第19話 拡散
「よしよし、順調に拡散されているな」
新製品の発表会のビルの別の階へ移動し、誰もいない場所でスマホからネットを見る。事前にSNSで投稿していた記事と動画がどんどん拡散されている。
それに伴い、根回ししておいた情報系のインフルエンサーたちもちらほら投稿を始めたようだ。さすがにまだ大物は動いていないようだが、この会社での騒動が広まれば、きっと彼らも動くはずである。すでに発表会で流した動画、証拠や音声データは匿名で彼らに送った。
最近ではショート動画なども流行っているため、そちらにも別の動画を投稿済み。人目を惹くキャッチコピーやハッシュタグにSEO対策など、この3日間でできる限り準備したかいがあって、順調に投稿は広まっている。まさか前職のノウハウがここで役に立つとはな……。
もちろん投稿は持っているスマホではなく、ネットカフェから行った。大きなネカフェだと身分証や会員証がなければパソコンを使えないところがほとんどだが、うちの近くにあったような小さなネカフェはどちらもなしでいける。これなら何かあってもユウカの実家に迷惑を掛けることはない。
「カ、カケルさん……」
「カケル、どうだった……?」
異世界の屋敷へ戻ると、アオイさんとユウカが心配そうに俺を待っていた。
「作戦はうまくいったよ。今はまだ拡散が始まったばかりだけれど、このまま大炎上して、間違いなく権藤の過去の横領も改めて裁かれるはずだ」
「っ!!」
調べてみたところ、業務上横領罪の刑事上の時効は7年。民事上は横領が行われてから20年となっているので、刑事と民事共にきっちりと裁かれることになるだろう。アオイさんが残していた証拠などがあれば、時間が経ってしまった今でも問題ないはずだ。
会社の方はだいぶイメージダウンするだろうし、アオイさんが自殺したなんて嘘を広めた責任を果たしてもらおう。
現場の人間には迷惑を掛けてしまったかもしれないが、ステージ裏で部下に怒鳴り散らしている権藤とそれに怯えていた部下の様子を見るに、今もパワハラやセクハラが続けられていた可能性が高い。これ以降の被害を事前に防げたわけだし、むしろ喜んでいるかもしれない。
「慌てふためいている権藤の様子だよ。こいつも投稿していいかもしれない。それにこいつの地獄はこれからだ。裁判で裁かれるだけでなく、ネットで叩かれまくって社会的には死んだも同然になる」
「自業自得ね。本当にいい気味だわ」
「………………」
ユウカのスマホで撮影してきた動画をアオイさんに見せる。そこには例の動画がスクリーンに映ってから、慌てて叫んでいる権藤の様子が映っていた。こいつのしてきたことを考えると、これくらいでは生ぬるいかもしれないが、これを見れば少しくらいはアオイさんの気も晴れるだろう。
それにこいつの地獄はこれからだ。裁判で前科を負うだけでなく、ネットでめちゃくちゃに叩かれる。権藤のやってきたことは非常に悪質だし、今の令和の時代では徹底的に晒されるはずだ。あいつにもアオイさんやご両親のようにネットで叩かれる側の気持ちを存分に味わってもらう。
ネットでアオイさんとご家族に誹謗中傷をしていた連中もまとめて晒しておいたので、今後は彼らが叩かれる側に回るだろう。開示請求からの損害賠償は本人しかできないのが少し残念だがな。
「アオイさんの冤罪も晴れて、ずっとアオイさんを信じて戦ってきたご両親もきっと報われるはずだよ」
「……うん」
アオイさんの瞳からとめどなく涙が溢れてくる。これでご両親もほんの少しだけ報われたはずだ。
……たぶんご両親の家にはマスコミなんかも来てしまうだろうな。
きっと数日前に訪れた俺が今回の騒動を起こしたことを察するだろうし、今後は直接会うことは控えて何か困ったことがあったら密かに支援することにしよう。
「おっと」
胸に軽い衝撃が走る。
突然アオイさんが俺に抱き着いてきた。
「……あ、ありが……ありがとう……」
「うん。本当によかったね」
ユウカの時と同じようにその頭を優しく撫でてあげる。力も弱く小柄な身体、中身は大人だけれど、今だけはその外見と同じ年相応の少女に見えた。
これまでたったひとりでずっと苦しんできたのだろう。ようやく彼女の前世の未練が晴れたようで何よりだ。
……あれ、今更ながら女性の頭を撫でるのって大丈夫なんだよな? アオイさんは上司のセクハラに苦しめられていたのに俺がセクハラをするわけにはいかないぞ。
嫌がっている様子はないからたぶん大丈夫そうだ。危うくおれまで犯罪者になってしまうところ……だったぜ……。あれっ?
「っ! カケル!」
「カ、カケルさん!」
ユウカとアオイさんの声がなんだか遠くに聞こえて、意識が消えていく。そういえば今は二徹している最中だったっけ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「う~ん……」
目が覚めると、見慣れない天井があった。ユウカの屋敷の新しい俺の部屋の天井だ。
そうか、あのまま俺は気を失ってしまったのか。たった二徹くらいで情けないと思ったが、よく考えてみたら前世では慣れていたけれど、この異世界では徹夜自体初めてのことだった。
少し若くなったこの肉体なら大丈夫かと思ったが、いろいろ奔走していたこともあって身体が限界だったらしい。せっかく異世界に転生したというのに二度目の人生も過労で死ぬなんてまっぴらごめんだ。今後はちゃんと自重するとしよう。
まあ、それは反省するとして——
「……ええ〜と」
今の俺はベッドの上にいる。
そして俺を看病してくれたと思われるユウカとアオイさんがその横でベッドに頭を預けながら寝ていた。




