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05:失った顔、新しい頭


          ■■■


 銀鉄帝国の敵、慾帯種族。

 彼我を明確に分断する基準とは、文化でも価値観でもなく……もっと即物的な要素、生まれながらに備える、その美しく恐ろしき道具であった。


 帝国では慾帯種族の危険性をこのように言う。

 連中は、武器であり防具であり拘束具であり拷問具を、軍属から民間まで、誰もが武装し、それも熟練しているに相応しいのだと。


「……っ!」


 シャフトが動こうとした瞬間にはもう、先手取られていた。

 宙を優雅に漂っていた帯が、突如獲物を狙う蛇の速度で迫り全身に巻きつかれてしまう。

 抵抗すらもできない。拘束は苦しくないのに、一切の身動きが取れない。内側から押し上げることも出来ず、そこに籠められている力の差をただただ思い知らされる。


 ……ところで、本人に自覚はないが。

 目覚めた折、箱の蓋を飛ばした“何か”は、発揮されていない。


「あれれれ、暴れるのはおかしいのでは? 羞恥している状態を、せっかく隠してあげましたのよ?」


 人が手足を動かすのに殊更な手続き(プロセス)を介さないのと同じく、慾帯種族が帯を繰るのに特別な動作は要らない。帯は巻き付いた彼ごと飛び、主の元へ獲物を届ける。


「でも、少々窮屈でしょうね。あなた様が、ほんとうに隠さねばならないものを、隠して生きようと思ったら」

「……? 何の、ことだ?」

「もちろん。()()のことですわ」


 少女はポケットから手鏡を取り出すと、自分とシャフトが同時に映るように顔を寄せて頬をくっつけた。

 そうしてシャフトは、少女が一体、何をあんなに面白がっていたのかを目にする。



 帯で掲げた手鏡の中。

 顔の横にピースを添える少女の隣に、機械の円柱を胴体に乗せた怪人が映っていた。



「…………え。ぇぇぇぇえ……!?」


 ない。

 頭がない。

 過去の認識と合わせる顔が、三十二年間見慣れた面相がおさらばしている。


 まるで悪い冗談だ。部隊の仲間に『警戒する意味なさそう』『小動物が近寄るのもわかる』『むしろ逆に害ありそう』と称された童顔に代わる文字通りの“新顔”には、人間味がなく、親しみもない。


 首にピタリとくっついた、太く長い鈍色の柱の中心には赤い光がひとつだけ灯っており、およそ生物の頭部にあるべきもの、目も耳も鼻も口も、“外”と繋がるためのあらゆる#器官しくみを欠いている。


「こ。これ。声とか、僕今どこから出してるの」


 当然の疑問が無い口をついて出るが、或いはそれこそ、存在しない目を逸らしている。

 疑問を呈すなら、こんなものがどうやって生きているんだ、が第一だろうに。


「そんなもの、こちらこそ聞きたいですわ、おタカラさん」

「お。おたから?」

「申し遅れました。わたくしは、埋もれて閉じ込められた・忘れられて眠ったままの可哀想な価値を出土発掘し、世に再発見させて差しあげている、正義に篤き者でして。今回は、妙な地下施設にあった妙な箱、ひいてはその中身、面白いあなた様が戦利品。この世再デビューを導く仲介業者……ベルスーチャ・ワーデンポートの名、愛おしく記憶しておいてくださいな」


 我儘に、貪欲に、大胆不敵に。少女……ベルスーチャは口を裂くように笑む。

 一方、シャフトは今し方明かされた情報の意味を考える。


(……妙な地下施設の、妙な箱……?)


 シャフトの知る限り。自分の最期は……隊長を狙撃から庇っての死亡だった。

 自分にその後、何があった?

 誰が回収し、何をされてこうなった……?


「しかし、びっくり仰天ですわね。回収してアジトに帰る途中で、まさか中身が暴れて自分から飛び出してくるなんて。活きの良さも良し悪し、このままでは顧客宣伝用のお写真も撮れませんわ」

「……あのさ。ひょっとしてだけど、あなたの活動、盗掘者とも呼ばれてない?」


「あら! そうですそうです、失礼な話ですわよね? まったくひどい難癖ですわ。まあ? ある面から見てみれば? ドロボーという不確かな称号も? 当てはまる部分がなくは? ないのですけれど?」

「なるほど。僕、これから。珍妙な出土品として売られようとしてるのか。…………んく! はっ、ほっ!」


 再度必死で抵抗するものの、やはり拘束は微塵も緩まない。

 これこそ、銀鉄帝国が竜の向こうがわから来た存在を怪物と恐れた理由だ。


 典雅な見た目と裏腹に、その種族の持つ生体武装は凶悪すぎる。

 それは布の軽さと柔らかさとを持ちながら、鋼の頑丈さと身体の一部としての自在さを併せ持つ万能の道具。冶金鉄火に基づく文明外の未知の兵器は、戦場の在り方を悉く覆してきた。


 ……加えて。

 恐ろしいのは、それだけではない。


「——はぁぁ、あ。もう、いけませんよ。そんなつもりはなかったのに。こんなことをすれば、お手付きだと値切られてしまうのに」


 少女が声と肩を震わせ、シャフトを巻いている帯の片方の端が、その形質を変えていく。

 これまで武器であり防具であり拘束具であったのが……半ば透けて見えるほどに薄く。

 貼り付けて、下のものを写し取る為の紙めいた状態に。


「そそらせるあなた様が悪いのですからね、おタカラさん」



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