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第6話【106以下はやめとけ?】

「それは結果論に過ぎん。気にするほどのことでもないが……まあ、かつてのブレーキ論争と同じくらいネット上で過熱していた話題だな」


健矢(けんや)はピットの作業台に置かれたパーツ類を整理しながら、また遠い目をしてぽつりぽつりと語り始めた。


結愛(ゆあ)は自らの愛機となったMIRANO7(ミラノ・セブン)のハンドルを握り直し、健矢の顔を覗き込む。


「『106以下はやめとけ』……ですか? 私のMIRANO7についてるのも実質的には頭文字T(イニシャル・ティー)......エントリーモデルのコンポ(変速機群)みたいなもんですよね? やっぱり、それじゃダメなんですか……?」


「ハッ、真に受けるなと言っただろうが。(あと、何故か旧式でも106は106という謎信仰がある場合もあるんだが...面倒だから黙っていよう....)」


健矢は鼻で笑い、呆れたように首を振った。


「確かに、リアスプロケットの歯数が少ない――つまり変速の段数が少ないってのは、1段ごとのギア比の離れが大きくなる。脚の回転数を一定に保ちにくくなってパワーロスが生まれたり、長距離で疲労が蓄積するリスクになるのは明確なデメリットだ。


……だがな、だからといって後段8速や7速の廉価コンポを載せたロードバイクが遅いかといえば、別にそういうわけでもない。それに、お前のなんか11速もあるじゃねーか。」


「遅くない……? でも、ネットだと『106からが本物のロードバイク』なんて言葉をよく見かけますよ?」


「単なる生存バイアスによって歪んだ結果、ひねり出された妄言の類だ、そんなもん。」


健矢は容赦なく切って捨てた。


「自分の入力パワーが上がりすぎて、コンポの変速の粗さで明確に取りこぼしが発生するレベルになってから初めて『あー、最初から106にしておけばよかったわ~』と悩むべき代物なんだよ。街乗りや通勤通学くらいで留めるような使い方なら、106なんて機能的にも価格的にも過剰投資でしかねぇ。」


「過剰投資……確かに、街乗りメインなら十分快適に走れてます!30kmや50kmでも!」


「だろ?そもそもだ、もしお前さんがクリテリウム等のレースで上位の成績を納めたいなんて本格的な話になりゃ、話は別だ。


電子制御の最新モデルでも54T以上のデカいチェーンリングが問題なく使えるような、106どころかさらに上の、頭文字がDとかUみたいな上位グレードがいるって話になる。中途半端に『106が絶対のボーダーライン』みたいに語る奴らは、自分の狭い視野とマウント欲を正当化したいだけなんだよ」


健矢の毒舌混じりの徹底的な論理展開に、結愛は大きく頷いた。


「……まあ、かく言う俺みたいな珍しすぎる理由でパーツを選んでる奴も、世の中にはいるんだがな」


「健矢さんの理由……?」


健矢は自嘲気味に口角を上げると、壁際に置かれた自身のピナレロ(F50)を顎でしゃくった。


「余剰クレジットを脅迫的に減らしたいからって私情で、カンパ社の電動13速最上位モデルなんかをわざわざ積んでる奴。この時代だと関西とか西日本じゃ俺くらいしかいないんじゃね?」


「あはは……! 健矢さんの場合は『過剰投資』どころか、ただの贅沢とクレジット消費対策ですもんね!」


「うるせえ! 使える時に使っとくのが健全な経済活動ってもんだ!機能的には過剰投資だがな、思いっきり!」


「確かに!ちゃんと使える時に使わないと、この前のOL RACE復活の時みたいにシオンさんから小言を言われちゃいますもんね!」


「ええい、やかましい!お前だって同類だろうが~~~!」


健矢が照れ隠しに声を荒らげると、網膜VR端末から管理AIシオンの無機質な声が淡々と割り込んできた。


『補足いたします。マスターの該当パーツ選定における動機は、余剰クレジットの削減が九十二%、純粋な性能への探求心が八%となっております。初心者に対して説得力を持たせる言動としては、著しく妥当性を欠くデータと算出されます』


「おいシオン!いちいちお前という奴は......ッ!余計なこと言わんでいい!」


「ふふっ、でも健矢さんのおかげで安心しました。自分のMIRANO7がもっと愛おしくなりましたよ」


結愛の無邪気な笑顔に、健矢はバツが悪そうにプイッと横を向いた。


「……フン、スペックの数字やネットの有象無象のさえずりなんぞに振り回されるな。大切なのは、その機材が自分の今の目的に合っているかどうかだ。変な知識に毒される前に、とっととその足でしっかりペダルを回してこい!」


「はいっ! 健矢さん!」


ピットに結愛の元気な返事が響き渡る。ネット上の不毛な機材論争をよそに、自分の脚と相棒のバイクに向き合うことの大切さを学び、結愛はまた一つサイクリストとしての階段を登っていくのだった。

結愛のチェレステ(アルミ)が旧式の11速な理由→原作第2部第1章第1話「今日からチェレステ!」(https://ncode.syosetu.com/n8969mn/65)


OL RACEに関するシオンからのお小言回はこちら→(https://ncode.syosetu.com/n6158my/6/)

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