18:竜殻奇譚編集部記者ペンタ・パルナ
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「実はその……申し訳ないのですが、書き物をしているのを、覗いてしまいまして」
公園を離れて街を歩きながら、ペンタが円柱頭へ話しかけてきた理由を説明する。
「職業柄、ですかね。人が書いている文章には興味が湧いて湧いて仕方がなくって。つい」
「成程……あれ? でも、いつのまに? 後ろを通りかかったりされましたっけ……?」
「それはその、こうやりまして」
ケース背面にフックのついた端末を引っ掛け、羽衣が上へ伸ばされる。……褒められた手法ではないが、確かにそれならば、遠くからこっそり手帳を覗けるか。ちなみに、これを羨ましく思った精錬人も同じことをやるために、【自撮り棒】というものを開発した。
「すすす、すみませんすみません! ですが、びびっと来たんです! なんてすてきな文章を綴るかたなのだろう、って! 添えられているスケッチ、あれも、とても味がありました!」
謝りから褒めで畳み掛けてくる。この言葉を受け、覗き見を咎める気も霧散し、本人知らず頭のランプも点滅する。
「ひょっとして、同業の方でしょうか……あ、えっと」
「シャフト・エーギリーです。文筆などは……仕事で、それなりに」
重い装備を担ぎ、不可思議の原を歩き、銃火を放って戦争に従事する平凡な一兵卒には、敵を倒す以外の任務があった。
それが、銀鉄帝国【栄光の王冠】所属、特殊情報取扱記録伝達兵。
第十三皇女の戦争を帝都の民に伝える、情報の発信元となること。
皇女の傍らで、画材を携え、その活躍を記し続けたのが彼だった。
「最初にやってたのは、絵のほうだったんです。本業にできるほどじゃない手慰みで、けど、一応は経験があって、周りで一番ましなのが僕だった、って成り行きで」
任務として国に求められたのは絵だけだったが、そこに、当の本人……レキーナからの、熱烈な要望が加わった。
『ねぇ、シャフト。あなたの絵はとっても素敵だけど、これでも十分完成だけど……もっと楽しくしてみないかしら? 具体的には、そう。もっともっと、あなたを足すの!』
そんなふうな提案で、戦場の皇女を描く記録兵の仕事に、【随筆】が追加される。
書き物に関してはど素人だったシャフトは、技巧も知らないし要点もわからない。
だから、せめて。嘘だけは吐かず、出し惜しまなかった。
己が感じた美しさ、己の中に灯った光を、刻み込み、叩きつけるように記した。
学のない絵以上に【人に読んでもらうための文】を書く心得などない。拙い上に間違いもあったろうし、本国での評判を聞く機会もなかったが、直に『これでいいさ』と開き直った。
シャフトの随筆は、一番近い読者である隊の皆に好評だったし——何より。
『…………ふふ。あははははははっ! いいわねこれ! やってくれるわ記録兵! こんなの見せられちゃったら、私、自分に勇気をもらっちゃうじゃない!』
レキーナに、明日の力を与えられた。
それだけで、シャフトにとっては、百万の賞賛に勝る価値だったから。
「——そうですね。自信はありませんけれど、経験と誇りはあります。これがお役に立てるなら、是非、使ってやってください」
「エーギリーさん……ありがとうございます! うう、なんてよい巡り合わせでしょう! 今日という日を感謝します、羽衣の太守さま!」
感極まり半泣きのペンタと、そうして一緒に歩き出した。
「事務所に着いたらごちそうします、秘蔵のお茶菓子! 食い意地の張った人に取られないようにですね、こういう時のおもてなし用に隠しておいた有名店のとっときが……あ、いけます? 大丈夫です? その……食事とかってできますかね、このおあたまで?」
「あ、はい。そこのところはなんとか。食べないと死んじゃいますし。ただちょっと特別なやり方が必要で、その、慣れるまでは苦労したんですけどね」
「ふえええええ……! ぜ、是非その様子も見せていただけると嬉しいです! 好奇心で!」
そんな雑談を行いつつ、二十分ほど歩いた末。
ホロハニエの一角、【竜殻奇譚編集部 口コミタレコミ随時募集 謝礼応相談】の看板が出ている寂れた雑居ビルに辿り着いた。
「さあ、着きましたよ! エーギリーさんを活かせる場所に!」
狭い階段を昇った三階、磨りガラスの窓がついた扉を開けて中に入る。
そこは、“戦っている者たち”の場所だった。
四脚の机には領地ごとの個性があれど、整理整頓という概念が尽きて久しいことを感じさせる風格を醸し出す。壁にベタベタと印刷された紙が乱舞している様は迷走を極めた作戦会議室の気配で、胃が痛くなりそうなほど懐かしい。
そして、シャフトがそんな光景に面食らっている間に、背後でカチリと音がする。
「……え?」
振り向くと、ペンタが羽衣を伸ばして入り口の鍵を閉めていた。
——なんと言おうか。
包み隠していたものが剥き出しになった、そんな顔で。
もっと言うなら。
卑猥な顔で。
「確保ぉーーーーーーーーっ!」
「えええええぇぇぇぇぇっ!?」
次の瞬間、シャフトは羽衣に巻き付かれ拘束されて床に転がされ、ダメ押しとばかりに馬乗りになられていた。




