第51話 剣聖の力
『攻撃可能範囲内に入ったわ。……それにしても近くで見ると、本当に大きいわね』
「絶対に無茶はしないで。撤退条件がひとつでも当てはまったらすぐに撤退してね」
『ええ、わかっているわ』
『こっちも後ろに着いた』
「了解。アオイなら大丈夫だと思うけれど、近付き過ぎないようにね」
『はい!』
ユウカがアビストータスの正面に立ち、アオイが飛行魔法で背後へ回って2人が配置についた。周囲にいた魔物はアオイの魔法で一掃できたので、いよいよこれから直接アビストータスと戦う。
もちろん絶対に無茶はしない。2人の攻撃でも全くダメージを与えられない、アビストータスが想定外の行動をとる、2人のどちらかが重症を負うなどの撤退条件にひとつでも当てはまれば即座に撤退するよう、みんなと相談して決めてある。
怪我についてはハイポーションを用意してあるほか、レインがエリクサーを3本も用意してくれた。これがあれば、即死攻撃さえ受けなければ大怪我どころか部位欠損すらも回復することができる。その効果はユウカの妹の春華ちゃんの時にも確認済みだ。
ユウカ、アオイ、ギュスターさんで一本ずつ持っていて、誰かが命の危機に陥った場合は即座に使って撤退する。そのうちの一本は万一のために元からギュスターさんが持っていたものらしいが、とてつもなく高価なエリクサーをさらに2本も用意できるとはさすが王族のレインだ。
「こっちも準備オッケーだよ」
「了解」
俺の横ではレインが三脚を準備している。ただし、その上に固定されているのはカメラではなく双眼鏡だ。
「まさかこれほど遠くを見通せる双眼鏡が存在するとは……」
「これで50倍くらいです。100倍以上の物もあるみたいですね」
こちらの異世界にも祝福者が伝えたのか、双眼鏡が存在するのだが、倍率は10倍くらいだ。しかし、日本ではもっと高倍率の双眼鏡が売っていた。ただ、あまりにも倍率が高いと持っている手ブレだけでまともに見えなくなってしまうので、こうした三脚も必要になる。
俺も双眼鏡でそちらの方を見ると、ユウカの姿がここからでも確認できた。ドローン、インカム、双眼鏡とどれも異世界の戦い方を変えてしまうくらいの代物だよな。
だけど、俺にできるのはここまでだ。あとはみんなの力を信じるしかない。
『行くわよ』
ユウカ深く息を吐き、右足を前に出す。重心を深く落とし、半身の構えをとる。
左手は鞘に添え、右手は刀の柄を握りしめていた。日本刀特有の居合の構え。目の前に山のような巨大な魔物が迫っているというのに、少しもアビストータスを恐れている様子はなく、眼前の敵を射抜いたまま微動だにしない。
『……迅雷一閃!』
インカムからユウカの声が聞こえると同時に彼女の姿が消え、その刹那、巨木のようなアビストータスの漆黒の前足に一筋の光が走った。
そして気付けばユウカは遥か前方に現れ、前足の一筋の線から遅れてドス黒い血が流れた。
『ずいぶんと硬いわね。今ので足を一刀両断できなかったのはちょっとショックかも……。でも、血は流させたわ!』
「ああ、見ていたよ。さすがユウカ、すごい剣技だ!」
俺の動体視力ではユウカが消えたようにしか見えなかったが、アビストータスの強固な肌を切り裂いたとこは見えた。
双眼鏡越しとはいえ初めてユウカの剣技を見たが、とんでもない速さと威力だ。先ほどのアオイの魔法にも驚いたが、完全に人知を超えた力だな。
「アビストータス血を流させるとは、さすが剣聖殿ですな。よほどの実力者でなければ、アビストータスの肌を傷付けることすらできぬというのに」
「祝福者で強い固有スキルを持っているとはいえ、たったの2年でSランク冒険者まで上がった者なんてそうはいないからね。これまでよっぽど一心不乱に自身を磨いてきたんだろうなあ」
レインの言う通りだ。
もちろん『剣聖』が強力な固有スキルであることは間違いないが、それ以上に妹の春華ちゃんを救うためにこれまで必死に冒険者として活動してきたユウカのこれまでの努力の賜物に違いない。
『こちらも行きます!』
アビストータスの背後からは同様にアオイが後ろ足を狙って魔法の詠唱を始める。
『吹き荒れる暴嵐よ、万象切り裂く鎌となりて我に従え——』
アオイの目の前の空間に周囲の風が収束していき、巨大な嵐の鎌が形成されていく。
先ほどの『メテオ・カタストロフ』よりも範囲は狭いが、それ以上に魔力を集中させているのが俺にもわかる。
『不遜なるすべてを刈り尽くす刃とならん! テンペスト・リーパー!』
半透明の巨大な嵐の鎌がアビストータスの後ろ足をえぐり、またしてもドス黒い血が周囲に舞った。
『……こちらも両断はできませんでしたが、血を流させることはできました。作戦を続行します!』
『了解よ! こちらもまだまだいくわ!』
アオイの魔法でもアビストータスに血を流させることに成功した。一撃で倒すことはできなかったようだが。こちらの作戦は持久戦だ。どんなに巨大な魔物であれ、生物である以上はその身体を流れる血液の何分の一かを失えば、その生命を維持するのは困難なはずである。
日本で調べた情報によると、人は体重の約7〜8%の血液が流れており、その血液の約20パーセントを失うと出血性ショックとなり、非常に危険な状態に陥る。カメの場合は人よりも少し多い約30パーセントらしいが、血液の半分を失っても生きていられる生物はほぼいない。
ただし、アビストータスは硬いだけでなく、その治癒力も驚異的らしい。これまではその治癒力を越えるダメージを与え続けることはできなかったようだが、2人の攻撃力であればその治癒力を上回れる。敵の動きが遅く、攻撃が2人に届かないのならば、この戦法は有効なはずだ。




