第38話 水泳 オレの水着なんてありえない! 初出09.1.1
「なるほどね、でもそれはあまり心配しなくていいと思うわよ・・・・はい、終り。」
白石先生はオレのお尻に刺した注射器の針を抜くと、アルコールを染ませた脱脂綿で押さえた。オレは針を刺した部分を脱脂綿で押さえて揉んだ。筋肉注射だからよく揉んでおかないと筋肉痛みたいになってしまう・・・
「ジェットコースターに乗ってオシッコを漏らしてしまうのは、そんなに珍しいことじゃないみたいよ。遊園地の管理室には、そういう人のための代えのパンツも用意してるって聞いたことあるから。」
「・・・そうなんですか・・・」
オレはせっかく直りかけている気がしていた不安神経症が、またひどくなったのではないかと思っていたのだが、どうやらそうではなさそうなので少しホッとした。
最近オレはパッチではなく女性ホルモンの注射をしてもらうようになっていた。それというのもオレのアレルギー体質のせいで、パッチを貼ったところが赤くかぶれてしまったからだ。それに痒くてたまらないから、つい掻いてしまうと、さらに真っ赤になって水膨れまで出来てきた。これじゃ着替の時にでも見られたら恥ずかしいから、コソコソ着替えなきゃいけない・・・身体の方はだいぶ女の子っぽくなってきたので、以前よりは大胆に着替をできるようになっているのに、これでは逆戻りだ・・・
筋肉注射はけっこう痛いけど、月に2、3回でいいらしいから毎日パッチを貼るより楽だ。それにかぶれた痒さよりずっとマシだ。痛さはその時だけだから我慢できるけど痒さは我慢できない・・・
飲み薬という手もあるらしいが、白石先生によれば飲み薬の方が副作用なんかの問題が、注射やパッチに比べて大きいらしい・・・とはいえ、それは注射でも少しは副作用があるという事なのだろうか? まあ、薬というのは、どんな薬でも基本的には身体には良くないのだと兄さんに聞いたことがある。薬は病気を直すためのもので、病気が直ったら止めなければいけないものなのだそうだ・・・
でも、オレの場合はもともと病気ではない。それなのにずっと薬を注射してもいいのだろうか?しかし薬を止めたら男に戻ってしまうし・・・オレはいまだに自分が女になるのはピンとこないところがあるものの、不思議に男に戻りたいとは思っていない。それはオレが自分で気づかなかっただけで本当に性同一性障害だったのかもしれないし、女子校で女の子として暮らしていくには、その方が楽だからなのかもしれない。それに・・・どっちにしてもオレはもう子供が作れない身体なのだから、いま楽な方を選ぶのは自然なことではないだろうか・・・
そもそもホルモンというものはバランスが重要らしい。実際には女にも男性ホルモンはあるし、男にも女性ホルモンがあるのだそうだ。ただお互いの量の違いで男らしい身体つきになったり、女らしい身体つきになったりするらしい。だからもともと男性ホルモンが多い男のオレが女の子の身体になるには、結構な量の女性ホルモンの投与が必要らしいのだ。ちなみに女性ホルモンを投与したからといって、身体が男性ホルモンを分泌するのを止める訳ではないらしい。
だけど、これは少々情けない話ではあるが、幸いオレは男にしては男性ホルモンが多い方ではなかったようで、それが案外速く女性化が進んでしまった原因らしい。普通はもう少しかかるのだそうだ。もっとも、オレはまだ若いからというのもあるようなのだが・・・話によると高校生からホルモンを投与するのは珍しいらしいのだ・・・ただ、早いうちからやる方が、より自然に女の子らしくなるのだそうだ・・・
「それで?デートは楽しかった?」
「・・・は・・はぁ・・・」
急に聞かれたオレは気のない返事をしてしまった。
「何?楽しくなかったの?」
「・・・う〜ん・・・良くわからないんです。長谷川さんの気持ちもわからないし・・・わたしの気持ちも・・・」
「そう? 長谷川さんってコも意外に不器用なところがあるみたいね。」
「はい、家庭科とか苦手みたいですけど・・・」
すると白石先生は笑って言った。
「フフフッ・・・手先のことじゃなくて、自分の気持ちを上手く伝えられないってことよ。」
「あ・・・そういうことですか・・・」
オレは勘違いしたのが恥ずかしくてうつむいた。
「まあ、そういう点じゃ有希ちゃんもあまり器用じゃなさそうだものね。」
たしかにオレはそういうことには器用じゃない。そもそもオレは女の子とつきあったこともないというのに、自分が女の子になってしまっているのだから器用なハズがないのだ。女の子がどんな気持ちでデートするのかも解らないし、長谷川の場合、相手も女の子なのだから余計ワケがわからない。女の子が相手では、オレは自分が女なのか男なのか良く解らなくなってくるのだ。とはいえ、男の子とデートしたいなんて全然思わないけど・・・
「先生思うんだけど、男とか女とかあまり深く考えないで楽しめば良いんじゃないかな?」
「はぁ・・・でも・・・」
だけどこんな気持ちは、いまでは何でも話せる存在の白石先生にだって相談することはできない。なぜなら白石先生はオレの心はもとから女の子だと思っているからだ。まさかオレが頭が悪くてこの白鴻しか入れなかったから、女のフリをして入学したなんて思ってもいないだろう・・・いま冷静に考えればオレ自身もどうしてこんな選択をしてしまったのか解らないくらいなのだ・・・それが今や身体まで女の子になって、しかもずっと女として生きていくのだと、漠然とにしても考えているなんて・・・どう考えても普通じゃない。
それなのにオレのまわりは、どういう訳かオレが女になっても普通に廻っているから不思議だ。元からオレが男だと知らないクラスメイトは良いとしても、先生たちは男がセーラー服を来て女生徒の中に混じっているのに平気なのだろうか?それにずっと男の子として接してきた、とうさんやかあさんや、妹の麻衣の反応は不可解以外の何物でもない。いくら小さい頃オレが女の子の服を着ていたといっても、息子が女になっても平気なものだろうか?それとも内心はオレと同じように戸惑ったりしているのだろうか?
