第33話 風呂 母の思い 初出08.10.27
夕飯が終って食器を洗っていると、横にいた母がオレに聞いてきた。
「有希、きょう下着買ってきたんでしょう?」
「う、うん・・・」
オレは照れくささを隠して、なんとか平然を装った。
「えらいじゃない、長谷川さんはついてきてくれた?」
「うん・・・ついてきてくれた・・・」
「ちゃんと自分で選べたの?」
「う、うん・・・選んだよ・・・でも・・わたしが選ぶと・・可愛いデザインのばかり選んじゃって・・・」
「・・・・」
「それでね、長谷川さんはどんなの着けてるのか聞いてみたら、レースとか付いてないシンプルなやつなんだって・・・だから・・・そういうのも買った・・・」
「そう・・・」
「長谷川さんってちょっと変わってるの。普段はスカートとかはかないんだって、たいていジーンズにTシャツとか、けっこう男の子みたいな恰好してるの。学校の時とはずいぶん雰囲気がちがうんだ。」
「・・・・」
「だから、わたしの方が女の子っぽくなっちゃうから困るのよねぇ・・・」
「いいじゃない、有希の方が女の子っぽくても。」
「え〜・・・だって・・・本当の女の子より、わたしの方が女っぽいなんて・・・恥ずかしいよ・・・長谷川さんもヘンに思うかもしれないし・・・」
「かあさん、長谷川さんはそんなこと思わないと思うけど?」
「うん・・・まあ・・・そうかもしれないけど・・・」
オレには長谷川の気持ちは良くわからないのだ・・・
「有希ももうBカップのブラしなきゃいけないくらい、女の子らしい身体つきになってるんでしょう? もっと自信を持っていいんじゃない?」
「・・・だ・・だって・・・」
オレは何だか恥ずかしくなってきて、洗う食器がなくなったのを良い事に、その場を逃げ出すことにした。
「あ、わたし・・・お風呂に入ってくる・・・」
オレは濡れた手を拭くのもそこそこに台所を離れた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
オレはグッタリと風呂につかっていた。今日はなんだか疲れてしまった。こういうのを気疲れっていうのだろうか・・・女の子になるのも楽じゃない・・・
ふと目を落とすと、湯舟につかった自分の体がそこにある・・・胸までつかったお湯がちょうどオレの乳房の頂点を通る位置にあり、水面の形がオレの胸の隆起を如実に表していた。オレは急にいたたまれなくなり慌てて肩までお湯に沈めた。
自分の変化ってものは、なかなか自分では気づかないもののようだ。いつの間にかオレは胸が大きくなっただけじゃなく、乳輪も、乳首も、まえよりずっと女らしい形になっていた。しかし、その下に目を落とすと、そこには小さくなってしまったものの、男の子のものも付いている。
これさえ無ければオレも女の子になれるのだろうか?でも身体だけ女になったとしても、それだけでは女の子にはなれない気がする。やっぱり心も女の子にならなきゃ意味が無い・・・でも心が女の子になるってどういうことかオレには良くわからない・・・どうやったら心も女の子になれるのだろうか?・・・でもオレは本当に心まで女の子になりたいと思っているのだろうか?
乳首の変化は形だけではなく、男のころには何も気にしなかったような刺激にも背筋がゾクッとすることがある。
そっと乳首をつまんでみた・・・が、思ったほどの感覚はない。ふいにクラスメイトの手がかすったりした時に、思わず声が出そうになるほどの刺激を感じる事はあるものの、やっぱり自分でさわっても、それほどの感覚は得られないようだ。くすぐったさと同じようなものなのだろうか?他人にさわられるとくすぐったいが、自分でさわってもくすぐったくないし・・・
そんなことを考えながら、しばらくさわっていたら、なんだか固くなってきた・・・女の子はみんなこうなるのだろうか?・・・考えてみればオレは女の子の身体のことは良く知らない・・・生まれた時から女の子だったら、成長にも自然に対処できるのかも知れないが、オレは15才になって急に女の子になってしまったから、どうにも自分の身体なのにしっくりこないところがある・・・
それに女の子のようになったとはいっても、女の子の身体のことが、そのままオレにも通用するのかどうかもわからない・・・オレの身体は男でも女でもない中途半端なものなのだ。いまだにオチンチンを念入りに洗っている時は、なんだか複雑な気分になる・・・とはいえ女の子なのにチンチンを臭くしてたら余計恥ずかしいから、男だったころよりも念入りに洗ってしまうのだ・・・
ふと、オレは脱衣所のすりガラスの向こうに誰かいるのに気がついた。麻衣?それともかあさん?・・・でもなんで服を脱いでるの?・・・オレが入っているのに気づいていないのだろうか?・・・かあさんにはさっきお風呂に入ることを言ってきたのに・・・
「有希、入っていい?」
母の声がしてオレは驚いた。
「え?!なんで・・・!」
「かあさんも一緒に入っちゃイヤ?」
オレはどう返事をしたらいいのか困ってしまった・・・かあさんになんか入ってきてほしくはないが、あえてイヤというのもどうだろうか・・・?
