第899話 エメラルドの邂逅22
「なあに? お母さん」
そっと、ヌアはノアを抱き締めて囁く。
「ここから逃げなさい」
「え? お母さんは? お母さんも一緒に逃げようよ」
「私は行けないわ。あれを止めなきゃいけないから」
「お母さん負けないよね? 帰ってくるよね?」
震え泣きそうな声のノア。
「ええ勿論」
「帰ったら、ごはんお父さんと一緒に皆で食べよ。それから皆でお話して、皆で寝るの」
紛れもない幸せ。ごく普通の一家の生活。
そんなありふれた当たり前の幸せをノアは望んだ。
「そうね。メニューは何にしようかしら」
優しくノアの頭を撫でるヌア。
「お母さん!」
ノアは思いっきり抱きついた。
最後の別れを惜しむように。
悔いを残さないように。
今だけは時が止まれと。
だけど、どんなに凄い魔法使いも、どんなに偉い王様さえも時計の針の止めることはできない。
「さあ、行きなさい──」
その言葉と同時にノアは泣きながら走り出した。
待っててお母さん強い援軍を呼んでくるから。
*
ノアが走り、街を出ようとした時だ。
「おや? 随分と魔力の強い小さいのがいますね」
黒いスイセン服に黒髪の男性。
そして何より桁違いの魔力。
「大導師……」
「そうか、これは大聖女の娘か」
ビビってる暇はない。先手必勝とばかりに走り出す。
「《還元せよ》──〝疑似聖剣〟!」
ノアの背丈の何倍もある、大きな剣が現れる。
大導師に向かい魔力を強く込め振りかざす。
胴体を真っ二つに裂くが……
「手応えが無い!!」
斬った先から瞬時に傷が回復する。
「これはこれはお見事。ですが、その程度の魔力じゃ私にダメージは入りませんよ」
ふむ。と、少し何かを考える仕草をする大導師。
「悩みますね。今殺して心臓を奪うか、もう少し育つのを待つか──いえ、摘んでおきましょうか」
大導師の手がノアの心臓に伸びる。
ダッ──
その間に割って入り、ノアを抱き締め距離を取る一人の影が現れる。
「お、お父さん!!」
「大丈夫か!? ノア」
赤髪に後ろ髪を少し長めの一本結びのテールヘアーの三十後半ぐらいの男性。彼はノアの実の父である──ベルモンド・フォールトューナだ。
「大導師……やっかいなのが来たな」
険しい顔付きで大導師を睨むベルモンド。
「ノア、この道を真っ直ぐに進んで〝大都市エルクステン〟へ向かうんだ。お爺ちゃんが待ってる」
「お、お父さんは!?」
「あれの相手だ。随分骨が折れそうだが」
そう言いながら背中の大剣を抜き、構えるベルモンド。
そこに新たに一人乱入者が現れた。
「失礼、私も戦わせてもらえるか!」
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