16:養われるはオジサンにあり
「ごめんごめん。や、あんまり百点なもんだからさ。タイムスリップもののお約束まんまじゃん、フツーの生活サポートAIにこんだけナイスなリアクションとか!」
その反応だけで、自分にとっての異常が彼女にとっての、つまり現代の日常と知れた。
ん、と親指で示されるのは壁のプレート。声はどうやら、そこから出たらしい。
『そちらの方が、例の?』
「うん。データは登録しておいたよね、本認証お願い。これから一緒に住むから」
ほら、とレイチェルに背を押され、レンズの前に立たされた。そこについているカメラが上から下へと動き、シャフトの姿を収めていく。
『生体認証、完了いたしました。これからどうぞよろしくお願いいたします、エーギリー様』
「よ、よろしくお願いします、はい」
プレートの隣にある扉が開き、中へ入ると、体の持ち上がる浮遊感。
昇降機であるとはわかったが、静かだし、揺れないし、仕組みがまったくわからない。
異国建築めいた廊下を歩いて案内された先は、彼女が住んでいる家らしかった。
「そっちの部屋がオジサンの。一通りは準備してあるけど、オトコの人が生活すんのに細かいトコまで気ぃ回りきってないだろうからさ、足りないのとか欲しいのあったら申告ヨロ。カタログ見りゃ大抵は載ってるし、ハウトゥーも動画で流れっから」
促されるままに開けた扉の向こうは、妖精に化かされたかというような部屋だった。調度品の豪華さ、電灯の明るさ、与えられた覚えのない“自分の空間”に眩暈さえ覚える。
一面はガラス張りのベランダになっていて、その向こうに都市の外の平原が見えた。認識が追いつかない。こんなに上に登るほど、あの昇降機に乗っていただろうか?
「あっは。イイ顔、イイ顔。驚いてるじゃん、ムカシ軍人」
声に振り返ったシャフトは「うひゃわぁ」と悲鳴を上げてしまった。
制服を着込んでいたレイチェルが、上着を脱いでいる。インナーはしっとり汗ばみ、飲み物の缶らしきものを傾けている。
「なぁにその反応。戦争してたんでしょ? 皇女様との任務中、こういうトコ見なかった?」
見なかったわけではない。
拠点を持たぬ特殊作戦部隊【栄光の王冠】が在ったのは戦場で、一所に腰を据えず方々駆け巡る野外活動が最も長かった。風紀に規律や機密保持は厳とされても、男女別とする仕切りなどは場所も時間も手間も要する贅沢品であり、度外視されることはままあった。
部隊員同士の距離は階級も越えて近かったが、それでも相手は畏れ多くも第十三皇女。更に言えば幼い少女。世話役なんて大層な役割は本人が不要と断じ設けなかったが、それでも身の回りの云々はその時々で女性隊員がやっていたし。
「ふぅーん。へーぇ。そっかそっか、そりゃそっか。ま、今の私は、あの当時のおばあちゃまよか、オトナのオンナではあっからねー。胸もバインバインだし」
からかうように言ってくるが、彼女から何かを改めるようなことはしない。ここの家長は自分だし、これが今の時代のスタンダードで、遠慮も合わせもしないという態度だ。
「イマはムカシと違うんだから、色々慣れてこうね、オ・ジ・サ・ン?」
よろしくお願いします、とどうにか返し、それからシャフトは、確認を付け足す。
「……君、ええと、レイチェルさん」
「うん?」
「最初に助けてくれた時と、雰囲気違うね……?」
「ははは、そりゃそうっしょ。仕事とプライベートの時間、おんなじ態度なわけなくない?」
そんなこんなで、シャフト・エーギリーの新生活は始まった。
戦争の終わった平和な時代、背を蹴られない自由な己——百年前には、どう足掻いても手に入れようのなかったそれらを、彼は、存分に持て余した。
隊では機械の扱いに長けていたほうではあったが、羽衣人と組んだことで起きた技術革新にはまだまだ理解が追いつかず、道具に振り回されることもしばしば(代表例:オートロック締め出し事件)。
かつて羽衣人の負傷者と接触した折、彼らの生態を記した報告書を読み込んでコミュニケーションを成立させた経験を胸に、ホロハニエの常識を知ろうと雑誌を手に取ったところ、表紙に書かれた『巻きたいor巻かれたい イマドキホロッ子は知ってる帯テク100選』の意味を解読し切れず、表紙もめくれぬまま朝を迎えレイチェルに大いに笑われた。
「あっははははは、いやカッタいカッタいマジウケる! ンなガチガチになることある!? ほらほらオジサン、肩の力抜いて! しくってもだーれも死にゃしないから!」
仕事帰りの年下少女に肩を揉まれつつの大らかな激励を受ける日々。
めげず弛まず諦めず、色々な道具に触れてはたまげ、フィールドワークに繰り出しては転げる内に、ようやくシャフトにも、現代常識が更新されつつあった。
……あったが、それとこれとはまた別問題。
「僕、これでいいのかな?」
ある夜のまったりタイムでのこと。羽衣人の帯研究から生まれた製品の一つ、プロジェクターで壁にキネマを映して見る時間に、寝巻きに身を包んだシャフトが疑問を差し込む。
「こっちに来てしばらく経つけど、毎日毎日好き勝手に遊び呆けてるだけっていうか……世話になるだけなりっぱなしというか……」
「いいじゃん。何が問題?」
ソファの隣に座るレイチェルが首を傾げる。
「オジサンの世話してってのが、おばあちゃまの遺言だよ? カネとか心配してんならそれバツね。それ用の遺産も継いでるし、生活費もろもろそっから出てるから」
「い、いや、でも。レキーナが言ってくれたのは嬉しいけど、でも、それをやらされるのって楽じゃないよ。レイチェルさんの人生はレイチェルさんのものだし、君にも負担とか……」
「ん」
口を開け、べ、と綺麗な舌を出される。テーブルの上からチョコを取り、包みを解いてそこに乗せると、口を閉じながら、にひと笑われる。
「ンなもんゼロっす。何でもないっす。私ねー、今の、家帰ったらオジサンがいる生活、めっちゃエンジョイしてますが? もっとわからせたほうがいいってんなら、そうしてあげっけど?」
言いながらしなだれかかられて、シャフトとしては戸惑いが強い。頼りっきりの自分はお荷物で、彼女にそういう感情を向けられる心当たりがない。
「ふふふふ。いーよいーよ、今は別に。わかんなくても。……私ね、今、物語ん中いるみたい。ほんと毎日、楽しいんだあ。だから、いつまでだって考えてていいよ。それだけのことやったんだから。それだけの苦労越えて、今、起きてんだからさ。ふふふふふふっ」
何度も考えた。結論は同じだった。
——いつまでも、一方的にお世話になりっぱなしは落ち着かない。
レイチェルとの生活がつまらないわけはまさかないが、このままでいいのか、という思いが常にある。それは胸の奥で燻る焦燥のようで、意味を求めずにはいられない切迫だ。
平和になった世界。
自由になった自分。
この時代で、シャフト・エーギリーは、何をやって生き直すのか——




