第52話 長期戦
「順調に削れているみたいだね」
レインの言う通り、ユウカとアオイがアビストータスの両足を攻撃して、少しずつ血を流させている。
「ああ。理想は直接近付かずに仕留めたかったんだけれどな。さすがに爆弾とか毒とかは日本で手に入らなかったのは残念だ」
「カケルくんもなかなかエグいことを考えるよね……。でも、魔法じゃない物理的な攻撃なら効果があったかもしれないよね」
アビストータスの動きは遅いとはいえ、本音を言えば2人は近付かずに仕留めることができれば理想だった。過去に毒物を使ったり、あの巨大な魔物の口の中に入って攻撃魔法を手当たり次第に撃った猛者がいたりしたらしいが、そのどちらも駄目だったらしい。
だけど日本にある猛毒を飲ませたり、あいつが食べる物の中に強力な爆弾やガソリンなんかを仕込んで身体の内部で爆発させたりすれば可能性は十分にあった。ただ、俺がそれを手に入れる伝手がなかったので、その作戦は諦めたが。
他にもアオイの魔法を使った罠を仕掛ける作戦もあったのだが、それは時間が足りなかった。
「おっと、敵の動きが変わったよ。どうやらユウカさんとアオイちゃんを敵と認識したらしいね。ユウカさん、右前足で踏み潰そうとしてくる」
『了解よ』
先ほどから2人の攻撃を意に介さず直進しようとしていたアビストータスだが、2人を敵と認識したらしく、その場に留まって2人に攻撃を仕掛けようとしてきた。
その大きな右前足を高くに持ち上げる。その動作は非常に遅いが、その分足が尋常でないほど大きいので、攻撃範囲はとてつもなく広い。だが、望遠鏡でアビストータス全体を見ているレインの悪意察知がそれを察知し、インカムでそれをユウカに伝える。
ユウカは即座に標的を左前足に変更して斬りかかった。ユウカひとりでも回避できる速度らしいが、レインの悪意察知があれば、より安全に回避することが可能だ。
「やっぱり後ろにいるアオイちゃんのほうは悪意が見えないね。距離を十分にとっておいて」
『言われるまでもない』
レインがインカムでアオイに伝えるが、アオイは常に一定の距離を取りつつ魔法を放っている。
レインの固有スキルである悪意察知は危険察知とは異なり、悪意なき攻撃を察知することができない。向きを変えようとした足に当たってしまったり、倒れ込んだ際の身体の下敷きにでもなったら、それが十分な致命傷になる。
最初は飛行魔法で安全に攻撃できるアオイが前面を担当したほうが安全かと思ったけれど、アビストータスの動きを察知できない後ろの方がより危険ということで、ユウカが前面を担当することになった。これが今の俺たちにできる、最も安全な戦い方だ。
「実にすばらしいですな。しかし、敵の治癒力も普通の魔物とは比べ物にならないようです」
ギュスターさんの言う通り、最初にユウカが斬り裂いた右前足の傷はもう血が止まり始めている。
明らかに異常な回復力だ。ほとんど攻撃をしてこないというのに、これまで100年近く倒されなかった魔物だけある。
「順調に血は流れ続けているし、さすがに血液の量までは治癒できないと思うから、このまま続ければいけるはずだよ。ユウカさん、次は左前足が正面辺りに来るね」
『了解』
アビストータスの動きを観測しつつ、ユウカへ指示を飛ばすレイン。
確かにこのままいければ、Sランクの魔物といえど倒せるはずだ。だけど、アビストータスの一撃一撃は非常に重く、地響きがここまで伝わってくるし、一撃でもくらえば致命傷になるかもしれない。むしろ、見ていることしかできないこちらの胃がキリキリと痛んでくる。
『天翔八重桜!』
『グランド・ストライク!』
ユウカの高速の八連撃がアビストータスの左前足を切り裂き、そこからさらに血液が流れる。同様にアオイの土魔法による巨大で鋭い岩の円錐がアビストータスの右後足をえぐった。
