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6 重なる思い(カレンのお仕事)

○月×日

匿名X:王都の狂犬がゲットした黒髪の乙女を、最近、鍛錬場で見かけないのですが、・・・心の潤いが足りません。


匿名A:あの毒牙にかけられた妖精なら、里帰り中だぞ。知らなかったのか?

匿名B:何だ、やっぱり狂犬が捨てられたのか。ま、分かってたことだがな。うちの将軍とのツーショットの方が絵になってたぐらいだ。そうなると、うちの将軍の嫁にくるのかね。

匿名C:おいおい、B、あれでも狂犬はかなり根性こいて、あの妖精を騙くらかしてんだぜ。さすがに捨てられはしないだろ。

匿名D:第四の新人、見た目は女顔で悪くないぞ。心の潤いならそっちで我慢しとけ。・・・ま、口を開いたらクソガキだけどな。

匿名E:彼女は実家の事情で里帰り中だ。・・・王都に戻ってきたら、また顔を出してくれるんじゃないのか。


 ルーナと、ルーナの乳姉妹であるロシータを連れて、ケリスエ将軍率いる第五大隊はフィツエリを出発した。

 だが、ルーナはケリスエ将軍と同じ馬に乗りたいと駄々をこねてくれて、(しょ)(ぱな)からカロンをうんざりとさせる。


「馬にも乗れないならさっさとフィツエリに帰れっ」

「うるさいわね、このセミ男が。ミンミン鳴くだけだったら虫にでもできてよ。・・・・・・ねえ、ケリスエ様。私、ご迷惑ですか?」


 すがすがしいぐらいに、ルーナのカロンに見せる顔とケリスエ将軍に見せる顔は違っている。しかもそれを目の前でやっても堂々としているのだから、第五大隊の面々もいっそ感心するしかなかった。

 おそらく、面の皮の厚みが違うのだろう。


「そんなことはありませんよ。姫一人くらい、私の馬に乗せ続けても全く問題はありません。ですが・・・仮にも婚約者ですから、私よりもカロンの馬にお乗りになった方が良いのではないかと」

「けっ、すぐに振り落としてやるよ」

「まぁ、怖い。ケリスエ様、あんな乱暴な男の馬になど、私、恐ろしくてとても乗れません」


 どう見ても怖がってなどいないルーナである。しかもちゃっかりケリスエ将軍に縋りつくのだから、カロンよりもはるかに上手(うわて)だった。


「二人ともどうしてそう・・・・・・。分かりました、では私の馬に」


ケリスエ将軍も、さっさと出発したいが為に、ルーナの希望を受け入れることでその場を収束させる。馬で移動できる自分達はいいが、徒歩の人間もいるのである。こんな馬鹿らしいことで出立を遅らせては、歩兵が気の毒な結果になるではないか。


「ルーナ様・・・」

「なあに、ロシータ。お説教ならもうお腹一杯よ」


 ルーナの立派な点は、それでも自分のあざとさを自覚していたことかもしれない。ロシータの諫言を却下しておきながら、自分でも良いこととは思っていないのだと伝えてくる。

 ロシータは困った顔で小さな吐息を漏らした。

 ルーナが小麦色の髪と薄茶色の瞳なら、乳姉妹のロシータは黒い髪と黒い瞳で、印象は全く食い違う。ルーナが昼間のようなら、ロシータはまるで夜のようだった。

 ちなみにロシータは我が儘も言わず、色々な人の馬に同乗させてもらっては、その度にお礼をきちんと言える娘である。


「すみません、カロン様。うちのルーナ様ったら何を考えてカロン様にあそこまで突っかかるのか・・・」

「ロシータ殿がお気になさることはありませんよ。それよりも座る姿勢を変えましょうか。そろそろきつくなってくる頃でしょう」

「ありがとうございます。・・・いつも不思議なんですけど、どうしてそういったことがお分かりになるんでしょう?」

「ああ。ちょうど将軍の邸には通いで来てくれている女性がいましてね、色々と手伝ったりする内に、女性とは本当にか弱く傷つきやすいものだと学びました。それでももしも気づかぬことがあるようでしたら遠慮なくおっしゃってください。多分、他の兵に言うよりも手配できると思います」

「ありがとうございます」


 カロンとルーナの相性は最悪だったが、カロンとロシータの相性は悪くなかった。カロンも将軍に対して悪意や必要以上の好意を抱かない相手であれば、どこまでも親切になれる。

 休憩する時には布を樹上にかぶせて簡易的な天幕を作り、自分達を兵の目に触れぬよう休ませてくれるカロンに対し、どこまでもロシータは申し訳ない気持ちになっていた。あんなにもルーナと喧嘩しているというのに、それでも相手は嫌がらせの一つもせずにここまでしてくれるのだ。

 今回も、昼食をとりがてら休憩に入っていた。それは街道筋にある、林のような場所だった。


「ルーナ様」

「何?」

「いいかげんにしてください。あなたがあそこまで喧嘩を売っても、こんなにカロン様はご親切になさってくれてるじゃないですか。どうしてそう、感謝の一つもせず、あなたは恥知らずにも一方的に喧嘩を売るんですかっ」

「ちょっと待ってよ、ロシータッ。言っとくけど、あっちだって私に喧嘩を売ってきてるわよっ。一方的なんかじゃないわよっ」

「何を屁理屈こねてるんですかっ。どうしてカロン様にばかり、あなたは礼儀知らずで厚かましくなってるんですっ。何を考えてるんですかっ。フィツエリからこっち、ずっと我慢してましたけど、もういい加減に限界ですっ」


 さすがにロシータが本気で怒ってると分かったらしいルーナはそこでぷいっと横を向いた。


「ルーナ様っ」

「・・・だって、気に食わないんだもの」

「何がですか」

「だって、・・・だって、気に食わないのなんて当たり前じゃないっ」

「どこがですか」

「何もかもがよっ。大体、あの余裕が嫌い。どこまで挑発してもそれでも最後にはいい所をかっさらっていく所が嫌い。その気になれば手に入るのに全く努力も何もしようとしない所が大っ嫌いっ」

「・・・・・・・・・何ですか、それは」


 ロシータは脱力した。駄目だ、お説教されたら反省するというレベルを振り切っている。

 そんなロシータを見やりもせず、ルーナは膝を抱えてその瞳にうっすらと涙を滲ませていた。


 一方。

 ルーナとロシータの為に簡易的な天幕を作ったカロンは、次に少し離れた所にもう一つ簡易天幕を作っていた。


「お前なぁ。私は別にそういうのはいらないんだが」

「いいから入っていてください。出発する時間になったら起こしますから」

「だから別に私は木の陰でもどこでも・・・」

「大体、将軍の姿が目に入る所じゃ、兵士だってゆっくり休めないでしょうが。少しは周りのことも考えてください」

「いや、今までそれでも問題なかっただろう」

「うるさいです。・・・俺は外にいますから」


 そう言ってケリスエ将軍をその中に押し込んだカロンは、その天幕をかけた木にもたれて自分も休息をとることにした。


(大体、あの小娘も小娘だ。馬に乗り慣れてない自分の体を将軍が持ち上げ続ける負担すら考えられねえのか。いくら鍛えている体でも疲労が蓄積するに決まってるだろうが)


 口では何と言おうと、カロンが傍にいる状態なら将軍も深く寝入ることができる。自分が仕込んだ弟子の力量を把握しているからだ。

 ロシータは、カロンや第五部隊の面々が交代で乗せ続けているので負担ではない。しかしルーナはケリスエ将軍と一緒じゃないと嫌だと駄々をこねた為、ずっと将軍が自分の馬に乗せ続けている。

 乗せるだけであれば問題ない。だが、馬に乗り慣れていないルーナの体を損なわぬよう、時には寝入ってしまったルーナを抱えたりしている将軍の負担は決して軽くはなかった。


(男の体に比べてどうしても女の体は劣る。それでも将軍が強いのは、瞬発力に特化させていることもあるだろう。いくら鍛えていても、そこまで持続力があるわけじゃ・・・いや、そこらの男以上にありはするが、それでも負担になっていない筈がない)


 かなり苦々しい思いをしているカロンだった。

 将軍にそのことを言いはしたものの、それをルーナに言う必要はないと止められた。それは一日前に泊まった宿屋でのことだった。

 さすがにケリスエ将軍の部屋にカロンが押しかけて直談判したのだ。いいかげん、他の人間にもルーナを任せろ、と。

そこは小さな宿しかなく、ルーナ達は隣の宿屋に泊まっていた。


「この程度は十分にこなせる体力ぐらいあるつもりだが?」

「そういう問題じゃないだろうっ」

「構わない。ルーナ姫には何も言うな」

「何でですかっ? どこまであんた、あの姫に気を遣うんだよっ」

「どうせロームまでのことだ。・・・それに気を遣うのは当たり前だろう。お前の嫁になるかもしれない女性だ」

「それはないって分かってるだろっ。あの小娘が好きなのはあんたなんだからっ」

「それこそ私とではあり得ない話だ。いずれにしても姫とていずれは結婚せねばならない。その際、どの男と結婚するかと考えるのであれば、結局お前になる可能性も未だにあるわけだ」

