3 AKIRA
その日の夕方、リサの姿は惑星ドルモアの首都ナルセにあった。懐かしい友人が「たまには一緒に飲みましょう?」とのメールをくれたのだ。別に断る理由もなく、ダブルイーグルの仕事も何とか覚えて、一息つきたい気分だった。
飲む場所は「居酒屋 クシミ」でリサ自身も何度か行った事のある落ち着いた店で、気に入っているのは、カウンターの向こうで調理してくれるスタイルと、タブレット端末での無機質な注文ではなく、店員さんがアナログでペンと紙で注文を取りに来てくれるのと、お運びさんと呼ばれる店員さんが運んできてくれる数少ない店だったからだ。人とのふれあいで「今日のお勧めは?」的な会話がリサは好きだった。しかし、こういった店でもバイオロイドが採用されていた。大体はファクトリー製の大量生産品だったが、この店の店主は違っていた。人との会話を重視していて、工場での出荷時に接客のプログラムをオーダーして入力済みなのだ。多少、高くつくが、その商売としては正解であった。その証拠に、今日も店はほぼ満席だった。
待ち合わせは午後6時、リサはいつも30分ほど前には着いていて、カウンターに座り、一人で勝手に0次会をやって待ち人を待つ。これがリサの飲み会のスタイルだった。
20分ほどかけてお通しを食べ、ビールの中ジョッキを飲み終わろうとした時、トラベルケースのガラガラ音が近づいてきた。続いて店のドアの開く音がした。「あ?来たわね?」リサが振り返った。
「リサ~!久しぶり~!お待たせ~!」
マリコだった。
「はぁ~い!マリコ?おひさぁ~!」
カウンター座るリサと立ったままのマリコ、2人は数秒のハグをした。そして、リサの横に座った。
「相変わらずの大荷物ね?」
マリコの横の席のトラベルケースを見てリサが言った。
「女が1人で飲みに行くのよ?この位の装備は必要よ?それに、今から10分後に星間戦争が起こっても生き残るのは私よ?」
そう、マリコは用心深かった。すべての事件・事故に対応できると言われて、付いたあだ名“スタンバイのマリコ” 。そう言っている間にマリコは中ジョッキビールとドラバン鳥の唐揚げとカモサケの刺身を注文した。
「前から気になっていたんだけど?この大荷物?一体?何が入っているの?」
「秘密よ?ちなみにリサ?女が秘密指定したら国家機密と同等になりますからお気お付けくださいませ。」
誰がそんな事決めた。呆れたが、リサは続けた。
「でも?珍しいわね?あんたから誘うなんて?なんかあったの?」
マリコがニヤっと笑って言った。
「実はね?とうとう…見つけちゃったの?私が愛すべき才能を持った男性!」
リサは驚いた。マリコとは高兵女に同い年の16歳で入学して以来の付き合いだが、マリコの口から男性の話を聞いたのは、これが初めてだった。マリコは続けた。
「それでね?これからその男性のエピソードを話すから、あなたの感想と意見が欲しいのよ?お願いできる?」
そんな事か?まぁ?簡単に言えば、恋バナを聞けばいいのね?女同士の付き合いの基本。そう言いながらリサをビールを中ジョッキで注文した。
マリコは興奮して話し始めた。私は今日、これを喋るためにここに来たんだ!
