第35話 準備 初めてのお化粧 初出08.11.3
期末テストは長谷川のおかげで上々の出来だった。オレとしては赤点さえとらなきゃ良かったのだが、長谷川の教え方が上手だったことと、ヤマがみごとに当ったことで、必要以上の点をとることができた。もしオレが、長谷川がヤマをはってくれたところを、全てちゃんとおぼえていれば80点くらいとれたかも知れないが、オレにそんな記憶力があるハズがない・・・とはいえ長谷川が言うには、ちゃんと授業中にテストに出るところは教えているから、ノートをしっかりとっていれば何の問題もないらしい・・・さすが頭が良いやつは言うことが違う・・・
とりあえず追試を受けずに済んだのは有り難いことだが、それはオレにとっては屈辱的なデートが決定したと言う事なので、とても手放しで喜ぶ気持ちにはなれなかった。
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答案を返してもらった日の夕食後、オレは憂鬱な気分で洗い物をしていた。
「有希、今回のテストはずいぶん良い点だったじゃない。」
「う・・うん・・・まあ・・・」
「今度の日曜日かあさんとダイエーに行こうか?ご褒美をふんぱつしてあげるわよ。」
オレとしても正直そっちに行きたいと思ったが、そういう訳にもいかなかった。
「・・実は・・今度の日曜はダメなんだ・・・長谷川さんに勉強教えてもらったお返しに・・・デートしなきゃいけなくなって・・・」
「あら、デートって長谷川さんと?」
「・・う・・うん・・・それがさ・・・ヒドイんだよ・・・わたしは可愛らしい恰好で行かなきゃいけないんだ・・・たぶん長谷川さんは男の子っぽい服装で来るつもりだよ・・・」
「いいじゃない、有希もそのうち男の子とデートしなきゃいけないんだから、予行練習のつもりでいれば?」
「そ、そんなぁ・・・」
かあさんも自分の息子によくそんなヒドイことが言えるものだ・・・
「もう着て行く服は決めたの?」
「それが・・・長谷川さんに決められちゃってて・・・家庭科の実習のときに作ったワンピースじゃなきゃダメなんだって・・・頼むから別のにしてって言ったのに聞いてくれないの・・・」
「実習って・・・あの水色のチェックの?」
「う、ううん・・・」
オレはあの花柄の方のワンピースはさすがに恥ずかしくて母にも見せてなかった。
「実は、あれと一緒に、もう一着作ってたんだ・・・」
「どんなの?」
「それが・・・花柄ですっごく可愛いくて・・・わたしには全然似合わないんだ・・・長谷川さんわたしに似合わない服着せて笑い者にしようと思ってるに決まってる・・・」
「かあさん、長谷川さんはそんな気持ちじゃないと思うけど。」
「かあさんは長谷川さんがどんなに意地悪か知らないから、そんなこと言えるんだよ・・・」
「とにかくデートなんだし約束したのなら、有希も可愛くしていかなきゃいけないわね。」
「う、うん・・・」
オレはこんどの日曜日のことを考えると憂鬱でたまらなかった。何でも言うことをきくなんて言わなきゃ良かった・・・
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「はあ・・・」
オレは昨日の晩からため息が止まらなかった。とうとう日曜日になってしまった・・・長谷川は何度聞いてもどこに行くのか教えてくれなかった。
うじうじ考えていても始らない・・・早くしないと待ち合わせの時間が来てしまう・・・まだまだ十分に時間はあったが、今日はやることが多いのだ・・・
オレは洗面所に行き、ヘアバンドで前髪を上げてから、ソープで念入りに顔を洗った。そしてトイレに行く・・・男だったら全部仕度が終ってからトイレに行くところだが、女はそうはいかない・・・女は服が乱れるのを嫌うし、パンティーだけじゃなくストッキングとか穿かなきゃいけないから、後から行くのは面倒なのだ。外で行きたくなった時は仕方がないが、服装のチェックが大変だから女の子は出来るだけトイレには行きたくないものだということを、オレも女になって初めて知った。
緊張しないための薬を飲んで部屋に上がるとパンティーとブラを選ぶ・・・やっぱりデートの日は揃いの下着を着るべきだろう・・・ひとに見せるものじゃないが、そのほうが気分が良い。オレは薄いブルーの下着を選んだ・・・本当はピンクの可愛い下着にしたいところだが、白っぽい服ではピンクは透けやすい。その点ブルー系は透けにくいのだ。
パンティーの中にナプキンを忍ばせるのを忘れてはいけない。バッグにも予備をちゃんと入れておく・・・ナプキンをするようになってから、今のところちびったことはないものの、オレにはまだまだ緊張してもちびらないという自信がないのだ。そして最後はストッキング・・・今日は肌色よりも少し白めのものにした。それにしてもパンティーストッキングというものは、なかなか穿きにくいものだ・・・がに股になったりしながらパンティーの部分を上げる姿は、とても男の子には見せられない・・・
スリップを着たら、いよいよワンピース・・・背中のチャックを開けて足を入れる・・・チャックの長さが少し足りなかったようで、お尻を入れる時少し引っかかる・・・女の子だったらつかえてしまうかも知れないが、オレは女の子に比べればお尻は大きくないから大丈夫だ・・・両手を後ろに回して首のホックを留める・・・背中のチャックはまず片手で下の部分をつかんで出来るだけ上まで上げておく・・・そして首のホックの部分を上に引っ張ってからチャックを引き上げる・・・オレはそんなに身体が柔らかい訳じゃないから、これは結構大変な作業だ・・・女の子でも背中のチャックを上げられないコもいるのではないだろうか・・・?
