青年は高い建物の屋上からRATの一角を見ていた。
夕陽は雲の奥。
街全体が鈍い橙色。
屋根。
煙突。
細い路地。
人。
上から見ると。
全部。
小さい。
青年は柵へ肘をついた。
下。
倉庫裏。
カイル。
古参の男。
話している。
声。
ほとんど届かない。
でも。
身体は見える。
男が何か言う。
カイルが強く首を振る。
さらに。
何か。
カイルの声が。
上がる。
「兄貴はそんな奴じゃねえ!」
そこだけ。
風。
運ぶ。
青年の目が。
細くなる。
(あれ、君じゃないね)
「うん」
(じゃあ何?)
青年は。
少しだけ。
笑う。
「本人」
(君が言わせた?)
「直接は何も」
数日前。
別の店。
別の顔。
古参。
ラドのこと。
ネミティブが二人を撃ったこと。
カイルがリナへ銃を渡したこと。
事実だけ。
最後。
「カイルはどう思ってるんだろうな」
それだけ。
古参が。
自分で考える。
自分でカイルへ行く。
自分の言葉で聞く。
青年は。
会話を知らない。
結論も。
知らない。
それがいい。
「こういう方が好き」
(何が?)
青年は下を見る。
「僕が全部やるより」
(どうして?)
「予想外が増えるから」
笑う。
「僕が喋らせたら」
一拍。
「僕が考えたことしか言わないでしょ」
(うん)
「本物に任せた方が」
青年の目が少し楽しそうに細くなる。
「変なの出てくる」
(人間好きなんだね)
「観察対象としては」
(それ本人に言ったら嫌われそう)
青年は鼻で笑う。
「もう結構嫌われてると思うよ」
下。
古参。
去る。
カイル。
一人。
壁。
蹴る。
どん。
青年の眉。
僅かに上がる。
「痛そう」
(そっち?)
「だって壁硬そうじゃん」
カイルは。
しばらく。
そこにいる。
やがて。
顔を上げる。
周囲。
見る。
青年は。
一歩。
後ろ。
見つからない。
まだ。
夜。
ネミティブにも。
変化。
三人。
古参が消えた。
翌朝。
もう一人。
青年が逃がしたわけではない。
出ていく理由を作ったわけでもない。
彼ら自身が。
決めた。
ただ。
最近のRAT。
息苦しい。
ネミティブが何でも記録する。
出入りを見る。
誰と話したかまで気にする。
そこへ。
外。
RATはもう割れている。
カイルの方へ人が集まっている。
今なら逃げても。
自分だけが裏切り者にはならない。
そういう空気。
一滴。
また。
一滴。
全部。
入れる必要はない。
青年が倉庫の屋根から見ていると。
ネミティブが。
カイルを見つけた。
荷物。
まとめている。
「三人どこ行った」
カイルは。
少し。
黙る。
「……逃がした」
青年の口元が。
僅かに。
動いた。
(嬉しそう)
「いや」
(嘘)
青年は。
息を吐く。
「……少しだけ」
完璧だった。
先に。
ネミティブへ。
――カイルの周りに古参が集まっている。
それ。
そして。
今。
カイル自身。
――三人逃がした。
認める。
嘘だったものが。
本物の行動へ。
重なる。
違う。
最初から。
完全な嘘でもない。
古参は実際に。
カイルを見ていた。
カイルも。
ネミティブに反発している。
意味だけ。
違う。
「俺に言ったか」
「言ってねえ」
「何で」
「言ったら止めただろ」
青年の目が。
細くなる。
リナ。
同じ。
ネミティブも。
気づく。
「……またか」
(また)
「君まで言う?」
(似てるから)
青年は黙る。
下。
声。
強くなる。
「また俺に隠れて」
「だから何だよ!」
「勝手に決めるな!」
「俺が決めたんじゃねえ!」
青年の目。
僅かに。
動く。
「……へえ」
(何?)