「い、いやじゃないけど・・・」
オレがそう言うと、もう母は扉を開けてしまった。
「キャッ!」
オレは慌てて鼻までお湯に沈めた。
入ってきた母は裸だった。母の裸を見るのは小学校の5年生のとき以来だ。ひとりでお風呂に入るようになったのはもっと前だったが、小5の時、図工で指を切った時、頭など自分で洗えないので母が手伝ってくれたのだ。当時もすでに母と入るのは恥ずかしかったが、今はそれとは比較にならない・・・オレはもう15才だし・・・身体はこんなに恥ずかしい姿になっている・・・
「か、かあさん・・・どうして・・・?」
母は45才だが、身体は歳を感じさせないくらいに綺麗だった。胸の形が少しオレのに似てる気がする。腰は柳腰で美しい曲線を描いている・・・その下の茂みは・・・オレはさすがに見ることが出来ずに目をふせた・・・
「だって、有希の体もだいぶ女の子になったんでしょう?かあさんにも見せてくれない?」
「そ、そんなぁ・・・」
オレは思わず両手でお湯の中の胸を隠した。母はいったい何を考えているんだろう・・・オレはいったいどうすれば良いのだろうか・・・
「かあさん・・・恥ずかしいよ・・・」
「なんで?前にも見せてくれたじゃない。」
母はそう言いながら、体にお湯をかかり完全に風呂に入る準備に入っている・・・
「だって・・・あの時は・・・」
あの時は、オレも一世一代のカミングアウトだったワケだし、オレの身体もまだ今ほど女っぽくはなかった・・・
「あんまり聞かないようにしてるけど、かあさんだって心配なのよ。有希がちゃんと女の子としてやっていけてるのか。」
「ちゃんとやってるよ・・・やってるから一緒に入んなくていいってぇ・・・」
オレは伸びた髪をアップにして髪留めで挟んだ姿など、母親には見られたくはないのだ・・・
「ねえ、有希、あがってかあさんに見せて。女の子になった有希の体。」
「ううっ・・・」
オレは恥ずかしさに真っ赤になっているに違いない・・・だって胸元まで赤くなってるのだから・・・しかし、ここまできてしまっては、オレもどうしようもなかった。
「まだ・・・女の子じゃないんだけどなぁ・・・」
オレはゆっくり風呂から立ちあがった。唯一助かったのはオレのチンチンが立たないということだろう・・・こんな状況、男のころだったら絶対チンチンが立ってしまったに決まっている・・・
オレは最初、胸を押さえながら立ちはじめたが、すぐに下に手をやった・・・今の身体で隠すべきは、やっぱり下の方だ・・・かあさんだって下は見たくないに違いない・・・
「ど、どう・・・かな・・・?」
恥ずかしい・・・恥ずかしいが、オレもオレ自身の身体が、他の人から見てどれくらい女の子に見えるのかは、知りたくない訳じゃない。
「へ、変じゃない・・・?」
「ぜんぜん変じゃないわ、すごくきれいよ。」
「そ、そんな・・・」
自分の母親にそんなことを言われたら、オレはどうしていいかわからない・・・
「服着ててもなんとなく判ってたけど、こうして見ると、やっぱりあのころよりずっと女っぽくなったわねぇ。」
オレは足がガクガクして、とても立っていられず、しゃがみ込んでしまった。
「も、もういいよ・・・わたし・・恥ずかしくて堪えられない・・・」
「うん、ごめんね有希。ありがとう・・・」
母はオレの頭を、子供にするようになでてくれた・・・まあ、オレはかあさんの子供には違いないけど・・・
「有希、髪が伸びたから洗うの大変じゃない?」
「う、うん・・・まあ・・大変はたいへんだけど・・・」
たしかにオレは女の子になってから、徐々に風呂に入る時間が伸びていた・・・その中でも髪を洗うのにはけっこう時間がかかる。
「今日はかあさんが洗ってあげるわ。」
「え?! い、いいよぉ・・・」
「ほら、後ろ向いて!」
オレは言われるままに後ろを向いた。恥ずかしかったから後ろを向けるのはオレとしてもありがたい。
母はオレの頭から髪留めをはずすと、髪を丁寧に手櫛で梳かしていく・・・背中にオレの濡れた髪があたる冷たい感触に思わず乳首が固くなった・・・
(こういうことでも固くなるんだ・・・)
オレは変なことに感心していた・・・後ろを向けば恥ずかしくないかと思ったが、母が何をやっているのか判らない分、よけいドキドキする・・・
母は手にシャンプーをつけてオレの頭になじませていく・・・オレはじっとされるがままだ・・・
