第17話 徹夜
「よし、こっちはオッケー。次はこっちのデータを見やすいようにまとめてと……」
ここは異世界のはずなのに、俺はユウカの実家から借りたパソコンを使って作業をしている。こうしていると前世で働いていた時のことを思い出すぜ……。
俺はアオイさんにとある作戦を提案した。作戦決行は明後日となるわけだが、時間が足りない。日本へ行けるのも、作業ができるのも俺ひとりになってしまうから、それも仕方のないことだが。
「カケル、サンドイッチを作ったわ。少し休憩したらどう?」
「おっと、もうお昼か。ありがとう、ちょっと休憩するよ。うわっ、おいしそうだね!」
「アオイと一緒に作ったのよ」
屋敷の部屋で作業をしていると、ノック音が聞こえてユウカとアオイさんが入ってくる。大きな銀色のお皿には色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチが載っていた。これは見るからにおいしそうだ。
「……カ、カケルさん、私のためにありがとう。……だけど、次の機会はあるし、本当に無茶だけはしないで」
アオイさんが俺に頭を下げてくる。昨日アオイさんはユウカの屋敷の客室に泊まった。ご両親が無事であったことと、ずっと飛行魔法で飛んで疲れていたこともあってある程度は眠れたようだ。昨日は目にクマがあって、とても暗い表情をしていたが、今は多少すっきりとした顔をしている。
俺はユウカの隣の部屋であるこの部屋へ移動してきたわけだが、とにかく時間が足りていないので、夜も少し作業を進めていた。ブラック企業ではだいぶお世話になった翼を授けてくれるドリンクを日本で買ってきたから、今日明日は徹夜しても余裕である。
アオイさんの言う通り、明後日の決行日をずらすこともできるのだが、その場合はしばらく先のタイミングとなってしまう。可能ならなんとか明後日までに間に合わせたい。
「大丈夫だよ。元社畜を舐めないでくれ。二徹くらいまでなら余裕だからさ」
「カケル……前世での自分の死因をよ~く思い出してね」
「も、もちろんわかっているよ」
痛いところをユウカにつかれる。当然俺の死因が過労ということは決して忘れていない。
「でもこっちの世界にはポーションもあるし、アオイさんの回復魔法もあるから大丈夫だって」
「確かにどちらも身体の疲労は癒せるけれど、精神的なものまでは無理……。お願いだから無茶だけは……」
アオイさんが心配そうに俺を見てくる。
彼女も心労が原因で倒れてこの異世界へ転生してきたこともあり、俺の身体のことをだいぶ心配してくれているようだ。彼女にもお願いしていることはあるが、そちらはすでに準備が整っており、現在俺が行っている作業については手伝えることがないため、歯がゆい思いをしているのかもしれない。
「了解、約束する。それにぶっちゃけると、今俺が頑張っているのはアオイさんのためだけじゃない。俺自身がその腐った上司をぶっ飛ばしてやりたいってだけだよ」
「えっ?」
「俺はブラック企業で働いていたから、アオイさんの気持ちがほんの少しだけどわかる。やっぱりさ、真面目に生きてきた人が損をして、悪いやつが得をする世の中ってのは嫌なんだ」
彼女はこれまでただ真面目に働いてきただけだ。それなのにどうしてクズ上司にパワハラやセクハラを受け、横領の罪までなすりつけられなければならない? アオイさんのこれまでの努力も、名誉も、これからの未来までもが奪われた。
挙句の果てに数年経った今でもアオイさんのご両親は娘の無実を信じながら苦しんでいて、転生したはずのアオイさんまで前世での未練を引きずりながらずっと苦しんでいる。
——そんな理不尽あってたまるか!
その腐った上司を地獄に叩き落し、アオイさんやご両親に心の平穏を与えてあげたい。もはやそれはアオイさんの願いではなく、俺の望みでもある。俺の能力でそれを手伝えるのならば、手を貸さない道理はない。
「世の中なんて理不尽なことばかりだけれどさ、こういった理不尽は許したくないんだよ」
「カケルさん……」
アオイさんのことだけでなく、世の中にはあまりにも理不尽な事が多すぎる。真面目に生きてきたからって唐突な不運に見舞われることだってしょっちゅうだ。だからこそ、余計に悪人による理不尽だけは許せない。
必ずこれまでの報いを受けさせてやる!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふう~ギリギリだけれど、なんとか間に合ったか」
計画の実行日の早朝。二徹したかいもあって、なんとか作業を終えた。
現地での仕込みは終わったから、あとは計画実行後の根回しなどを詰めるだけだ。
「おはよう、カケル。入ってもいい?」
「おはよう。大丈夫だよ」
部屋のドアがノックされて、ユウカが部屋の中に入ってきた。
……まだ起きたばかりらしく、寝巻姿だったのでドキッとしてしまう。こんなシチュエーションは俺の人生の中で一度もなかったので、下手なエナジードリンクよりも目が覚めたかもしれない。
「昨日も寝てなかったのね」
「大丈夫、ユウカが作ってくれたご飯もあったし、ポーションや回復魔法もあったから、前世の徹夜よりもだいぶ快適だったよ。それに早速ユウカの実家に協力してもらっちゃって悪かったね」
「ううん、それくらい全然よ」
このパソコンについてはユウカの実家で使っていた物を借りている。それに加えて1万円ほどの動画編集ソフトも購入してもらった。ソフトを購入するためにはクレジットカードが必要だし、今の俺では購入が不可能なのだ……。
朝昼晩のご飯も作ってもらったし、カップラーメンやコンビニ飯を頼りに徹夜していた時と比べると至れり尽くせりである。
「……私も自分のことがあって、アオイの気持ちが痛いほどわかるから、カケルを止められなかったわ。確かにあの酷い上司に痛い目を見せたいのはわかるけれど、これだけ無茶をしているのはアオイのためなんでしょう?」
「上司がムカつくのも本当だよ。だけどさ、ユウカがこれまですごく苦しんできたことを見ちゃったし、アオイさんの問題もできるだけ早く解決してあげたいんだよ。彼女の気持ちを考えたら、数か月なんて絶対に待てないと思う」
春華ちゃんが回復して、ご両親と動画越しとはいえ会うことができた際のユウカたちの喜びはすごかった。それまでずっと辛かったことだろう。それを目の前で見ている以上、ほんの少しだけれど、ユウカやアオイさんの気持ちはわかってしまう。
自分が横領をして自殺したとされていて、ご両親は犯罪者の親というレッテルを貼られている。そんな日本の状況がわかった今、今回の機会を逃して数か月後となったら、アオイさんの心がもたないかもしれない。これまで4年間も耐えてきたんだ。一日でも早く、一秒でも早くこの問題を解決してあげたい。
それを考えたら俺の二徹くらい安いものである。
「……カケルらしいわ。だけどこんな無茶はこれっきりにしてよね」
「ああ、もちろん。そもそも俺は前世だと過労で倒れたから、こっちの異世界ではのんびり過ごすって決めているんだ。ようやく日本のお金が手に入るようになったし、アオイさんのことが解決したら、しばらくはぐーたら過ごさせてもらうよ」
「ふふっ。そうね、これが終わったら、のんびり過ごしましょう」
さあ、クソ上司に目に物を見せてやろうじゃないか!