青年は屋根の端へ少し身体を寄せる。
「そこ」
カイル。
一歩。
「そいつらが決めたんだ!」
青年は。
笑わなかった。
胸の奥。
引っかかる。
同じ。
自分は。
最後に決めたのは本人。
そう。
言う。
カイルも今。
本人たちが。
決めた。
言った。
でも。
違う。
カイルは。
責任から逃げるためではない。
「RATの人間だ!」
ネミティブ。
「その前に人間だろ!」
カイル。
風。
青年の上着。
揺れる。
今度は。
頭の奥の声も。
何も言わない。
「一人抜ければ他も動く!」
「だから?」
「組織が崩れる!」
「それが嫌なら!」
カイルの声。
震える。
「残りたい場所にしろよ!」
青年の手が。
柵の上で。
止まる。
「逃げたいって言ってんのに」
カイル。
「お前が残れって決めるのかよ!」
青年は。
下を見たまま。
小さく。
「……面白いな」
(何が?)
「同じこと言ってるのに」
(誰と?)
青年は。
少し。
考える。
「僕と」
(同じ?)
「最後は本人が決める」
(同じなの?)
青年は黙る。
少し。
考える。
「違うね」
(何が?)
「知らない」
すぐには。
名前にできない。
でも。
同じ言葉なのに。
カイルが言うと。
違う。
下。
「間違えたっていいだろ!」
青年の目が。
止まる。
ネミティブも。
止まる。
リナ。
倉庫。
血。
――私が間違えるのも、私が決めたい!
カイルが続ける。
「そいつの間違いまで取んなよ!」
青年は。
息を。
少し。
吐く。
(似てるね)
「うん」
(嫌?)
「別に」
(本当に?)
青年は。
少しだけ。
眉を寄せる。
「……ちょっとだけ」
なぜか。
まだ。
分からない。
青年は立つ。
もう。
十分。
ここから先は。
二人のもの。
少なくとも。
今は。
帰り道。
暗い路地。
街灯。
切れかけ。
点く。
消える。
そのたび。
青年の影が。
伸びる。
縮む。
右手の指先。
一度。
痺れる。
青年は手を開く。
握る。
開く。
「……まだ大丈夫」
(何が?)
「何でもない」
もう一度。
握る。
動く。
歩ける。
顔。
保てる。
声。
変わらない。
なら。
まだ。
いい。
青年は。
手を。
ポケットへ入れる。
(次は?)
「次?」
(盤面)
「ああ」
青年は。
夜空を見上げる。
雲。
月。
見えない。
でも。
ある。
「外」
(外?)
青年の目。
街へ戻る。
「RATが弱ってるって」
一拍。
「みんな知ったらどうなると思う?」
(さあ)
青年は笑う。
「僕も知りたい」
RATを恨む人間。
多い。
ラドに潰された者。
取引を切られた者。
縄張りを奪われた者。
仲間を失った者。
集める必要。
ない。
同盟。
いらない。
一人ずつ。
違う顔。
違う場所。
少しずつ。
見せる。
人数。
補給。
脱退。
内部の不和。
南。
北。
西。
全部を。
一人へ渡さない。
それぞれ。
自分で。
同じ答えへ。
辿り着く。
今なら。
潰せる。
(君が潰すんじゃないんだ)
「もちろん」
(じゃあ誰が?)