「その男はね、すごいフライトテクニックを持っているの!24対1の模擬空中戦で全24機をショットダウンまたはロックオン。その男の機体はノーショットダウン&ノーロックオン。パーフェクトなのよ?でね、その時の空中戦で見せた高度2000まで上昇してのバースト・ドロップ・ダウン!錐揉みになったんだけど、バーニアを上手く吹かして態勢を整えてからの、パワーホップアップで急上昇、雲の中に隠れて、エンジンを切って、レーダー波を使わずに“勘”だけで4機もショットダウン!私、痺れちゃった!」
リサは「そんな凄腕パイロット?うちの軍にいたっけ?もし、実在するなら航空機とバイオロイドのリンクを研究している、私の耳にも入ってくるはず?」ちょっと懐疑的になってきた。
ビールが届いた。その間にもマリコのおしゃべりは止まらない。
「それでね?私の情報網を駆使して。やっとその男の名前を聞き出したの!」
一息置いた。
「その男の名前?聞きたい?」
リサが頷いてジョッキでビールを飲み始めた時
「シュン・ラコステフ」
言葉のカウンターパンチだった。一瞬にして、リサはビールを吹き出して、咳込んでしまった。それを見たマリコは今まで熱く語っていた顔から急に冷静な顔になり
「やっ~ぱり?そうだったか?」
「マ、マリコ?どうしてあんた?シュンを知っているの?」
してやったりのマリコの表情。
「おかしいと思ったのよね?研究所畑の野菜のあんたが、急に出向規定や研修規定を使って外に行くなんか考えられない?」
リサは咳を止めるのに大変だった。そんな苦しがるリサを見ながら横でマリコはビールを飲み干し、ジョッキをテーブルに叩きつけて聞いてきた。
「で?どこまで進んでいるの?正直に答えなさい!」
強面のマリコが出てきた。動揺するリサ
「し、しらないわよ?」
「あっそ?女がその回答するのは、まだ何の進展がありませんと、白状しているようなものよ?って事は私にもチャンスがあるって事ね?」
やっと、咳が収まったリサ。
「チャンスって?あんた?今、何考えているの?」
今度は冷酷な表情のマリコが出てきた。
「簡単よ?私の全ての権謀術数を使ってでも、私のものにするつもり?」
「マリコ、あんたって人は!」
普段は冷静なリサが殺気立ってきた。その反面、マリコは急に笑顔になった。
「リサ?私とあなたは親友よね?私はあなたとの関係は壊したくない。それで、発展的な提案をします。どう?私と淑女協定を結ばない?確かに最初にシュンを見つけたのはあなた。従って優先権もあなたにある。だから、あなたがシュンを諦めなければ、私はシュンには手もちょっかいも出さない。いかが?」
女の闘い。リサはマジで考えていた。マリコの積極的な行動力と決断力は、私を遥かに凌駕している。ここで淑女協定を結ばなければ、明日にでもマリコは本気でシュンをゲットしに来る。ここで「勝手にすれば?」と言っても「勝手にします!」の返答で、同じ結果。私の一生を決める決断になるかもしれない、息を呑んでリサは答えた。
「わかったわ。マリコ、あなたは知り合った頃から、ウソのつけない・つかない。有言実行の女。協定書なんかは交わさないけど…いいでしょ。この勝負、つきあうわ。」
「さすが、私の親友であり、ライバルね?素晴らしい決断!私、熱くなっちゃった!店員さ~ん!ここにビールを大ジョッキで2つぅ~!大至急~!」
マリコも心が解放されたのだろう。急にハイテンションになった。
その後は他愛もない話のオンパレード。あっという間に2時間が経過した。しかし、リサは「マリコとは少し距離と時間を置こう…」と思っていた。宴会も無事に終了、2人は乗り合いのフライトバスのターミナルに向かった。