「俺だってお断りだっ。だけど百歩譲って気を遣うのはいいさっ。だからってどうしてあんた自身がそこまでするんだっ」


 あと二泊程度でロームに着く予定だった。

カロンにしても、ケリスエ将軍の体に必要以上の負担が掛かっていることに気づけば怒りがこみ上げる。

そんなカロンに、ケリスエ将軍は困っている様子だった。なぜならケリスエ将軍はその間ずっとカロンとルーナの仲を取り持とうとしていたからだ。

さすがに無理っぽいなと、将軍も諦めはしていたが。ある意味、ここまで喧嘩し合えるという意味では特別な関係なのかもしれないと、そっちに賭けるべきかとも思いつつも。


「お前も今日はかなり突っ込んでくるな」

「・・・あんたがそういうことを言い出す時ってのは、言いにくい理由があるってことだろ。黙ってろって言うなら聞かせろよ」


 そこでケリスエ将軍は溜め息をついた。


「ちょっとした感傷だな」

「感傷?」

「ああ。私が子供の頃、横の家に住んでいた娘がルーナ姫のような小麦色の髪と薄茶色の瞳をしていたんだ」

「その娘さんは?」

「さあな。おそらく亡くなっただろう。私は部族の定めにより遠く離れた場所に出向いていた。戻ったら部族は滅びていた。・・・それだけだ」

「ルーナ姫はその娘さんじゃない」

「分かってる。ただ最後に見送ってくれた時、まだ私の腰くらいの背で、本当に幼かった。かなり懐かれていた。・・・ああやって姿を見つけては笑顔になって近づいてくる様子がとても似ているんだ」

「・・・・・・」


 そう言われてしまうとカロンも何も言えなかった。結局、この将軍は優しすぎるのだ。もうそんな昔のことは忘れていてもいいだろうに、それでも大事にその心に抱え込み続ける。


「分かりましたよ。ただし、ちゃんと休憩はとってください」

「お前に命令される覚えはないが」

「命令じゃなくてお願いです」


 そういった理由で、かなり不本意ながらも黙っている代わりに、それでも休憩時にはゆっくり休めるように簡易的な天幕を張ることで妥協したカロンだった。

 ムカムカしながらも、カロンも目を閉じて体を休ませる。特に疲れているわけではないが、休める時には休む。それが基本だ。


(あと一日、あと一日だ。それで終わる。ロームに着いたらさっさと放り出してやる、あんな小娘)


 そんな尽くし続けるカロンを見ながら、第五大隊のソチエト第五部隊長以下、各小隊長や兵士達も、かなりカロンに対して思うことがでてきていた。


「サフィヨール元第六部隊長が横紙破りを通した人事と聞いてましたがねえ」

「あのサフィヨール様をそうさせたのだから、どんな強引な男かと思ってましたが」

「従者から始まったって話ですが、こっちのどんな従者よりもありゃ出来てますよ」

「全くなぁ。暴れ狼の異名をとっていても、やってるこた、どこまでも温和じゃないすか」

「俺ら全員に勝っときながら、望むのは将軍の世話だけとはね・・・」


 そんな小隊長達の意見に、ソチエトも苦笑せずにはいられない。ケリスエ将軍の前では爺っぽく振る舞うソチエトだが、将軍の目がないところではさほどでもなかった。


「どんな噂がまかり通ろうが、将軍自らが見込んで引き取り育て上げた唯一の男だ。やってるこたぁ女の腰ぎんちゃくだが、この大隊の誰より(つえ)え。サフィヨール殿も、実質はあの男を副官とした部隊長で、普通はそんなおかしな上下関係は破綻するってぇもんだが、第六部隊が伸びているのは伊達じゃねえってこったな。お(めえ)らもよく見とけや、あの男を」


 そんなカロンがふと瞼を開けたのは、気配を感じたからだった。

 ちょうど一眠りしたケリスエ将軍が簡易天幕から出てきていた。


「起こすまで休んでてくださいと言った筈ですが」

「もういい。それに明日には到着だ。どちらかというと体を動かしたい」

「ああ、なるほど」


 筋肉を動かしてほぐしたいのだろう。納得すると、カロンは簡易天幕を片付けた。


「じゃあ、打ち合いでもしますか。それとも・・・」

「そうだな。お前に教えた剣舞の方ではなく、本式のをしてみるか」

「げっ、あれですか」

「ああ、あれだ」


 毎朝将軍に教えてもらっていた、曲にあわせた剣舞を習得すると、「動きも綺麗になったし、本来のを教えてやろう」と、教わっていた。それはなかなかに難しかったが、最初に剣舞として習っていたせいか、カロンが身につけるのは早かった。


「じゃあ、もう少し奥の開けた所に行きましょうか。皆を起こしても悪いですし」

「そうだな」


 食べた後はゆっくりと兵士達も休ませてやりたい。勿論、起きて雑談している者達もいたが、昼寝している人間も多かった。

 少し歩くと、野原があった。二人はそこで剣を構える。曲はないが、足が踏む音が本来は拍子にもなる。野原ではそうもいかないが。

 カーンと、最初に二人が剣を打ち合わせた音が始まりだ。

 二人は呼吸を合わせて、体を舞うかのように上半身だけ倒しながら、腕を伸ばして剣の切っ先が弧を描くようにゆっくりと動かした。姿勢としてはかなり苦しくなるが、そこをあえてゆっくりと行うことができるのは、二人の腹筋と背筋が鍛えられているからだ。

 やがて姿勢を起こした途端に、ゆっくりだった剣が嘘のように素早く交わされ、涼やかな音を立てる。さっと居場所を入れ替えた二人は、今度は体を仰向けに反らすようにして、剣をゆっくりと弧を描かせる。そうしてまたもや姿勢を起こした途端に剣を打ち合わせた。


(これが導入部分、と。体の隅々まで使わない所は全くないという、凄い舞いだよな)


 カロンにしても、これをやると、まさに体全体の筋肉を全て使ったという気になる。将軍がこれをしたいと言いだしたのも、それがあるのだろう。


(ここからが剣の型に入る。ただし、神に捧げるものに相応しく優雅に動かねばならない、と)


今度は舞いながらその合間に剣を打ち合わせるかのように、それでいてその合間の腕の動きはまさに剣の型をとっているかのように、そういった誰の目をも奪う動きが演出されていくのだ。時には向かい合わせに、時には互いを背にした反対方向に、様々に向きをも変えながら。


「凄いですね、なんて見事なんでしょう。これが、ルーナ様がご覧になったという剣舞ですか」

「・・・違うわ」


 こっそりと木の陰から見ていたロシータが感動していると、ルーナが唇を尖らせた。ロシータも少しは剣を使うので、自分などとは格段の違いだと分かる。純粋に凄いと感じていた。


「だから嫌いよ、あんな男。私だって、もっと早くに出会っていたら、あれくらい・・・」

「それは無理でしょうな」


 そこへ背後からソチエト第五部隊長の言葉が掛けられた。


「分かっておいででしょう、ルーナ姫。重ねてきた努力が違い過ぎる」


 ルーナは反論しなかった。ソチエトの方を見もせず、ただ二人をじっと見ていた。


(分かってる。だけど諦めきれないんだから仕方ないじゃない)


 口惜しいが、二人の動きはとても美しかった。そして力強かった。

 剣を打ち合わせる音すら、綺麗に響いてくる。向かい合い、互いの体の向きや動きすら、二人は体格の違いを感じさせない程に、対称的に動いていた。


「すげえな」「あれだけ跳躍しても息が合うのか」「一度、ああいうのを他の騎士団の前でも披露してやりゃいいのにな」「全くだ。誰もが黙るだろうよ」「足の指先だけであの姿勢を維持できるだなんて、どんなんだよ」


 いつしか、周囲にはやはり見惚れている男達がいた。

 そこには第五部隊の小隊長達も混じっているわけで、ルーナも自分が彼らにケリスエ将軍にひっついている我が儘な娘だと思われているだろうなとは自覚していた。

 ケリスエ将軍がルーナのそれを許してくれているから、誰も何も言わないだけだ。

 そして一番不快に思っているであろうカロンも、喧嘩こそ売ってきても決定的な言葉は言わないようにしている。


(そんなこと、分かってる。あの男には敵わないってことなんて・・・)


 ルーナは唇を噛んだ。それでも、諦めきれない心がここにあるのだ。

 二人の剣を持つ手の動きも隙がなく美しいが、もう片方の手も、決まった型があるらしく、違う動きをしている。そういったバランスをとるだけでも、全身の筋肉が使われているのが分かる。よくぞバランスを崩して倒れないものだと、だからこそ力量が違い過ぎると実感する。


(こうして見せつけていくのよ、あの男は)


 自分ではどんなに練習しても、きっとあの型の一つですらなかなか習得できないだろう。だから今、自分は声を掛けられない。あの動きについてなどいけないから。

 いつしか隣に並んでいたソチエトに向かって、泣きたい思いでルーナは呟いた。

 

