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第3話 すべては妹のために


「わ、わかったから、とりあえず頭を上げてくれ。俺にできることがあれば協力するよ」


 よくわからないが、ユウカさんが必死なことはよくわかった。見ず知らずの俺に、この異世界で地位のあるユウカさんが俺に頭を下げてくるとはよっぽどのことだろう。


 改めて向かい合って詳しい話を聞く。


「私はこれまでずっと元の世界へ帰る方法を調べていたわ。私には元の世界へ帰らないといけない理由がある。カケルさん、どうか日本にいる私の()にこれを飲ませてほしいの!」


「……えっと、これは?」


 ユウカさんが身に着けていた小さなウエストポーチのような物から、ひとつの瓶を取り出した。おそらくあのポーチはマジックバッグという魔道具だろう。あの中には見た目以上の物が入る魔法の力が込められている。ちなみに恐ろしく高価な代物だが、Sランク冒険者ほどの稼ぎならある程度手に入るのかもしれない。


 そして机に置かれた一本の瓶。派手な装飾の付いた透明な瓶の中には深紅の液体が入っている。怪我を治療する普通のポーションは緑色だが、これはまさか……。


「これは『エリクサー』、この世界で最も高価なポーションよ」


「こ、これがエリクサー……。確か伝説級の魔道具だよね?」


 冒険者ギルドで聞いた情報によると、ポーションは怪我を癒し、その上位互換であるハイポーションは大きな怪我を癒し、伝説級のエリクサーは欠損部位まで癒すとされている。


 特にエリクサーなんて一生遊んで暮らせるどころか、五生ほど遊んで暮らせるくらいの金額らしい……。


「ええ。私が冒険者になった目的は元の世界へ帰る方法を探すため、そしてもうひとつはこのエリクサーを手に入れるためよ。私の妹は昔交通事故に遭って、大きな障害を負ってしまったの……。突然この世界へ転移してきたことはショックだったけれど、もしもエリクサーを持って元の世界へ帰る方法を見つけられれば、妹を助けられるという微かな希望があったわ!」


 俺が出会ってからずっと無表情だった彼女だが、今は感情を思い切りむき出しにしてぶつけてくる。きっとこの世界へ来てから、ずっと妹のことを考えて生きてきたのだろう。


 ……どうやら彼女の心残りは俺の心残りの比ではなかったらしい。


「なるほど、現代日本の医学では駄目でも、こっちの世界の魔法やポーション、固有スキルなら治せる可能性はあるのか」


「ええ。エリクサーはなんとか手に入れることができたけれど、元の世界へ帰る方法はどうしても見つけられなかった。日本へ帰れる固有スキルを持った人がいないかを調べて、他の祝福者から信用してもらうために冒険者としてできる限りのことをしてきたわ」


「そうか、大変だったんだな……」


 どうやら俺が彼女を見つけたのは偶然ではなかったらしい。


 彼女は微かな可能性を信じて祝福者の情報を集めつつ、俺のように他の祝福者からも近付いてもらえるように名声と信用を上げてきたのだろう。


「ようやくあなたと出会えた! お願い、カケルさん。私に力を貸してください!」


「わかった、協力するよ」


 俺は即答する。


 俺の固有スキルはお金を稼いだり、日本の物を楽しむための力だと思っていたけれど、この力で誰かを助けることができるのなら、できる限り力を貸してあげたい。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「よし、打ち合わせ通りに行ってくる」


「うん……。どうか妹をお願いします!」


「ああ、できる限りのことはするよ」


 昨日はユウカさんの屋敷の客室に泊めてもらった。久々にとても柔らかいベッドの上で寝ることができたけれど、今日やる事を考えていたら、ぐっすりと眠ることはできなかったな。


 彼女から必要な物を預かり、日本帰還を使って日本へ戻る。昨日のうちにこちらの世界に持ち込んだマジックバッグや普通のポーションが使えることはすでに確認済みだから、問題は俺が妹さんと接触できるかだ。


「ユウカさんの実家が東京にあったのは助かったな」


 俺が埼玉県に住んでいるから、ここから電車を使えばユウカさんが持っていたお金の以内で行ける。


 俺の固有スキルは過去に行ったことがある日本の場所ならどこでも移動でき、もう少し近くの場所に行ったことはあったが、人目の付く駅などに固有スキルを使って突然俺が現れると騒ぎになる可能性も高いからな。


 服は今日の朝に異世界で日本の服に近いものをユウカさんに購入してもらったので、そこまで目立ってはないはず。まずは電車に乗って目的の駅まで移動した。




「……よし、表札は宮坂のままだ。引越してはいないみたいだな」


 ユウカさんが書いてくれた地図に従って、駅からの道を進み、無事にユウカさんの実家の前に到着した。


 ユウカさんが異世界へ転移してからすでに2年以上が経っているし、引っ越している可能性も十分にあった。妹さんが事故に遭い、姉のユウカさんは失踪扱い。……ご両親の心労は計り知れない。


 ピンポーン。


「はい、どちら様でしょうか?」


 周囲を確認して、人が誰もいないことを確認してからインターホンを押すと、女性の声がした。おそらくユウカさんの母親だろう。


 さあ、ここからは出たとこ勝負だ。


「突然すみません。耕作様はご在宅でしょうか?」


「いえ、主人はおりませんが」


 よし、ユウカさんの父親は不在のようだ。これからのことを考えると、母親だけの方がありがたい。


「……あの、どちら様でしょうか?」


 マスクをして顔を隠している俺を怪しんだのか、インターホン越しにユウカさんの母親がそう聞いてくる。


「私は鈴木一郎と申します。こちらのバッグを拾い、失礼ですが中身を確認したところ、こちらの宮坂優華さんの生徒手帳が中に入っていたので届けに来ました」


「っ!? そ、それは優華の!」


 偽名を伝えながら、ユウカさんの持ち物のスクールバッグから取り出した生徒手帳の顔写真が載ったページをインターホンのカメラ越しに見せる。


 すぐにドタバタと音がして、玄関の鍵が開かれる音がした。


「あの、一体どこでそれを……ふあぁ……」


「すみません、本当にすみません!」


 玄関から出てきたユウカさんの母親に向かって謝りながら、小さなボール型の魔道具をぶつけ、眠って崩れ落ちそうになったユウカさんの母親を抱きかかえて家の中に連れて行った。


 俺はかなり怪しい格好をしていたが、ユウカさんを心配する気持ちが勝ってドアを開けてくれたことを利用して家に入ったことに罪悪感がある。


「……ユウカさんの許可があるとはいえ、完全に犯罪者だよなあ」


 なんとか家の中へ入ることができたけれど、まるで泥棒のようだ。


 そのまま眠らせた母親をリビングのソファに寝かせてあげて、二階の部屋へと上がった。


「お母……さん……?」


「………………」


 二階の一室。そこには大きなベッドがあり、中学生くらいの少女が横になっていた。俺が部屋へ入ったことに気付いたようだが、身体を起こすことはなく、その視線は天井に固定されている。


 頸椎(けいつい)損傷――ユウカさんの妹の春華(はるか)ちゃんは交通事故によって重度の障害を負い、四肢のほとんどが動かない状態らしい。数年たった今でも、その状況は変わっていないようだ。


 ……ユウカさんがとうしても妹さんを救いたかった理由が俺にもよくわかった。


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