第六話 解放
「ククッ……やはりきたな。ハート・グランス、ハンス……いや、柊翔」
倉庫の入り口にはハードスーツのようなものに身を固めたハンスが立っていた。倉庫の中にはそのハンスの到着を心待ちにしていた刑事と来るはずなどないと決め付けていた一人の女性。
ハンスは二人の姿をその眼でしっかりと確認すると、左足を前に出しゆっくりと倉庫内へと立ち入っていく。
「おっと、近づくな! ハンス!」
刑事のその言葉にハンスの足取りは停まる。いつのまにか刑事の其の手には拳銃が握られその銃口はハンスへと向けられていた。ハンスは拳銃を向けられながらも無表情のまま刑事を見ている。
「これでお前に会うのは何回目だろうか、いつもお前にはことごとく逃げられ、俺はいつも上司に頭を下げる日々だった。それもこれもお前が世界で犯罪を犯し荒らしまわっているせいだ! お前は捕まれば間違いなく死刑。だったらこの俺自ら貴様をこの世から消し去ってやる。さぁ最後に言い残すことはないか?」
ハンスは刑事の言っている言葉に少しの反応も見せない。
「どうした? なにも言い残すことはないのか?」
再度聞いてくる刑事に対してハンスの口がゆっくりと開く。
「……その娘を解放しろ。そうすれば、命だけは助けてやる」
ハンスのその言葉に刑事は耳を疑った。それもそのはずだ。今人質を取りハンスに拳銃を向けているのは刑事であってハンスではない。本来そのような言葉がハンスから出てくるはずもない。
また葵も驚いていた。来るはずなどないと思っていたハンスが自分を助けに来たからだ。
「ククッ! 状況を良く見ろ! マヌケが! 命は助けてやる? それは俺のセリフだ、助ける気はないけどな!」
その言葉が発射の合図とでも言わんばかりに刑事は拳銃の引き金を引いた。拳銃内の弾頭はトリガーが引き戻る力とそれを押し出す力に比例し、また銃口内のまるでネジを埋め込むような構造の力も働き、猛スピードでハンス目掛けて飛んでいく。
だが、その弾がハンスに当たることはなかった。ハンスはまるで空を自由に飛びまわる鳥のように空高くジャンプしたのだ。その予想外の光景に驚いた刑事は空中にいるハンス目掛けて弾を発射させることもできずにいる。その間にハンスは刑事の手前まで迫ると刑事の首の後ろに打撃を与えた。
打撃を与えられ気が朦朧とした刑事は思わず拳銃を離してしまう。ハンスはその一瞬を見逃すことなく捕らえ落ちていく拳銃を上から足で踏みつけるように地面へと叩き付けた。その後、刑事とは反対の方向へと拳銃を蹴り飛ばし、拳銃は倉庫の遥か先端まで飛んでいった。
今、ハンスを中心として二人の人間がいる。一人は地面で気を失い倒れている刑事。そしてもう一人は柱に繋がれ口にガムテープを巻かれている葵だ。
ハンスは葵へとゆっくり近づくとガムテープを出来るだけ葵が痛くないように取り除いた。
ようやくガムテープから開放された葵は新鮮な酸素を吸うために大きく息をした。それでもまだ少し息は荒げたままだ。だが葵はそれよりも早くハンスに聞きたかった。
「助けてくれてありがとう。でも、どうして?」
葵の言葉にハンスが葵の眼を見る。
「どうして助けに来たの? あなたがあたしを助ける理由なんか……」
葵の言葉はしっかりと聴こえているだろうハンスは決して表情を崩さない。無表情という言葉が最も似合うだろう。葵も初めて会った時から気がついていた。ハンスは笑わない。不敵な笑みを浮かべることこそあれど感情のこもった笑みを浮かべることはない。感情など捨ててきたと言わんばかりにハンスは常に無表情だ。
「言っただろ? 俺はお前に興味を持った」