それに・・・生徒では唯一秘密を共有している長谷川は、本当のところオレのことをどう思っているのだろうか・・・オレには長谷川の気持ちは計りようがない。
「あっ!そうだ・・・わたし先生に相談しようと思っていた事があるんですけど・・・」
オレは白石先生に現実的な相談をしなければいけなかったのを思い出した。ウジウジ悩んでる場合ではなかったのだ。
「こんど水泳の授業があるんです。それでどうしようかと思って・・・」
この白鴻女学園にはプールがないのはオレにとっては救いだったのだが、授業自体は歩いて10分ほどの所にある白鴻女子短大のプールを借りて行われるらしいのだ。回数はシーズンに数回と少なく、そんなにちゃんとした授業じゃない、ほとんど遊びのようなモノらしいのだが、女性モノの水着を着るなんてありえないオレにとっては数回でも大問題だ。
オレはスポーツはそんなに得意じゃなかったが、水泳はわりに出来る方だった。本当なら良い所を見せられると喜ぶところなのだろうが、しかし今となってはオレに水泳は無理なのだと思うと少し悲しい・・・オレだってちょっとは良いとこを見せたいのに・・・この学校に来てからのオレは、体育では結構なダメっぷりを発揮している・・・まあ、数学や英語はもっとダメだけど・・・
しかし白石先生は事も無く言った。
「アノ日だって言って休めば良いんじゃない?」
「で・・・でも・・・」
オレは生徒手帳のカレンダーに付けた印を見せた。
「まだアノ日は少し先なんです・・・」
「あ、そっか。有希ちゃんは知らなかったのね。女の子のアノ日はそんなに正確じゃないのよ。これくらいズレても全然問題ないの。」
「え、そうなんですか?」
「それにね、女の子は水泳がイヤな時は、本当はアノ日じゃなくてもアノ日だって言って休むものなのよ。だって誰も確かめることなんか出来ないでしょう?あくまで自己申告なのよ。」
「・・・そうなんですか・・・」
そういえば中学のころ、しょっちゅう休んでいる女子生徒がいたのを思い出した。オレはそういうことには疎かったから何で休んでいるのか不思議に思っていたものだ。
「それにそういうことは有希ちゃんは心配しなくていいわよ。先生方はちゃんと解ってるから。」
「はぁ・・・そうですよね・・・」
考えてみればオレが女の子のフリをしているのは校長先生のお墨付きなのだった・・・そういえば最近、校長先生には全校朝礼の時以外は会ってない・・・たまには挨拶にでも行くべきだろうか・・・でも忙しかったら申し訳ないし・・・
「でも、今の有希ちゃんの身体つきなら水着でも着られるかもしれないわよ。股間はテーピングで何とかなると思うんだけど。」
「まさかぁ・・・」
そんなハズがないじゃないか!
「絶対ムリですよ!」
「そうかなぁ?もし有希ちゃんが水泳したいのならテーピングしてあげるわよ。」
「いいです、いいです!テーピングなんて・・・」
オレは先生にオチ○コをテーピングされている自分を想像して、恥ずかしさに耳まで真っ赤になった。もうオレのオチ○コは先生に見られてしまっているとはいえ、それはオレが気絶してる間の出来事だ。テーピングがどういうものかは解らないが、絶対ひっぱったりするに決まっている!いくら白石先生が気を許せる人だといっても、女の人にオチ○コを触られるなんて考えただけで恥ずかしい・・・
「わたし・・・そこまで水泳したいわけじゃないから・・・それに女性用の水着も持ってないし・・・」
だいたいオレが女性モノの水着を着るなんて想像さえ出来ない。女になってからオレにとっては想像できないことの連続ではあるが、それでも水着は絶対ありえない!