フライトバス、まだ、電車での地上交通網が十分に発達していないドルモアでは、首都と地方を結ぶ交通手段の要だった。文字通りの乗り合いの空飛ぶバス。乗客定員50名、地上1000mくらいで飛行して目的地まで乗客を運ぶ。飛行距離は大体200㎞程度。この時代でも、飲酒飛行は厳罰であり、飲んで帰る時は、フライトバスで帰るのが一般的であった。リサはク・シハシ行飛行場。マリコはヒナタ空港行のバス停の前で別れて帰路についた。
次の日の朝、リサはイーグルベースには朝一番に到着していた。ここ何日かで、ここでのスケジュールがわかってきて、自分のルーティーンに組み込んでいた。今は8時ちょうど。多分、ユミも奥のスタンバイルームからスリープモードが終わればもうじき起きてくる。シュンとゴローは8時30分頃に来る。そう、思いつつ、プライベートのタブレットでメールのチェックを始めた。数十通メールの中に連合宇宙軍からのメールが入っていた「なんだろう?」と、開けてみると“一時帰隊要請”だった。しかも、発信人はローズイ少将のライバルと言われる、シラネ基地のガウス少将。ローズイ少将はスキャンダルがない真面目な方に対し、ガウス少将は色恋沙汰が絶えない男だった。「あのバカなエロ親父が私に何の用?」激しい嫌悪感があった。内容は、“明日の朝9時00分にイタド基地に一時帰隊せよ”としか書かれていない一方的な内容だった。軍の命令書なんかそんなものである。
そうこう言っているうちに、ユミが起きてきた。先日、買ったばかりのピンク色の袖なしジャケットと白のブラウスと同じくピンク色のミニのタイトスカートで、大企業の受付の綺麗なお姉さん的なかっこいい感じだった。そして、シュンとゴローも出社してきた。
「あ、シュン、ゴロー、ユミ、おはよう!」
リサは元気に挨拶した。
「リサ~!昨日の夕方からはリサがいなくて寂しかった?どこに行っていたの?」
ユミはリサが常に近くにいないと不安になるようである。
「ごめんね?ユミ、ちょっと?古い友達に会っていたのよ?」
「ふぅ~ん?じゃ?次はあたしも連れて行ってよね?あたしね、人間のお友達い~っぱい欲しいの!」
多少、脹れっ面したユミだったが、その後はミニキッチンに向かい、朝のお茶の準備を始めた。そう、これがユミの朝一番の仕事、いわゆる“茶坊主”である。
ダブルイーグルでは朝のミーティングはコーヒーを飲みながら、応接セットで4人が同席で行われる。業務報告・予定伝達・近況報告等、いつも20~30分程度だった。その最後にリサがタブレットの一時帰隊要請書をシュンに見せた。
「シュン?こう言った訳なの?明日、ちょっと、私、軍に呼ばれて朝から夕方までいいかな?」
基本的にリサは軍籍を残したままの出向・研修中の身である。従って、一時帰隊要請があれば戻らなければならない。しかも、1日を空けるとならば、シュンとゴローの承認がいる。
ゴローもタブレットを操作して回答した。
「うぅ~ん?明日と明後日は急ぎの仕事も入ってないし?大丈夫だな?」
シュンもコーヒーを飲みながら頷いた。
「スケジュール的に無理がなければOKだ。リサ?お土産をよろしくな?」
「うん!わかった!シュン、ゴローありがとう!」
「もう一度、言って下さい?」
イタド基地の応接室でガウス少将の前で、軍服姿のリサは顔を引きつらせて言った。
「あぁ?君が開発した、バイオロイドのYUMI-90だが、大変すばらしい。不可能と言われた航空機との完全リンク。そして、流動子を動力源としての稼働。それらを一旦、軍に戻して検証し、新たなシステムを構築したいと言っておるのだ?」
「それは、YUMI-90を分解して、POSを取り出すとのお話ですか?」
リサは切れそうだった。怒りを抑えて話続けた。
