第5話 命を捧げる
「重い、重いから! 様付けとか敬語とかいらないから!」
突然片膝をついて持っていた剣を俺に掲げてくるユウカさん。いきなり何を言い始めるんだ、この子は……。
「私はこの異世界でずっと妹を助けるためだけに生きてきました。私が日本に戻れた時には妹と両親がすでに死んでいるという悪夢を、何度も何度も何度も見てきました……。ようやくその悪夢に怯えず過ごすことができます。これもすべてカケル様のおかげです!」
悪夢か……。妹さんが交通事故で頸椎損傷、姉が突然行方不明となると本当に最悪の場合、ご両親は妹さんを道連れにして心中……なんて事態もあったのかもしれない。
そんな悪夢を想像しながら、決して日本へ戻ることができないこの2年間は本当に地獄だったのだろう。きっと俺なんかでは想像がつかないほどの苦しみだったに違いない。
……とはいえ、命を捧げるとか漫画の読み過ぎである。ユウカさんは2年間も異世界で過ごしていたようだし、このファンタジー世界に染まってしまったのかもな。
「ぶっちゃけ命を捧げるとか言われても困るから。約束した通り、しばらく護衛をしてもらってお金をもらえればそれで大丈夫だよ。様付けも敬語もなしでお願い」
うん、改めて考えても酷い契約だ。どんなヒモ契約って話だよ……。
とはいえ、戦闘能力が皆無の俺にとって、誰かからの保護は必須なのである。
「あなたは本当に優しいですね。……わかったわ。これからよろしく、カケル!」
「ああ。こちらこそよろしく、ユウカさん」
「私のことはユウカでお願いね、カケル!」
「……う、うん」
さすがに実質的に10近く年下の女性を呼び捨てで呼ぶのはなんだか気恥ずかしいものがある。しかし、輝くような眩しい笑顔でそう言われてしまうと、俺にはそれを断ることができなかった。
日本の心残りがなくなったからか、出会った時の無表情さとのギャップがとても大きく、まるで別人のようである。
「うう、めちゃくちゃうまい……。これがドラゴンの肉か! こんなにうまい肉を食べたのは日本も含めて初めてだ!」
滴る脂の旨み、とても柔らかくてとろけるような食感、和牛とも異なるすばらしい肉の味は前世も含めて初めて食べる味だ。
異世界に来たら一度は誰しもが食べたいと思うドラゴンのステーキ、それがまさか異世界に来てこんなに早く食べられるとはな!
「ふふっ、喜んでもらえてよかったわ。日本のお肉もおいしいけれど、こっちの世界のお肉もすごくおいしいわよね」
「ああ。日本の和牛は長年品種改良されて、日本人の舌に合うような脂のノリに育てられているのに、野生の生き物の肉がこんなにおいしいのは驚いた。やっぱり魔法とかが関係しているのかな?」
「たぶんそうだと思うわ。魔物のお肉だけじゃなくて、野菜とかも日本のものよりおいしいものが多いわね。魔力とおいしさの関係を研究していた祝福者もいたみたいよ」
「なるほど。『解析』とか『鑑定』の固有ギフトを持っている人とか絶対にいそうだもんな」
もちろんこのドラゴン肉のステーキはユウカが作ってくれたものだ。彼女が持っているマジックバッグは物を中に入れた時点で時が止まるので、食材を新鮮なまま保っておけるらしい。……こんな魔道具が日本にあったら流通事情が一変しそうだ。
今日は無事に妹さんが回復したお祝いとして彼女が持っている中で一番おいしいというブラックドラゴンの肉をステーキにしてご馳走してくれた。肉の色は赤黒くて本当に美味しいのかなとも思ったが、実際に焼いてもらうとこれまで俺が食べたことのある中で一番おいしいステーキの味だった。
「……そっちは本当にそれでよかったのか?」
「ええ、もちろん! 久しぶりの味で懐かしいわ!」
そしてユウカはというと、俺が日本のコンビニで購入してきたカップラーメンとコーラだ。もちろん日本のカップラーメンはとてもうまいのだが、このドラゴンステーキと比べてしまうとだいぶ見劣りしてしまう。
それでもユウカはとても懐かしむようにおいしそうに食べていた。Sランク冒険者ということだし、むしろドラゴンステーキなどといった高級料理は食べ慣れているのかもしれない。
「うちの家はお母さんがインスタント食品とかに厳しくて、料理のできないお父さんがたまに作ってくれるカップラーメンを妹と楽しみにしていたの。本当に懐かしくておいしいわ」
「なるほど」
ユウカから意外とジャンクな味のリクエストが入ったと思ったら、昔の思い出の味だったのか。
さて、スマホの充電バッテリーと電車代でユウカがこの世界へ持ってきていた財布の中身をほとんど使ってしまったわけだが、ユウカの部屋にあった貯金箱を持ってきたおかげで、多少ながら日本のお金を手に入れることができた。
当時は女子高生だったこともあって3000円ちょっとだったが、多少はこれからの軍資金になるはずだ。
護衛のことや日本のお金のこと、これからのことについて相談しよう。




