第50話 お盆 兄さんが帰ってくる 初出09.3.7
オレは三面鏡に向かって念入りに化粧していた・・・これから麻衣と一緒に兄さんを迎えに行くためだ。弟が兄さんに会うためにお化粧するというのも変な話だが、オレはもう見かけは女の子なのだから仕方がない。たとえ兄さんが女になったオレを認めてくれなくても、せめて少しでもキレイなオレを見て欲しい・・・こんなことを考えているオレはやっぱり変だと思う・・・
(兄さんに会うのに、こんな可愛いワンピースを着るなんてどうかしてる・・・)
そう思いながらもオレは白いレースがついたワンピースを選んでいた。可愛いなかにも清楚な雰囲気があるのが気に入っている。
しっかり化粧はするけど、厚化粧に見えては台無しだ・・・それにいかにもバッチリお化粧してると思われたら恥ずかしいし・・・できるだけ素肌っぽいメイクを心掛ける。
くちびるは二光さんに習った、少し大きめに塗る方法を試してみる・・・思わずキスしたくなるぷっくりくちびるだ・・・別に兄さんにキスされたいワケじゃないけど、可愛いから試してみるだけだ・・・
「お姉ちゃん、まだ? もう時間だよ!」
「・・うっ・・うん・・・でも・・髪がまだなの・・・!」
オレは髪をどんなふうにまとめるか考えてなかった・・・苦手だからどうしても後回しにしてしまうのが悪いクセだ・・・
「有希!降りてらっしゃい。かあさんがやってあげるから。早くしないと有友〈ありとも〉ついちゃうわよ。」
「・・う・・うん・・・」
オレは素直に従った・・・どう考えても、そんなに短時間でやるなんてオレには無理だ・・・
髪をキレイにまとめてもらい、かあさんの車で博多駅まで送ってもらう。駅についたのは新幹線が到着する時間の少し前だった。何とか間にあってホッとした・・・
「かあさんはこのまま仕事に行くから、有友と一緒に帰りなさいね。天神でごはん食べてもいいから、有希、あずけたお金持ってる?」
「うん、ちゃんと持ってる。」
「それじゃぁ、気をつけてね。」
「はい、行ってらっしゃい!」
ロータリーを回って行くかあさんの車に手を振って見送ると、オレと麻衣は急いで新幹線のホームへ向かった。
エスカレーターを上がってホームに着くと、ちょうど新幹線が入ってくるところだった。
もうすぐ兄さんに会うのだと思うと心臓がドクドク鳴り出した・・・急に自分の恰好が恥ずかしくなってくる・・・こんな可愛い服を着なきゃ良かった・・・
「麻衣・・わたしの恰好・・おかしくない・・・?」
「ぜんぜんおかしくないよ。今日もお姉ちゃんすごく可愛いよ。」
「・・・・・・」
そんなこと言われると、よけい恥ずかしくなってしまう・・・
「・・兄さん・・どこらへんに乗ってるかな・・・もう少し後ろのほうかなぁ・・・」
オレが後ろの方を見た時、新幹線のドアから出て来る兄さんの姿が見えた! 1年前に会った時より髪が少し長い・・・
「に・・兄さん!」
オレたちが駆け寄ると、兄さんはこっちを向いて微笑んだ。その笑顔がなんとなくニースの山上くんに似てて思わずドキッとした。
「有友兄ちゃん、お帰り!」
麻衣はそのまま兄さんの腕に抱きついた・・・その無邪気さが羨ましい・・・
「麻衣、ただいま!」
兄さんは麻衣の頭を撫でている。オレはノドがカラカラでなかなか声が出ない・・・
「・・に・・兄さん・・お帰り・・・」
「ただいま、有希。」
「・・ご・・ごめんね・・オレ・・こんなになっちゃって・・・」
しまった・・兄さんとの習慣で、ついオレって言っちゃった・・・
「有希、綺麗になったじゃないか。一瞬誰かと思ったよ。」
「・・そ・・そんな・・・オレ・・何も変わってないよ・・・」
自分のことをオレと言うのを、麻衣が不思議そうに見ている。でも今さら変えられない・・・
「そうか? ずいぶん変わったように見えるけどな。でも有希が変わってないって言うならそうなんだろう。」
「さ、行こうか。」
そう言って兄さんはオレの肩を抱いた。オレは緊張してもうガチガチだ・・・