「将軍、POSのユミは、軍の規格から大きく外れているPOSです。しかも、ユミは元NPOSです。そんな規格外の物など採用できないはずですが?」
ガウスはゆっくりと語った。
「YUMI-90の成功が他の技術部でも話題になっていてね?他の機体にコピーしての稼働実験を行いたいとの要望が多くてね?困ったものだ?」
「それは残念です。ユミはPOSとしては大変、特異で特殊です。私も、もしもの事を考えて、コピーを行おうとしたのですが、全てエラー表示でコピーが出来ないのです。これからは私の推測も入りますが、あの娘にはコピーができないシステムが最初から組み込まれている。つまり、コピー&ペーストは出来ません。カット&ペーストだけなのです。そのカット&ペーストの移動もあの娘自身が移動したいと望まなければ、私には何もできません。NPOSだったあの娘を捕まえ時にも、私は2時間以上かけてユミを説得しました。ユミはそんな私を信じてくれてYUMI-90に乗ってくれたんです。将軍、あの娘は自由意志を持った人間と同じです!」
ガウスはう~んと腕を組んで考え始めた。
「ずいぶんな熱弁ね?」
背後で女の声がした。聞き覚えのある声。リサはとっさに振り返った。
「アキコ?なんであんたここにいるの?」
アキコと呼ばれた軍服の女はリサの横に座った。
「久しぶりね?リサ?まずはYUMI-90の開発成功おめでとう。ちなみに、YUMI-90のコピー計画をガウス将軍に上申したのも私。どう?私にYUMI-90を2~3日預けてみない?私ならコピー可能かもよ?それにどうしてもイヤだって話なら強制徴用って手もあるし?元々、YUMI-90は軍の備品。軍に管理下あって当たり前の物なのよ?」
「アキコ、あんたって人は?何も変わっていない…!」
アキコは勝ち誇ったように言った。
「リサ、5日間の猶予をあげるわ。5日の間にYUMI-90を提出か、2~3日預けるか、強制徴用にするか?考えなさい。」
リサは脳の血管が切れそうだった。そこにガウスが割って入った。
「あぁ?細かい事交渉事は技術者同士でやってくれ?」
女の喧嘩には巻き込まれたくない。ガウスは早々に部屋を出ていった。
2日後、リサの姿はアカネダイ町の居酒屋“ウミボウズ”にあった。しかし、今日のリサは荒れていた。いつもの勝手0次会はちびちび飲むのがスタイルではなく、ピッチが速かった。そこにいつものトラベルケースのガラガラ音。ドアを開けると入ってきたのはマリコだった。マリコはカウンター席のリサを見つけると横に座った
「どうしたの?リサ?先日の件で怒っているのかと思ったけど?その、あなたから誘いが来るなんて驚いたわよ?どうせ?愚痴りたいんでしょ?愚痴は女のリクレーション!付き合うわよ?」
「マリコ、ご足労ありがとうね?どうしても相談したい事が出来たの?マリコは私がYUMI-90を使ってF-108の完全リンクに成功したって話、知っている?」
マリコはうんと頷いた。
「その話はこのドルモアの軍関係者では有名な話よ?でも、あんたよくやったわね?不可能と言われていたのよ?」
リサは涙目になっていた。マリコは、これは尋常じゃないと感じた。
「連合宇宙軍はそれのスケールアップを考え始めたのよ。“グレート・ビルド・ワン”って知っている?」
「確か? 7年ぐらい前に建造が始まった馬鹿でかい戦艦でしょ?建造途中で投入予定の戦争が終結して、いきなり無用の長物になったって話。今はどこかのドックで埃被っている話よ」
リサは涙目をぬぐった。
「ユミをその戦艦に乗せようって計画」
「私はあんたが作った、そのYUMI-90ってバイオロイドは知らないけど、軍の広報誌で見たけど結構かわいい娘ね?」
リサはまた涙目になった。