「だから嫌いなのよ。ああやってどこまでもケリスエ様の傍にいるんだもの」


 自分はお願いしないと傍にいられないのに、彼は自分の力で将軍の傍に居続けるのだ。なんてムカつく存在なのだろう。

 そんなルーナに、ソチエトは苦笑した。ソチエトにしてみれば、あそこまでカロンとやりあってしっかりケリスエ将軍にくっついていられるだけでも、なかなかそんじょそこらの姫ではないと思っている。


「はてさて。カロンにしてみれば、あの将軍におねだりできる姫の方が羨ましいことでしょうな。あまり無いものねだりをなさるものではないですぞ」

「あの男の方が贅沢なのよ。私があの男の体を持ってたら、とっくにケリスエ様を手に入れてるわ」

「・・・・・・」


 どう手に入れるというのか。ソチエトと周囲で聞いていた男達は、やれやれと思うしかなかった。






 カロンは、自分が寝入っていたことに気づいた。昔のことを思い出しながら寝てしまっていたらしい。


(もう朝か・・・。結局、俺にとってこの部屋が一番落ち着くというのもあるんだろうが)


 カロンが使っているこの部屋は、かつてケリスエ将軍が使用していた一番奥の部屋だ。この部屋だけは誰にも使わせたくなかった。本当はそのままおいておきたかったが、そうなると子供達が入り込むだけだ。仕方なく自分で使うことにした。


(朝の鍛錬をしてから、・・・今日は合同演習があったな。もしかして俺がまたストッパー役なんだろうか)


 かつて暴れ狼という異名をとった男は、最近では唯一の良心という異名をとり始めている。何故か。他の二将軍があまりにもマイペースすぎるからだ。

あの二人は、カロンがブレーキを掛けるだろうと見越して無茶をやらかしているだけではないのかと思わずにはいられない。いや、その通りなのだろう。


(それでもそれが、あいつらの優しさなんだろうな)


 いい友人を持てたと思う。

ああやって色々と好き勝手をやらかしてはくれるが、それの後始末などに追われる自分は、それだからこそ、まだ無気力に陥らないで済んでいるのだろう。

それを言ったら、あの二人の部下達からは哀れみと同情のこもった顔をされてしまったが。


「いい人すぎますよ、カロン様」「全くですよ。ロメス様はそんなんじゃありません。ただの人でなしです」とか。

「いやー、それ、無いと思いますよ」「ええ。うちの上司、単に調子ぶっこいてるだけですから」「そうそう。所詮、自分が一番な人なんですよ、セイランド様って」「しかも基本的に鈍いんですよね。ケイス将軍も遠慮なく叱ってやってください」とか。


 もしかしたら自分も部下達にはボロクソに言われているのかもしれないと、ちょっと思ったカロンである。だとしたら少し切ない。

 そんなことを思い出しつつ、カロンは着替えて部屋を出て行った。






 ルーナ達をロームにあるフィツエリ男爵邸に送り届け、リガンテ大将軍にカスクレ村の報告を行い、その後の流れでケリスエ将軍に好きだと告白したカロンは、あまりにも大きすぎる衝撃を受ける羽目になった。

 告白、・・・そこまでは良かった、のかもしれない。それこそ、普通に心臓をドキドキバクバクさせながらのオーソドックスなものだっただろう。


「俺は・・・あなたを、親でも家族でもなく、一人の女性として好きなんです。だから一緒にいたいんです。あなた以外に欲しいものなんて何も無い」

「・・・・・・えっと、な、カロン」

「俺のことが嫌いですか? 俺ではあなたの目に男として映らないですか?」


 ここだけで、人生のほとんどの勇気を振り絞ったと、カロンは思っている。というより、この時点で頭の中は真っ白になりかけていた。


「嫌いなら弟子にはしない。が、ただ・・・」

「ただ?」

「・・・気持ちは嬉しいが、その、あの、実は、だな・・・」

「はい」

「うちの部族は、この辺りの婚姻制度とはかけ離れた考え方をしていた」

「好きなら一緒に暮らそうが、別に暮らそうが、子供を作る度に相手を換えようが、何でもあり、でしたね。・・・たしか、相手に対する想いが全てだと」


 緊張しすぎて動かない頭だったが、カロンは以前に聞いた話をどうにかこうにか思い出す。ケリスエ将軍の表情を見ても、記憶から引っ張り出したそれは、特にそれで間違ってはいないようだった。ちょっと安堵したりもする。やはり、こういう状況で馬鹿な奴とは思われたくない。


「そうなんだが・・・その相手は別に異性でなくても構わないのだ」

「・・・は?」

「いや、お前も男なら分かるだろう? 戦で戦った後、柔らかい肌に溺れたくなる気持ちというのは」

「はぁ、そりゃ」

「だから・・・いきなり男として見てほしいというのは思いもしなかった。そもそも弟子に娘をとらなかったのは、間違って食ったらヤバイだろうと思っていたのもあったからだが」

「・・・・・・・・・」


 思い出せば出す程、なんだか切なくなってくるカロンだった。


(どうしてあの人って、どこまでも常識や一般論を飛び越えていくんだろう・・・)


 久しぶりにロームの屋敷に戻り、自分の部屋で横になったカロンは、その日のことを思い出してしみじみと嘆かずにはいられなかった。寝台の上でゴロゴロと転がってはのた打ち回っている状態である。

 まさに何度もリフレインさせずにはいられない今日の出来事、だった。


(俺の今後全ての人生、この告白に賭けていたのに・・・)


 リガンテ大将軍の前で、自分を軍に残したければケリスエ将軍をくれとまで言い切ったのだ。よりによって部下が上司を所望するなど、前代未聞だっただろう。

 ケリスエ将軍と二人きりになってから告白した時だって、かなり緊張したどころではない。同じ屋敷に住み、同じ職場に通う相手だ。断られたらそのまま人生終了的な崖っぷち気分だった。


(なのに、・・・なのに、なんでこう、あの人って全てにおいて何かが違うんだろう)


 好きだと伝えた、そこまではいい。あなた以外に欲しいものなどないと伝えた、そこまでもいい。

 そして。

嫌いではないと言ってもらえた、そこまではいい。気持ちは嬉しいと言ってもらえた、そこまでもいい。


(問題は、だ)


 ぶっちゃけて言うのなら、「いやー、戦帰りって女性の肌が恋しいよね。誰だってそうだよね。だから私も、男より女の方が好きかなー。アハハハ」と、そうカミングアウトされたことにある。うん、まあ、そうはっきり言われたわけではないが、そういう意味なのだろう。


(何、それ・・・)


 あまりにもショックが大きすぎる。しかも自分を弟子にした理由が、「男なら恋愛対象外だから。やっぱり弟子に手を出したらまずいだろ?」である。

いや、別に遠慮なく弟子に手を出してくれていい。自分としては全く問題ない。だがそうなると、弟子にされていたのは女だ。


「・・・・・・・・・」


 ルーナが弟子にされていた、みたいな想像をしてしまい、ただの自分の妄想なのにカロンはショックを受けた。自分で自分にトドメを刺してどうするというのだろう。

 本来、真面目なタイプのカロンは、どうしても悲観的に物事を考えてしまう傾向があった。楽観的に生きていたら命を落としかねない日々を生きていたことも関係していただろう。

 告白直後は諦めの境地でその状況を受け入れてしまったが、こうして寝台に横になったら悩まずにはいられない。


(いや、だけど、前向きに考えてくれるみたいなことは言ってくれたし・・・)


 言ってはくれたが、もう精神的に疲労が大きすぎて、「今日は帰りましょうか」で、そのまま終わらせてしまったのはカロンの方だ。だけど「今日は帰りましょう」と言ったからといって、じゃあ次はいつかといえば、そんなこと、予定は未定状態だ。

結局、そのまま棚上げにされ、忘れ去られてしまったらどうしよう。


(あり得る。・・・考えてみれば、俺に対して無視することではかなりの達人だった、あの人。このまま棚上げしたままで終わるかもしれない)


 そんなカロンの予測は当たっていたというべきなのだろう。少なくとも、将軍はその後、一年近く、その問題を棚上げし続けた。

考えると悲しくなるので、わざとカウントしないようにしていたカロンだ。


(いいんだ、別に。それでも傍にはいさせてくれるし、ちゃんと俺を見てくれてるし、・・・それにきちんと話してくれるようになったし。・・・俺が要求すれば、だけど)