戦闘開始からすでに30分以上が過ぎているのだが、体感的にはすでに数時間が経過している気分である。ユウカがアビストータスの攻撃を回避するたびに胃が痛くなる。
「……だいぶ血は流れているのに、まだ膝すらもつかないね」
「かなりの出血量のはずなのですが、本当に頑丈な魔物ですな」
レインとギュスターさんの言う通り、あれだけ2人の攻撃を受けているにもかかわらず、まだアビストータスは動き回っている。いくらなんでも、タフすぎるだろ……。驚異的な治癒力で血液の量を回復しているとしても、かなりの血を流しているはずだ。
アオイは魔力を大量に消費しているので、魔力ポーションを何度か飲んでいる。ユウカも敵の攻撃は一度も受けていないが、スタミナ回復のためにポーションを飲んでいるようだ。
ユウカの武器である刀の方も問題ないみたいだ。普通の刀であればどんなに斬れ味が良くとも、あれだけ斬れば斬れ味は落ちて刃こぼれをする。だが、ユウカの持つあの日本刀は祝福者が作った非常に高価な武器で、斬れ味が落ちることはないらしい。……日本刀という時点で祝福者が作ったと内心思っていたぞ。
『やっぱりいろんな箇所を攻撃してみたけれど、弱点になりそうな部位はないわね』
『全属性を試してみたけれど、決定打はない。物理的な威力の高い風魔法と土魔法が一番効果的』
この30分間、こちらも何も考えずに攻撃を繰り返してきたわけではなく、より柔らかい部位がないか、より効果的な属性がないか試しながら攻撃を繰り返してきた。
しかし、アビストータスに弱点らしい弱点はない。一番弱点になりそうな頭の部位や赤い瞳まで硬く、しかも瞳であっても時間が経てば治ってしまった。本当になんて魔物だ……。
「あっ、いったん離れて! 悪意はないのに前のめりになってる。もしかして——」
『『了解』』
レインの指示に従い、2人はその場から即座に離れる。そしてアビストータスはそのまま前へ崩れ落ちるようにして地に伏せた。
先ほどまでの踏み潰しによる攻撃以上の大きな振動がこちらにまで伝わってくる。
『ようやく倒れたわね。これまで戦ってきた魔物中で一番しつこい魔物だったわ……』
『あまりにも頑丈だった。さすがSランクの魔物……』
「2人とも、相手が動けなくなったみたいだけれど、まだ油断はしないでね。そのままさっきと同じように少しずつ削っていこう」
『ええ、了解よ』
『もちろんです、カケル様』
俺なんかよりも魔物との戦闘経験豊富な2人なら油断なんてしないと思ったけれど、一応伝えておく。ここまで来て、最後の最後にミスをするのはごめんだ。
とはいえ、あの巨体が膝をついて動けなくなった時点で勝負は決したはずだ。血を失えばダメージを負うことはわかったし、あとは動けなくなったあいつにさらに血を流させれば、間違いなく倒せるはずだ。
卑怯だろうと知ったことか。みんなが無事に戻り、ソラバルの街が無事であるならそれでいい。
「ふう~作戦がうまくハマってよかったね」
「ああ。本当にみんなのおかげだよ」
圧倒的な破壊力を持つユウカとアオイをレインがサポートして血を流させるという長期戦だったが、うまくいってくれたようだ。
とはいえ、今回は相手の動きがすごく遅かったからうまくいっただけだ。普通の魔物が相手であれば、レインが攻撃を察知したところで、それを伝えている間に攻撃が来てしまう。相手の防御力と治癒力を上回るユウカとアオイの攻撃があったからこそで、単純に相手との相性が良かっただけだろう。
しかし、相性を抜きにしても、ユウカとアオイの力は本当にすごかった。圧倒的な速度と強力な斬撃、地形を変えるほどの大規模な魔法。そんな2人が俺の近くにいてくれることを感謝しよう。
「っ! なんだこれ!? 2人ともすぐにそこから離れて!」
アビストータスにとどめを刺そうとユウカとアオイが近付こうとしたその瞬間、レインが大声で叫んだ。