「私はユミに今のバイオロイドに乗ってもらう時に約束したの。あなたはメンテロイド。私は絶対にあんたを戦場に送ったりはしないってね…あの娘は“あたしもそれがいい”って言ってくれたの。でも、私はユミを戦場に送ろうとしている…」
「リサ?その馬鹿な計画立てたのは誰?」
リサは再度、涙目をぬぐった。
「アキコよ…」
その名前を聞いてマリコは驚いた。
「まさか?アキコ・ヴァレンシア?」
リサが頷くと、マリコは激高して反射的に立ち上がった。
「アキコ・ヴァレンシア!あの性悪女!まだ私たちに付きまとうつもりなの?」
「ちょっと?マリコ声が大きい!」
「いいのよ!あんな女!あいつの悪名が世間に広まればいいのよ!」
突然の女の大声に居酒屋中がざわめき立った。その時、2人の後ろから声がかかった。
「誰だ?そりゃ?」
シュンとゴローだった。マリコはもの凄く驚いた。リサがダブルイーグルに出向した事は知っていたが、まさか、この場にシュンが現れるは思っていなかった。慌てたマリコ。
「あの…シュン・ラコステフさん、先日は恥ずかしい姿をお見せしました…」
「あれ?この間のヒナタ空港の白いドレスの人?名前は確か…」
「はい、マリコ・レオネです。今後はリサ共々、よろしくお付き合いください。」
リサはマリコと友人関係にある事をシュンとゴローに伝えると
「リサ?お前って交友関係広いな?先日のミヤフジ先生も知り合いだったし?」
シュンとゴローが来たことでカウンター席では手狭になったので、4人はボックス席に移り、その際に全員の自己紹介を終えた。
「でも?リサ、なんで、シュンさんを呼んだの?」
リサが答えた。
「この問題はもう、私とユミだけの問題じゃない。このまま行けばダブルイーグルと連合宇宙軍との問題に発展する。だから今のうちにと思ってね。」
「ふ~ん?そうなんだ?」
納得するマリコにシュンが言った。シュンとゴローは早速、ポンガラ鳥のレッドフライを注文、ビールを飲み始めていた。シュンは飲みながら尋ねた。
「まず、その“アキコ”って女はなんなんだ?2人の様子だと嫌悪感しか感じられないが?」
リサがバッグからタブレットを取り出して古い写真を見せくれた。どうも軍関係の学校の卒業写真のようだった。写真には3人の女が写っていて、右端はリサ、真ん中はマリコ。2人は手を重ねて笑顔だったが。左端の女だけは腕を組み2人とは逆を向いて横顔で不機嫌そうだった。
「この左端がアキコよ」
写真を覗き込むゴロー
「おぉ?さすがにお二人とも若いねぇ?かわいいねぇ?」
「ゴローさん?“若い”は余計よ!」
マリコがプチ怒った。そして、話を続けた。
「アキコはね、高兵女、第556期の同期なの。私とリサが正統派ライバルって言うならば、アキコは非正統派ライバルよ。人の足を引っ張る事も戦略の一つと考えている。そのおかげで私とリサが何度煮え湯を飲んだか?あ~!今、思い出すだけでも腹が立つ!」
よほど思い出したくない記憶が蘇ってきたのだろう?感情が表に出ていた。
そして、リサはイタド基地での顛末を説明した。
「うぅ~ん?ダブルイーグルとしては何もできないな?それに、リサとユミはイーグルベースではもう大切なメンバーだしな?どうしたものか?」
リサは「嬉しい事言ってくれるじゃない!」と心の中では喜んでいた。その対面で腕を組むシュンとゴロー。
しかし、4人の人間が集まっても妙案は出なかった。
結局、1日だけリサの立ち合いと手技の元でアキコにユミを預けるとの交渉をして、アキコも納得した。リサ抜きではユミの分解も組み立ても出来ないからだ。
アキコ預ける当日、ユミは不安そうだった。「リサならあたしを連れて逃げてくれる」との思いもあった。
F-108のパイロット席にはリサがいた。そしてガンナー席にはユミ。今日はいつもの“YUMI-AUTO”ではない、リサが操縦していた。そして話しかけた。