 どこまでも耐えることと諦めることに関しては慣れているカロンである。そんなささやかなことだけでも嬉しいと思って過ごしていた。

 そんなカロンの姿を目にして、誰も何も思わないわけではなかった。


第一部隊副官キヤン「第六部隊長にだけは幸せになってもらいてぇよ」

第二部隊副官シムル「俺も。てか、あそこまできたらもういいじゃねえかって思うよな」

第三部隊副官ロン「第六部隊長の何が不満なんだろうな、将軍も」

第四部隊副官ディルス「不満とかいう以前に、最初から傍にいるのが当たり前なんだろ」

第五部隊副官ミゲル「そりゃ、あそこまで尽くされちゃあな。だから腰ぎんちゃくって言われるんだろ」


 そこで全員が一斉に溜め息をつく。


第五部隊副官ミゲル「しかし本人も腰ぎんちゃく呼ばわりされて気にしないのはどうにかしてほしい」

第四部隊副官ディルス「だからなめられるんだよな。まあ、それでも無敵だけどさ」

第三部隊副官ロン「ご本人の性格が控えめだからなぁ。見回りからはかなり好かれてるぜ」

第二部隊副官シムル「無茶も無理も言わない上、未だにサフィヨール様を立ててるしな」

第一部隊副官キヤン「将軍だって、第六部隊長以上の男はいないだろうしなぁ」


 とは言うものの、ケリスエ将軍にはさすがに誰もそんなことなど言えない。上司の上司だからである。

 何よりもカロンはそんな将軍に全く不満を示さず、ただ将軍の後ろに控えているだけで良しとしているのだ。カロンとて自分達よりも上位の立場にあたる以上、自分達に何が言えようか。

 将軍の為に水を汲んでくることすら、兵士にやらせればいいのだと言いたくても。

 将軍の使っている椅子などの修理手配すら、他の奴にやらせればいいのだと言いたくても。

 そんなカロンの健気さにどこまでも周囲は同情の涙を浮かべていたことにも気づかず、カロンは日々を過ごしていた。




 王都騎士団のロメス・フォンゲルドが、黒い巻き毛も魅力的なカレン・ロイスナーと結婚した。

そのカレンとひょんなことからケリスエ将軍が親しくなり、カレンも屋敷に遊びに来たりしていた後のことである。

 北にある国との戦が始まりそうな気配が、濃厚となっていた。


「まさか秋から冬にかけての戦とはな。本気、いや正気か?」

「あちらは雪や氷に閉ざされる時期でしょうに、何を考えてるんでしょうね。するならもっと早くにすべきだったと思うんですけど。本気でここまで時間を浪費するとは思っていませんでした」


 さすがにケリスエ将軍とカロンも首をひねった。春や夏なら分かるが、あちらにとってはかなり厳しい条件となる。

 現在、ローム国騎士団からはハイゲル率いる第二部隊とソメノ率いる第四部隊が、北の国境近くに出向いて待機していた。どちらも急襲を得意とする部隊である。機動力を重視したのだ。王都騎士団のロメス・フォンゲルドが、現在の現地における最高指揮官だ。

 だが本格的な戦となれば、他の部隊も出すことになるし、セイランド・リストリやカロンも行くことになるだろう。屋敷に戻ってきてから、改めてケリスエ将軍とカロンは、ケリスエ将軍の部屋で卓上に地図を置きながら話し合っていた。


「愚王と言われても仕方ない愚策だな」

「ですね。もしくは軍のトップも愚かなのか。反対にそれでも勝てるというだけの自信と実力があるのか」

「全く、何もこの時期にしなくてもいいのにな」

「そうですね」


 そこでケリスエ将軍は小さく首を傾げて斜め下を見ながらしばし考え込んだ。さて、どう切り出すべきか。そう思ったからだ。

 地図を見る為、並んで隣の椅子に座っているカロンが、その様子を見て不思議そうな顔になる。

 それに気づき、ケリスエ将軍も遠回しに言うべきではなかろうと判断する。こういうことはこねくり回すべきではない。

 

「いや、そっちの方じゃない。こっちの事情的に、だ」

「と言いますと?」

「カロン。お前に結婚の申し込みがきている。前回とは全く別口だ。・・・お前本人に言ってもそのまま断られるのでと、私に言ってきた」

「お断りしておいてください」

「・・・名前と素性と条件くらい聞こうと思わないのか」

「必要ありません」

 

 ケリスエ将軍は溜め息をついた。さすがに告白された時には驚いたが、それ以降はケリスエ将軍も自分の弟子についてそういう点をきちんと見るように心がけていたからだ。


(諦める気はないな、こいつ・・・)


 ケリスエ将軍としては、師匠として弟子にそういった気持ちを抱くものではないと考えていた。その為、自分もそういう目でカロンを見たことはなく、だからこそカロンからのそういった可能性を全く視野に入れていなかった。

だが、告白されてからきちんと観察してみれば、カロンの行動には常に自分への思慕があった。


(一時的なものかと、しばらくしたら熱も冷めるかと思っていたんだがな)


 ケリスエ将軍にとって、自分の全てを教え込んできた弟子は特別な存在だ。

それゆえに、自分の劣情などで弟子の将来を歪める気持ちなど全くなかった。だから弟子の方から自分を望まれるとは、本当に思いもかけない出来事だったのだ。


(これが、相手が私というのでなければ、そういった一途な誠実さもあるし、どこに出しても恥ずかしくない婿だったんだが)


 別に師匠と弟子であっても、そういった関係になったケースはケリスエ将軍の部族でもなかったわけではない。

ケリスエ将軍の部族では、その時にお互いが本気であれば良いと考える為、浮気はしないがパートナーを変更することはできるというシステムをとっていた。一人と添い遂げるも良し、次々に相手を変更していくも良し、なのである。

従って、あまりに近い位置にいた師匠と弟子とがそういった関係になっても、一緒になることでパートナーとはやはり違うのだと判断し、その関係を解消して新しいパートナーと組むことは多かった。つまり、やり直しがきくのである。

 だが、このローム王国は違う。

 そういったやり方は性的に乱れているともとられかねず、ましてや自分の肩書きにしても、今のカロンの立場にしても、それを考えると恋人関係を楽しんで、結婚は別の人と、などというわけにはいかないものがあった。

この弟子の想いに応えるのであれば、この国では結婚という形態を考えなくてはならなくなる。だから簡単には踏み出せなかった。


「なあ、カロン」

「はい」

「お前、女の趣味はちょっとどうかと思うんだが」

「そうですか」

「よく考えろ」

「十分悩みました。それでも好きなんです」


 さすがにそうストレートに言われてしまうとどうしようもない。ケリスエ将軍にしても、まさか自分の弟子がこういったことにここまで頑固だとは考えてもいなかった。


(普通、男っていうのは、女からの告白に弱いものだろうが。それなのに、こいつは全然(なび)こうともしなかった。かなり可愛い娘もいたってのに)


 カロンに物言いたげな視線を向けている女性に気づくと、その女性との接触が行われるような用事を度々言いつけたりもしていたケリスエ将軍だったが、どの女性に対してもカロンはお断りをしていたようだった。

 ケリスエ将軍としては、あんな可愛い娘のどこが不満だと、弟子の神経を疑うこともあったぐらいだ。


「お前の望みは結局どこまでだ。今、私と恋人関係になりたいということか? それとも・・・」

「関係の名前なんてどうでもいいです。俺は一生あなたといたい」

「いいかげん、よその女性にも目を向けてほしかったんだがな」

「何十年待っても無駄だと思います」


 カロンにしてみれば、告白したことで吹っ切れてもいた。

その話こそ棚上げにはしていても、それからはケリスエ将軍がカロンを無理に自分から引き離そうとしなくなったと気づいてからは、カロンも落ち着いた。

 カロンが望めばどこまでもケリスエ将軍は傍にいることを許した。


(結局、この人は優しすぎるんだろうな。・・・無神経だけど)


 傍にいることは許してくれるが、同時に気づいてみればケリスエ将軍はどこまでも女性とは仲良くいちゃいちゃしていることが多かった。それでもカロンが落ち着いていられたのは、そういう素人の女性に決してケリスエ将軍が手を出すことはなかったからだろう。

 娼館に出向いた時はしっかり楽しんでいたようだが。


「お前な、そうなると私に使い勝手良く便利に育て上げられた挙句、更には夫にまでさせられたという不名誉な噂が消えなくなるぞ」

「噂なんてどうでもいいです。どうせあと数十年たったらみんな墓の下じゃないですか」

「そりゃそうだろうが」

「生きている時が全てです。俺はその生きている間、あなただけを感じていたい」

「・・・・・・」


 駄目だ。もうこれは無理だ。

 がっくりとケリスエ将軍は肩を落とした。

まともな情操教育を自分は施せていなかったのかもしれない。もっと普通の女性を好きになるよう、そういった純朴な娘さんとの出会いや触れ合いもきちんとさせておくべきだったのだ。出世できるような女性との縁組をさせるつもりで身辺を綺麗にさせていたのが裏目に出たのかもしれない。


「いや、今からでも遅くはないのか・・・?」

「何がですか?」

「カロン、お前も、もう少し普通のお嬢さんとも触れ合う時間を作ってみれば・・・」

「無駄です。もうやりましたから」


 カロンがポリポリと頬を掻いた。こういうことを言うのは少し照れくさい。だけど説明しないと理解しないだろう。

 

「あなたが好きなんだなと自覚した時、それは他に身近な年の近い女性がいないからそう思うのかもしれないと思って、色々と努力はしてみました」


 そうなのかと、そんな言葉もケリスエ将軍は言うに言えない。自分にかかってくる内容だからだ。珍しく大きな溜め息をついた。

 そんなケリスエ将軍の様子をカロンは静かに見ていた。長い間、のた打ち回るぐらいに悩みまくった自分だ。もう足掻こうだなんて思っていない。この想いを否定しなければ楽でいられる。

