第34話 勉強 オレが得意なこと、苦手なこと 初出08.10.30
「なかなかいいんじゃない?良く出来てるわ。」
オレは家庭科の松本たか子先生に褒められて嬉しかった。裁縫の課題としてはサマードレスは難しい方かも知れないが、オレは裁縫はけっこう得意だったから十分提出期限に間に合った。
「でもこれ課題の型紙使ってないでしょう?」
「あ、はい・・・やっぱりまずかったですか?」
「ううん、大丈夫よ。だってこっちの方が難しいじゃない。」
オレはそう言われてほっとした。
「型紙買ったの?」
「いえ・・実は、うちで着てるサマードレスを真似したんです。ただ、背中がファスナーになってたりして難しそうだから、少し身ごろをたっぷりめにとってかぶるようにしたんです。」
背中は頭が入るように少し開いて、ボタンに輪っかをひっかけて留めるようにしていた。腰はリボンを一周させて前でくくるようにしていたから、少し腰の部分が広くても大丈夫だ。
「そういう工夫は大切よ。なかなか売り物みたいには出来ないものね。」
裾とか細かいところを見られると、ちょっとドキドキしてしまう。目立たないけど少し曲がってしまったところもあるから・・・
「そうだ、戸田さんちょっと着てみせてくれない?」
「え?!ここでですか?」
「大丈夫、そこの鏡が置いてあるところのカーテンを閉めれば更衣室のかわりになるから。」
オレは先生に言われたとおり、準備室のすみっこにあるカーテンの中で着替えた。大きな全身が映る鏡があるから更衣室代わりには十分だ。
「こんな感じなんですけど・・・」
オレは恥ずかしいのを我慢してカ−テンから出た。
「いいじゃない!さわやかな感じが戸田さんに合ってるわ。」
先生にさわやかなんて言われると、オレはすごく照れてしまう。何と言っても、松本先生はオレが男だったころを知っている数少ない人物なのだ。先生はこんなオレのことをいったいどう思っているのだろうか・・・
「じゃあ、ちょっとそこに立ってみて、写真うつすから。」
「え?」
「服は本人が着た状態がいちばんだからね。採点の時に参考になるようにみんな撮ってるのよ。」
「はあ・・・」
オレは仕方なく手を後ろに組んでニッコリ微笑んだ。どうせ写真にうつるなら可愛く写りたい・・・
「でも戸田さん最近、体型が女っぽくなってない? あ、もちろんいいのよ。戸田さんは女の子なんだから・・・」
実はオレも悩んでいた・・・松本先生はオレの制服のことなど任されている・・・たぶん冬服になる前にもういちど採寸することになるのではないかと思っていた。オレの制服はみんなのとは違い、オレの身体にぴったり合わせて作られているので、胸が大きくなった分きつくなるかも知れないのだ。次に採寸する時には、いずれオレの身体の変化に気づくことになる・・・
「先生、実は・・・わたしホルモン治療っていうのやってるんです・・・それで・・・実際に女の子らしい身体つきになってきてるんです・・・」
「あっ・・・そうだったの・・・それで・・・」
先生はやっと納得したという顔をした。
「それじゃ、その胸も・・・本物なの?」
「は、はい・・・Bになっちゃって・・・」
「そう・・・でも良かったじゃない。身体も女の子になれば学校でも生活しやすいでしょう?」
「はい・・・それはそうですね・・・」
まあ、先生が思うほど簡単な話でもないのだが、先生が受け入れてくれたのは嬉しかった。松本先生はオレにとっては、ちょっとしたお姉さんのような人だから、そんな先生には嫌われたくないのだ。
「ねえ、その袋は何なの?」
「あ・・これは・・・」
オレは思わず口ごもった・・・これは先生に見てもらうかどうか迷っていたのだが、課題のを見てもらったら、こっちはもういいかという気持ちになっていたのだ。
「これは・・・もう一着作ったのがあって・・・でも・・・長谷川さんにも柄がわたしには似合わないって言われたんです・・・だからもういいんです・・・」
「どんなの作ったの?気になるじゃない。ちょっとだけでいいから先生にも見せて。」
「は、はあ・・・」
オレは気乗りしなかったが、持ってきてしまった以上仕方ない・・・オレは袋の中からもう一着の服をとり出した。
それは長谷川に似合わないと言われたけど、あきらめきれずに買ってしまった花柄の布で作ったワンピースだった。白地に小さなピンクのバラの花が全体にちりばめられている。バラは短い枝と葉っぱも一枚ついているが、服全体としてはピンクっぽく見える。
「可愛いじゃない!なんだ、こっちはちゃんと背中をファスナーにしてるじゃないの。」
「あ、一応やってみたんですけど・・・だいぶ曲がっちゃったから・・・」
「でも初めてなんでしょう?初めてでこれくらいできれば上出来よ。だいたいファスナーは縫い付けにくいから。ファスナーを縫い付ける時は両面テープを使うと上手に縫えるのよ。こんど教えてあげるわ。」
先生は細かなところをいろいろ指摘してやり方を教えてくれた。
「じゃあ、これも着てみせてよ。」
「え?!・・・これはいいですよ・・・課題で作ったのじゃないし・・・」
「いいじゃない、先生、戸田さんが着たところ見たいなぁ。」
「うっ・・は、はい・・・」
オレは本当は着たくないのだが、松本先生にそう言われては断れない・・・この服は可愛く作りすぎてしまったから、オレ自身、着るのが恥ずかしいのだ・・・このワンピースもサマードレスの型を利用したのだが、背中がファスナーで開く分、腰をつめたし、腰の位置を少し上にあげてみた・・・そしてスカートにギャザーを大きめにとってふっくらさせた。それはオレの体型の男っぽい部分を目立たなくするためにやってみたのだが、結果はすごく少女っぽいシルエットになってしまい、自分でも着るのが恥ずかしくなってしまったのだ。
