06:その頭に残っていたもの
人は、誰もが自分だけの場所を持つ。
その名は心。あるいは記憶。
己から開いて覗かせる以外、本来ならば他者は決して踏み込めない領域……しかし。
連中は、それを容易く侵してくる。
「ちょっとだけ、ほんのいちまいだけ。気になることだらけのあなた、わからせてもらっちゃいます」
薄き帯で触れる時、そこには、本来一つしかあってはならないものを取られてしまう。
心の中を。
生の記憶を。
自分のものとして、複写されてしまうのだ。
「……っ! や、やめろ……っ!」
拒絶の言葉など届かない。
内心の写しを得るのは帯持つ種族にとって極めて普通の行いであり、また、写しを得たいと感じるのは抗い難い欲求なのだ。そこに遠慮も恥も躊躇も有り得ず、心と思考の共有が忌まわしいことであるなど、まったく想像できもしない。
故に、帯無き種族は恐れ忌む。
他者が知られたくない部分に、踏み込んで恥じぬ横暴。
己が知りたいと感じた決断に、箍が外れて迷わぬ勝手。
人間はこれを【慾帯】と称し、ひとでなしの怪物と定めた。
目に見える慾を隠さず帯びる、全霊で拒まねばならない、恐るべき侵略者——。
「では、いただきます」
眼前に、帯が迫る。彼が秘めていた、自分だけの無形が、無断で複製されんとする。
「ぁつっ!?」
しかし。
少女の帯が鈍色の円柱に触れんとした寸前に、反発が生じた。
火花が散り、帯が跳ね返され……驚きのせいか、拘束が緩んだ。
「……! 今、だ、ああぁぁぁあっ!?」
シャフトはすかさず逃れるも、荷台から飛び降りるのと同時に帯で足首を掴まれ、宙ぶらりんに吊り下げられたまま引き戻されてしまう
逆さの視界で近づいたベルスーチャの瞳は、明らかに先ほどより輝いている。
「あの。あのあのあのあの。なんでしょう。何したのです。今」
「……さあね。そんなの、こっちにもさっぱり」
どうやら帯の侵食を防いだらしいのだが、シャフト自身にも理由などわからない。
そもそも慾帯種族の心理侵入を拒めた例など類を見ず、戦争の間中、捕虜からは情報が抜かれに抜かれ放題だった。——自決用の口内に仕込む毒が装備として支給されるほどに。
「そうですか。……うん、…………うんうん」
ぺたぺたと。無遠慮に、少女が帯ではなく、その手で直接顔を触ってくる。
「決めた。あなた様、わたくしの所有に決定です」
「……は?」
「ただの神秘なら、おカネに替えるは未練無しですが……知りたいと思ったものを知れないまま手放すなど、堪えられない。ええ、この羽衣にかけまして」
示される帯の端は、彼の頭部(仮)に触れようとして弾かれた際、反発の火花を受けたせいだろう、黒い跡が残っている。
「大切にしてあげます。あなたの底の底の底、奥の奥のいちばん奥を楽しむまで。もちろん、拒否権なんてございません。あんなところのそんなものに詰まっていたんです。どうせ行く当ても、生きる頼りもありませんよね?」
「ある」
断固とした主張が、鋭き帯よりなお鋭く空を裂いた。
「行く当て、生きる頼りなら、誇れる一つを持っている。そうだ、僕は絶対に帰るんだ、あの人のところへ。……生きているなら、生きているって! 今度こそずっと君のそばにいるって、伝えなくちゃ、ならないんだ——!」
使命の咆哮はしかし、状況を好転させはしない。身体を拘束する羽衣は依然弛まず脱出できず、むしろ、こうした感情の激発に慾帯種族の好奇心はより刺激され、ベルスーチャは身を震わせ、既に捕らえた獲物への歓喜に身を震わせる。
……そこには、何か。
未知を収集する神秘盗賊として以外の、別の熱量も、垣間見えていた。
「素晴らしい。これです。この、帯なくとも結び付かんとする、心の熱量です。私はやはり、間違っていな——」
呟いていた何かはしかし、最後まで紡がれきりはしなかった。
ベルスーチャが、それを見たからだ。
……今しがたまでシャフトが詰め込まれていた、件の箱の……そこに貼られていた箱と蓋を繋いで封をしていた布切れの【札】が、発動の前兆として、ちかちかと火花を瞬かせたのを。
それは、竜殻にまつわる場所でのみ起こる超常事象、魔法の前兆であった。