 だが。自分の告白で初めてそんなカロンの想いを知ったケリスエ将軍が、時々悩んでいる様子なのはカロンにも分かっていた。そして基本的に感情を抑えがちなケリスエ将軍にとって、そういうことを考えることがかなり精神的に負担であることも。

 だからもう、自分は将軍の答えを待つしかない。カロンにとって、それはそういうことだった。


「やっぱり私は子育てに失敗したのか」

「そうですか?」

「親も師匠も、子や弟子を自分の元から飛び立たせてこそだろうが」

「師はともかく、俺はあなたを親と思ったことはありませんでしたが」

「そうか」


 子供だと思っていたのは自分だけだったらしい。・・・拾った時は怯えて震えている、か弱い少年だったのに。

 ケリスエ将軍としてはやや虚しい気持ちで隣に座っている男を見ずにはいられない。

 どうしてこう育ってしまったのだろう。大きく育ったのはいいのだが。


(元々、感情といったものに関しては、私にとっても両刃の剣だったからな)


そっちの方は自分も割り切って暮らしてきていたのだが、カロンのそれを理解する為に色々と考え過ぎて、自分の感情までぐちゃぐちゃだ。感情に振り回されるべきではないからと抑えてきたのに、この弟子のおかげでどこまでもきつい思いをさせられている。

 そんな将軍に対し、愛弟子の筈の男は落ち着いて静かに話してくる。


「俺にとっては、あなたはいつだって眩しい存在だったんです」

「・・・ただでさえ色々と言われているのに、更に言われるぞ」

「それであなたが手に入るのなら、どれ程言われてもいいです」


 ケリスエ将軍が諦め始めてくれているのを、カロンは感じていた。きっとここで自分が揺れるようなことを言おうものなら、それは即座に引っ込めてしまうものだっただろう。


「十分悩みましたし、様々な紛らわし方も考えられる限り試しました。それでもあなたしか好きになれないんです」


 だからきちんと伝えようと、カロンは思った。

 そのカロンの決意が伝わったのだろう。どれくらいの時間がたったか、疲れた表情でケリスエ将軍は自分のプライベートを譲り渡してくれた。


「仕方ない。・・・カロン、こっちの片翼の一部屋、好きな場所を使え」

「はい」

「嫌になったら言えよ」

「嫌にならない限り、ずっと傍にいていいんですよね?」

「・・・・・・」


 そう来たかと思いながら、ケリスエ将軍は立ち上がった。座ったままのカロンの顎に手を当てて上向かせる。カロンも手を伸ばしてケリスエ将軍のはらりと落ちてきた髪をその指で耳の後ろへと掻き上げた。


「俺を好きになってくれたというより、根負けって感じですか?」

「そうだな。・・・不満か?」


 できれば不満だと言ってほしかったケリスエ将軍である。そうすれば、はねつけてやれる。


(カロン。お前には分からないだろう。私がどれ程お前を私から飛び立たせたかったかを。私が育てた唯一の存在をどれ程、はるか高みへと羽ばたかせてやりたいと願っていたかも)


 それでもこの弟子から放たれる感情は自分だけを求めていて、・・・だから。

その願いを、その想いを、知ってしまった自分は叶えずにはいられない程に愛しているのだと。

・・・きっとお前には分からない。

 たとえカロンが自分を親などと思っていなかったとしても、自分は・・・・・・。


「いいえ、全然」

「少しは誇りを持て。馬鹿にされたと怒るところだろう」


 心が痛いと、ケリスエ将軍は思った。

そこで怒るぐらいにプライドがあってくれれば、・・・そうであればどんなに良かっただろう。


(お前にだけは、・・・幸せな結婚、穏やかな家庭、二度と無力さに震えなくていい人生を与えてやりたかったのに)


 今更、そんな思いを口にする気はなかった。だからケリスエ将軍はいつものように無表情のまま弟子を見下ろす。それでもその褐色の瞳に映る自分の顔を、今は見たくない。

 二人の顔がかなり近づく。

その黒い瞳を瞼が覆い隠していく様子を、カロンは全て見逃すまいというかのように見つめていた。

 何度もこの瞬間を夢に見ていた。けれどもこれは夢じゃない。


「だけどあなたがそうやって根負けしてくれるくらいに大事にしてくれるのは、俺だけだって分かってますから」

「阿呆が」

「あなたを手に入れられるなら、阿呆でも何でもいいです」

「・・・もう黙れ」


 二人が初めて交わした口づけは、互いの何かを確かめるように静かでゆっくりとしたものだった。

【カレンのお仕事】


 カンロ領にあるロイスナー城。それは部外者の立ち入りを一切排除する孤高の城だ。

カンロ伯爵ですら、入れてもらえない。非公式にはカンロ伯爵も、先代ロイスナー城主のはからいである程度までは入れてもらったことはあるのだが、それはなかったことともされてもいた。


「ほら、ロメス。ちゃんとついてきなさいよ」

「分かった分かった。カレン、それよりあっちの建物は何だ?」


 だが、現在のロイスナー城主であるカレンと結婚したロメスは、配偶者という立場からその出入りを許された部外者でもある。

門から訪ねず、地下の秘密通路から入り込もうとしてそのまま地下牢に閉じ込められてしまったのだが、さすがに連絡がいった為、呆れながらも地下牢まで迎えに来てくれたカレンが案内しているのだ。


「そっちは鍛冶工房だけど、部外者は立ち入り禁止よ」

「なるほど。俺は部外者だしな、仕方ないか」


 どんな物であれ、工房は時に門外不出の技術を持つことがある。そういった場合、部外者の立ち入りは禁じられる上、秘密保持の為に殺されることすらあるのだ。


「見たいなら、ちゃんと後で話をしておいてあげるわ。だけど口外禁止よ?」

「勿論だ。・・・俺は、お前の安全がどこまで確保されているのか、それが知りたいだけなんでな。ちゃんと備蓄も見ておきたい」

「安全? ここは安全よ。まず誰も忍び込めないもの」


 ロメスの横を歩くカレンは、ふふっと自信に裏付けされた笑みを浮かべた。ここはロイスナーの本拠地であり、カレンこそがロイスナーを統べる主である。難攻不落とされるこの城の歴史は伊達ではない。ロイスナーの技術はどこに出しても恥ずかしくないという誇りもあった。


(やっぱり王都じゃ勝手が掴めなかったか。だが、ロイスナーにいようと、王都にいようと、お前は俺のものだ)


 ロメスは王都ではまず見なかったカレンの表情に新鮮さを感じながらも、そんなことを思った。

数ヶ月ぶりに会ったカレンは、自分の城だからだろう、王都での暮らしと違って今度はロメスに教える立場である。

そんな妻の肩を抱いて、その額にロメスは軽くキスをした。


「そうだな。だが、兵糧攻めにあったらどうなる? そして万が一、侵入者があったら? ・・・カレン、俺はほとんど王都にいる。お前に何かあってもすぐには駆けつけてやれない。お前は大丈夫だと言うかもしれないが、俺は言葉など信じない。自分の目で確かめたことしか」

「ロメス・・・」

「愛してるよ、カレン。ずっと会いたかった。このまま攫っていきたい。お前が大事にしているから我慢するが、俺にしてみればお前を手に入れる為なら、お前を留めるこの城など叩き壊したいぐらいだ」


 カレンは真っ赤になった。ロイスナーを手に入れる為にカレンを口説いた男は数多くいたが、カレンを手に入れる為にロイスナーを壊したいなどと言うのはロメス一人だ。

 実はかなり愛されているのではと、久しぶりに思ってしまったカレンだった。

そんな妻の背中にそっと腕をまわして抱き締めながら、ロメスが本格的なキスの一つでもしようとした時である。

 少し離れた所から声が掛けられた。


「物騒なことを言わないでくれよ、ロメスの旦那。ここはロイスナー城だぜ? このロイスナーなくしてお嬢はあり得ないし、お嬢なくしてロイスナーもあり得ないんだ。頼むから変なことは考えないでくれ」

「サリトか」

「気づいてたくせによく言うよ。・・・旦那は気にしないかもしれないが、やっとお嬢の旦那が来たってんで、城のあちこちから皆が見てる。そんな中でラブシーンなんておっ始められたんじゃ、あとでお嬢がどんな恥ずかしい思いをすると思ってんだ。そういうのは二人きりになってからしてくれよ」

「別にいいじゃないか。愛する妻とキスするぐらい。なあ、カレン?」


 サリトの方向へ顔を向けていたロメスだったが、そこで両頬に細い指が掛けられて(つね)られた。


「いひゃいんでゃが?」

「気づいてたんなら変なことするんじゃないのっ。離しなさいっ、ロメスッ」


 渋々と腕を離すロメスだった。


「お嬢。宴の用意がもう少ししたら出来るってさ。お嬢の続き部屋にも、旦那の着替えや湯を用意してあるそうだ。・・・旦那、先に部屋で簡単に汚れを落とすといい。その後は、我らがロイスナー城主の婿として、お披露目の宴に出てもらわなきゃならないが、旦那の見てくれなら一発オッケーさ。・・・手伝いとか、いるかい? いるなら一緒に行くけど」