腰のリボンを背中で結べば完成だ・・・変になっていないか三面鏡に映して確かめてみる・・・大丈夫そうだ・・・
「はあ・・・」
オレは全身を鏡に映して、またため息をついた。こんな恰好で外に出なきゃいけないと思うとゾッとする・・・こんな恰好、家族にだって見せたくないのに・・・
いくら何でもこのままじゃと思い、オレは洋服ダンスを開けて上に羽織れるものを探した。春用のカーディガンはちょっと暑いだろうか・・・探してみたが今の時期に着れそうなものがあまりなかったので仕方なくあきらめた。
鏡台の椅子に座り、引き出しを開けて化粧道具を取り出す・・・今日は化粧もしてくるように命令されている・・・いつもより念入りに顔を洗ったのはそのためだ。オレも二光さんに化粧を教えてもらって、何とか出来るようになってはいるものの、化粧をする機会はまだあまりなかったし、した方がいい時も母にやってもらっていたから、自分一人でした化粧で外出するのは初めてなのだ・・・意地悪にもほどがあるってものだ・・・
しかし何でも言うことをきくと約束してしまった以上仕方がない・・・オレはファンデーションからとりかかる・・・でもあまりケバい化粧はしたくないから薄化粧バージョンでいくことにする。もっとも薄化粧といっても簡単なわけじゃない・・・ただ薄いだけではダメで、薄いなりにメリハリがなければいけないから難しい・・・
まぶたを持ち上げてアイラインを引く・・・薄くて目を大きく見せるテクニックは、睫毛より内側の部分にアイラインを引くのだと教えてもらった・・・しかしこれがけっこう痛い・・・女の子って大変だ・・・目尻の方を濃いめに・・・下まぶたは薄く描いて筆でぼかす・・・あんまり下を黒くしてしまうとタヌキのようになってしまう・・・
そしてビューラーで睫毛を上げる・・・これもなかなかコツをおぼえるまでは大変だった・・・慣れないころは間違ってまぶたを挟んでしまったり、強く挟みすぎてカクッとなったりしたものだ・・・クルッと可愛く巻いたら、マスカラをつける・・・繊維が入っているから、ゆっくりとつけると睫毛が長くなる優れモノ・・・これで1.5倍増しだ!
くちびるは少し大きめに口紅を塗って、思わずキスしたくなる感じの、ぷっくりくちびるにする方法も習ったけど、さすがに今回はやめにした・・・長谷川とキスする訳じゃなし、普通にピンク系を塗ってグロスで仕上げた。
眉はあまり上げすぎないように・・・際は一本一本描く要領で・・・
最後は少し下めに、軽くチークを塗って完成だ。きれいメイクなら頬骨にそって斜め上に、可愛い感じなら頬骨の少し下めに水平に・・・間違えてもほっぺたに塗ってはいけない、そんなことをしたらおてもやんみたいになってしまうのが関の山だ。
化粧が終ったオレの顔・・・習ったとおりにやってはみたが、自分ではいまいち良く出来たかどうかわからない・・・オレはハンドバッグを手にしてリビングに降りた。
「お姉ちゃん!どうしたの?」
オレは妹の麻衣がいないことを願っていたが、願いは叶えられなかった・・・
「今日のお姉ちゃん、すっごく可愛いよ!どっか行くの?」
恥ずかしくてたまらないオレに、母が追い討ちをかける・・・
「有希は今日デートなのよ。」
かあさんったら・・何も麻衣にそんなことまで教えなくてもいいじゃない・・・
「か、かあさん・・・お化粧ヘンじゃない?」
「全然ヘンじゃないわ、上手にできてるわよ。」
「え?お姉ちゃん自分でお化粧したの?!すご〜い!」
麻衣は子供の遠慮なさで、覗き込むように見つめてくる・・・
「でも、有希その髪で行くつもり?」
「ダ、ダメかな・・・」
「ダメじゃないけど、そんな可愛い恰好にいつものお下げじゃ勿体ないわ。いらっしゃい、やってあげるから。」
「う・・うん・・・」
オレは、なかば強引に母の部屋に連れていかれた。来なくていいのに麻衣までついて来る・・・
母は、後ろを真ん中から分けてお下げにしたオレの髪を留めた輪ゴムを外してブラシで梳かす・・・麻衣が興味津々で見ている・・・
母はオレの髪をミストで湿らせてから、太めのコテで巻き始めた・・・
「ち、ちょっと・・・何してるの・・・?」
「だってこの恰好だと、頭もボリュームを持たさないと服に負けちゃうでしょう?」
そんなの・・・オレは別に・・・負けてもいいと思うんだけど・・・
コテで髪の毛を挟んでしっかりと巻き、コテを外すと綺麗なカールがついていた・・・オレの髪に次々に縦巻きのカールがつけられていく・・・
全体にカールをつけると、後ろをいつものように真ん中から分けてから、櫛でキツく引っ張るように持ち上げ、いつもより上の方でゴムで留める・・・もう片方も同じようにすると、オレの頭はクルクル巻いた髪を耳よりずっと上でくくり、両脇に垂らした可愛らしい女の子の髪型にされてしまった!