「有希の頭洗うの久しぶりね、たしか有希が手を怪我した時だから5年ぶりくらいかしらね?」
「え?かあさん憶えてるの?」
「当たり前じゃない、有希にとっては“5年も”前かも知れないけど、かあさんにはついこの前みたいな気がするわ。」
母はオレの頭を洗いながら話を続ける・・・
「あのころは可愛い男の子だったのに、今ではこんなに素敵な女の子になってるんだから不思議よねぇ。」
「す、素敵なんかじゃないよ・・・」
「いいえ、有希は素敵な女の子よ。もう自分の中に秘めていた女の子の気持ちを隠す必要はないの。」
「そ、そんなの・・・ないよ・・・」
オレは慌てて否定した。オレは女の子の気持ちを隠してなんかいない・・・
「かあさん知ってるのよ。有希がわざと女の子の気持ちから自分を遠ざけていたこと。有希男の子だったころ女の子を好きになったこと無いんじゃない?」
「あ、あるよ!女の子見て可愛いなって思ったし、好きなアイドルだって・・・」
「じゃあ、デートしたいとか、キスしたいとか思った?」
「そ、それは・・・・」
オレには良く解らなかった・・・たしかにあの頃のオレは男友達の話に合わせて、デートしたいとか、キスしたいとか言ってはいたが、その実、そういう気持ちはピンとこなかったのも事実だ・・・
「思春期の男の子はみんなそういうこと思うものなのよ。有希のはそれとは違うんじゃない?」
「・・・・」
「かあさんね、有希が女の子を見て思っていた気持ちは憧れなんじゃないかと思うわ。」
「あ、憧れ・・・?!」
オレはそんなふうには考えてもみなかった。憧れなんて・・・そんな・・・
「憧れなんて・・・そんなこと思ってないよ・・・」
オレはそうは言ったものの、まるで自信はなかった・・・たしかにオレにとってデートとか、キスとかいっても、あまり感情を伴ってはいなかったからだ・・・
「そ、それに・・・わたし今でも女の子といるとドキドキするよ・・・今日も・・長谷川さんと買い物してると、まるでデートしてるみたいな気分になっちゃって・・・ずっとドキドキしてた・・・」
オレは何とか否定しようと思わぬことを口走ってしまった・・・
「そう・・・そのとき有希は男の子として長谷川さんとデートしてる気持ちだった?」
「・・・・」
オレは長谷川といる間、ずっと女の子の気持ちになるのが怖かった・・・それはオレが男だったということではないのだろうか? でも・・・なんでデートしてるような気持ちの時に女の子になりそうな気がしたのだろう・・・
「・・・わ、わからない・・・」
「かあさんね、有希みてると、有希は長谷川さんのことが好きなんだなって思うのよ。」
「う、うん・・好きだよ。だって長谷川さんって頼りになるし、いろいろ助けてくれるもん。」
「でも、それって男の子が女の子を好きになる理由かしら?」
「それは・・・」
たしかに男としては情けない気はするが・・・オレは母が何を言いたいのか良く解らなかった。
「かあさん、な、何が言いたいの? はっきり言ってよ・・・」
「有希はね、きっと、女の子として長谷川さんが好きなのよ。」
「そんなことないよ! だって長谷川さんは女の子だもん。女の子が女の子を好きになるなんて・・・」
「有希・・・女の子ってね、少し男の子っぽいところがある女の子を好きになることもあるのよ。」
そりゃあ宝塚とかを女の子が好きなのはオレも知ってるけど・・・そういえば長谷川も、オレの友達がオレのことを好きなんだとか言ったことあるけど・・・
「でも・・・長谷川さんはそんなんじゃないよ・・・べつに男っぽいわけじゃないもの・・・ただ・・ちょっと女の子っぽくない時があるだけで・・・」
オレはいったい何を言っているのだろうか・・・自分で言ってることがわからなくなってくる・・・
「ううっ・・・もう・・かあさん・・そんなこと言わないでよぉ・・・」
オレは自分の気持ちをコントロール出来ず、思わず泣き出してしまった・・・
「そんなこと言われたら・・・長谷川さんと話せなくなっちゃうじゃない・・・」
「ごめん有希、かあさんがわるかった・・・ごめんね・・・」
母はオレの身体を後ろから抱きしめて、頭を撫でなから言った。
「有希はまだそんなことまで考えたくないのね・・・」
「う・・うん・・・」
オレはだんだん女になるのが不安になってくる・・・女の子になるってどういうことなの・・・?