「そんな理由で、助けに来てくれたの?」
「勘違いするな。確かに今回はお前を助けにきたがそれはお前を観察するためだ。俺は心が読めないお前のことをもっと知りたい。最後にお前に賭けてみることにしたんだ。駄目ならお前もこの世界と一緒に消してやるさ。ただ、まだ死なれちゃ俺が困るんだ」
「賭ける?」
ハンスの言葉の意味を理解できなかった葵はその言葉に疑問を抱いた。
ハンスと葵が話をしているとまだ朦朧とはしているが、刑事が意識を取り戻した。手を使い必死に立ち上がろうとしている。ハンスと葵もその光景に気がつき、刑事のほうを見る。するとハンスは倉庫内に落ちていた棒切れを拾い刑事の頭に狙いを定める。
「待って! どうするの?」
ハンスの行動に気がついた葵はハンスを静止する。どうすると聞いた葵だが、状況から見てハンスが棒切れを使って刑事に止めを刺そうとしていることは誰の眼から見ても明らかだった。
「見れば分かるだろ。こいつを殺す」
「駄目よ!!」
葵はハンスに向かって叫んだ。
「駄目? なぜだ? こいつはお前をこんな目に遭わせているんだぞ? こいつが殺されない理由なんかない」
「人殺しなんかやっちゃ駄目よ! 確かにこの人の行動はやり過ぎだしあたしも許せないけど、後はちゃんとした警察に任せるべきよ」
葵はハンスの眼を見て言った。ハンスもしっかりと葵の眼を見ている。しかしハンスはゆっくりと眉間にシワを寄せていく。
「いい加減にしろよ。綺麗事ばかり言いやがって。殺しは駄目だと? 世の中の人間はそんなこと思っちゃいねぇぜ。確かに表向きはお前のように綺麗事を言う奴らばかりだ。だが、心ではそんなことは思ってはいない。みんな殺してやると思ってるんだ。特に自分をひどい目に遭わせた奴に対してはな。ただそれを実行できないだけ。だが俺は出来る。何人もの人間を殺してきた。こいつもそのうちの一人に過ぎない」
その刹那、なにかを弾くような音と共にハンスの左頬を衝撃が走った。葵の平手がハンスの頬を叩いたのだ。
「いい加減にするのはあなたのほうよ! 子供みたいに屁理屈を抜かしているだけ。人間なんだから間違いもする。でも人間だから、やり直すことも出来るの。自分が犯した罪を償ってまともな人間になれる」
ハンスは葵を睨みつける。また葵もハンスを睨みつけている。だがハンスは葵から目を逸らすと足元にいる立ち上がろうと頑張っている刑事を睨みつける。そして、思いっきり棒切れを振りかざすと刑事の頭目掛けて振り下ろした。
だがそれが貫いたのは刑事の頭ではなく地面だった。地面には棒切れで貫かれ、地面に亀裂が入っている。ハンスが力いっぱい振り下ろしたのは火を見るより明らかだった。ハンスは棒切れを離すと刑事と葵の場から離れていった。葵は歩いて離れていくハンスの後姿を目で追っていた。
「これはお前の問題だ。後は警察に引き渡すなりなんなり好きにすればいいさ」
ハンスは自分が壊したドアのところまで歩いていく。そして再び葵のほうに向きなおした。
「一つ言っておくぞ。この世界はお前が思ってるほど甘くはない。お前のその行動はいつか自分を破滅に導く。人間は誰しもが闇を持っている。お前は今まで偶然にもそれに出くわさなかった。ただ運が良かっただけだ」
ハンスはそう言って光の中に消えていった。
葵はその姿を目で追い終えると、自分の携帯を使って警察に連絡した。もともと葵の行方を捜していたのかほどなくして警察が到着した。そして葵に危害を加えた刑事はその場で取り押さえられ逮捕された。
読んで頂きありがとうございます。これにて第一部は終了です。次回からは第二部です。次回以降もどうぞよろしくお願いします。