「か、かあさん・・・こんなのいやだよ・・恥ずかしすぎるってぇ・・・!」
「いいからいいから・・・」
母は半べそのオレをよそに、前髪も軽く巻いてさらに可愛くしていく・・・そして最後に髪をくくったゴムの上から赤いリボンで結んだ。これではいくら何でも少女趣味すぎる・・・!
「こ・・こんなんじゃ外に出れないよ・・・」
しりごみするオレに母が言った。
「有希、約束したんでしょう?可愛くしていくって。」
「そ、それはそうだけど・・・」
これはいくらなんでもやりすぎではないだろうか?
「か、かあさん・・・せめて何か上に羽織るのを貸してよ・・・わたしが持ってる服にはいいのがなくて・・・」
母は洋服ダンスを開けて、あれこれ探していたが
「かあさんのじゃ有希が着るには大人っぽすぎるわねぇ・・・そうだ麻衣、この前買ってあげたサマーカーディガンがあったじゃない、あれ有希に貸してあげてくれない?」
「うん、いいよ!」
麻衣は走って階段を駆け上がり、自分の部屋から白いレ−ス編みのサマーカーディガンを持ってきた。
それはサマーカーディガンといっても、丈の短かめのものだった。袖は半袖にしては少し長めで広がっている・・・レース編みなので、そんなに暑くなさそうだ。麻衣のものなのでオレに着れるサイズか心配だったが、前を留める必要もないし、ゆったりしたデザインで十分に着れるサイズだった。
サマーカーディガンを着ることで、ワンピースの方は少し隠すことが出来るのは有り難いことだったが、それを着たオレの姿は、より可愛さがアップしている気がした・・・どうしたものかと思ったが、わざわざ貸してもらったのに、やっぱりやめたとは言いにくい・・・それに全体的なコーディネイトとしては悪くない気もする・・・オレが可愛い恰好をすることには抵抗があるものの、コーディネイトが悪いよりは良い方がいいに決まってる。こんな可愛い髪型なら、これくらいの方が良いのかも知れない。中身がオレじゃなきゃもっと良いのに・・・
「わたし・・・変じゃないのかなぁ・・・」
「ぜんぜんヘンじゃないよ!お姉ちゃんすっごく可愛いよ!」
「そうよ有希、自信もって行って来なさい。」
「う・・うん・・・」
「もうすぐ時間よ。長谷川さんもう待ってるかもしれないわ。」
「え?!デートの相手って長谷川さんなの?男の子じゃないの?」
麻衣はオレが男とデートすると思っていたのだろうか?・・・しかしオレは今は女の子なのだから、男とデートする方が当たり前なのかも知れない・・・でもそういう事ってオレには良くわからない・・・
「長谷川さんとデートするのって・・・ヘンかな・・・」
「そんなことないよ。ただお姉ちゃんが可愛い恰好してるから、なんとなく男の子とデートするのかと思っただけ・・・女の子どうしだってデートしていいと思うよ。」
「有希、そんなに深く考えないで、女の子どうし楽しんできなさいよ。」
「う、うん。そうだよね。」
そう言われてオレも少し気持ちが落ちついてきた。どうしたって逃げるわけにはいかないし、オレも逃げたくはない・・・オレも女になると決めた以上、男の子とのデートは避けて通れないのかもしれない・・・それなら長谷川とデートしてみるのも悪くないのかも知れないではないか・・・長谷川はオレが本当は男だと知った上で、女の子としてデートしてくれるのだから有り難いと思わなければいけないのかも知れない・・・それでもオレの恥ずかしと思う気持ちには変わりなかったが・・・
「それじゃ、行ってくるね。」
「お姉ちゃん頑張ってね!」
「う、うん・・・」
麻衣の応援してくれる気持ちは嬉しかったが、オレには何を頑張ればいいのか見当がつかなかった。
「いってらっしゃい有希。」
「うん、行ってきます。」
母と妹に見送られ、オレは長谷川と待ち合わせをしている駅へと向かった。