「まあ、有希ちゃんがイヤならいいんだけど、でも水着でも大丈夫だと思うのは本当よ。」
「ダメですダメです・・・絶対ダメです!」
オレは頑に否定した。
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「はぁ・・・」
オレはプールサイドのベンチに座ってため息をついた。この暑さではプールで泳ぐクラスメイトが羨ましくなっても不思議ではない。一応ベンチの上にはテントが張ってあったが、熱風までは防いでくれない。何人かは休むコもいると思ったのに、休んでるのはオレひとりだった・・・オレは中学のころはプールを休んだことが無かったから、ひとりプールサイドで体操服でいるのは、なんだか変な感じだ・・・
うちの学校は水泳の授業はほんの数回だから、わざわざ学校指定の水着が無くほとんどが中学の時のスクール水着を着ていた。そのため出身校によって水着のデザインはまちまちだった。
スクール水着なんてみんな同じようなものだとばかり思っていたが、思いのほか色んなデザインがあるものだ。紺一色のものもいいが、白い縁取りがあるやつの方がカッコイイ。後ろが広く開いているのもいいけど、バッテンになっているのもちょっと色っぽくて可愛い。股間の部分が布で隠れているのはちょっと野暮ったいけど・・・ああいうのならオレの股間も隠してくれるかも・・・
「ばかばかしい・・・」
オレは慌てて自分の考えを否定した。白石先生があんなことを言うから、オレまで変なことを考えてしまった・・・どんな水着だってオレに着れるハズがないのに・・・オレがこんな馬鹿な妄想をしてしまうのも、きっとこの暑さのせいだろう。
「有希〜!」
原口弘子〈はらぐち ひろこ〉がプールの中から手を振ったのでオレも小さく手を振った。
弘子は自慢していただけあって立派な巨乳だった。ふだんから着替えの時に見て知っていたが、水着だとまた大きさが際立って見える。それにしても大きな胸だ。オレの貧弱な胸がちょっと情けなく思えてくる・・・とはいえそれは贅沢というものだろう。本当は男のオレよりも小さな胸のコも少しはいるのだから・・・それにオレはBカップの胸でも持て余しぎみなのに、あんなに大きかったら大変だ。オレにはこれくらいで十分だと思う・・・
佐倉千里〈さくら ちさと〉はあまり水泳が得意じゃないようだ。バシャバシャやってるわりには全然進んでいない。でも佐倉は細身でスタイルがいいからスクール水着でも綺麗に見える。胸は・・・オレより少し大きい程度か・・・
長谷川はオレと同じ中学だからどんなスクール水着かは知っているが、長谷川はクラスが違うから水泳の授業で会う機会は無さそうだ。水泳大会なんてのがあれば水着姿の長谷川を見る機会もあるのだろうが、もともと水泳の授業が少ないうちの学校ではそういうのはないみたいだ。中学のころには見かけた事もあると思うのだが、オレは中学のころの長谷川のことはほとんど記憶にない・・・いまのように友達でもなかったし・・・となりのクラスだから名前は何とか知っていたが、ただたくさんの女子の中の一人にすぎなかった・・・
もっともオレとしても、ことさら長谷川の水着姿を見たいとは思わない。男のころなら女子の水着を見ると興奮したかもしれないが、いまのオレはといえば、ただどんな水着が可愛いかとか、きれいに見えるとか思って見てるだけだ。色気を感じることもあるものの、それはあくまで素敵という範囲の話で、それ以上のものではない感じだ・・・オレにはそういう男の部分は無くなってしまったのだろうか?それともいつも女の子の中にいるから慣れてしまっただけなのだろうか?
しかしこの暑い中、ひとり見学していると、オレも泳ぎたくなってしまう・・・
「・・・テーピングってどんなふうにするんだろう・・・なんか剥がす時に痛そうだなぁ・・・」
そういえば女装なんかする人の中には股間を女の子のようにする“タック”というのをやる人もいると聞いたことがある。詳しいことは知らないが、玉を身体の中に押し込んで、オチ○コを股間にはさみ、袋を引っ張って瞬間接着剤で引っ付けるそうだ・・・そんなことで本当に女の子のようになるのだろうか?それに瞬間接着剤なんて、それこそ剥がれなくなったらどうするのだろう・・・
もっともオレには女装の趣味はない・・・それにオネエでもニューハーフでもないのだ。股間を女の子のようにしたいとも思わない・・・オレはただ成りゆきで女の子になることになってしまっただけなのだ・・・自分でもおかしなことを言ってるのは判っているのだが、実際にそうなのだから仕方がない・・・オレってやっぱり変なのだろうか・・・?
