第53話 黒い爆炎
「ゥルルルルル……!!」
「うぐっ……!」
レインが叫んだ瞬間、アビストータスが初めて咆哮をあげた。
とてつもなく巨大な咆哮に大地が揺れ、激しい頭痛がして思わず両耳を塞ぐ。
ドゴオオオオオン。
「なっ!?」
そして巨大な咆哮のあとに激しい爆発音が轟き、双眼鏡の先に見える景色が漆黒に染まった。
なにが起こったのか分からず、双眼鏡から目を離してはるか遠くにいるアビストータスを肉眼で見ると、轟音とともに半球状の黒い爆炎がアビストータスの周囲で一気に膨れ上がり、その一帯をすべて飲み込んだ。
「お二人とも、動かぬように!」
目の前に黒い何かが割り込んだと思った瞬間、前方から周囲が茶色く染まった。
少し遅れて、黒いコートを着たギュスターさんが俺とレインの前に割り込み、魔道具によって障壁を張って防いでくれたことを理解する。障壁の周囲には今の爆風によって飛ばされてきた土や石が激しくぶつかる音がしていた。
一瞬にも10分以上にも感じられたその衝撃がようやく収まった。
「っ! ユウカ、アオイ!」
衝撃が収まって、真っ先にユウカとアオイのことが思い出された。インカムで呼びかけてもザーッという雑音が聞こえるだけで、2人からの反応がまったくない。
まさか、今のアビストータスの攻撃で……。
「ユウカ、アオイ、返事をして!」
何度もインカムに呼びかける。
『——ル、カケル、聞こえる?』
『——様、聞こえますか?』
「ユウカ、アオイ、聞こえるよ! よかった、無事だったんだね!」
今の衝撃で電波が乱れていたようだが、数十秒声をかけ続けると2人の声が聞こえて、心の底からホッとする。
アビストータスの方はまだそこにいるようだが、今の攻撃による衝撃で土煙が舞ってよく見えない。2人には一度こちらに戻ってきて合流してもらうことにした。
「さすがに驚いたわね。レインの声がなかったら、危なかったわ。ありがとう」
「私もおかげで助かった。感謝する」
「僕も役に立てて良かったよ」
ユウカとアオイがレインにお礼を伝える。レインの悪意察知のおかげで、なんとか先ほどの攻撃を避けられたらしい。
ただし、アビストータスの近くにいたユウカは完全に無傷とはいかなかった。先ほどの黒い爆発の規模と威力はすさまじく、ユウカの速さでも完全に回避することができず、左腕が巻き込まれてしまったらしい。
今はハイポーションを使って治療したようで、ユウカの左腕には傷ひとつないけれど、身に着けていた防具の一部と籠手が消し飛んでいた。しかも普通のポーションではなくハイポーションを使ったということは結構なダメージを受けていたはずだ。レインの声が少しでも遅れていたら危なかったかもしれない。
「カケル様がご無事で本当によかったです!」
「ギュスターさんがかばってくれたんだ。改めてありがとうございました」
「多少なりとも皆様のお役にたてて何よりでございます」
ギュスターさんにもう一度お礼を伝える。
俺もユウカから障壁を張る強力な魔道具を預かっていたのだが、咄嗟のことでまったく反応できなかった。この辺りは経験の差だろう。
「僕も助かったよ。とりあえず、みんな無事で本当によかったね。……だけどこれからどうしようかな?」
「あれほどの威力だったから、最後に私たちを道連れにして自爆したのかと思ったけれど、まだ生きているみたいね……」
土煙が晴れ、双眼鏡でアビストータスの様子を覗いてみると、まだやつは生きていたようで、呼吸をして微妙に動いていることが確認できた。
ただ、その歩みを完全に止め、目を閉じて動こうとしない。
「傷を癒しているのか、さっきの攻撃の反動で動けないのかもしれない。ただ、もう一度さっきの攻撃をする準備をしている可能性もある」
「今がチャンスなんだと思うけれど、さっきのやつがもう一度来たらと思うとちょっと怖いね……。あんな咆哮を上げてさっきみたいな攻撃をするなんて情報は今までなかったし、追いつめていることは間違いないと思うんだけれど……」
アオイとレインの言う通り、今が好機の可能性はとても高いけれど、さっきの爆発がもう一度来たらと思うと怖い。最後にさっきよりも離れた場所からアオイに全力で魔法を撃ってもらうことはできるが、魔力回復ポーションを何度も飲むのは身体に負担がかかるらしいし、ここまでにすべきだ。
「予定通り、ここは撤退しよう。長期戦で血液を流させる作戦が有効なことはわかったし、近付くのは危険だということがわかったから、今後の戦闘には役に立つはずだ。それに今ので、標的をソラバルの街から変えることができたかもしれないし、それで十分だ」
「「「………………」」」
ユウカが負傷し、アビストータスが想定外の行動をとった。事前に決めていた撤退条件を2つも満たしてしまったし、ここが引き際だ。
アビストータスの新しい情報を得ることができたし、戦果は十分だ。すでにソラバルの街から違う方向を向いているし、もしかするとソラバルの街から標的を外してくれたかもしれないし、このまま当分動かないかもしれない。これ以上ユウカとアオイを危険な場所へ送り出すわけにはいかない。
3人とも納得がいかない様子だけれど、みんなの安全が第一だ。
「……わかったわ、カケル。だけど最後にひとつだけ試させて!」
「最後にひとつだけ試したいことがあります!」
ユウカとアオイの言葉が重なった。