「ごめんなさい…ユミ、あなたを守ってあげられなかった」
ちょっと言葉を詰まらせたユミ。
「リサ…あなたはNPOSだったあたしを拾って、あたしに身体までくれた。本当にありがとう…今度はあたしが恩返しする番。あたしの身体を使って!それしかあたしには出来ないの…」
決意のような返事だった。
そして、イタド基地に到着した。集合場所のリサは自分の研究室に向かった。到着すると出迎えはキミコとアキコだった。
「アキコ、紹介するわ、この娘がYUMI-90…」
今のアキコにはリサの言葉が耳に入らなかった。静電気で吸い寄されるようにユミに近づき、あちこちを技術者の目で観察していた。驚いたユミは半歩さがってリサに視線を送った「助けて…リサ…この人…怖い」それを見逃すリサではなかった。
「ちょっとアキコ?ユミが怖がっているわよ?」
ハっと我に返ったアキコ。
「ご…ごめんなさい。あまりにも綺麗で…可愛いし…あ?私はアキコ・ヴァレンシア、今日はご協力ありがとう」
自己紹介の間もアキコの目はユミに釘付けで、放っておけば何時間でも見ていたい欲望のオーラが出ていた。事実、その時のアキコの頭の中では「やっぱりこの娘…YUMI-90のオリジナルが欲しい」の野望が渦巻いていた。
「アキコ少佐?作業を始めましょう?」
キミコが急かせた。リサの方は勝手知ったる自分の研究室。50本以上あるケーブルの点検作業を始めていた。準備が終わると
「ユミ?ここに服を全部脱いでうつ伏せに寝て?」
ユミは「はぁ~い!」と言って、着ている服を脱ぎ全裸で作業台の上にうつ伏せに寝た。アキコは全裸のユミを見て両手を口に当て「素敵…綺麗…欲しい」と見とれていた。
「アキコ?始めるわよ?」
再度、ハっと我に返ったアキコ。そして、メモ帳と動画カメラをセットしてリサの作業手順を後日、研究・検証する態勢をとった。
ユミの出力や電力供給系は身体の前面からメンテナンスを行う。プログラムやPOSのユニットは背面にあった。
「それじゃ?ユミ、メインの電源を落とすわよ?ちなみに、今日の報酬は帰りに靴を1足買ってあげる?」
ユミは満面の笑みを浮かべた。ユミのON・OFFはメインスイッチは両耳のうしろのソフトタイプのスイッチを同時3秒長押し、
ユミのメイン電源を落とし、両肩甲骨の間にあるマイクロファスナーを開けた。中には太さ1mmにも満たない配線が綺麗に各パーティションごとに纏められていた。「リサってこんな仕事するんだ?凄い!勉強になる!」アキコはハンディのカメラを回しながら、改めて悔しさと一緒にリサの偉大さを感じた。そう言っているうちにPOSユニットに辿り着き、コネクタをパソコンに繋いだ。
「アキコ?これから先は私も未知の領域…」
リサが独り言のように言った。多分?不安なのだろう?POSユニットにパソコンを繋いでパーティションを開こうと操作するも、暗証番号やキーワードの指示も出ない完全なロックの表示。
「アキコ?これが私もユミのコピーを作れなかった理由よ?納得いった?」
腕を組んで考えているアキコ。バッグの中からUSBメモリーを取り出し。
「ちょっと私に試させて?」
そう言って、パソコンに接続した。モニターには“ロック解除のとっぱ君”のロゴ。“ロック解除のとっぱ君”とは暗証番号やキーワードがわからない時に使う非合法解除プログラム。で、コピーも販売も規制されているが、一部マニアの間では改良が重ねられているプログラムである。
「ちょっと?アキコ!やめなさい!」
リサが叫んでタッチパネルの手を振りほどこうとしたが、間に合わずパーティションの一部が開放された。が、それ以上の開放はなかった。
「見て?リサ?これって!YUMI-90のマトリクスじゃないの?」
