第25話 快適な馬車
「うわっ、すご……」
思わず感嘆の声が出てしまう。
今俺の目の前にいるのは紫色のたてがみが流れ、漆黒の毛並みを持った巨大な馬——否、確かに姿は馬なのだが、その足は8本もある。そしてその身体は普通の馬の何倍もあった。
「私も初めて見た」
「あら、アオイも初めてなのね。スレイプニルはAランク相当の魔物だけれど、比較的おとなしいから、こうやって馬車を引くことができるのよ」
圧倒的存在感を持つ巨大な馬型の魔物。魔物というのは魔力を持った動物の総称で、その強さや姿など多岐にわたる。人を襲う魔物も多いけれど、畜産や酪農のように人の役に立ってくれる魔物もいるらしい。
俺はこの異世界に来てから、ずっと街の中に引きこもっていたから、生きている魔物を見るのは初めてだ。……うん、もしもこのスレイプニルと戦うことになったら、俺など秒殺であろう。
アオイは普段飛行魔法で移動しているらしいから、馬車などの移動手段は必要ないのかもしれない。
「中は広いんだね。おっ、それにこの椅子もすごく柔らかい!」
「移動費や滞在費などもあちら持ちだからね。依頼で何度か使ったことがあるけれど、馬車の何倍も早いのよ」
「それはすごい! 俺がこの街まで来た時の馬車は一番安いやつだったのもあるけれど、椅子は硬いし、振動は酷くて窮屈で本当に辛かったからなあ……」
「この柔らかい椅子や馬車のサスペンションとダンパーは祝福者が作った技術ですね。それに加えて衝撃吸収の魔道具が使われているから、きっとほとんど揺れないと思います」
「お、おう……。さすが日本の技術……」
馬車の外観を眺めてから中へ入る。俺が乗ってきた馬車とは雲泥の差のある豪華な造りに広い内部。アオイの見立てでは日本の技術と魔道具の力が使われているらしい。
魔道具がある分、一部の物は日本の物よりも高性能っぽいな。絶対にドワーフに転生した祝福者とかが本気を出しただろ……。
「ブロロロロ!」
スレイプニルが大きな鳴き声を上げ、馬車が動き始める。少しずつ加速していき、窓から見える景色が高速で流れていく。
アオイが言っていたように、馬車の内部はほとんど揺れていない。それに加えてこの客室にも魔道具が使われていて、中の声は外に漏れないようだ。本当にとんでもない技術だな。
「普通の馬車なら4~5日はかかるけれど、この馬車なら明日の夕方には到着すると思うわ。スレイプニル自体がとても強い魔物だから、他の魔物は襲ってこないし、盗賊がいても追いつけないから安心ね」
「それはすごい」
どうやら快適な旅が約束されているらしい。まさか異世界に来ていきなりこんな快適な旅ができるとは驚きだ。
「王都かあ。どんな場所なんだろう。2人は行ったことがあるの?」
「私は何度か依頼で行ったことがあるわね。あとエリクサーを手に入れたのも王都よ」
「わ、私は一度だけ賢者の称号を拝命する時に行ったことがあります。日本へ戻るための情報を集めて、魔法の研究をするのに称号があると便利だったけれど、人が多すぎて気持ちが悪くなりましたね……」
2人とも王都へ行ったことがあるようなので心強い。ただ、アオイは人混みが苦手みたいだ。確かに昨日の市場でも人はそれほどいなかったのに少し辛そうだったもんな。
「そっか、無理させちゃってごめん。王都では無理をしないで部屋で待っていても大丈夫だからね」
「いえ、カケル様のためなら全然平気です! どうかおそばにいさせてください!」
いや、そんな捨てられそうになった子犬のような顔をしなくても、突き放したり、放り出したりするようなことはしないぞ。
純粋にアオイのことを心配しただけなのに……。
「いや、仲間外れにするつもりはないよ。アオイのことはすごく頼りにしているけれど、だからこそ無茶はしないでね」
「は、はい!」
「………………」
俺がそう言うと、ぱあっと表情を明るくするアオイ。
……う~ん、前世での心残りを晴らしたからだいぶ恩を感じている状態なのはわかるけれど、少し行き過ぎな気もする。
まあ、しばらく時間が経てばこの依存も収まるだろう。
「うん、おいしい! ちゃんとしたおにぎりを食べるのは久しぶりだな~」
「こっちはカツオ節に醤油とマヨネーズがあえてある。シンプルだけれど、すごくおいしい。それに日本のお米はこっちのと全然違う」
馬車で王都へ移動しながら、お昼ご飯を食べている。昼食は昨日ユウカの母親から預かったおにぎりだ。今日から王都へ移動すると伝えたら、ユウカや俺たちのためにわざわざ作ってくれたものだ。
こっちの世界でもおにぎりもどきは売っているんだけれど、長米種はおにぎりとかには向かなくて、あまりおいしくないんだよなあ。チャーハンのように炒める系には結構合うけれど。
「……おいしいわ。それにこの甘い卵焼きも本当に久しぶり……」
おにぎりや卵焼きを食べてユウカが少しだけ涙ぐむ。
おにぎりや卵焼きは家庭によって少し味が出る。うちでは刻んだネギをいれた甘くない卵焼きだった。おにぎりは子供のころの遠足の前日はなんの具がいいか母親に聞かれたっけ。
日本へ帰ることができなくても、こうやって家庭料理を届けてあげられるのは便利だ。ユウカのご家族に喜んでいたこと伝えて、また運んであげよう。
「な、なんだ!?」
昼ご飯を食べ終え、順調に馬車の旅を楽しみ、もう少しで今日の目的地へ到着するという直前、これまで全然揺れていなかった馬車が急に揺れる。
「……なにかあったみたいね。馬車が止まるわ」
「魔物か盗賊あたりかも」
どうやら何か緊急事態が起きたらしく、馬車が減速する。すでにユウカは刀を構え、アオイは杖を持って戦闘態勢に入っていた。
いったい何が起きたんだ……?