「・・兄さん・・荷物ひとつ持つよ・・・」
オレは兄さんが持った大きなバッグを、なかば奪うように引き寄せた・・・
「いいよ、重いだろう。」
「ううん・・こんなの全然・・・」
しかしオレはその重さにふらついた・・・去年は全然平気だったのに・・・今年の荷物が去年より重いのか・・・それともオレに力が無くなってしまったのだろうか・・・きっと靴のせいだ・・こんな踵の高いサンダルを履いて来なきゃ良かった・・・
「有希、重いだろう、片方持つよ。」
フラフラするオレを気遣ってか、兄さんはそう言った・・・
「・・うん・・・」
オレは仕方なくバッグの片方を兄さんにあずけた・・・まったく自分で持つと言っておいて、情けないったらない・・・
「麻衣、お願い・・・わたしのこと前みたいに・・お兄ちゃんって呼んでくれない・・・?」
麻衣と一緒にトイレに入ったオレは、麻衣にそう頼み込んだ。
「・・どうして・・・?」
「・・いまさら・・“わたし”なんて言えないのよ・・・有友兄さんの前だけでいいから・・ね・・?」
「・・・うん・・・わかった・・・」
麻衣はしぶしぶながらうなずいてくれた。兄さんの前でオレって言ってしまった手前、いまさら“わたし”なんて言い直すのが恥ずかしかった・・・
改札を出ると兄さんがオレに聞いた・・・
「有希は自分で化粧してるのか?」
「・・うん・・・男がお化粧するなんて・・変だよね・・・」
「有希は自分のこと男だって思ってるのか?」
「・・・だって・・・」
オレは何て言えばいいんだろう・・・
「お兄ちゃんね、JINONで女の子としてモデルもやってるのよ!」
「へ〜すごいじゃないか。」
「・・そんな・・ただの読者モデルだよ・・・それにまだ発売されてないし・・どうなるかわからないよ・・・」
麻衣もよけいなこと言わなくていいのに・・・
「でも、楽しみじゃないか。何月号に載るんだ?忘れないように見なきゃな。」
「・・あ・・でも九州版だから・・・京都じゃ売ってないんじゃないかな・・・」
「そうか、それは残念だな・・・」
兄さんには女の子のモデルやってるオレなんて見て欲しくない・・・
「あたしが写メに撮って送ってあげるよ!」
・・・麻衣ったら・・またよけいなことを・・・
オレたちは天神で食事をしてから家に帰った。食事の間も兄さんとはあまり話すことが出来なかった。やっぱり麻衣の前では男言葉でしゃべりにくかった・・・
「ただいま。」
兄さんが言うと書斎から父さんが出て来た・・・いつもはオレたちが「ただいま」って言っても出てこないのに・・・
「久しぶりだな有友。ビールでも飲むか?」
「いや、まだいいよ。」
「そうか・・・」
「・・あの・・とうさん・・お昼食べたの?」
「ああ。」
「そう・・ドーナツ買ってきたから、お腹すいたら食べて。」
「ああ、後で食べるよ。それじゃ、おれはまだ仕事が途中だから、有友はゆっくりしてなさい。」
「うん。」
父さんはまた書斎に入ってしまった・・・せっかく兄さんが帰ってきたのに・・・仕事じゃ仕方ないけど・・・
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夕飯には、かあさんも帰ってきて久しぶりに全員そろっての食事だった。
食事が終ると、兄さんは父さんとお酒を飲みながら難しい話をしていた。オレは話に入っていけず、つまらない・・・それに・・兄さんとは男言葉で話してしまったから、家族といると話しにくくて仕様がない・・・女言葉で話すのに慣れてしまった家族の中で、男言葉で話すのもまた恥ずかしかった。おかげで今日のオレは無口だ・・・
食器を洗い終るとやることがないから、オレはお風呂に入ることにした・・・このままいても何も話せないし・・・
髪と体を洗って、湯舟につかっていると、今日兄さんを初めて見たときのことを思い出してきた・・・オレはいままで兄さんがニースの山上くんに似てるなんて思ったこともなかった・・・もちろん兄さんは普通の人だし、アイドルの山上くんと比べるなんて無理な話だけど、それでもなんとなく似てる気がする・・・もしかしてオレがなんとなくニースの中から山上くんを選んだのも、無意識に兄さんの面影を感じたからなのだろうか・・・