青年は。
少し考えた。
「みんな?」
(便利だね)
青年は眉を寄せる。
「何度目、それ」
(気に入った)
「じゃあ使えば」
路地。
抜ける。
夜の街。
人。
酒。
荷。
喧嘩。
笑い。
RATを嫌う。
怖がる。
弱れば。
得をする。
青年は。
全部を見る。
水面は。
もう。
十分。
揺れている。
だから。
必要なのは。
あと。
一滴。
# 第二十章 ネズミ
最初に動いたのは。
南だった。
青年が。
そうさせたわけではない。
少なくとも。
誰にも。
南から攻めろ。
そうは。
言っていない。
三日前。
酒場。
かつてRATと取引していた男。
「最近、南の荷が細いらしいよ」
それだけ。
昨日。
別の顔。
ラドに縄張りを奪われた連中。
「見張り、前より減ったね」
それだけ。
今朝。
北の市場。
「RATから抜けた人間、いるらしいね」
それだけ。
西では。
何も言わない。
ただ。
RATの倉庫から。
荷を運ぶ男の顔。
借りる。
いつもと。
違う道を。
歩く。
見られるように。
それだけ。
だから。
夜。
遠く。
最初の爆発音。
青年は。
少し。
驚いた。
「南からなんだ」
崩れかけた建物。
二階。
窓。
ガラス。
半分。
夜風。
古いカーテン。
揺らす。
青年は。
椅子へ。
逆向き。
座る。
背もたれ。
腕。
乗せる。
眼下。
遠く。
RAT拠点。
火。
上がる。
(外した?)
「何を?」
(順番)
青年は立つ。
「予想は北だった」
(じゃあ失敗?)
青年は窓へ。
「別に」
二発目。
西。
少し。
遅れて。
北。
銃声。
重なる。
青年は。
窓辺。
立つ。
別々。
方向。
音。
火。
同盟ではない。
連絡もない。
互いに。
嫌っている連中も。
いる。
なのに。
同じ夜。
選んだ。
青年の目。
細くなる。
「……いいね」
(綺麗?)
「それ、まだ言う?」
(君が言ったんだよ)
青年は。
薄く。
笑う。
「今回は違う」
一拍。
「こっちは」
もう一拍。
「ちゃんと面白い」
RAT中央拠点。
すでに。
混乱。
青年が。
最初に。
入った時。
正面。
銃声。
裏。
荷を運び出す人間。
怒鳴る。
煙。
土埃。
汗。
火薬。
昨夜の雨。
濡れた土。
踏まれ。
泥。
靴。
張りつく。
今の顔。
古参。
カイルと。
何度も。
飯。
肩。
古傷。
低い声。
カイルなら。
知っている。
「カイル!」
青年。
叫ぶ。
煙。
向こう。
カイル。
振り向く。
「こっち!」
「裏口!」
「分かった!」
来る。
迷わない。
青年は。
走る。
角。
カイル。
後ろ。
次の角。
そこまで。
十分。
「ここ真っ直ぐ!」
声だけ。
残す。
青年は。
脇道へ。
滑る。
暗い。
崩れた壁。
箱。
しゃがむ。
頬。
手。
皮膚の下。
走る。
熱。
視界。
滲む。
「……っ」
目を。
閉じる。
頭。
脈。
(痛い?)
「少し」
(やめる?)
青年は。
息を吐く。
「これくらいで?」
顔。
変える。
古参。
消す。
次。
名前すら知らない。
構成員。
上着。
脱ぐ。
裏返す。
泥。
擦る。
立つ。
「まだいける」
(誰に言ってるの?)
青年は。
自分の右手を見る。
「僕」
別の通路。
出る。
数分後。
本物の古参。
カイル。
会う。
青年には。
見えない。
でも。
想像。
できる。
さっき。
確かに。
いた。
顔。
声。
傷。
本人。
知っている。
なのに。
本人。
――呼んでいない。
青年は。
少し。
笑う。
一匹。
入った。
次。
ネミティブ。
青年は。
階段上。
廊下。
下を見る。
カイル。
走る。
別方向。
ネミティブ。
距離。
角度。
煙。
十分。
「ちょうどいい」
(何が?)