更衣室代わりのカーテンの中で着替えてみる・・・首の後ろのホックがなかなか引っかからない・・・縫い付け方が悪かったようだ・・・何とか留めて背中のファスナーを上げる・・・腰の部分でキュッと締まるのが何ともいえない・・・腰に付けた巾広のリボンを背中で結ぶ・・・最初のころは背中で結ぶとどうしても結び目が縦になってしまい、ずいぶん三吉先生に特訓されたものだ・・・おかげで今ではちゃんと結ぶことができる・・・腰の位置は本当のオレの腰よりも8cmほど上にしているため少し太めになってしまったが、スカートのふくらみがそれを補ってくれる。
「はぁ・・・」
オレはカーテンの中でため息をついた。やっぱりオレには似合わない・・・オレもいつかはこんな可愛いデザインの服が似合うような女の子になれるのだろうか・・・しかしオレは女になっていったとしても、歳もとっていく訳だから、可愛い服はずっと似合わないままかもしれない・・・せめて麻衣くらいの歳に女の子になっていれば、こういう服も似合ったのかもしれないが・・・
オレは意を決してカーテンを開けた。
「ほら、わたしにはぜんぜん似合わないでしょう?」
「何いってるの、すごく似合ってるじゃない!可愛いわぁ・・・戸田さんは大人っぽいのも可愛いのも、何でも似合うのねぇ・・・」
「そ、そんなぁ・・・」
お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいけど、さすがにこっぱずかしい・・・
「上履きだと変ねえ・・・ちょっと先生のサンダル履いてみて・・・」
オレは先生のサンダルを借りて履いてみた・・・ちょっときついが何とか入った・・・
「いいわねぇ。じゃあこっちも撮っておきましょう。」
「そ、そんな・・・こっちは撮らなくても・・・」
「いいから、いいから!」
先生がカメラをかまえると、オレは自然にポーズをとってしまった・・・どうもときどきかあさんに写されているからクセがついてしまったようだ・・・オレって恥ずかしい女になってなきゃいいけど・・・
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「有希はもう裁縫の課題提出したんだね。」
「え?何で知ってるの?」
オレはいきなり長谷川に言われて驚いた。きのう提出したばかりなのに何で知ってるのだろう?
「だって、家庭科室の前の廊下に貼ってあるわよ。」
「貼ってあるって・・・何が?」
「何がって、有希の写真よ。ブルーのチェックのと、花柄のと2枚。」
「え〜・・・そんなこと先生言ってなかったよォ・・・」
採点のためだって言うから仕方なく写したのに・・・
「ふふっ、先生もあんまり有希が可愛いから、みんなにも見せたくなったんじゃない? 花柄のなんか少女趣味でヘンに似合ってたわよ。」
「もう・・・長谷川さんはなんでそんなふうに言うのかなぁ・・・」
長谷川さんは相変わらず意地が悪いことを言う・・・しかし、それは今のオレにとっては有り難かった。母にあんなことを言われてから、どうしても長谷川さんのことを意識してしまう・・・こんな時に優しくされたりしたら堪ったものじゃない。
「そういえば、有希は期末試験の勉強はやってるの?」
「・・・期末試験?!」
「なに突拍子もない声出してるのよ。やっぱりやってないんだ・・・あんた頭悪いんだから、ちゃんとやっとかないと赤点になっちゃうわよ。」
「そ、そうか・・・期末かぁ・・・」
オレは裁縫に夢中で期末試験が近いことをすっかり忘れていた。入学当初は女子校の勉強は案外簡単だと思っていたが、教科書が進むうちにあっという間に置き去りにされていた。中間試験では何とか赤点は免れたが、今度ばかりはヤバイ感じだ・・・
「どうしよう・・・」
「し、知らないわよ!・・・そんな可愛い顔して見つめないでよ!!」
オレはべつに可愛い顔なんかしてないのに・・・
「ねえ、長谷川さん教えて?」
「イヤよ!いまからやったって遅いんじゃない?」
「だから・・・ヤマだけでいいから・・・っていうかヤマだけ教えて!」
「あのねえ・・・・」
「20点採れればいいのよ!」
「それじゃ赤点ギリギリじゃない。」
「いいのよ、赤点でさえなきゃ・・・」
オレは中学のころからだいたいそんな感じなのだ・・・
「あんた、そんな低い志でどうするのよ。女の子だってバカじゃしょうがないわよ。」
「ううぅ・・・」
オレはぐうの音も出なかった・・・そもそもオレは志なんて持ったこともない・・・こうなったら恥も外聞も気にしてられない・・・
「ねぇ・・・長谷川さん・・・」
オレは自分に可能な限り可愛い感じで言ってみた。オレはこれまでの付合い中で、なんとなく長谷川が断りにくい頼み方に気づいていた・・・長谷川はオレに甘えられると断れないのだ。たださすがに女の子に対して可愛く甘えるなんて・・・オレは恥ずかしいからあまりやりたくはないのだが・・・
「もう・・・だからそんな目で見ないでって言ってるでしょう!・・・しょうがないなぁ・・・」
思ったとおり長谷川も、何とか勉強を教える気になってくれたようだ。
「でも・・・有希はわたしに何してくれるの?」
「え?」
それは思ってもみない質問だった。
「だって、わたしが有希にしてあげるばっかりで、有希は何もしてくれたこと無いじゃない・・・それじゃ不公平よ。」
「そ・・そうか・・・」
言われてみれば確かにそうだ・・・オレは長谷川さんに助けてもらうばかりで、長谷川さんに対しては何もしてあげたことがない・・・でも・・オレが長谷川さんにしてあげることなんてあるのだろうか?