ふとスリガラスの向こうに人影が見えた・・・かあさんが何かしてるのだろうか・・・かあさんとはオレが女の子になってからは、時々いっしょにお風呂に入るけど、今日は兄さんが来てるから、まさかそんなことはないだろうと思うけど・・・
「有希、入るぞ?」
「!!!」
兄さん?! オレは慌てて湯舟に口まで身体を沈めた・・・入浴剤を入れててよかった・・・透明なお湯ではオレの胸が丸見えだ・・・
「有希と入るのも1年ぶりだなぁ。」
兄さんは身体にお湯をかけると、そのまま湯舟に入ってきた。
「・・兄さん・・酔ってるの?」
「ん? まあ少しは酔ってるかな。」
「・・な・・なんで・・・?」
「何が?」
何がって・・・
「・・オレ・・もう兄さんとは・・入れないよ・・・」
「そんなことないだろう。いま入ってるじゃないか。」
「・・それは・・兄さんが勝手に・・・オレ・・もう女の子だから・・・兄さんとは入れないんだ・・・」
オレは見えないとは思いながらも、お湯の中で両手で胸を隠していた。
「・・ねえ・・兄さん・・・頼むから、一旦出てくれない・・? そうじゃないと・・オレ出られないよ・・・」
「いいじゃないか、おれは別に見ないからさ。」
「・・・ズルイよ・・・もう・・・」
でもオレもそんなに長くは入っていられない・・・このままじゃ茹だってしまいそうだ・・・そろそろ出なきゃ・・・
オレは仕方なく、洗った髪をまとめて頭に巻いていたタオルをお湯に浸け、見えてはいけないところを隠しながら上がるしかなかった・・・でもバスタオルじゃないから、どうしても限界がある・・・胸と股間を何とか隠すと後ろは丸見えだった・・・女になったオレの身体を兄さんに見られていると思うと、恥ずかしくて真っ赤になってしまう・・・
オレは湯舟から上がると、体も拭かないまま急いで脱衣所に駆け込んだ・・・
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いったい兄さんは何を考えているんだろう・・・オレは自分の部屋でドライヤーで髪を乾かしながら考えた。
兄さんはきっと酔っぱらってて、自分でも何をやってるのか判らなかったのではないのだろうか・・・そう自分を納得させようと思ったが、どう考えてもそんなに酔ってるようには見えなかった。
思い出しただけでドキドキする・・・今日はもうこのまま寝よう・・・そう思って髪を乾かし終ったドライヤーを仕舞おうとしたとき、ドアの外で声がした・・・
「有希、開けてくれ!」
兄さん? でも今は会いたくない・・・さっきの余韻がまだ残ってるし・・・それに・・・もう寝るつもりだったから、ピンクのベビードールを着ているし・・・ブラもしていない・・・こんな恰好じゃ恥ずかしすぎる・・・
「おい!有希、手がふさがってるんだ。早く開けてくれ!」
「・・・・・・」
オレは覚悟を決めてドアを少し開け、外に顔だけ出した。
「なに? 兄さん・・・?!」
オレの目に入ったのは布団だった・・・兄さんが布団を抱えている・・・
「・・な・・なに・・・?」
「なにって、寝るのに布団は必要だろう。」
「・・・ま・・まさか・・ここで寝るの?!」
「まさかって、いつもここで寝てるだろう。元々はおれの部屋なんだし。麻衣の部屋で寝るわけにもいかないだろう?」
「・・それは・・そうだけど・・・」
たしかにオレが使っている部屋は、元は兄さんの部屋だった。この家に越してきた時は、オレと麻衣はまだ小さかったから、今の麻衣の部屋をふたりで使い、この部屋は当時高校生だった兄さんが使っていたのだ。この部屋に窓がないのもそのためだった。兄さんが大きな本棚で窓をつぶしてしまったのだ。この本棚は入れるのも大変だったから、今でもそのままになっている。兄さんの部屋だったころはギッシリ本が並んでいたが、今は・・・ほんの少しの本と・・オレのヌイグルミが並んでいる・・・
