第12話 帰りたい理由
「随分と早くて驚いたわ、アオイ」
客室の隣にある部屋に座っていると、目の前の金属製の箱からユウカの声が聞こえてくる。
この四角い箱はユウカが用意してくれた盗聴器のような魔道具で、客室にこっそり配置した対となる箱から声を届けることができる代物だ。勝手に声を聞くのは悪いと思うが、俺の保身のためにもここまでさせてもらう。
「飛行魔法で一晩寝ずに飛んできただけ。それよりも早く日本へ戻る手がかりを教えて」
もう一人の声が聞こえる。ユウカよりも幼そうな声で、表情は見えないが随分と切羽詰まった様子だ。
飛行魔法――こちらの世界には魔法というものが存在しているが、その中でも飛行魔法はかなり高度な魔法となるらしい。だが、そんな高度な魔法も『魔導王』という固有スキルを持った彼女にとっては容易な魔法となる。
彼女の名前はアオイ。俺と同じ転生者で、この異世界へやってきたのはユウカよりも前と聞いた。魔法を極め、国から【賢者】の称号を与えられた数少ない人物。もしかすると彼女がその称号を受けた理由はユウカと同じで、日本へ帰れる祝福者を探すという目的のためだったのかもしれない。
「わかったわ、まずはこれを見て」
「っ! これは新聞!」
以前ユウカに見せた日本で拾ってきた新聞をアオイさんに見せる。もちろん祝福者が新聞を模して作った物の可能性はあるが、話を聞く分には十分だろう。
「この新聞のような日本の物を複数確認し、すでにこれらをばらまいた祝福者らしき人と会う約束をしているわ」
「私にも会わせて! 対価はいくらでも払う!」
会う約束どころか、すでに隣の部屋にいるんだけれどな……。
嘘をついたことは申し訳ないけれど、俺の身の安全を保障するためにもアオイさんの人となりと目的を把握しておきたい。経歴としては問題なさそうだが、随分と日本に執心なことだし、必要なことだ。
「ええ、わかったわ。だけどその前にあなたは日本へ戻れたら何をするのかを教えて。これまではお互いにそれほど干渉せず、理由を聞いてこなかったわよね? 私の目的は日本に帰ることと、交通事故で重傷を負った妹にポーションを使って治療すること。もしもその目的に害があるようなら、その人に会わせることはできないわ」
すでに妹さんは治療済みだが、そのように伝えてアオイさんの目的を聞き出す。アオイさんの様子だと日本の物がほしいという単純な理由ではなさそうだ。
ユウカもそうだったけれど、俺よりもよっぽど重い未練が残っている祝福者も多そうである。もちろん正直に言わない可能性もあるから、そこは実際にアオイさんと対面しているユウカの判断を仰ぐつもりだ。
「そうね、ずっと協力してくれたユウカには本当のことを話す。……私は日本に戻ったら、ある男を殺す!」
はい、アウト!
ごめん、さすがにこれは俺の手には負えないわ……。実際に日本へ戻れるのは俺だけだし、たとえアオイさんがその人にどんな恨みがあったとしても、俺が人を殺すことはできない。
「……詳しい理由を聞いても?」
「私は4年前にこの異世界へやってきて、転生してくる前は20代後半で会社員をしていた。だけどそこの上司が最悪で、毎日毎日私に対してパワハラやセクハラをずっとしてきた」
……4年前とはいえ、この令和のご時世にまだそういった時代遅れの男が残っているとは驚きだ。とはいえ、俺もブラック会社でこき使われてきたからまったく他人のことは言えないが。
「感情を押し殺しながら仕事に打ち込んで、なんとか耐えてきた。だけど、あのクソ野郎は私が一緒にホテルへ入ることを拒絶したら、あろうことか私に会社のお金の横領の罪を被せてきやがった!」
お、おう……。パワハラやセクハラだけでもヤバいのに、まさかそれ以上があるとは……。うちのブラック企業がまだ可愛く思えてくる。
アオイさんの語尾が強くなっている理由も頷ける。
「もちろん私も馬鹿じゃない。いざという時に自分の身を守る備えはしてきた。……だけどその裁判が始まる前にこれまでの心身の疲労が原因で、私は死んでこの異世界へ転生してきてしまった。きっと今頃日本にいた私は無実の罪を着せられて、あのクソ野郎は今ものうのうと生きている! あの男だけは絶対に許せない! 必ず殺す!」
それははらわたが煮えくり返る。なんの関係もない俺ですら、その男に殺意が芽生えてきた。
その心労も元はと言えばその男のせいだし、ブラック企業でこき使われていた俺だからこそ共感できる感情でもある。
「……なにより、これまで私を育ててくれた優しくて大切なお父さんとお母さんがきっと犯罪者の親として扱われている。会社から不当な要求をされているかもしれないし、近所の人たちやネットの何も知らない連中から叩かれているかもしれない。そんなの絶対……絶対に嫌なのに……」
「………………」
アオイさんの言葉には嗚咽が混ざっていた。
その様子を目の前で見てか、ユウカも言葉が出ない。俺やユウカもずっと両親を心配していたけれど、それとは違った意味で両親が心配だろう。彼女の心残りには復讐心だけでなく、両親を想う気持ちもあるのか。
「日本へ帰れる祝福者を探しながら、日本へ帰る魔法をずっと研究してきたけれど、どちらもずっと見つけられなかった。だからお願い、私にできることならなんでもする。あなたの邪魔は絶対にしないし、魔法を使えば証拠を残さずに自分の罪を自白させたあとそいつを殺せる。私は何としても日本へ帰らなければならない!」
アオイさんもユウカと同じで、この異世界へ来てからずっと日本へ帰る方法を探していたのか。
しかも4年間も家族のことを想いつつ、その上司に復讐をするべく、ずっと……。今の彼女の心中は俺やユウカでは決してわからないのかもしれない。
「……そう、あなたにも日本へ帰りたい理由があることはよくわかった。だけどごめんなさい、あなたをその人に会わせることはできないわ」
必死の想いでユウカに願いを乞うアオイさん。
だが、事前にユウカと話していた通り、日本へ帰る目的が復讐で、人を殺すためであるならば断わってもらうように伝えてある。さすがに人を殺す手伝いをすることはできない。
……だけど話を聞く限り、今の俺でも協力できそうなことはある気がしてきたぞ。
「どうしても?」
「ええ。私にもどうしても譲れない理由があるの」
「……そう。それなら仕方がない。私は私の目的のために力尽くでもあなたから日本へ帰る手がかりを聞き出す」
「っ!」
「安心して、絶対に殺さないし、あとで治療もするから」
「……いいわ、かかってきなさい!」
突如隣の客室からとてつもない威圧が発せられる。それは戦闘能力や魔法の力を持っていない俺にさえも感じさせられた。ユウカが戦闘態勢に入ったのか、さらにその圧が倍になる。
これはヤバい!