「じゃ、じゃあさ、何かしてほしいこと言ってよ。わたしに出来ることなら何でもするから・・・」
「何でも?」
「う、うん・・・」
そう返事はしたものの、なんかイヤな予感がする・・・
「何でもかぁ・・・何にしようかなぁ・・・」
楽し気な感じが何か無気味だ・・・
「じゃあねぇ、有希が一日男の子に戻るってのはどう?」
「はあ?!」
オレは驚いた・・・まさかそんな要求をされるとは思ってもみなかった・・・
「そ、それでけは勘弁してよ・・・こんなナリして男の子になんて戻れないよ・・・」
オレは思わずお下げにした髪をつかんだ・・・それにオレはせっかく女の子に慣れてきたのに、また男の子の恰好をしたら、男の気分に戻ってしまうのではないかと怖かった。もう身体も女の子になってきて、いまさら男になんか戻れないのに・・・
「それ以外だったら何でもするからさぁ・・・男の子だけはやめて・・・」
オレの懇願に、長谷川はため息をひとつついた。
「しょうがないな・・・それじゃ、もう有希には断る権利はないんだからね。」
「え?・・う・・うん・・・」
権利なんて・・・なんかえらいことになってきた・・・ただ勉強教えてもらうだけなのに・・・
「よし!決めた!! 有希は一日わたしの彼女になってデートするの!」
「え?彼女・・・?」
彼女といえば女・・・でもオレはもともと女の子だし・・・女の子が彼女って・・・
「それって・・・わたしは普通じゃないの・・・?」
「そうよ、いいでしょう? 普通なんだから。」
「う、うん・・・まあ・・・」
たしかにオレは今は女の子だから、彼女になるのはそう難しいことじゃなさそうだけど・・・彼女って・・・?
「わたしが彼女ってことは・・・長谷川さんが・・・彼氏・・・?」
「べつに彼氏じゃなくてもいいじゃない。」
・・・ってことは・・・?・・・母が言った言葉が脳裏をよぎる・・・
「・・・長谷川さんって・・・もしかして・・・女の子が好きなの・・・?」
「ふっ・・・まさか・・・」
でも・・・なんかヘンだ・・・
「ねえ・・・わたしは何したらいいの? ただ一日長谷川さんとデートするだけでいいのかな・・・?」
でも女どうしでデートって・・・どういうこと・・・?
「そうよ。ただ一日デートすればいいの・・・・ただし、あの花柄のワンピースを着てだけどね。」
「そ、そんなぁ・・・」
オレは奈落の底に突き落とされたような気がした・・・だってあの服は家の中でさえ恥ずかしいくらい少女っぽいのに・・・あんなの着て外になんか出れないよぉ・・・
「・・・ひ、ひどい・・・」
オレの気持ちをよそに、長谷川は嬉しそうだ・・・
「あ〜楽しみだなぁ・・・あんな可愛い恰好の有希とデートするなんて・・・それに彼女だから、すっごく可愛く甘えたりするんだろうな・・・ほんと楽しみ・・・どこに連れてっちゃおうかなぁ・・・」
やっと長谷川の魂胆が読めた・・・オレは目の前が真っ暗になった・・・意地悪だ・・・これは単なる意地悪に違いない・・・長谷川はオレが困ったところを見たいのだ・・・長谷川はSってやつに違いない・・・・そうに決まってる!
オレは何とか力を振り絞って最後の抵抗を試みた・・・
「でも・・・それはわたしが赤点じゃなかったらだからね・・・」
「わかってるわよ、ちゃんと良い点とらせてあげる。」
長谷川のニヤリと笑った顔は、オレを震え上がらせるに十分だった・・・