青年は。
顔。
変える。
カイル。
背。
髪。
歩き。
完全ではない。
遠目。
十分。
敵側の男へ。
近づく。
男。
警戒。
「何だ」
青年は。
答えない。
紙片。
一枚。
差し出す。
白紙。
男が。
反射で。
受け取る。
それだけ。
上。
青年は。
見ない。
見る必要。
ない。
ネミティブなら。
見る。
絶対に。
紙。
カイル。
敵。
接触。
そう。
見える。
青年は。
男から。
離れる。
角。
消える。
直後。
「兄貴!」
遠く。
本物の。
カイル。
青年は。
壁へ背。
声。
殺して。
笑う。
(楽しそう)
「これは面白いでしょ」
(同じ顔が二人)
「正確には」
青年は。
上着を脱ぐ。
「一人はもういないけどね」
(見た人には?)
青年の顔。
戻る。
ルイス。
「二人」
髪。
整える。
「これで一個」
(何が?)
青年は。
いつもの。
表情。
「本物か偽物かっていう疑問」
一拍。
「一回浮かべば」
笑う。
「あとは僕いらない」
その通り。
煙。
味方。
止まる。
「お前、本物か!」
「何言ってんだ!」
「合言葉!」
「知らねえよ!」
銃口。
怒鳴り。
疑い。
青年は。
少し離れた場所。
歩く。
今度。
敵の服。
顔。
RAT。
わざと。
走る。
見せる。
角。
消える。
服。
脱ぐ。
顔。
変える。
反対。
死んだ女の顔。
使う。
今朝。
死体。
見た。
だから。
同じ顔。
階段。
上がる。
「……え?」
一人。
止まる。
それでいい。
青年は。
走り抜ける。
後ろ。
悲鳴。
「今の……死んだだろ!」
「何言ってんだ!」
「俺見た!」
「誰を!」
青年は。
笑う。
もう。
自分が。
何もしなくても。
増える。
東へ行った。
人間。
西から戻る。
それだけ。
さっきのは。
偽物。
そう。
疑う。
本当は。
どちらも。
本物。
青年。
関係ない。
でも。
一度。
偽物を。
見せる。
その後は。
人間が。
続きを。
作る。
疑い。
その話の。
続きを。
パンッ!
近い。
青年の足。
止まる。
「違……」
男。
倒れる。
撃った側。
顔。
青。
「だって、さっき……」
味方。
倒れた。
撃ったのも。
味方。
青年は。
数秒。
見る。
血。
床。
広がる。
(君じゃないね)
「僕は撃ってない」
(聞いてない)
青年の目。
倒れた男。
指。
動く。
「でもそうでしょ」
(嬉しい?)
青年は。
答えない。
指。
また。
動く。
止まる。
血。
広がる。
「……ちょっと」
青年の声。
低くなる。
「予定より早いな」
(そこ?)
青年は。
眉を寄せる。
「ここまで行くとは思ってなかった」
(止める?)
「何を?」
(知らない)
青年は。
少し。
考える。
肩。
竦める。
「もう」
周囲。
銃声。
怒鳴り。
走る。
「僕が止められる段階じゃないよ」
(本当に?)