「この部屋もすっかり女の子の部屋になってるなぁ。」
「・・ごめんね・・こんなにしちゃって・・・」
「いいよ。もうこの部屋は有希の部屋なんだから。おれは帰ってきた時に寝るだけだ。」
・・・そんなふうに言われると・・・他のところで寝てほしいなんて・・とても言い出せない・・・
「兄さん、ベッド使ってよ・・オレが布団で寝るから・・・」
「いや、おれは布団でいい。寮でも布団だからな。」
「・・そう・・・?」
透けていないだろうか・・・ブラをしていない胸が気になる・・・
「そうだ。有希は薬はどんなの使ってるんだ?」
「・・あ・・今は注射だよ・・・前はパッチを貼ってたけど・・・」
そういえば少し残っていた・・・オレは鏡台の引き出しを開けて残っていたパッチと薬を兄さんに見せた。
「あぁ、このパッチは避妊薬だね。」
「え? でも・・オレ避妊なんて必要ない・・・」
「いや、避妊薬というのは成分は女性ホルモンなんだ。女性ホルモンを使った薬は本来、男を女にするための薬じゃないのさ。そういう用途の薬は作ってないから、他の薬を代用するんだ。」
「へぇ・・・そうなんだ・・・」
さすが兄さんは薬科大だけあって薬に詳しい・・・
「こっちは精神安定剤か。どれくらいの頻度で使ってる?」
「・・そんなには使ってないよ・・どっかに出かけて、緊張しそうな時だけ・・・」
「そうか、まあその程度なら問題ないだろう。あまり頻繁だと副作用の心配もあるけど。」
そういう薬だったんだ・・・たしかに特別な時以外は飲まないように言われていた。
(注意:薬や医学の話は正しいとは限りません。あくまでフィクションとして読んでください。)
「有希の学校の校医はなんて名前だっけ?」
「白石先生、白石香帆〈しらいし かほ〉先生。女の先生だよ。」
「ちゃんと薬の説明はしてくれる?」
「・・う・・うん・・・でもオレには難しくて・・・でもいろいろ相談にも乗ってくれるし、優しい先生だよ。」
「そうか・・・」
「有希は女の子になっても男言葉でしゃべってるのか?」
「・・うっ・・ううん・・・ごめん・・兄さんの前だと・・恥ずかしくて・・・普段はちゃんと女の子らしくしゃべってるよ・・・」
「そう、ならいいんだけど。」
「・・うん・・こんど・・今度兄さんに会う時には・・ちゃんとしゃべれるようになってるから・・・もっと自信が持てるようになるから・・・今回だけは・・・」
「無理しなくていいよ。おれの前では昔のままでかまわない。」
「・・うん・・ありがとう・・・」
「有希も苦労してるんだろう?」
「・・そんなこと・・ないけど・・・」
兄さんはオレのことを気遣ってくれてるのか、オレが女になった理由とかは聞かなかった。聞かれたらどうしようと思っていた・・・だってオレ自身も・・理由なんて良くわからない・・・
オレは兄さんの前で男言葉でしゃべりながらも、気持ちはまるで恋する少女のようにドキドキしどうしだった・・・恥ずかしい気持ちが、よけいにオレを女の子らしい気持ちにしてしまうのだろうか・・・
寝るために電気を消すと、兄さんは疲れていたのか、お酒を飲んだせいなのか、すぐに寝息をたてて眠ってしまったようだ。でも、オレは気持ちがたかぶってしまい、なかなか寝つけなかった。
兄さんがオレのことをどう思っているのかは良くわからなかったけど、でも嫌われてはいないようだし、オレが女の子になる前と同じように接してくれている・・・おかしいのはオレの方なのだろうか?・・・恥ずかしくてたまらない・・・
きっと山上くんに似てるなんて思ってしまったから、そのせいで意識しすぎているのかもしれない。オレは兄さんのことが好きだけど・・・でもそれは兄弟としてであって、兄さんのことを男性として好きなわけではない・・・明日はもっと普通に兄弟として接することが出来ることを願いながら、オレは眠りについた・・・