“ピピーッ”
先生の笛が鳴って時間が来たことを知らせた。白鴻女子短大までの行き来や着替えの時間を引くと正味30分くらいしかない・・・みんなはプールを上がり更衣室へと向かう・・・オレも腰を上げて更衣室へ向かった。みんなは水着を着替えるためだが、オレは体操服を着替えるためだ。
更衣室に入ると湿った空気が女の子の匂いで満たされていた。オレはもう女の子の匂いには慣れていたが、濡れた女の子が発する匂いはまた独特で一瞬オレは戸惑った。
「もう、有希!早く閉めてよ!」
「あっ、ご・・ごめん・・・」
みんなに言われてオレは慌ててドアを閉めた・・・まあ、ここは女子大だから男が通りかかることは少ないと思うが、プールの監視にはこの女子大の男の先生もいたから無理もない。
なんだかみんなが水着を着替えている中で、自分だけ体操服を着替えるのはやけに恥ずかしかった・・・なんだか初めてみんなの中で着替えた時の緊張を思い出す・・・あのころはまだ胸も偽物だったから今よりもずっと注意しなければいけなかった・・・いつ男だとバレないかとビクビクしていたものだ・・・
「有希残念だったね。この暑い中見学なんて。」
「う・・うん・・・まあ・・・」
岡本直美〈おかもと なおみ〉に言われてオレはあいまいな返事をした。
「有希はアノ日だから仕方ないのよね。」
佐倉がそう言って助けてくれた。
「うん・・・」
オレは返事はしたものの、それ以上なんと言ったらいいのか判らなかった。
赤いジャージを脱ぎ、ブルマーを脱いでからスカートをはく・・・オレはもし誰かに見られても良いようにサニタリーショーツをはきナプキンをつけていた。
「有希はタンポンは苦手なの?」
岡本に聞かれてオレはドキッとした。
「う・・うん・・・タンポンはね・・・ちょっと・・・」
こんなのどう答えればいいのかわからない・・・だってタンポンなんて実物を見た事もないし・・・
「タンポンなら水泳だって出来るし、ナプキンより楽だと思うんだけどなぁ。」
そう言われても・・・オレにはそんなの入れるところがないし・・・
「有希はまだだから怖いのよね。」
「・・・まだ?」
弘子に言われたがオレには何のことか解らなかった。
「え? 有希まだなの?」
岡本にまで言われてオレは慌てて言った。
「う・・うん・・・わたし・・まだなの・・・」
オレは訳もわからないまま答えてしまった。
「そっか・・・それじゃタンポンはちょっと怖いかもねぇ。」
「う・・うん・・・」
なんかわからないが納得してくれて助かった。それにしても何がまだなんだろう・・・アノ日って言ってるんだから初潮のことじゃなさそうだし・・・
いったい何のことだったのかと考えながら高校までの道を歩いて帰っていると、佐倉がオレの耳元で小さな声で言った。
「有希、心配しなくてもいいのよ。わたしもまだだから・・・うちの学校はまだなコもけっこう多いみたいよ。」
オレも小声で聞き返した。
「ねえ、まだまだって何のこと言ってるの?」
すると佐倉は少し驚いた顔をした。
「有希ったら・・何の話かわからなかったの?」
「う・・うん・・・」
オレは正直にそう言った。いくら何でもそろそろ解っておかないとマズそうだ・・・
「SEXよ。ほかに何があるのよ。」
オレはそれを聞いたとたん大声を上げそうになるのを必死でこらえた・・・急激に体中が熱くなる・・・
「有希ってほんと変わってるわね。真っ赤になっちゃって!」
佐倉は可笑しそうに笑った。
たしかに言われてみれば、あの話の流れではSEX以外の何ものでもない・・・しかしオレが思うSEXとタンポンは全然結びつかなかったのだ・・・だってオレは女の子のアソコのことなんて保健で習った知識くらいしかないのだから・・・
(そっか・・・オレって処女ってやつなんだ・・・)
オレは心の中でそう思った。これまでそういう事については考えたことがなかったが、こうなってしまった以上、オレは処女として言動に注意しなきゃいけないことになる。もっとも、どうせSEXなんかしたことないから、処女にしといた方がボロが出なくて良いかも知れないが、なんだか奥手な娘みたいで気恥ずかしい気もする・・・とはいえ具体的に処女がどんなものかもオレには良く解らなかった。
それにしても処女には処女膜っていうのがあると聞いていたが、そんな膜があるのにタンポンなんか入るのだろうか・・・? オレにはまだまだ女の子として知っておかなきゃいけない事がたくさんあるようだ・・・