「そうだ! 有希、きょうは下着だけ買って帰ってきたの?」
「うくっ・・・そ、そうだけど・・・」
「かあさんお金多めにあげてたじゃない、お洋服も買ってくれば良かったのに。」
「・・・う・・うん・・・でも・・わたし・・まだ良くわからないの・・・自分がどんなの着たいのか・・・」
「そうなの?このごろ有希も自分で好きなの着てるみたいだから、自分の好みがわかってきたのかと思ったんだけど。」
「・・うん・・・なんとなくはわかるんだけど・・・たくさんあると判らなくなっちゃうの・・・」
「そうなの・・・」
「・・それにね・・・ダイエーにはわたしが買いたいのが・・・あんまりないみたい・・・」
「あら? ヘンねえ、かあさん有希の服けっこうダイエーで買ってるわよ。」
「え? ほんと?」
それじゃ、オレが探せなかっただけなのか・・・
「有希探しかたがわからなかったんじゃないかな? 今度かあさんと行こうか?」
「う、うん・・・」
母と娘として買い物に行くなんて恥ずかしいけど、どういうところで買えばいいのかオレも知っておかないといけないと思うし・・・オレもそろそろ自分の服は自分で買えるようにならないと・・・
「・・・きょうね・・・あちこち歩いてたら、いつの間にか呉服売場に行っちゃって、そしたら・・・浴衣も売ってたよ・・・もう夏だもんね・・・」
「あら有希、浴衣着たいの?」
「ううん・・・そんなことないよ・・・」
オレは慌てて否定した。そんなつもりで言ったわけじゃない・・・
「だって・・浴衣なんて・・そんなに着る機会ないもんね・・・それに・・長谷川さんも持ってないって言ってたし・・・」
オレが浴衣を着たいと思ってること、かあさんにバレてしまっただろうか・・・
「かあさんも有希の浴衣姿みてみたいけどなぁ。」
「い、いいよ・・・そんなの・・・」
「ほら、うつむいて、お湯かけるから。」
「あ、うん・・・」
母がシャワーで頭を流しだして、オレは話が途切れたことにほっとした。
その後、母はオレの背中も洗ってくれたから、オレもかあさんの頭を洗ってあげようとしたのだが、上手く洗えず結局母には自分で洗ってもらった。考えてみればオレは他人の頭を洗ったことがなかった・・・ひとの頭をあらうのは案外難しい・・・
母親と一緒に小さな湯舟に浸かるのはすごく恥ずかしかった。おまけに今は女どうし・・・お互い裸ときている・・・こんな状況で黙っているのも堪えられなかった。オレは何か話題を探していた・・・
「・・・ねえ、かあさん・・・昔の写真で、わたしと麻衣が浴衣で写ってるのがあったけど・・・あれってどこで写ったのかなぁ・・・?」
「あぁ、それはおばあちゃんのところじゃないかしら?」
「おばあちゃん? でもかなり田舎みたいな感じだったけど・・・」
「西新〈にしじん〉のおばあちゃんじゃなくて、熊本のおばあちゃんのことよ。おとうさんのお母さんのこと。」
「あっ・・・そうか・・・」
そういえばとうさんの実家は熊本だって言ってた・・・
「あれ?でもわたし熊本に行ったことあるの?」
「ええ、あれは何年生だったかしらね・・・夏休みに1週間くらい行ってたことあったのよ。お盆に行ったんだけど、有希が帰りたがらなかったから・・・有希だけ残ったの。あの写真はたぶんむかえに行ったときのじゃないかしら、お祭りを見て帰ってきたから。」
「お祭りだったんだぁ・・それで浴衣着てたのね・・・あれ?でもわたし女の子の浴衣着てたよ?」
「ふふっ、おばあちゃん有希のこと女の子だと思ってるかも知れないわね。」
「まさか・・・」
「だってあのころ有希は女の子の服着てたのよ。熊本とはあまり付合いもないし・・・有希もあれ以来行ってないでしょう?」
たしかにそうだけど・・・でもふつう自分の孫の性別くらい知っているのではないだろうか・・・
「じゃあ・・・もしかしたら・・・今でも女の子だと思ってるかもしれないの?」
「そうかもね、でも今はもう女の子だと思われてた方がいいじゃない。有希はもう女の子なんだから。」
「え〜・・・・」
まあ、とうさんの実家には行く機会もないと思うけど、もし行かなきゃいけなくなった時は、女の子だと誤解されてた方が、今となっては都合はいいかも知れないが・・・
「でも・・・何でわたしだけ残ったのかしら・・・」
「さあ、それはかあさんも知らないけど、向こうで友達でも出来たんじゃない?」
「・・・・」
オレにはまったく記憶にないことだった・・・