青年の口元。
少し。
止まる。
「多分」
(便利だね)
青年は。
歩き出す。
「便利だよ」
胸。
少し。
重い。
でも。
足。
止まらない。
カイルが。
ルイスを。
見つける。
そこは。
狙う。
正確には。
ルイスを。
見た。
そう。
思わせる。
青年は。
一度。
ルイスの顔。
敵の男。
話しているように。
立つ。
遠い。
煙。
声。
届かない。
十分。
「ルイス!」
来た。
青年は。
走る。
「待てコラ!」
追う。
角。
もう一つ。
完全に。
視界。
切る。
青年は。
壁。
影。
滑る。
息。
止める。
顔。
変える。
別通路。
回る。
先。
出る。
ルイス。
戻す。
壁。
寄る。
呼吸。
整える。
何も。
知らない。
顔。
数秒。
カイル。
飛び込む。
止まる。
「……何?」
青年は。
首。
傾げる。
「お前」
「何」
「今、誰と喋ってた」
「喋ってないけど」
青年は。
本気で。
不思議そうな。
顔。
面白い。
カイルの中。
見た。
でも。
目の前。
何もしてない。
二つ。
ぶつかる。
「嘘つけ!」
胸ぐら。
掴む。
背中。
壁。
どん。
「お前ずっとそうだよな!」
「カイル」
「リナの時から何なんだよ!」
青年は。
一瞬。
笑いそうになる。
「ラドの偽物も!」
当たり。
「情報も!」
当たり。
「今のこれも!」
ほとんど。
全部。
当たり。
なのに。
証拠。
ない。
「何の話か分からない」
「それがムカつくんだよ!」
カイル。
拳。
上げる。
「カイル!」
ネミティブ。
来る。
青年の胸。
跳ねる。
ここから。
もっと。
面白い。
「お前、今どこにいた」
「ここ」
「ずっと?」
「うん」
「嘘だ!」
カイル。
叫ぶ。
「俺見た!」
「僕じゃない」
「じゃあ誰だよ!」
青年は。
目を。
僅かに。
細くする。
「知らない」
本当に。
今の青年にとって。
さっきのルイス。
今のルイス。
どちらが。
本物。
そんな問い。
意味がない。
どちらも。
自分。
どちらも。
ルイス。
どちらも。
偽物。
それより。
ネミティブ。
目。
青年の顔。
呼吸。
手。
服。
カイル。
全部。
見る。
確認。
青年は。
何もしない。
待つ。
「カイル!」
遠く。
声。
三人。
振り向く。
煙。
向こう。
カイル。
同じ顔。
走る。
目の前。
本物のカイル。
顔。
血の気。
消える。
「……今の」
ネミティブ。
銃。
抜く。
走る。
「待て!」
青年は。
動かない。
煙。
偽カイル。
逃げた。
当然。
もう。
いない。
少し前。
仕込んだ。
青年自身。
顔を変え。
別通路を。
一周。
数秒だけ。
見えるようにした。
それだけ。
ネミティブ。
戻る。
見る。
ルイス。
ずっと。
ここにいたように。
見える。
その目。
変わる。
(来たね)
「うん」
ネミティブの視線。
カイル。
ルイス。
カイル。
もう一度。
ルイス。
疑う。
全員。
青年は。
その瞬間を。
待っていた。
ルイスが怪しい。
弱い。
カイルが怪しい。
弱い。
偽物がいる。
誰か一人。
偽物。
まだ。
探せる。
だから。
違う。
誰でも。
偽物かもしれない。
そこまで。
持っていく。
最後。
残る。
自分の目。
自分の判断。
自分が。
確認したもの。
それだけ。
ネミティブの目。
青年の予想通り。
そこへ。
向かう。
青年は。
何も。
言わない。
必要。
ない。
答えは。
もう。
ネミティブの中。
ある。
戦場を離れたのは。
十分ほど。
壊れた建物。
裏。
青年は。
壁へ。
手。
「……っ」
吐き気。
喉。
熱。
飲む。
息。
整える。
右手。
震え。
「ちょっと使いすぎたかな」
(顔?)
青年は。
自分の指を見る。
「何回だっけ」
(数えてない)
「僕も」
少し。
笑う。
頬へ。
手。
今。
ルイス。
保てている。
鏡。
ない。
いらない。
「まだ動く」
(うん)
「じゃあいい」
壁。
離れる。
(君、さっき何人だった?)
「知らない」
(古参)
「うん」
(カイル)
「うん」
(ルイス)
「うん」
(死んだ女)
「使った」
(敵も)
「使った」
声。
少し。
黙る。
(どれが君?)
青年は。
歩き出す。
「全部?」
(本当?)
青年は。
笑う。
「じゃあ全部違う?」
(僕に聞かないでよ)
「聞いたの君でしょ」
(そうだった)
青年は。
鼻で。
笑う。
遠く。
銃声。
RAT。
崩れる。
でも。
まだ。
足りない。
ネミティブ。
まだ。
立つ。
カイルも。
二人。
まだ。
繋がっている。
壊す。
青年は。
そこで。
一度。
考え直す。
「壊す、は違うか」
(じゃあ?)