「いや。カレンに案内してもらうからいい」

「分かった。じゃあお嬢、用意ができたら部屋に迎えに行くよ。旦那もまだしばらくこっちにいられるんだろ?」

「まあな」

「城の中なら、宴の時にそれぞれの責任者とも顔を合わせることになる。・・・そのお嬢への溺愛っぷりを見たら、誰もが何も言わなくなるし、工房見学もすぐ許可が出るだろうよ。ここに住む人間にとってお嬢の幸せ以上に望むものはないからな」

「なるほど。・・・ならカレン、部屋に案内してくれるか? そこならキスしていいんだろ?」

「何を考えてるのっ」


 キスだけで済みそうにもないその様子に、サリトは(駄目だ、こりゃ)と、空を見上げた。馬に蹴られぬうちに退散すべきだろう。場合によっては宴の開始時刻も遅らせるべきなのか。いや、そうなるともっとやばい。先に宴会を済ませてからいちゃついてもらうことにしよう。

 イエローレッドの髪を掻き上げたついでに肩を抱いてくるロメスを、黒髪の女城主は再び赤くなって叱りつけた。






 基本的にロメスは、注目を浴びようが熱い視線を向けられようが全く気にしない男だ。決して女性的ではないが、甘い顔立ちだからだろう。男であれ、女であれ、ロメスの顔に見惚れることは多く、そうなると嫌でも人の視線には慣れてしまうというものだ。

 当の本人は、それこそ必要がなければ無精髭を生やして、どこのゴロツキかと言わんばかりの格好になることも多い。

 だが今回は久しぶりに妻に会いに来たわけである。女性を口説き慣れたロメスが無精髭など生やしている筈もない。黄赤色の髪を撫でつけ、紺色の瞳も印象的なその容姿は、ロイスナー城全ての人間が感心するレベルだった。

勿論、そのロメスの肩書きが侮れないことも影響している。顔しか取り柄のない男なら、無言のままに叩き出されていただろう。


「まあ、ご一献。ロメス殿はこういう魚はお嫌いかな? カレン嬢ちゃんは王都で見なかったと仰有っていらしたが」

「好き嫌いはない。折角だ、いただこう」


 最初はカレンと共に一番の上座にいたものの、そこは誰もが気になるロメスである。あちこちの席に招かれては、酒を勧められていた。


「ねえ、ドルカン」

「何ですかな、お嬢?」

「私、ここの城主だったと思うのに、どうして私はここで一人ポツンといるのかしら?」


 別にいいけどねと、いつもよりも豪華な食事を口に運びつつ、カレンは傍にいるドルカンに話しかけた。ドルカンも食べながら、ふむふむと答える。


「そりゃ、誰もが興味津々でしたからな。明日からも()()(だこ)でしょう。・・・何と言っても、大事なお嬢の婿殿です。変な男であれば・・・と、思っている奴らも多いでしょうが、ま、あの様子なら心配いらんでしょう」


 どう見ても猫をかぶっているロメスを見やるドルカンだった。愛想よく振る舞っているロメスは、誰が見ても顔だけでなく性格も良さそうな若者だろう。だが、それで本質を見誤る馬鹿が出ないといいのだが・・・。


「ほら。ちゃんと食べるんですよ、好き嫌いせずに」

「うー。これ、ちょっと味がきついのよ」

「パンに挟んで食べればいいでしょう。そんなことでは大きくなれませんぞ、お嬢」

「もう大きくならないわよっ」


 皆に放置されているカレンは食べるしかやることがない。ドルカンと一緒にぱくぱくと平らげてしまえばお腹も一杯になった。食後のワインをドルカンと共に傾けながら、また違う席に連れて行かれているロメスを眺める。


「ねえ、ドルカン」

「何ですかな、お嬢?」

「で、私、あとはここで一人ポツンといるだけなのかしら」


 ドルカンは苦笑せざるを得ない。


「ロメス様もいずれは解放されるでしょう。お嬢はもうお部屋にお戻りになってはいかがですかな? 今夜はロメス様もかなり皆に飲まされておりますし、お部屋に戻られても寝台に倒れ込むのがオチでしょう。積もる話は明日にでもなさって、お嬢はもうお休みになればいい」

「そうね。服を脱いで踊ってる人まで出てるんだもの。私、部屋に帰るわ」

「それがよろしゅうございます。ああいうのは真似しちゃいけませんぞ、お嬢」

「はぁい」


 ロイスナー城で一番の大広間。カレンの婿がやってきたというので、全ての人間が集まってきていた。それでも母親は、早めに子供達を寝かせる必要がある。ご馳走に喜ぶ子供達を、きりのいい所で連れて帰っていった。

 だが、時間がたてばたつ程、そこに残るのは男達だけとなっていくわけで・・・。

 先代は婚礼を挙げなかった為、数十年ぶりの当主の結婚披露である。かなりの酒があけられ、ほとんど無礼講だったのが、無法地帯となるのは時間の問題となっていた。

それが分かっているドルカンは、カレンをさっさと部屋に戻らせたのである。

 そして、それに気づかぬロメスではなかった。


(行ったか・・・)


 ドルカンと一緒にカレンが広間を去るのを、ロメスは目の端で確認していた。別に置いていかれても、部屋の場所は既に覚えた。問題はない。どちらかというと、カレンがここに残っている方が問題だ。

このロイスナー城は幾つかの石造りの建物から成り立っていることを、内部に入って初めて知った。

城主であるカレンの部屋は、一番中心にある建物の中にあり、同時に周囲にある建物それぞれへの直結通路が存在している。つまり、何かあっても周囲のどの建物にでも移動できるし、どの建物からでも行けるようになっている。だが、常時通行可能にされているその通路は、いざとなれば閉鎖もできるよう、頑丈な扉もつけられていた。


(城壁を突破するのも難しい城だが、それをどうにか入り込んで内部に至ったとしても、外周の建物を城壁代わりに出来るのか。何重の備えがあるんだ)


 最初から攻め込まれることを想定した城なのだ、ここは。一体、何を守っているのか。それとも閉じ込めているのか。両方か。

 しかも建物内における居住区域もきちんと存在しているらしい。畑や家畜小屋もあった。


(だが、あの地下通路とは別に、近隣の村に抜ける秘密通路もあるらしいな)


 会話の端々から、ロメスはそこまで掴んでいた。これだけの人間が全く外に出ずに暮らしていくものでもないだろうと思ったが、毎日のように使われている、村と城とを結ぶ地下通路があるらしい。


(城主の割に、嬢ちゃん嬢ちゃんと呼ばれてるなと思ったが・・・。そりゃ産まれた時から見守ってきた相手ならそうもなるか。ああいう呼び方はドルカン達だけだと思っていたが、まさか皆とは)


 話を聞いていれば、カレンを誰もが可愛がってきていたのが分かる。ロイスナー城の建物内に部屋を持って暮らしているのは技術を持った人間とその家族が主のようだが、彼らが騎士や兵士でなくとも、これだけの人間に愛されているならば、何かあってもカレンだけは無事に守られるだろう。

 

「カレン嬢ちゃんはお帰りになってしまいましたな」


 空っぽの席に気づいた誰かがぽつりと言う。皆が振り向いてそれを確認した。


(どうやら、カレンにいてほしくないのは俺だけじゃなかったらしい)


 ロメスは小さく唇の端を上げた。






 慣れ親しんでいたそれに、深い眠りから覚醒するのを感じた。


「ロ、・・・メス?」

「ああ、起こしたか? すまないな。眠っていろ、カレン」


 その声に閉じていた瞳を開けると、枕元に置かれた灯りが、自分の横に座っている人影を映し出す。

 目が覚めたのは、ロメスが自分にキスしていたからだと気づいた。王都の屋敷でのように。


「ロメス」


 手を伸ばすと、たくましい腕がカレンの体を抱え起こしてくる。


「起こすつもりはなかったんだ。よく寝てるようだったしな」

「ふふ。もう宴会は終わったの?」

「ああ、ひどい目にあったよ。大事なカレン嬢ちゃんをとっていく男なんだからって無理矢理飲まされまくって、絡まれた」

「そうなの?」


 閉口して語るロメスに、くすくすとカレンが笑うと、更にロメスが強く抱きしめてくる。


「ここが無事で良かった」

「聞いたのよ、私。ロメスってばリリテールで戦ってたんですって? 王都より近いから、分かってたら差し入れぐらい行ったのにね」

「絶対に駄目だ。そんなことをするなら鎖をつけて閉じ込めて、二度と外に出さないからな」

「ロメスってば横暴よ」


 ぷうっとふくれっ面になっても、それが自分を思えばこそと分かっているカレンだ。顔を上げてロメスの頬にキスする。お返しに、ロメスもカレンの頬にキスをした。

 瞳を開けたまま二人で額をコツンと当てると、やっぱり笑ってしまう。小さな軽いキスを交わした。

 それでも心配になったロメスは真面目な顔になる。


「戦場なんてロクな場所じゃないからな。本当にやったら実行するからな、カレン。脅しじゃないぞ」

「えー」

「返事は?」

「はーい。本当にロメスってば口うるさいおじいちゃんよね」


 憎まれ口は健在のようだ。しかしロメスとしては、ここできっちり妻に教え込んでおかねばと、その軽い返事にどうも不安にならざるを得ない。

ロメスが出向く先は、常に一番危険な所だ。物見遊山の気分で来られてはたまらない。剣でも矢でも、カレンを傷つけるのはたやすいのだから。


(あのドルカン達が何としてでも阻止するとは思うが・・・。だが、屋敷でも二階から落ちそうになっていたとかいう話だったしな。こいつは何をやらかすか分からん)