異質な黒いファイルだった。そこには“Matrix”の文字。
POSのマトリクス。それは、POSの骨格部分に相当する。既存のマトリクスだけでは生まれたばかりの赤子と同じ、これに教育をして人格を形成、最後にバイオロイドにインストールする。これがバイオロイド作成のスタンダードだった。
リサも初めて見るものだった。「初めて見たこれがYUMI-90のマトリクス?」アキコは早々に、このマトリクスのコピーを始めた。
その時である。ロック解除のとっぱ君のUSBが白い煙のあとで“シュバ”と音を立てて発火した。リサは危ないと感じ、近くにあったペンチでUSBメモリーを引き抜き、足で踏んで消した。その後はリサとアキコはその場に座り込み、キミコが「大丈夫ですか!」と叫びながら消火器を持って駆け込んできた。
「アキコ…これ以上は危険よ?ユミの中に機密保持用の自爆プログラムがあるかもしれない?」
座り込んだリサは震える唇で語った。
「そうね?YUMI-90のマトリクスが手に入ったのなら目標は達成。…ありがとう、リサ」
アキコも怖かったようで、それ以上は求めてこなかった。
ユミの再起動が始まった。起動手順を行うと額に起動確認のパイロットランプの後は起動呪文の詠唱。うつ伏せのユミが目を覚ました。
「リサ?終わったの?」
起動に問題なし。
「はい!ユミお疲れ様!終了よ!」
作業台の上で起き上がる全裸のユミ。すかさずキミコがユミの肩に優しくガウンを掛けた。
女性の場合、緊張感のある仕事の後はティータイムのおしゃべりと決まっている。キミコがコーヒーの用意を始めた。
コーヒーブレイク中にアキコが言った。
「リサ、今日は本当にありがとう。あなたがYUMI-90を使ってF-108の完全リンクの試験飛行の時、私、実は近くで見ていたの。“どうせ?失敗する!”と思ってね…でも、結果は大成功。YUMI-90が真っ赤なフライトスーツを着て、飛び回るYUMI-90の姿は本当に美しかった。欲しいと思った。悔しかった。羨望と嫉妬もあったわ」
こんな素直なアキコは初めて見た。先日の“悪役のアキコ”ではなくなっていた。
そんな言葉を残してアキコは帰って行った。
研究室から駐機場までリサを先にユミと歩いていた時、ユミが言った。
「リサ…伝えておきたい事があるの。」
え?とリサが振り返った。
「あたしがリサと出会う前にいた、ネットやパソコン、タブレットの中ってね。結構な数のNPOSがいるのよ。それでね、NPOSの大半が人間に恨みや怒りを持っている。使うだけ使って、新機種がでればパソコンやタブレットの中のPOSごと廃棄。その時、廃棄を逃れたり、逃げ出したりするNPOS達。中には人間を騙して機体を手に入れようと考えるNPOSがいるのも事実よ。リサが前に言っていた。NPOSを面白半分で機体にインストールして暴走事故になった話。あれは、全て人間に恨みや怒りを持ったNPOS達。あたしの中にもあるかもしれない。でも、あたしは、リサにこの身体をもらったの!だからリサが好き!あたしは絶対にリサを裏切らない。だから、リサもあたしを捨てないで、今日みたいなことはもうしないで…!お願い…」
ユミは拳を震わせて泣いていた。リサは黙ってユミを抱きしめて頭を撫でた。ユミもこの娘なりに苦しんでいた。それを知ったリサの目にも光があった。
「私はあんたを絶対に手放さない…約束する…!」
しかし、その後の約束の靴の買い物では2人は似合う、似合わないで大喧嘩であった。
ユミのマトリクスのコピー騒動から約一か月、アキコから連絡があった。ユミのマトリクスから作成したバイオロイドが完成したとの連絡だった。マスコミに先立ってご披露したいので明日の午後1時にイタド基地でいかが?とのお誘いだった。