青年は。
遠く。
人の流れ。
見る。
「見せる」
(何を?)
「今あるもの」
カイル。
周り。
人。
集まる。
それを。
ネミティブへ。
見せる。
カイルが。
次の頭。
そんなこと。
青年から。
言う必要。
ない。
ネミティブが。
自分で。
見る。
判断。
「楽だなあ」
(何が?)
青年は。
笑う。
「本人が優秀だと」
一拍。
「材料だけで勝手に行ってくれる」
しばらく。
崩れた屋根。
青年。
見下ろす。
カイル。
人。
集まる。
「逃げたい」
「どうすればいい」
「どこへ行けばいい」
「誰か決めてくれ」
カイル。
怒鳴る。
「俺に聞くな!」
それでも。
人。
見る。
カイル。
「死にたくねえなら逃げろ!」
一人。
動く。
「お前は?」
「残る!」
「何で!」
カイル。
叫ぶ。
「兄貴がいる!」
青年の眉。
少し。
上がる。
「へえ」
(まだ好きなんだ)
「そりゃそうでしょ」
(疑ってるのに)
青年は。
カイルを見る。
「それも別だよ」
自分で。
言って。
少し。
笑う。
「僕と同じじゃん」
(何が?)
青年は。
目を細める。
「両方ある」
怒る。
疑う。
それでも。
兄貴。
カイルの中。
矛盾。
ではない。
少なくとも。
青年には。
そう。
見える。
人。
集まる。
古参。
若い。
怪我人。
カイル。
何度も。
否定。
頭じゃない。
決めるな。
勝手についてこい。
でも。
カイルが。
手を上げる。
「待て」
人。
止まる。
青年の視線。
離れた場所。
ネミティブ。
見ている。
青年の口。
小さく。
「……ほら」
(何?)
「見えた」
青年は。
立つ。
ネミティブの顔。
疑い。
傷。
怒り。
恐怖。
そして。
納得。
――やっぱり。
そんな。
顔。
「僕、何もしてないのにね」
(さっきからいっぱいしてるよ)
「今は」
(便利)
青年は。
少し。
笑う。
「それ好きだね」
下。
ネミティブ。
カイルへ。
歩く。
青年は。
見下ろす。
「何してる」
「逃がしてる」
「俺に言ったか」
始まる。
カイル。
苛立つ。
ネミティブ。
確認。
周り。
見る。
そして。
古参。
動く。
カイル。
手。
上げる。
「動くな」
止まる。
全員。
青年は。
ネミティブを見る。
見た。
確実に。
カイルの言葉。
人。
止まる。
青年。
小さく。
「……完成」
(何が?)
「さっきの噂」
――今の頭より、カイルの方が話が通じる。
――カイルのところに古参が集まっている。
――次のことを考えている。
青年が。
置いたもの。
最初。
曖昧。
嘘。
近い。
でも。
今。
現実。
人。
カイル。
見る。
カイルの言葉。
止まる。
青年は。
満足そうに。
眺める。
(嘘が本当になった?)
「違うよ」
(違う?)
青年は。
笑う。
「僕が言った意味と」
一拍.
「起きてる意味は違う」
(じゃあ嘘?)
「さあ」
青年は。
下を見る。
「見る人が決めるんじゃない?」
その時。
カイル。
声。
「お前」
ネミティブ。
見る。
「自分以外が決めるの怖いだけだろ!」
ネミティブの顔。
固まる。
青年の笑み。
少し。
消える。
「全部見えてねえと怖いんだろ!」
「黙れ」
「皆がお前に聞かねえと嫌なんだろ!」
「黙れ!」
ラド。
リナ。
次は。
俺か。
拳。
カイル。
倒れる。
古参。
銃。
抜く。
「撃つな!」
カイル。
声。
全員。
止まる。
また。
ネミティブ。
見る。
青年も。
見る。
そこで。
初めて。
少し。
笑えない。
(どうしたの?)