 寝ていたのだから当然だが、カレンが身につけているのは夜着一枚である。


「やっ、・・・ロメスッ!?」


 健全に抱きしめられていたのが、いきなり体をロメスの手が探り出してくる。カレンが驚いて見上げると、ロメスはにっこりと笑って言った。


「なあ、カレン? 俺は素直な『はい』しか聞きたくないんだが?」


 カレンは、その底光りするかのような眼差しに見覚えがあった。そう、自分の決めた言葉以外、言わせるつもりはないという目だ。


「んっ」


 だが、そう言いながら押し倒して深く口づけしてくるロメスに、カレンがどんな言葉を言えただろう。唇を塞がれて、何を言えるというのか。


「ごめんなさい、絶対に行きません。ちゃんと安全な所でロメスが迎えに来るまで待ってます」


 そう約束して許してもらう頃には、カレンは息も絶え絶えといった状態になっていた。






 かなり自分を見つめてくる男だなと思っていたら、剣を専門にする鍛冶職人でリイドだと名乗られた。


「へえ? あの剣を作ったご当人か? あれ程の切れ味は初めてだった。いい腕だな」

「それを一日であそこまでボロボロにしてくれたのも初めてだったがな」


 剣を扱う者とは全く違う種類の、それでも見事な筋肉をつけた男だった。ロメスもかなり刃毀れした物を返した覚えはある。さて、大事な剣を粗末に扱いやがってと怒られるのかと思ったが、そうではないらしい。

 勝手にロメスの腕を触ってくる。ロメスも好きにさせた。


「なるほど。いい体だな。明日にでも工房に顔を出してくれ。他の武器もあるから、それも試すといい。両腕とも使うのか?」

「ああ。何だ、本当に俺に合わせて作ってくれるのか? 大盤振る舞いだな」

「お嬢に頼まれた。何でも、『剣はそんなにうまくないらしいんだけど、せめて自分の身を守れそうな剣を作ってあげてくれる?』だったか?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 とりあえずカレンには愛されているらしい。ロメスはそう思うことにした。ニヤリと笑って答える。


「何と言っても指揮を執るしか出来ない人間なんでね。カレンは俺のことをよく分かってる」

「そうだな。そういうことにしておこう。・・・お嬢を泣かせるような真似はするなよ」

「しないさ。だからそういうことになってるんだろ? あれは俺の女だ。だから守られていればいい、汚いことなど何一つ知らずにな。そうは思わないか?」


 周囲がしーんと押し黙った。

まさか自分達の主に対して「俺の女」などと下品な呼ばれ方をされるとは。しかし、その後に続けられた言葉を考えるとどう思うべきなのか。


「っざけんな。知らないと思ってんのかっ? あんたがあの・・・」

「そうだっ、出向いた先で・・・」


 少し離れた席でそう(わめ)こうとした若者達がいたが、目にも留まらぬ速さで、それぞれの顔に皿が投げつけられていた。二人はかなりの痛みに悶絶する。鼻血がぼたぼたと流れた。


「黙れよ、クソガキ共。次は手加減しねえぜ。いいか? カレンは何一つ知る必要はない。あいつはただ守られてりゃいいんだ。何度も言わせるな」


 ロメスは周囲をゆっくりと見渡して立ち上がった。


「面倒は一度で済ませたい。そこのクソガキのように、言いたい奴がいるなら名乗り出ろ」


 焦ったキイロがそこで口を挟む。


「ちょっと待ってくれ、旦那。こっちだって主要な人間にしか話は通してないんだ。下っ端にまでは行き届いてない。それは仕方ないだろう」

「あのな、キイロ。御託(ごたく)はいい。俺が望むのは一つだけだ、簡単だろ?」

「分かってる。どうせこの場に主だった人間は集まってる。明日にはきちんと全員に通達される筈だ」


 どうしてドルカンはこの場にいてくれないのかと、キイロは少し恨めしい気分になった。カレンを部屋に送り届けて、そのまま逃げたのだろう。面倒だとか思って。

 サリトがキイロに加勢する。


「そうだ、ロメスの旦那。いきなり連絡なしにやって来て即座に対応できる筈もないだろうが。大体、去年の旦那の戦いぶりだって、お嬢には単に戦って勝ったとしか報告してないんだぜ? そういう情報に接している奴にしか、旦那の要望を伝えてなかったのは仕方ないことだ」

「ふ、ん」

「俺は以前にも言った通り、旦那以上にお嬢を大事にしてくれる男がいるとは思えないし、そのお嬢が幸せに笑っていられるなら、旦那がよそで何をやらかそうがお嬢の耳に入れないってのは、このロイスナーに属する人間全てが受け入れるべき条件だと思ってる。ドルカンさんもキイロも、その点についてはちゃんと主要な人間に通している。・・・明日には、下の人間にもきちんと伝わるだろう」

「サリトの言う通りだ。旦那、ここは引いてくれ」


 サリトが主だった人間にそこで目配せをする。

 この男に逆らうなと、それは伝えてきていた。

 サリトは王都の城壁外での惨殺結果を見ている。それを考えれば、この広間に集まった人間をロメスは平気で殺せる筈だ。それこそ冗談じゃない。


「ロメスの旦那。俺達が対立する必要はない筈だ。お嬢は俺達の庇護者だが、同時に俺達が守る主でもある。旦那だってお嬢をずっと傍で守れるわけじゃない。が、このロイスナー城がある限り、お嬢は鉄壁の守りを持つ。別に旦那がお嬢を傍に置いておきたいなら、・・・たまには戻してもらわなきゃ困るが、それを邪魔するつもりもない」

「お前は最初からカレンのことしか考えてなかったからな。疑ってはいないさ、サリト。だが、他はどうかな?」 


 面白そうな顔になって、ロメスが周囲へとその紺色の瞳を向ける。先程までの愛想のよい若者と違う、まるで禍々しく艶めいたものすら感じさせるその表情は、キイロでも目を奪われるものだった。






 朝になって、カレンはロメスと共に食堂へと向かった。


「おはようございます。・・・ああ、お嬢。今日は広間の方には行かないでくださいよ」

「おはよう、ドルカン。広間って、・・・何かあったの?」


ドルカンは、朝になってからサリトに聞いた話に頭痛を覚えていたのだが、せめてこの大切な主人には知られまいと、先程確認してきた広間の状況を思い浮かべる。

現在、広間は凄い惨状だ。壊れたテーブルや椅子が散乱し、食べ物や飲み物が飛び散り、割れた食器も散らばっている。盗賊の襲撃でも受けたのかといわんばかりだ。


「いや。昨夜、酔っぱらった馬鹿が散らかしたらしくてですな」

「あーあ。お酒なんて陽気に楽しく飲めるだけでいいのにね」

「そうですな。お嬢だけはずっとそうであってくださいよ」


 散らかしたなどというレベルではないが、カレンは素直な性格だ。そう言っておけば近寄らないだろう。

そのすぐ隣にいながら、平然と「酒は飲んでも飲まれるなって言うよな」と、同意している諸悪の根源に対し、ドルカンがいささか詰るような顔つきになってしまったのは仕方なかったとしても。






昨夜。

周囲を見渡したロメスだったが、自分を見てくる若者達の表情から察するものがあったらしい。


「ああ、なるほどな。何だ、お前ら、カレンに惚れてたのか」


考えてみればカレンは目立つタイプの美女だ。ロイスナーの女主人とあって滅多な真似はできないが、若い奴らがそれゆえに高嶺の花として憧れていたであろうことは、すぐに察しがつく。

ロメスも、そういうことならと考えを切り替えた。殺気を消す。


「気が変わった。殺さないし、骨も折らないでいてやる。素手で相手もしてやるさ。片思いってのはどこかでケリをつけなきゃならんからな。かかって来いよ、負け犬共」

「このっ・・・!」


 キッとロメスを睨みつける複数の瞳。

 負け犬などと挑発されて乗らない男はいない。ましてや酒も入っている。勢いよく立ち上がったが為に、ガターン、ガラーンと幾つかの椅子が激しい音を立てて床に転がった。


「やっちまえっ!」「おうっ!」


サリトはそこで思った。どうしてこうなるんだろう、と。


「なあ、サリト。どうする?」

「あー、なんだかなぁ。殺さないし、骨も折らないでくれるって言ってるんだからいいんじゃねえの? 何ならキイロも加わってくれば?」

「別に俺はお嬢に片思いしてるわけじゃないしな」

「俺も」


二人にとってカレンは大事な存在だが、その抱く愛情は妹に対するようなものだ。

殺されないならいいかと、見物に徹することにした。

目の前で、ロメスに殴られたり蹴られたりしている仲間達の姿が展開されている。素手でと言っただけはあり、ロメスの与えるそれは、どれも後遺症は残らなそうだ。急所も外してくれている。