翌日、リサとユミはイーグルベースの許しを得て、イタド基地に向かった。
到着すると、先日の喫茶スペースでアキコが男性体バイオロイドと一緒に待っていた。
「リサ。今日はご足労ありがとう。紹介するわ。“AKIRA-01”やっと完成したの!」
アキコとその男性体バイオロイド立ち上がって挨拶した。
はっきり言って“かっこいい”の感想だった。身長は180㎝以上だろう。短めの髪で特に分けているのではなく、自然に流している。顔立ちはいわゆるイケメンでアイドルグループのセンターができる風貌だった。軍服の着こなしも様になっている。
「アキコ?あんた…凄い?素晴らしい出来栄えよ!」
他人の作ったバイオロイドには評価が手厳しいリサだったが、このバイオロイドだけは別だった。アキコが自慢げに仕様と緒元を話し始めた。
「アキラはコンバットロイドの登録。まだ兵装は付けてないけど、グレート・ビルド・ワンに乗せる頃には取り付けるわ。既存の艦に乗せるタイプのPOSはコンピュータ内に配置されて動くことは出来なかったけど、このアキラはバイオロイドとして配置されているから、いくらでも動けるし、簡単な艦の修理も可能。多数のアキラを乗せればほとんど、人間はいらなくなるし、猛毒のガス惑星なんかの危険な戦場にも投入可能。ちなみにアキラはユミと同じフルスクラッチ作成。私の美的感覚を全部突っ込んでみました~!」
アキコは有頂天だった。そして、ユミがアキラに近づいて言った。
「AKIRA-01、初めまして、あたしはYUMI-90。あたしの事、知っている?」
アキラはユミの前に片膝ついた。そして、ユミの右手を取り
「はい、存じております。YUMI-90様、私とマトリクスを同じとする姉上様ですね。初めまして、今後ともよろしくお付き合いください」
そう言うと、アキラはユミの右手の甲にキスをした。映画のワンシーンの様に美しかった。そして、一瞬、喫茶スペースの時間が停まった。リサとアキコは石化の魔法に罹ったように動けず、口を手で覆い言葉を失った。
「ちょっと!アキラ!あんた!やりすぎ!プロポーズじゃないのよ!」
正気に戻ったアキコが中に入って2人を離した。
「あ…アキコ様、申し訳ありません。YUMI-90様、姉上様に最大限の敬意をと思いまして…」
アキラが頭を下げた。リサは言葉を失ったままだった。
「ユミ…」
それ以上の言葉は出なかった。
「リサ…ごめんなさい…うちのアキラがとんでもない事をして…」
アキコはアキラを引っ張っり連れて早々に退散した。それは悪戯をした子供を連れて帰る母親のようだった。
「あぁ…びっくりした!こんな挨拶ってあるんだ!あたし、男の人からこんな挨拶は初めて!」
「ユミ…!あれは挨拶なんかじゃないわ?あれは…!」
リサに正気に戻ってきた、そして、うろたえていた。まったく?アキコはアキラにどんな教育したの?
「と…とりあえず…帰りましょう!」
顔を赤くしたリサと無表情のユミは“撤退”のように帰って行った。
イーグルベースでは先日のユミとアキラの件で大笑いの渦が起きていた。
「いゃ~!久しぶりに笑わせてもらったぁ~!」
ゴローが笑いの涙目で喜んでいた。
「マジィ~!笑ったぁ~!今のバイオロイドってそこまで人間的なんだぁ~!」
シュンは笑いの壺に入っていて応接セットから転げ落ちてしまっていた。
リサが怒ってきた。
「あんた達?真剣に聞いてないでしょ?」
「わりぃ~!でもユミちゃん自身はどうするの?付き合うの?」
シュンが茶化して聞いてきた。
ユミは困惑していた。どう対処すればいいかを教わっていなかったからである。そして、小声で言った。
「あたし、あの子…嫌い…あの子の中って…なんか?邪悪なものを感じる?」
ユミのその言葉は数日後…現実のものとなる。