「別に」
(面白くない?)
「面白いよ」
でも。
予想より。
少し。
痛そう。
誰が。
とは。
自分でも。
分からない。
その夜。
RATは。
もう。
組織と呼べる形を。
失い始めた。
火。
煙。
悲鳴。
逃げる。
追う。
どこから来た。
分からない。
人。
そして。
ゴイが。
送り込んだもの。
青年は。
瓦礫の陰。
見る。
痩せた男。
人の指。
噛む。
「足りない」
撃たれる。
止まらない。
「足りない」
青年の顔から。
笑み。
消える。
(あれ、君?)
「違
第十九章「一滴」/第二十章「ネズミ」でした。
今回は、青年のやり方が個人から集団へ拡大する話です。
これまでは主に、一人の相手へ材料を置いてきました。
ネミティブへ。
リナへ。
カイルへ。
でも今回は違います。
同じ情報を全員へ渡す必要はない。
むしろ、
この人には補給。
この人には人数。
この人には脱退。
この人には内部の不和。
それぞれに別の一片だけ見せる。
そして全員が、
「今のRATは弱っている」
という同じ結論へ、自分で辿り着く。
第十九章の、
「一滴だけ。水へ落とす。広がる形は、水が決める。」
という言葉が、この二章全体の形になっています。 KillerWorld_イース編_第19章_第20章
そして今回かなり大きいのが、カイルです。
青年はずっと、
「最後に決めるのは本人」
という理屈を使ってきました。
ところがカイルも、
「そいつらが決めたんだ!」
と言う。
言葉だけなら同じです。
でも青年は、そこに違いを感じる。
カイルは、自分の責任を逃れるために言っているわけではありません。
「RATに残れ」と他人の選択を奪うネミティブへ、
「その前に人間だろ!」
と返している。
さらに、
「そいつの間違いまで取んなよ!」
という言葉まで出てくる。
これはリナの、
「私が間違えるのも、私が決めたい!」
とほとんど同じ場所へ辿り着いています。 KillerWorld_イース編_第19章_第20章
青年自身は、まだその違いを言葉にできません。
ただ、
「同じこと言ってるのに」
「違うね」
とだけ感じる。
ここは、青年が使ってきた「選ばせる」と、リナやカイルが言う「自分で選ぶ」の違いが、少しずつ形になり始めるところです。
そして第二十章では、青年のやり方がさらに悪化します。
一人の偽物を作るだけではない。
「誰でも偽物かもしれない」
という疑いそのものを作る。
一度だけ偽物を見せれば、その後は本物同士でも疑い始める。
青年が何もしなくても、
人間が自分で続きを作る。
味方を撃つところまで。
それを見ても青年は、
「僕は撃ってない」
と言う。
まだ、あの理屈は残っています。 KillerWorld_イース編_第19章_第20章
一方で身体の方は、確実に削れ始めています。
古参。
カイル。
ルイス。
死んだ女。
敵。
何度も顔を変え続ける。
頭痛。
吐き気。
手の震え。
そして、
「どれが君?」
と聞かれても、
「全部?」
「じゃあ全部違う?」
としか答えられなくなる。
能力の代償だけではなく、青年自身の輪郭も少しずつ曖昧になっています。 KillerWorld_イース編_第19章_第20章
最後。
青年が作った盤面へ、ゴイが勝手に駒を増やします。
青年はそれを嫌がる。
でも同時に、気づく。
ゴイも結果へ直接触っている。
なら、
「最後の一手には触れない」
という今までの自分のルールは、本当に守る必要があるのか。
「僕だけ最後に触るなってルールでもないよね」
この発想が生まれたことで、青年のやり方はここからまた一段変わっていきます。