「何ともさすがと言うべきか」

「これで武器を持たせたらどんなことに・・・」

「どうしますかな。先程から凄い数の食器が破壊されてますが」

「食器で済んで良かったと思うしかありませんよ」


血気盛んな若者と違い、思慮のある年長者は、圧倒的に不利な筈なのに見事な跳躍力や、腕一本で体を支えてはテーブルの向こう側へと体を回転させる身軽さで立ち回るロメスに圧倒されていた。

ロメスは常に同じ場所にいないのだ。一瞬ごとに違う場所へと移動している。しかも、そこにいた人間を盾に使って、他の奴に殴らせることすらやってのけていた。えげつなさも見事なものだ。

しかし、どうしてあんなに楽しそうなのだろう。


「ま、あれならカレン様も守り通すでしょう。口先だけではない」

「ですな。かえって頼もしいと思うべきかと」


面倒になった年長者達は、そのままお開きにすることにした。喧嘩っ早い男だというのは十分に分かった。同時にカレンを大事にしているということも。

どんなに危険な猛獣であろうと、刺激しなければロイスナーでは大人しくしてくれるというのだ。別にその男がよそでどうであろうと、カレンにそれを内緒にすればいいだけなら、それでいいではないか。

何よりも・・・・・・。

この男は、強い。


「どうする、サリト? おやっさん達、帰っちゃったぜ」

「俺も帰りてえけど、ロメスの旦那を放置できんしな。部屋まで送り届けるくらいはするさ」


貧乏籤を引かされるのは常に若い者である。二人は、ガラガラガッシャーンと凄まじい音を立てて壊れていくテーブルや椅子、食器を避けながら広間の隅っこで話していた。

ああ、さっさと出て行った各工房の責任者や長老達が恨めしい。

王都でロメスと交流のあったキイロとサリトを残しておけばこの場は問題なかろうと、ロイスナーを支える責任者達は判断したのだろう。

そんな年長者達は広間を出ると、皆で頷きあっていた。


「腑抜けより余程いい」

「戦歴に偽りなし、か」

「ロイスナーの女婿として申し分ない」

「ましてや王都騎士団の次期将軍にもなるかもと言われている男だと」


その技術ゆえに常に狙われ続けるロイスナー。勿論、この難攻不落の城とカンロ各地にある砦が破られることはなかろうが、その技術集団を守る主人が強くて困ることはない。勿論、カレンに不満はないが、それでもカレンは自分達が守りたいと思う主人なのだ。自分達を守る主人ではない。

けれども。

ロメスならばそのカレンが持たないものを十分に補うだろう。

圧倒的な強さ。

誰もが怯むその容赦のなさ。

それを実行できる冷徹さ。


「あとはカレン嬢ちゃんとどこまでうまくやっていけるか、ですな」


彼らは明日からそれを見極めようと決めた。どんなに強くとも、自分達にとって大事なカレンを追い落とすような男では困るのだ。

 だがロメスは、カレンは汚いことなど見ずに守られていればいいと言ってのけた。それはカレンの為なら手を汚すのは自分だと覚悟を決めているからではないのか。

少なくともこの時点で、ロイスナーのお飾り的な女婿ではなくもう一人の主人として、ロメスを彼らは認めたのだった。






カレンの倍以上をロメスは食べる。


「本当によく食べるわね、ロメスって」

「お前が少なすぎるんだ。せっかく美味い飯を出してくれてるんだし、もっと食えよ、カレン」


そんなロメスに、給仕をしてくれる女達は嬉しそうだ。昨夜、大暴れしたことは聞いていたが、朝の光に照らされて近くで見たロメスは、まさに水もしたたるいい男である。

更に自分達にも愛想のいい男なら、それでいいではないか。


「まあまあ、カレン嬢ちゃま。殿方はよく食べるものですよ」

「そうですよ。本当に気持ちのいい食べっぷりですこと」

「ロメス様。お代わりなら遠慮なくおっしゃってくださいね」


元々、閉鎖的なロイスナーは客人に飢えていた。

しかもロメスは女達に声を掛けられる度に、二言三言は話していく。

今も「ありがとう。だが、こんなにも給仕してもらうのは申し訳ないな」とか、「これは美味い。もう一杯もらっても?」とか、「カレンからはいつも皆と食べていたと聞いてたが、もしかして気を遣わせているのか?」とか、「去年の秋、収穫と戦準備は重ならなかったのか? 食料の備えは足りているのか?」などと話している。

そうなると喜んで、女達も話し出すときたものだ。

ロメスは、ちょっとした人気役者のようでもあった。


(まあ、みんなが楽しそうだからいいんだけど)


カレンは昨夜と同じく食事に専念するしかない。

ロメスが誰よりも自分を案じているのは分かっているし、どんなに愛想良く振る舞っていてもロメスが愛を囁くのは自分一人だ。だから嫉妬もしようがない。

それに自分の夫がロメスだというので、皆が群がっているのも理解している。だからだろう、きゃあきゃあとはしゃぐ皆の様子を見ていれば、ロメスぐらい提供しようという気になるものだ。


(うーん。だけどこうなるとロメスが滞在している間、私が一番話せないんじゃないかしら)


そんなカレンの危惧は当たっていた。朝食を終えると、ロメスは立ち上がって、まだ食べているカレンの横へと移動してきたのである。そして、小さく頭を撫でる。


「カレン。昨日、鍛冶職人のリイドって男に声を掛けられたぞ。お前、俺の剣を頼んでくれたんだって?」

「うん。去年、話はしてあったけど」

「じゃあ、そっちに顔を出してくる。愛してるよ、カレン。俺は俺で勝手にやってるから、お前はお前のことをすればいい。だが、ちゃんといつでも夜は俺の為に空けておいてくれ」


 きゃーっと、そこで周囲から小さな歓声があがる。ロメスはカレンの額に軽いキスを落とした。


「え? ちょっとロメス、場所・・・」

「ああ。適当にそこらの奴に訊くさ」


手を振って出て行くロメスを見送ったカレンは、即座に「カレン嬢ちゃま。素敵な旦那様じゃないですか」とか、「ほほ。私もあと十年若かったら」とか、「愛されてますわね、カレン様」とか、うふふ、ほほほとにんまりした笑顔を浮かべた女性陣に囲まれてしまったのだった。


(ロメスの馬鹿っ。何が夜は空けておいてくれなのよっ)


自分が産まれた時から面倒をみてくれていた人達である。恥ずかしくてカレンは真っ赤になるしかなかった。

そして。

 ロメスの二日目はそのリイドの工房で終わったらしかった。

 しかし、三日目も四日目もロメスが散歩するや否や、張り込んでいた誰かが声をかけてロメスを連れて行くのだ。

 ロメスも断らずについていく。今やどこでもフリーパスだ。


「ねえ、サリト?」

「何だい、お嬢」

「どうして、ロメスってば『アニキ』とか呼ばれてるの?」

「・・・・・・」


 男は拳で語り合う時がある。

 カレンへの想いからロメスに殴りかかった若僧共は、一対多数ながらも圧勝したロメスに今度は心酔してしまったのだ。


「・・・お兄さんが欲しかったんじゃないか?」

「ふうん。・・・ロメスがねえ。私はお兄さんならロメスだけは選ばないけど」


 苦しい言い訳をするサリトだったが、

「男の子って見る目がないのね。ロメスはどう見てもただの我が儘っ子よ。頼りになるお兄ちゃんならやっぱりサリトやキイロね」

と、微笑むカレンに、(可愛い妹ならやっぱりお嬢だよな)と、ニコニコして思うのだった。




「色々な奴に話を聞いたが、本当にカレンは皆に大事にされてるな」

 そうロメスが、優しい表情でカレンの頭を撫でてくる。これだけの人数がカレンを大事にしているならば、カレンはどんなことがあっても安全だろう。時に一番危険なのは人なのだから。

 これからもそうやって愛されていればいい。

 自分が生きる世界にカレンだけは近づける気のないロメスはそう心の中で呟いた。



「カレン嬢ちゃん。本当にロメス様はあなたを大事に思っていらっしゃいますな」

 そうロイスナーの要職達が、カレンに微笑みかけてくる。

 ロメスの名はカンロでこそあまり知られていないが、北の国の陣営本部を皆殺しにした指揮官だと言えば全てが通じる。

 それがカレンの夫となれば、誰の腰も引けてしまうというものだ。

 これからもロメスの最愛の妻として、守られていればいい。

 ロイスナーに舌なめずりする強欲共をカレンに近づけたくない彼らは、そう算盤(そろばん)を弾いた。


 ロイスナーを統べるカレン・ロイスナー。

 彼女の仕事は、ロイスナーを守り、ロイスナーを売り出し、ロイスナーを維持することにある。

 だが一番の仕事は、実は皆に愛されていることだというのを、本人だけが知らない・・・・・・。


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