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第5話【ディスクorリム】

「どちらが劣るというわけでもないが、ブレーキの改善劇についてはネット上で激論が繰り返された話題だな……」


健矢(けんや)は整備スタンドに載せた愛機を眺めながら、遠い目をしてポツリと答えた。


ピットに静かな空気感が漂う中、結愛(ゆあ)は自らの相棒となったMIRANO7(ミラノ・セブン)のホイール周りを覗き込む。


「ブレーキの激論……ですか? 今の私からすると、ディスクブレーキもしっかり止まりますし、昔のリムブレーキも軽いし実家の安心感がある、くらいにしか思えないですけど……」


「フン、今の時代の人間から見れば過去の不毛な宗教戦争に過ぎんよ」


健矢は鼻で笑いながらも、どこか懐かしむように言葉を重ねていく。


「かつてネットの機材オタクどもはな........


『制動力がァーーーッ!』

『雨天時の安全性ガーーーーッ!』

『整備性の優劣がな......』だの、

『原付のブレーキの方が良く止まるんじゃね?』


などと.....まぁよくも飽きずに不毛なレスバを朝から晩まで繰り広げていたよなぁと言いたくなる有様だった。だがな、俺に言わせればディスクブレーキ最大の恩恵は、そんな単純な制動力量の違いなんかじゃない。そもそも、タイヤのグリップが終わったら最後で、ブレーキの出る幕じゃないしな。」


「そうなんですか? 制動力じゃないとしたら、一体……?」


「ホイールを『消耗品』にしない構造へと進化した点だ。リム交換に相当する作業を素人作業でラクに出来るようになった、とも言うが。」


健矢はピットの棚から擦り切れた古いリムブレーキ用ホイールを一本取り出し、リム側面を指でコンコンと叩いた。


「リムブレーキってのはな、ブレーキパッドを直接ホイールの縁——つまりリムに押し付けて制動力を得る仕組みだ。つまり、ブレーキをかけるたびにホイール本体が少しずつ削られていく。


どれだけ数十万、数百万を超える高額で美しいカーボンホイールを買おうが、走れば走るほどリムが薄くなり、ものによってはいずれ寿命を迎えて破棄するしかない構造だったんだよ」


高額になりがちなホイールの寿命を、直接リムの摩耗に依存せざるを得ない構造。それこそが、リムブレーキというシステムの逃れられない明確な弱点だった。交換できるモデルもあるが、スポーク等を外さなくていい分、ディスクの方がお手軽に交換作業自体は出来る。


「ホイール自体の寿命という柵(しがらみ)からの解放がかなり前進した点は旨味が大きいな。たとえローターや油圧機構の追加でリムブレーキ車に比べて増量することになろうとも、その構造的改革だけでも評価に値したと思っている。だから俺はディスクロードを選んだに過ぎん。」


「なるほど……! ホイールを一生モノとして長く大切に使えるからなんですね!」


「まあ、リムブレーキはリムブレーキで圧倒的な『軽さ』が武器になるし、構造がシンプルだから輪行(電車等での持ち運び)の時も輪行袋の中で油圧ラインに空気が噛むリスクを気にせず気楽に扱える。


大掛かりな作業ん時の整備性に関しては、正直リムブレーキに分がある。だから一概にどちらが完全に劣っているとも言えんのだよ」


健矢はそう付け加えると、手元にあったアーレンキー(六角レンチ)をクルリと指先で回転させた。


「あと、あまり語られんが……ディスクロードにはもう一つ、実用上の大きな美点があった」


「実用上の美点……?」


「スルーアクスルだよ」


健矢はディスクロードの車輪の中心を貫く太い金属軸——スルーアクスルを指し示した。


「リムブレーキ時代のクイックリリースは、レバーをパタンと倒すだけで一瞬で車輪が外れた。だがディスクロードに多く見られるスルーアクスルの場合、固定解除にアーレンキーなどの工具を出してネジを回す必要がある構造が多い。……これが何を意味するか分かるか?」


結愛は少し考えてから、ハッと目を見開いた。


「あ……! もしかして、また防犯ですか!?」


「その通りだ」


健矢はニヤリと口角を上げた。


「当時の街中にはな.......フレーム本体を地球ロックしていても、高級ホイールだけを『手ぶら状態』でパッと外して持ち去る悪質なホイール泥棒が横行していたんだ。だがディスクロードなら.......?」


「泥棒はいちいち工具を取り出して、アクスルをくるくる回さないと外せない。」


「そうだ。ホイールを手ぶらで盗むのに手間取らせ、わずか数秒でも遅滞させられる。この物理的な面倒さこそが、ディスクロードがもたらした『隠れた』防犯上の美点だったんだよ」


「どこまでも防犯と実用主義なんですね、健矢さんは……!」


「フン、生き残るための知恵だ」


健矢は自嘲気味に鼻を鳴らすと、アーレンキーをカチャンと工具箱へ戻した。過酷な時代を走り抜けてきた男の語る歴史に、結愛は深い感銘を受けながら、自らのMIRANO7のブレーキレバーを静かに握り直すのだった。

スルーアクスルの防犯面に関してはOLTRE RACEの後輪みたいにレバー付のスルーアクスルも存在するので、自分の重視したい要素を外賓で補う発想も重要です。

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